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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
11章 いざヒノキ山
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十三話 憧憬

風が吹き、時代が変わる。とても素敵な言葉であるが、それには混乱がついてくる。


格差は差別へと変化する。


不満がなければ革命など、必要はないのだろう。


理想の果てが独裁でないと信じたい。




風が吹いたから、その時代に生きた者は心に闇をもったのか。


それとも闇が強まったから、風が吹いたのか。



なんにせよ、誰かが言った。


風が全ての元凶だと。


・・

・・


コガラシが天幕から出ると、今日の空も曇っていた。


すでに外で待機していた一般補佐は、一礼をしたのち。


「雨の心配はもうないそうです」


ヒノキまであと三日ほどの位置まで進んでいたが、太陽が隠れ魔物が活発に動きだしたため、二日間の足止めとなっていた。


「この天気ですと、もう少し様子見になりそうですが」


彼らが待機しているあいだ、朱火の者たちは雨中を歩き、これから進む先や魔物の様子を確認していた。


だがその情報を得なくとも。


「実際にここらの魔物さんを見りゃわかりやすよ。どいつもこいつも、目が血走ってやがる」


力馬ルートに入った当初は、少し執念深い程度であったが、明火長の威嚇射撃も少しずつ効果が薄れてきた。



しばらくすると天幕から、続々(ぞくぞく)と一般兵が外にでてくる。


ある者は朝の空気を吸い込み、ある者は眩しさに顔をしかめていた。その中の誰かが、二人の会話を聞いていたようで。


「コガラシさんに魔物のことはいえねえな」


「こりゃまた手厳しい」


上下関係というものがあるのなら、メモリアのほうが確りしているだろう。


「それでも魔物と違い、我々には知恵があります」


補佐が誰よりも忠実であるからこそ、この分隊は成り立っていた。


「まあ、やることは変わりやせんよ。あっしらは阿呆みたく鍛錬して、敵を殺すだけでさあ」


ゼドは彼を良い上司だと言っていたが、それが優秀だとは限らない。



補佐は皆の前に立つと、おはようの言葉もなく。


「我々は所詮、一般兵です」


鍛錬はほぼ毎日であるが、そこまで厳しいものではない。


「しかし役目があるからには、それをするための準備を怠ることはできません」


どちらかと言えば最初の数ヶ月、兵士となるために受けた訓練のほうが、精神的にも肉体的にも辛かったのを彼らは覚えている。


コガラシが教えるのは心構えではない。それを叩き込むのはレンガ軍の役目である。


一対一の戦いなど必要ないのだから、どう頑張っても彼は、生粋の兵士にはなれないだろう。



走りこみは現状だと無理なため、素振りで身体を暖めたのち。


「じゃあ今日は三人一組でいきやしょう」


そこら辺の木や岩を魔物に見立てて訓練をする。


二人で一体を、三人で一体を仕留めるには、どうすれば良いのか。三人で十体を、十人で三十体と戦うには、どうすれば正解なのか。


そんなことコガラシは師匠から教わっていない。


敵を引き付ける者。動きを封じる者。息の根を止める者。


多勢と戦うときの位置取り、そのときの死角はどこになるか。


補佐と手探りで今日まで色々と考え、仲間とともに一つずつ実戦に取り入れてきた。



剣士は得物を担ぎながら、辺りを見渡して。


「いつも君らには、世話になっていやす」


皆が集中しているため、コガラシの声は誰にも届かない。


本当なら、部下たちの信用はすでに失っていたはずである。自分から全てを打ち明けるなど、今も昔もそんなこと、意気地なしにはできなかった。


「お前さんには、足を向けて寝れやせん」


補佐は自ら率先して、兵士たちに指示を飛ばしていた。


・・

・・


無類の修行好きであれば、その光景は見ているだけで至福の時間だろう。


実際にガンセキはとても楽しそうであった。というか興奮しているのか、すこし鼻息が荒い。


そんな責任者を横目に見ながら、ゼドは今日も鼻糞をほじっていた。


剣の師。


「沢山の兵士を育てた立派な人だったそうだすが、たぶんコガラシ殿と過ごした時間は、掛け替えのないものだったはず」


彼からすれば。彼だからこそ、その気持は嫌というほどに理解できた。


「心は最初からもってなくちゃ駄目なんだす」


「それがなければ、ただの押しつけですからね」


勇者からすれば、さぞ迷惑だったはず。


「牛魔双角。あれはまだ実戦で使わせちゃダメだす」


「俺もそう思います」


地面に手を添えなければ、魔法は使えない。ガンセキも例外ではなく、多くの土使いはそう教えられていた。



ボルガがどのような選択をしたとしても。


「教えちゃいけない理由はないだすよ。少なくとも、修行は好きなようだすしね」


本音を言えば教えたほうが良い。ガンセキはしばし考えたのち。


「もしグレンが交渉に失敗すれば、兵士に頼らなければいけなくなります」


だからこそ責任者は、フィエルに針壁のことを教えた。


「所詮は一般兵か。あの補佐さんはきっと、嫌なことをたくさん経験してきたんだすね」


時に理不尽な命令にも、嫌な顔一つせず従うのが、兵士という仕事である。



上に立つ者として、本当に優秀なのは分隊長ではないのだろう。


「俺も責任者だなんて偉そうな立場にいますが、コガラシさんを悪くは言えませんよ」


「どこだって、そんなもんだす」


ゼドの考える良い上司が、優秀だとは限らない。


・・

・・


二日も同じ場所に留まれば、それなりの生活環境はできてくるものである。


ある程度広いというのが大切ではあるのだが、守りという点においても有利に運べる場所が好まれる。


いかに魔物の身体能力が優れていようと、どこでも楽々と動けるわけではない。接近してくる経路をあらかじめ予想することにより、そこに兵士や団員を置く。


予想どおり近づいてくるとは限らないため、土使いが領域で網を張る。


このような対策を立てることで、彼らは安全地帯をつくり、そこで寝起きをする。いざという時、すぐに動ける場所で待機をしたり食事をとる。



そんな野営地の一角に、ガンセキとデカブツは立っていた。


「ということで、双角を使う上で教えたいことがあります」


この武具を装備していると魔法を使い難い。


本人も自覚はしていたようで、ボルガも不満はないのだろう。責任者がメモリアから許可をもらうと、嫌がることもなくついてきた。


「へぇ。それはありがてぇんですが」


教えを受ける前に、ボルガとしては伝えておきたいことがあった。


「おれは敬語が苦手だから、失礼があると思うけど、大目に見てくだせぇ」


なんどか怒られた経験があるのだろう。ガンセキは微笑みながら。


「うちにも似たような者がいるので、その点はお気になさらず」


デマドの時は目が笑ってなかったが、今は本当に楽しそうである。なんとなく安心したのか、ボルガは頭をさげ。


「そんじゃあ、よろしく頼んます」


ガンセキはうなずくと、自分の両手をボルガに見せる。


「そもそも二足歩行の生物は珍しい。人以外は大半が前足や後ろ足ですよね」


与えているのは神ではなく闇の存在だが、魔物は魔法を使っている。


「まぁ言われてみれば、たしかにそうなんだなぁ」


相手に向けていた手の平を地面へ添えると、自分とボルガのあいだに岩の壁を召喚する。


趣味は読書だが、彼は資料を漁るのも修行の一環として好きだった。


「土魔法を使う時は大地に両手を添える。この教えが広がり始めたのは、恐らく古代種族が去ったあと」


フエゴが炎だとすれば、ガンセキは土を探求した者といえる。


「両手を添える必要はねぇんですか?」


壁を土に帰すと、その言葉にうなずきながら立ち上がる。


「実際に見たほうが早いですね」


片足を持ち上げて、靴底で地面を叩く。


新たに召喚された岩の壁を触りながら、ボルガは息を漏らす。


「こりゃあ、すげぇんだなぁ」


それでも自分なりに検討したいのだろう。ガンセキの真似をして、靴底で何度か試したのち。


「おれはもう思いこんじまってる。腕からじゃないと、ツチが返事をしてくれねぇです」


この男は土使いとして、責任者よりも鋭いところが多い。ボルガがそう判断したのなら、別の方法を提案したほうが良い。


「短剣を地面に突き刺して岩の剣にする。今のような間違った教えが意図的に広まっても、こういったものが残るのは当然の結果です」


「使い慣れた武器は、自分の手と一緒なんだって教わったなぁ」


このように誤魔化すことができるから、残ったのだとも考えられる。



ガンセキは壁の維持をやめると、次に杭を地面に突き刺す。


「こうやって得物に岩をまとわせるだけでなく」


ハンマーで地面を打ち、岩の腕を発動させる。


「壁や腕をつくりだすことも可能です」


実際にはツチとの繋がりを強化する能力なのだが、それを発動させなくとも、この程度ならできないことはない。


「あと俺がこれを使うようになってから、まだそれほど時間は経っていません」


手に馴染んでいなくとも、武具からツチに願いは送れる。


ボルガはその教えを受け、双角を握りなおすと、大きく振り上げて地面に突き刺す。


それは一瞬であったが、大地が盛り上がり、岩へと変化してすぐに土へ帰る。



結果はでた。


「足でやるよりも、こっちの方がなんか良い感じなんだな」


牛魔走法のときは自分の胸を頭として、両脇を角の生え際とする。


「魔法を使うとき、双角が腕の一部だと思い込めば、もっと上達するはずです」


それでも手袋などをすれば、細かい作業は難しくなる。


「離れた場所や寸分違わぬ位置に壁をつくるときは、直接地面に触れた方が良い」


「ありがとうごぜぇます。ちっと練習してみるんだな」


ガンセキのうなずきを確認すると、ボルガは何度も同じことを繰り返す。







その光景をこっそり眺める者がいた。


いつかの時を想いながら、重なっては薄れていく。



誰にでも老いは訪れる。


黄昏の時期に入り、結果を残せていなければ、不安は(よぎ)る。


勇者に剣士としての心がないことは、彼だって気づいていた。


それでも、自分の剣には価値があると信じていた。



本当はなんでも良かった。


迷惑がられても構わない。


憎しみだけでなく、なにか一つ、彼はあの娘に伝えたかっただけだ。



戦い続けた。


魔法というものに抗い続けた半生には、もう剣しか残っていなかった。


残せるものが、剣しかなかった。




ボルガは同じことを、馬鹿みたいに何度も繰り返す。


ガンセキは飽きもせず、傍らでそれを見守っていた。



鼻糞をほじるのも忘れ、男はその情景をずっと眺めていた。

予定では次か、長くてもその次でこの章は終わりだと思います

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