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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
12章 雪の降る山
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二話 男二人

沢に落ちしばらくすれば、身の危険にうっすらと意識がもどる。


何事かと驚き、空気を吸い込もうとすれば、肺のほうに水が入ってしまう。


《やばい》


悪運が強いのか、それとも神の御加護か。意識を取り戻したとき、グレンはなぜか歯を食い縛っていた。


《ここはどこだ》


現状の把握すらできていない。だが、呼吸をしては駄目だと、逆手重装が口もとをふさいでいた。


水の中。


沢に落ちた。


どうしてこうなった。



訳のわからない状況に混乱するが、このまま沈んでいくことはできなかった。


足掻こうとしても、身体の節々が痛くて、思うように動かせない。


何かが身体にぶつかる。


《痛てえ》


水面にたどりつこうと手足をバタつかせるが、効果はあまりなかった。


自分ではなにもできない現実に、これまで積み重ねてきたものが、一枚ずつ剥がれ落ちていく気がする。


《怖い。死にたくない》


・・

・・


かつて存在した古代種族の影響か、この世界での平均寿命は意外と長い。しかし魔物はどこにでも生息しているのだから、若くして命を落とす者は珍しくない。


ましてや護衛や討伐を生業としていれば、生と死は紙一重であるからして、彼ら彼女らも覚悟はできている。


《セレス》


彼女にとって、死は身近なのか。


死にたくはない。


それでも、受け入れる時は必ずくる。



水中で目を開けようとするが、現状を確認するのが怖くて、なかなか行動に移せない。


普通はもっと混乱するものと思うのだが、なぜかそこまで頭が働いていなかった。


冷たいのか、苦しいのかも良くわからない。


ものすごく怖いはずなのに、心と肉体が繋がらない。



このまま流れに身を任せれば、どれほど楽なことか。


《駄目だ。まだ、死ねない》


魔力をまとっても、身体は動かない。


《だれか、誰でも良い》


困ったときの他力本願。


《俺を見捨てるな》


自分本位。



水はとても濁っている。


目は閉じたままなのに、なぜか光の有無は確認できた。


《まだ、死ぬわけにはいかねえ》


心のなかですら、その一言を叫べない。



光のある方向に腕を伸ばす。



大きい手につかまれる。その暖かな感触に、うっすらと瞼をひらく。


濁っていて、誰かはわからない。


男だ。


《父さん》


安心に包まれ、意識は薄れる。


・・

・・


肩に青年を(かつ)いだ大男は、枝だか木の根っこだかにつかまり、水から這い上がる。


急斜面。足もとの激流は、再び二人を飲み込めないかと隙を狙う。


雑草でもなんでも構わず、掴める物全てを握りしめ、ボルガは命がけでよじ登っていく。


尽きかけた体力。なにより一人背負ながらでそれをしているのだから、この男は化物である。



平地とは程遠いが、多少は安全な場所までたどり着き、グレンを横にする。


「しんでぇ」


ボルガもその場に倒れ込み、肩で息をした。


濁った水を何度か飲んでしまい気持ちが悪い。口の中がジャリジャリと、嫌な音をたてている。


「腹が、減ったんだなぁ」


実際に腹が減っているわけではなく、これは口癖である。それでも疲れているのは事実だ。


できろばこのまま休んでいたいが、そうもいかない状況であった。



這いずりながらグレンに近づく。


気道確保や両手の握り方に、それを添える位置。


原因不明の呼吸停止だった場合、心臓マッサージはしないほうが良い。


どのような体位で寝かせるか。


こういったときの対処方など、ボルガが知るはずもない。



必要以上に動かなかった。いや、無抵抗だったことが幸いしたようで、グレンは水を飲んでいないようである。


胸に片耳を当てれば、心臓の音が聞こえてきた。


たぶん肺のほうにも水は入っていない。口もとにも耳を寄せ、呼吸の有無を確認する。



肩を叩くなどの行為はしない。濡れた上着を脱がすのは難しいが、このままだと身体が冷えてしまう。


ベルトから腰袋を外し、本人を横向きにする。枕がわりに石を置き、姿勢を整ええる。


「まいったんだなぁ」


この対処が正しいかどうか、ボルガには判断できない。


本当は沢から離れたほうが良いのだが、下手に動かして体調を悪化させては困る。


まずは少しでも身体を暖めたい。辺りを見渡すが、毛布などあるはずもない。


グレンの身体をさする。その程度しか、ボルガには思いつかなかった。


・・

・・


五分。それとも十分か。


日暮れまで、一時間から二時間のあいだ。



土の結界は単体魔法である。しかし寄り添っていれば、二人の存在も隠せるかも知れないため、駄目元(もと)で発動させておく。


顔色が悪く、体温も低い。


青くなった唇に手を添え、呼吸を確認する。その感触に、グレンの(まぶた)はゆっくりと開かれた。


太い指が不快だったのか、しかめっ面で払いのけると、かすれた声で。


「肩貸せ、こっから離れるぞ」


意識がもどった。ボルガは安堵の表情を浮かべ。


「おめぇ、大丈夫なのか?」


もしグレンが死んでしまえば、彼はこの場に一人取り残されることとなる。


「このまま寝てたいに決まってんだろ。でも、場所がそれを許しちゃくれねえ」


今魔物に襲われろば、ボルガはともかくグレンは助からない。


支えられながら上半身を起こすと、腰袋の中身を確認する。火玉はびしょ濡れだが、油玉はそれなりの数が残っていた。


「火の玉はここに捨てていく」


乾かせばなんとか使えそうなものは一応残しておく。



逆手重装で鼻を敏感にさせ、周囲の様子を探る。


当然だが魔物もいるし、距離からして自分たちに気づいている個体もいるはずである。


「行くぞ」


「立てんのか?」


グレンはうなずくと、ボルガの首に腕をまわす。


「痛みはどうってことねえ。ただ、すげえ(だる)い」


立ち上がった瞬間に、意識が遠のく。今は頭を振って誤魔化すしかない。


「こんな状況たくさんだ、俺もうお家に帰りたい」


もっとも、ここで泣き言を漏らすのがグレンである。デカブツは何度もうなづきながら。


「おれも母ちゃんの飯食いたいんだな」


「馬鹿野郎、弱音吐いてんじゃねえ」


理不尽だとボルガは返すが、グレンは自分を棚に上げて。


「ちゃんと俺を支えやがれ、お前が確りしないでどうすんだ」


「やっぱおめぇ、ひでえ奴だな」


本当は会話をするのも辛い状態であるが、このようなやり取りができるのだから、心に多少の余裕はあるのだろう。



自力では歩けないため、ボルガに体重をあずけて足を進める。


足場が悪く何度もつまずく。そのたびに二人は支え合う。


「お前の服、濡れてて冷てえ」


「じゃあ一緒に裸んなって、おれと抱き合うんだな。そうすりゃ暖けぇ」


グレンは唾を吐き。


「俺の面倒を一生みてくれんなら、まあ考えてやってもいい。優しくしてね」


「おめぇ、本当に気持ち悪りぃな」


膝が自分の体重を支えきれず、そのままガクっと崩れそうになる。


ボルガの腕に力が入り、倒れるのを抱きとめられた。


「もらい手がお前みたいな糞デブしかいねえんだよ。有り難く世話しやがれ」


「そんな未来だけは、想像したくねぇんだな」


グレンが女であれば、素敵なラブストーリーであるが。


「どうしても嫌なら、お前の養子になってやる。でも結婚は絶対に許さねえぞ、居心地が悪くなるからな。そんで死ぬまで息子のために、身を粉にして働くんだ」


残念ながら彼は男であった。


「そんだけ悪態をつけりゃ、大丈夫そうだ」


「デカブツに抱かれて死ぬのだけは御免なんでね、しぶとく生き残りますよ」


今回は魔獣具が原因で氷魔熊が現れた。


「こいつを黒くしといたほうが良いな」


大半の魔物は魔獣具に怯えるものである。



ではなぜ、熊は戦う道を選んだのか。


一体であれば逃げていたかも知れない。もしその場に子供がいれば、守るために魔獣が相手でも戦うのか。


確かなことは解らないが、熊は混乱しながらも、十名を越える人間に挑んだ。



黒膜化。


「近づいてくれば、魔獣具を発動させる。それでも敵が引き返さなければ、あとはお前に託す」


魔物によっては無意味である。また夜になれば、この方法は通用しなくなるだろう。


「まぁ、頑張ってみるんだ」


恐らくボルガも、戦える状態ではない。


・・

・・


十五分ほど寄り添い歩き、二人はなんとか居場所を確保する。


ボルガに木の枝を集めてもらい、それに油玉を投げて着火する。水に完全に浸かろうと、こうやって使えるのだから、やはり優秀な道具である。


魔法として維持しなければ、大量の煙が発生してしまうため、グレンが火の管理をしている。この状況で警戒すべきは、魔物よりも魔虫である。


ボルガに岩の壁を召喚してもらい、それを何度か引き裂くことで肘までを黒く染めておく。


黄土を火の近くに置き、温まったところで自分の身体にかける。



二人して暖をとる。


先にある程度回復したのはボルガであった。この男の身体能力は、冗談抜きで化物といえた。



グレンは珍しく頭をさげ、彼に単独行動をさせた。危険は承知の上で、完全な夜となる前に、幾つかやるべきことがあった。


ボルガが離れたあとも、一人温々(ぬくぬく)と休息を続ける。


意識が飛びそうになるが、そんな余裕はない。頭を動かしながら、身体の調子を少しでも改善させ、生き延びる方法を探らなくてはいけない。


グレンがやるべきことは一つ。


商会員との会話を思いだし、その中で覗き込んだ地図を、頭の最も浅い場所に焼きつける。



しばらくすると、大量の枝を抱きかかえた大男が戻ってきた。


グレンは相手を見ることもなく。


「見つかったか?」


ボルガは両腕の枝を地面に投げ捨てると、その中の一つを手に取り。


「たぶんこれなんだな」


「抜いてくんじゃねえよ馬鹿。記号と数字を覚えりゃ良いだけだろうが」


地図を作るにあたり、町中であれば建物が目印となる。しかしこのような山中では、目印は限られてくる。


この世界にABCなどがあるかは不明だが、少なくとも似たものは存在しているのだろう。


岩や切り株、地面に打ち込んだ木製の杭などに、それらを刻むことで目印とする。


商会員の持っていた地図には、記号と数字がびっしりと描かれていた。


「覚えられねぇんだから仕方ねぇだろ。同じ数字と記号の目印はいくつかあったけどよ、持ち運べんのはこれしかなかったんだなぁ」


差し出された木の杭を奪い取ると、そこに描かれたものを頭に入れる。記憶の中に存在する地図と照らし合わせ、現在地の把握に取り掛かる。


「熊と戦った場所から、大まか三百mってとこか」


平地と山中だと、その距離を進むのに必要な時間は違ってくる。それも通常の移動ルートではないため、百歩が千歩に化ける可能性もあった。


立ち上がると、まだ濡れている上着を左腰袋につめ、ボルガが運んできた枝を半分持つ。


「もう時間がねえ、沢沿いにもどるぞ」


「本当に大丈夫なのか?」


不安を述べながらも、ボルガはグレンに従い枝をかき集める。


「やるしかねえだろ」


「探しに来てくれてりゃ良いんだけどなぁ」


上半身裸の男が二人。その光景は、ちょっと気持ち悪い。


「体格以外に取り柄のない誰かさんだけなら、助けなんて来ねえだろうよ」


嫌味な言葉にボルガは不貞腐れた顔をする。


「でも忘れちゃいけねえ、俺は赤の護衛様だ。本来お前みたいな兵士程度じゃ、口も聞けないほどに偉いんだぞ」


「まあ、おれはただの兵士なんだな。そんで、おめぇを守んのが今の仕事だ」


ありがとう。いつもならその程度のことは言えるのだが、なぜか素直に喋れない。


「もし俺が女なら、お前に惚れてるところだ」


「おめぇはそんな純粋じゃねぇだろ」


二人は歩く。


本当はもっと周囲を警戒すべきだが、今はそんな余裕がない。


「お前はなんもわかっちゃいねえな。俺なんてチョロいもんで、ちっと優しくされろばイチコロだ」


ボルガはグレンではなく、別の人物を思い浮かべながら。


「いいや違うんだな。少なくとも、簡単に忘れちまうような人じゃねぇ」


優しさの意味や形は解らなくとも、心には刻まれている。


「おれでもわかるんだ。ずっと傍にいたんならよ、わからねぇはずがない」


ひねくれ者。


「おめぇはただ、性根が腐ってるだけだ」


「なに言ってんだ。俺すごく優しいから、一緒にいると暖かいでしょ」


日暮れまで、もう時間がない。


「死んじゃいけねぇ」


この男は本当に、嫌なとこだけ勘が鋭い。


溜息をつく。



もし、自力で沢から生還できたとしても。


「一人だったら、冗談抜きで詰んでたわ」


グレンは真顔で相手を見あげていた。


「おう」


ボルガがグレンに行った対処ですが、正しいかどうか自分にはわかりません。

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