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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
11章 いざヒノキ山
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十二話 達成感

闇が徐々に支配を強めるころ、未だメモリアたちは移動を続けていた。


「本当にいない?」


「だからそう言ってるじゃないだすか。しつこい女は嫌われるだすよ」


すでに目視での警戒は難しくなっているため、今は土の領域だけが頼りであった。


「嘘だったらごはん抜きだよ」


今にも相手を殺しそうな眼光から、ぽたぽたと涙が流れ落ち。


「なんで信頼してくれないんだすか。自分はこんなにも、メモリア殿を信じているのに」


「よくもまあ、いけしゃあしゃあと」


両手で地面をなでまわすと、真剣に領域を展開させている素振りをして。


「そもそも熊さんは、この時期まだ冬眠中なんじゃないだすかね」


今は春の手前。その種が活動をはじめるのは、もう少し先であった。


メモリアは呆れた口調で。


「なんでおじさんが勇者さまの案内人なの?」


ここは褐色の大地に近いため、そこからの影響を受けやすい。またヒノキ周辺は時が狂わされているせいか、冬眠をしない種も確認されている。


その程度の情報すら把握していないなど、案内人として失格ではないのか。



ゼドにも一応だが、ボロ雑巾ほどのプライドは残っていたようで、メモリアを睨みつけると。


「熊さんは冬眠前が一番危険だし、ヒノキ周辺じゃなくても、真冬に活動することだってあるだす」


ふとした切欠で、まともな言葉を返してくるから、彼女はこの人物に気を抜けない。


「厄介な魔物だってことは自分も承知してるんだすがね、臆病な生物ってことは、度を過ぎると余計な刺激を与えるんじゃないだすか」


相手が怖くなければ、警戒など必要ない。


「自分たちの存在をあえて気づかせて、相手を遠ざけるって手法もあるんだすよ」


魔物によって対応が違うのは当然であるが、それを実行するのはかなり難しい。


鈴を鳴らしながらの移動では、沢などが近くにあると音がかき消されてしまい、遭遇する危険が高くなる。


「弱気になっちゃいけないってことなの?」


「攻撃するかどうか。魔物の判断基準は憎しみだけじゃないだす」


優れた力は安心となり、やがて油断へと変化する。


「私よりオジサンのほうが、きっと性根が腐っていると思うの。理由があったのなら、ちゃんと言ってくれないと伝わらない」


メモリアはゼドをあてにするのは止め、今まで通りの移動を再開させた。


・・

・・


しばらくすると、先行隊の一部とメモリアたちは合流した。


力馬を守っていた者たちと比べ、現れた班長はだいぶ汚れている。


「あと四五分ほどで野営地につきます。ここからは俺らが護衛させてもらうんで、一般兵は休ませたほうが良い」


班長はメモリアの前にコガラシと接触したわけだが、あの戦闘狂は目が血走っていた。


「お願いします。勇者さまも疲れてるだろうし、そうしてもらえると助かるの」


「今までの戦いぶりで優秀なことは俺も把握してる」


剣士に限らず、戦いの中で興奮するのは珍しくない。それは士気が高いとも言えるが、現状の輸送任務だと障害にもなりうる。


「ですが一般兵ですし、明日からはちょくちょく持ち場を交換したほうが良いと思います」


力馬の前方。その位置は魔物との戦闘を引き受けることが多い。


並位属性使いと違い、常にまとっていられるほど、一般兵は魔力を持ってはいない。


「本当は私の役目を交代で務めてくれると良いんですけど、前にでたいって人だから」


兵士として指示には従うが、イザクと違い剣士の性分は隠さない。


一般兵はまだ余力も残っているが、分隊長の興奮状態は他者にも伝染するため、頭を冷やさせたほうが良い時もある。


領域を展開させているゼドの背中は、いつだって穏やかに丸まっていた。


「興奮で自分を見失うような二流なら、勇者に接触なんてさせないだすよ」


とても小さな声であったが、責任者の耳には届いていたようで。


「少なくとも今日は、冷静に動かれてました」


アクアは班長の引き連れてきた団員たちを見渡しながら。


「グレン君は別行動かな?」


「はい。今は野営地の支度をしてもらっています」


基本は真面目な性格であるため、そうそう迷惑はかけないと思っているが、責任者の立場からして心配なのは当然である。


そんな内心に気づいたのか、ペルデルは苦笑いを浮かべると。


「良く働いてくれて、とても助かってますよ。本人にお願いされたとおり、うちのお偉いさんに赤の護衛は素晴らしいと伝えておきます」


ガンセキは目もとを手で隠し。


「本当に何と申し上げてよいやら、感謝の言葉もありません」


「まったくグレン君は、図々しいにも程があるよ」


敬語を使えないアクアにだけは本人も言われたくないだろうが、この場にいないのだから返すこともできなかった。


・・

・・


一方そのころ、グレンは商会員たちと野営の準備に入っていた。


そこは集落跡ではないが、なんらかの作業場だったようである。だいぶ前に切られたまま放置されていた木材が、壁のない小屋に積まれていた。


近くには崩れた窯があり、木炭でもつくっていたのだろうか。



今は商会員と天幕を張っていた。


「前から思ってたんすけど、今日は天気も良いし、こんなの必要なんすかね」


これは火炎団の私物であり、今まで使っていたものより一回り小さい。


「清水も無料ではありません。微魔小物にも毒持ちはおりますので、安全第一ということです」


清水運び。雨が降らなかったとしても、決して楽な作業ではない。


グレンは天幕の硬い布をさわりながら。


「鉄工商会ってのは鉄だけじゃなくて、色んな物に手を出してるんですよね。レンガは服とかも生産してるんすか?」


勇者の村だけでなく、その周辺の村々は糸を紡ぎ、機を織る技術が伝わっている。


「名産とまでは行きませんが、昔の名残ですかね。工場は鉄工街の隅に小さいのが幾つかあったかと」


魔物狩りに夢中であったため、故郷のことは良く知らないが、もしかすれば財源は勇者だけではないのかもしれない。


勇者の村で織られた生地など、その銘柄だけで凄い値段がつきそうである。



鉄工商会。


「ほんと、おっかない組織っすよ」


杭を地面に刺し、それをハンマーで打とうしたが、狙いがそれてしまう。


我ながら不器用だと思うが、苦笑いで作業を続けながら。


「借りを返せれば良いんですがね」


グレンはあの女が怖い。


「損と得ですか。今はあの方の口癖になっているようですね、とても立派になられて」


「昔からの知り合いなんすか?」


商会員は頭を左右に動かすと。


「どちらかと言えば、彼女の教育係だった者とは、何度か仕事を御一緒させてもらいました」


どの職業にも、師やそれに属する存在はいるらしい。


「仕事の鬼とは、彼のような人物なのかも知れません」


すでに引退しているのか、もう死んでいるのかは解らない。


「なんか、すげえ人なんだってのは想像できました」


「はい、凄い方でした」


商会員は苦笑いを浮かべると。


「正直に言わせてもらいますと、彼女には似て欲しくない」


鬼とまで呼ばれるということは、その職に命をかけていたのだろう。



グレンは気になる。今話しているこの人は、以前どのような仕事をしていたのか。


ここよりも険しい場所。それも同じ道を行来するのではなく、国中を歩きまわっていた。


「要らぬ話をしてしまうのは、私も潮時ということですな。さあ、早く作業を進めましょう」


アルカとの会話に登場した、代弁者のような役割だったのか。



死ぬまで現役を貫き通す者。


後任に託し去っていく者。


・・

・・


一団が野営地に到着したころには、なんとか一通りの作業を終えていた。


パチパチと音を鳴らす炎は赤色を弱め、今は暖かく辺りを彩る。持ち運ぶのは苦労するが、大きな鍋は皆の心を安定させるのに、とても大切な道具であった。


「すこし横にならせてもらいやす」


ごはん抜きにされることもなかったようで、ゼドは木製の器にもられた粥を一口すすり。


「食べないんだすか?」


天幕の前で、コガラシは背中を向けたまま。


「残ってたら、あとでもらいやす。とりあえず、今は休みてえ」


誰の返答も待つことなく、中へと入ってしまった。



現在メモリアは見張り中である。本来ならゼドもそれに従うはずなのだが、お腹がすいたと泣きわめいたため、今はフィエルが彼の面倒を見ていた。


「興奮冷めやらぬって感じだすね、あんな様子じゃ寝れないと思うんだすが」


天幕に視線を向けることもなく、黙々と夕食をとっていたが、ふと動きを止め。


「あんな調子で、ヒノキまで体力が続くとは思えないけど」


一般兵だとすれば、常に魔力はまとえない。ましてや魔力なしであれば尚更である。


皿底に残った汁を意地汚く舐め回しながら。


「レンガ軍は良いところだと思うだすよ。場所によっては、魔力なしはぞんざいに扱われるだすからね」


コガラシの部下には一人、本物の魔力なしがいる。


彼は今、食事もとらずに片手剣の手入れをしていた。剣士ではないようだが、兵士としての誇りは感じられる。


元来一人ぼっちだから、そんな人生はあり得なかったとしても。


「コガラシ殿のような人の下につくことができたなら、また違った人生を歩めたと空想するほどには、良い上司だと思うだすよ」


「あなたは魔力なしだったかしら? それに人格はともかく、低位魔法の技術はもっと評価されるべきね」


デザートの鼻糞を味わいながら。


「魔法なんか糞食らえだす」


ゼドにとって魔法とは、昔からそういった認識である。


「よく解らないけど、あなたから魔法をとったら、もうなにも残らないじゃない」


酷い言われようだが、返すこともできないため、不貞腐れるしか道はない。


「どうせ自分はなにも残せないダメ人間だすよ」


間者としての働きは、偉業としても良いくらいである。


しかし本当に残し、伝えたかったものは、なに一つ。


「コガラシ殿はなんで、ここに戻ってきたんだすかね」


その発言を受け、フィエルは初めて視線を天幕に向けた。


「未練でも、あったんだすかね?」


・・

・・


ランプの明かりに照らされた、緑色の刀身は美しかった。


お前が母さんを守れと、父に押し付けられた物である。


「こりゃまた困ったもんで」


この懐刀に魔力をまとわせれば、その量によって風に乗せたときの切れ味が増す。しかし直接斬ってしまえば、刃毀れは免れない。


手に持った武具だけを対象とし、金属を丈夫にさせる。こういった力を宿した玉具を購入しなければ、懐刀は少しずつ消耗していく。



本当はそろそろ研師に依頼をしたほうが良いのだが、風使いであるからして、それをする勇気が持てない。



守れと言われても、あの頃の自分にそんな力があるはずもない。


戦うこともできず、ただ母に手を引かれ怯えていた。



レンガに到着するまでの出来事は、コガラシの心に深い傷を残し、今も血を流し続ける。


「休むんじゃなかったのかしら?」


突然声をかけられて、そそくさと刃を鞘に帰す。


「興奮しちまいやして、どうも眠れねえ」


「それ、昔から肌に離さず持ってたけど」


なんとなく予想はしていたのか、それとも母親から聞いていたのか。


「お父さんの形見?」


「ええ……まあ。そんな大層なもんじゃありやせんが」


刀身を見られていないか、コガラシは動揺をなんとか隠し。


「あっしの私物んなかじゃ、一番高価な品でしてね」


フィエルはこの親子の過去をあまり知らない。


「どうせ眠れないんじゃ、食べといたほうが良いと思うけど」


目の前に置かれた器の中には、干し肉入の粥が注がれていた。汗もかいているため、塩分はとっておいたほうが良いだろう。


「フスマって、どんな所だった?」


「さあ、もうずいぶん昔のことでして」


覚えているはずもない。滞在していたのは、ほんの数週間である。


「あっしからしてみりゃ、レンガが故郷でさあ」


「おばさんも、あんたもいつもそうやって、話をはぐらかしてた」


母心からすれば、コガラシを頼むとか言いそうなものだが、そういった発言は一切なかった。



とても居心地の悪い沈黙が、二人のあいだに流れる。


「ヒノキについたら、手紙でも書いてみたらどう?」


コガラシは顔を上げ、目を見開いてフィエルを映す。


「届くかどうかもわかりやせんし、間に合うとも思えねえ」


「それでも、ちゃんと想いは伝えたほうが良い」


未練を残したくないのなら。


「あっしには……なに書いたらいいか」


「私が手伝っても良い。それが嫌なら、自分で考えるしかないわね」


母と向き合うのが怖かった。でも、聞きたいことはある。


「なぜ父と結婚したのか。あっしを産んで後悔はないのか」


どうして俺を産んだのか。



フィエルには事情が解らない。


「オバサンが今、どう思っているかってこと?」


頭をかきながら、コガラシは力なく(うなず)いた。


「そんなの、一つしかないと思うけど」


心中を思い悩むほど、追い込まれた親子だったことは、すでに彼女も知っている。


苦労をしたのだろう。


「やりきった……じゃないの?」

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