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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
12章 雪の降る山
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一話 『ごめんね』

狂暴な魔物の生息する山中では、決してやってはいけないことがある。


「どうして!」


だが現状で、それを咎める者はいなかった。


「彼を責めちゃいけやせん。そもそも今回に限っては、デカイ兄ちゃんが事前に動いてたじゃありやせんか」


メモリアはボルガの発言を受け、力馬周辺の警戒を強めた。


納得できるはずもなく、セレスは右手でこめかみを押さえながら。


「違う。私はそんなことが言いたいんじゃない」


ペルデルは一歩前に出ると。


「本来は臆病な魔物だから、争いに混ざるような真似はしません。原因があるとすれば俺だ」


こちらが逃げ腰であれば、その気配を察して襲いかかる。


行く先に単独を確認し、その種を調べるために数名を先行させた。探っていた者たちが気づかれれば、驚いて攻撃してくることもある。


だが、今回は違う。


「恐らく熊は、魔獣具を魔獣そのものと勘違いしたんだ」


魔獣の存在に怯え、混乱した。


班長はセレスに頭を下げ。


「猿を殲滅するために、その手段をとった俺に責任がある」


「違う、ペルデルさんは悪くない」


グレンが身体を張って築いた朱火との関係を、自分が壊すわけにはいかない。


このやり場のない感情を、誰かに向けなければ、心を保てない。


責任者は勇者に言い聞かす。


「要請を受け入れ、グレンを動かしたのは俺だ。誰が悪いかじゃなくて、今後どうすべきかを考えろ」


それでもやはり納得はできない。拳の中で爪が突き刺さるが、痛みなど今は感じない。


肩に添えられたアクアの手にも気づかない。


「ガンセキさん言ってた、探知は俺なんて足もとにも及ばないって。ボルガさんより先に気づいてたんじゃないの!」


男はどんなに怒りを向けられようと、なに食わぬ顔で地面に手を添えていた。


「もし生きていれば、沢沿いに反応があると思うんだすがね」


メモリアは彼の前で膝を曲げると。


「意識を失ってたそうだから、今はボルガに託すしかないの」


湿った地面は土使いにとっては厄介な状態といえる。しかしガンセキのように、訓練すれば克服もできた。


「広範囲を探る土の領域は、俺でもいつも通りとはいかないんだ」


セレスは自分を責める。それでも、誰かに当たりたい。


コガラシを睨みつけ。


「探知において、殺気は今でも役に立つんですよね」


丸まった男の背中が、死にかけた頃の師匠と重なり、直視ができない。


「これ以上、彼に変なもんを背負わせたかねえ。もう、勘弁してくだせえ」


自分は今回も、ただ守られているだけだった。


仲間を失った彼女がそうであったように、誰かのせいにしなければ、自責の念で立てなくなる。


今、都合の良い位置に立っているのが、皮肉なことに彼だった。


「ちょっと集中してるから、静かにして欲しいんだすが。ガンセキもそんなのに付き合ってないで、探すの手伝って欲しいだす」


涙を浮かべながら、セレスは唇を噛んで黙りこむ。


「あんたは正しい。でも、彼女を余計に刺激するとは考えないのかしら」


男は相手を馬鹿にしたような口振りで。


「今回は気づけなかっただす。そう言っても、勇者さまは信じてくれないんじゃないだすか?」


悔しさと情けなさに、気づけば歯を食い縛っていた。


「皆さんご存知かと思うだすが、自分は嘘つきだすしね。本当は気づいていたかも知れないだす」


セレスは握りしめていた手を解き。


「気づいていたんですか」


眼球を斜め上に動かす。それは、思い出そうとする仕草。


「さあ、記憶にございません」


片手剣の柄を握りしめ、鞘から払おうとする。だが、セレスはそこで動きを止めた。


ゼドは微動だにせず、両腕を地面に添えたまま。


アクアが彼女の背中を抱きしめる。


コガラシは案内人を守る位置に立ち。


「良く堪えやした。ここらへんで、終いにいたしやしょう」


溜息をつき、首だけを動かして、横目でセレスを見つめる。


「別に斬るなら、斬っても良いだすよ。でも痛いのは嫌だから、一気に頼むだす」


「斬らないもん」


人々を守る勇者になりたい。


責任者は男の背中から視線を反らし。


「その言葉は、冗談として受け取っておきます」


剣道の果て。螺旋の終わり。



これまで成り行きを見守っていたフエゴは、一段落したものと判断し、話を本題に移す。


「で、これからどうすんのよ。おいちゃんとしては、さっさと休みたいんだけど」


無神経なハゲを明火長が引っ叩く。


ゼドは立ち上がると、あらためてセレスと向かい合い。


「じゃあ、責任をとるだすよ。メモリア殿、自分以外にあと三人選ぶだす」


もう一人の案内人である商会員に、ここら一帯の地図を広げてもらい。


「グレン殿と合流。または死体を回収しても、自分は戻らないだす」


ゼドは地図の一点を指さし。


「今日明日と捜索はするだすが、それ以降はどのような結果にせよ、ここで二日は耐えるだす」


メモリアたちは逸早くヒノキに到着し、ゼドは指さした場所で救助を待つ。


「四人なんて自殺行為なの」


たとえ二名加わろうと、生きて戻れる保証はない。


「でも、これ以上は無理なんじゃないだすか?」


これまでと状況は一変していた。


「先ほどの戦闘で負傷者と死者を出しただすよね。自分は戦力外だすが、三人抜けるだけでも、けっこうな痛手のはず」


ゼドは勇者を睨みつけ。


「事前に報告しなかった責任があるだすから、自分は一人でも行くだす」


「監視されてる身の上で、ずいぶん偉そうじゃない」


フィエルはメモリアの前で姿勢を正すと。


「彼の案を受け入れるのなら、私が同行します」


攻守バランスの取れた彼女であれば適任であるが、それに異を唱える者がいるのも当然だった。


女は男を見ることもなく。


「分隊長という立場で、ふざけたこと抜かさないでください」


「まだなにも言ってやせんよ」


それでも抜かす気は満々のようであった。


一般補佐はコガラシの肩に手を置くと。


「私が行きます」


もし彼にも剣道の果てがあるとすれば、たとえそれが気休めであったとしても、戦場での悔いを紛らわせたい。


「お前さんじゃあ、どう考えても力不足でさあ」


その半生は恐らく、こんなことの繰り返しだったのだろう。若くして黄昏の時期に入ってしまった者を、微力だとしても支えたい。


「少なくとも、私は魔力をまとえます」


一般分隊の要となっている人物は、恐らくコガラシではない。


「あっしがここに残るより、お前さんの方が皆をまとめられやす」


補佐は相手の目をまっすぐ見つめていた。


「私は分隊長ではありません」


こうなったらテコでも動かない。


「コガラシさん、貴方は兵士でしょう」


そのことを剣士は嫌というほど知っていた。


補佐は姿勢を正すと、心を込めて分隊長に語りかける。


「鞘の中を確認してから、もう一度考えてみてください」


自分が使っていたものは糞だらけ。残るもう一振りも、木の上に突き刺さったままである。


部下から借りたものは、熊の攻撃を防いだとき駄目にしてしまった。



フィエルにいつも叱られているが、こればかりはどうしようもない。


「あっしがついてっちゃ、一日どころか一戦で使い切っちまう」


「今は輸送任務の最中で、予備もそろそろ無くなってきてるわ」


ボルガや力馬のような運び手がいなければ、持てる数もずっと少なくなる。


「ゼドの旦那に一振り持たせてくだせえ。きっと誰かさんより、大切に扱ってくれますんで」


「剣はいらないだす。そのかわり、朱火の使っている槍をかして欲しい」


明火長はゼドの要求を受け入れ、投げ槍を手渡すと。


「突き刺すと抜けない仕組みになっている。ここをこうやって捻れば、刃の形状が変化して抜けるが、直接振るには向かんと思うよ」


「ありがとう。大切に使うだす」


ゼドは新たな相棒を手に、少し嬉しそうだった。



同行する二名は決まった。


メモリアは腕を組むと、この場にいる面々を見わたして。


「あと一人、どうしようか」


まず勇者一行の三人は護衛対象であるため、外れなくてはいけない。


両分隊長に班長も、立場からして離れるのは難しい。


明火長は頭をさげ。


「原因が我々にあるからには、こちらから一名出したい所ではあります。ですが、申し訳ない」


氷魔熊との戦いで、朱火は戦力を失っている。




うつむくペルデルの肩を叩くと、フエゴが一歩前にでて。


「元々ただの付き添いだし、おいちゃんが行っても良いよ」


明火長は顔をしかめ。


「死にそうな顔して、なに言ってんだか」


人に向かっておばさんと呼ぶが、彼もそれなりの年齢である。威嚇射撃のために、過酷なルートを進んだ身体は、すでに悲鳴を上げていた。


「だいたい、あんたは」


その先を言いたくとも、現状で発することは許されない。


魔獣を倒したあの日から、彼は敬語を捨てた。


責任もなにもかもを放り投げた。



ペルデルとセレスを交互に見て。


「おいちゃんはとても格好悪いオッサンだけどさ、苦しんでる若者を無視できるほど、落ちぶれちゃいないよ」


フエゴは両手の平をパチンと合わせ。


「グレンちゃん結構しぶとそうだしさ。まあ、なるようになるんじゃない」


・・

・・


これから離れて行動するため、フィエルはその支度をしていた。


コガラシは黙って見守る。


「心配?」


「うちの補佐さん、実戦はあまり得意じゃねえんですが、あっしよりずっと有能な兵士でさあ。だから、こんな所で死なせたくねえ」


非戦闘時、彼ほど役に立つ者はいない。


「そう、彼の心配なんだ」


「ちっと、そりゃわざとらしいねえ。もっと潮らしくいたしやせんと」


男と女はそう言って笑い合うが、しばらくして互いに黙りこむ。



コガラシはフィエルの右手を握ると、それを額に持っていき。


「死んでもらっちゃ困りやす。まだ、返事をもらってねえ」


「帰ってきたら、抱擁くらいできるのかしら?」


へっへと笑いながら、片手で頭をかく。


可愛らしいことに、照れているようだ。


「遺体を抱きしめんのだきゃ、あっしは御免ですぜ」


周りに人がいるため、彼女の横髪をさするだけで止めておく。



フィエルはくすぐったかったのか、その手を払い。


「ちゃんと洗ってから触りなさい」


「こりゃまた失礼」


やはり兵士なのだろう。彼女の髪の毛は、少しだけごわついていた。


「大丈夫、私はそう簡単に死なないから。あんたこそ、うっかり死んじゃダメよ」


「どうか生きて戻ってきてくだせえ」


いつかは伝えなくてはいけないことがある。


本当はまだ、勇気は持てない。


そもそもこの国では、彼が思うほど風は迫害されていない。しかしコガラシが恐れているのは、風を拒絶されることではなく、その裏に潜む犯罪組織である。


命を狙われた当時のことは、今でも脳裏に焼きついて離れない。


それでも、あの丸まった背中に応えたい。


・・

・・


これは火炎団ではなく、火炎団の問題である。


「救助には連中を向かわせる」


明火長の発言に、フエゴは心底嫌そうな顔をして。


「おいちゃん、やっぱこのままヒノキ行く」


この男はグレンのためだけに、ゼドと同行することを決めたのか。


「もう良い歳なんだから、自分の発言には責任を持て」


そういったいつものやり取りをしていると、亡骸の確認を終えたペルデルが二人のもとに。


「すみません」


「若いのに気苦労が多くて大変だね。禿げないように気をつけるのよ」


少しは見習えと頭を叩かれたが、フエゴは素知らぬ顔で。


「まだ任務が失敗したと決まった訳じゃないからさ、やれることは互いにやろうじゃない」


ペルデルは力強くうなずいて。


「まずは一行の三名を」


「だけど最悪の想定はしといた方が良い。なにかできることがあれば良いのだが」


明火長にそう言われ、ペルデルはこれまでのグレンとの会話を思いだす。


ボルガが背負っていた一行の荷物を見て。


「そういえば」


一難の先にまた一難と、こうやって火種はまかれていく。


・・

・・


出発の支度をするわけでもなく、ゼドは投げ槍の慣らしに精を出す。


本来は投げる物であり、こういった使い方はしない。だが生活用品のナイフを武具としてきた者からすれば、これは充分な代物である。


突いては捻り、そして抜く。


足を払い、姿勢を崩した瞬間に、ナイフで止めを刺す。


これから戦うのは魔物だというのに、気づけば人間を対象として動いていた。



まともに戦わなくなって、もう随分と時が経っている。


だけど、だから、泣きそうになる。



鼻水をすすりながら。


「なんだすか。まだなにか、言いたいことでもあるのだすか?」


下を向いたまま、セレスはゼドの後ろに立っていた。


少し離れた場所で、アクアとガンセキが見守っている。


「ごめんなさい」


「なにがだすか?」


突くたびに、払うたびに、投げ槍は不慣れながらも応えようとしてくれる。


それが嬉しくて堪らない。


「ごめんなさい」


自分もまだまだ下手くそだけど、一緒に高めていこう。



ゼドはセレスを無視したまま、投げ槍の慣らしにのめり込む。


今、この一時。


「ごめんなさい」


頼むから、邪魔をしないでくれ。


相棒の声を聴き逃したら、お前はどう責任をとってくれるんだ。



誰かの声が聞こえる。


『あの約束を思い悩んでいた私が、まるで馬鹿みたいだよ』


消え入りそうなその叫びに、槍の刃先は動きを止めた。


『いつだってそう』


その場に立ち尽くす。


『ゼドは私と向き合ったことなんて一度もない』


恐る恐る振り向けば、勇者が頭をさげていた。


『あんたは、剣越しにしか私を見ない』


息をつき、肩を丸める。



手に持った槍を、しばし眺めて。


「気にしなくて良いだすよ。自分の日頃の行いが悪いだけだす」


セレスは未だ、こちらを見ようとはしない。



人を散々罵ってきたくせに。ゼドには未だ解らない。


案内人は傾き始めた空を見上げると。


「本当は朝を待ったほうが良いだす」


暗闇の中。この地を歩くなど馬鹿にもほどがある。


「でも自分は生きているものとして動きたい」


たとえ生存していたとしても、二人で夜明けを待つのは厳しい。



ゼドは鼻糞を穿りながら、顔を上げたセレスに向け。


「きっと、彼は生きているだす」


「うん」


涙と鼻水によだれが混じり、とても見られたものではない。


もしここにグレンがいたとすれば、その笑顔を気持ち悪いと言っただろう。


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