十話 個と数
コガラシの案を受け入れ、メモリアは群れの本体に勇者一行を向ける。その際、自分の部下を何名かつけるか迷ったが、下手に混ぜない方が良いと判断した。
代理は笛を責任者に渡すと。
「合図があれば属性兵をそちらに送ります。油断ならない群れだから、高位の使用も考えてください」
雨は魔力と体力だけでなく、使った側の士気を高め、敵の戦意を削ぐ効果もある。
天雷雲は一度の攻撃で、沢山の命を奪える。
剛炎放射は並の魔力まといなら突き破れる。
ガンセキはうなずいて。
「最優先は信念旗より、刻亀討伐です」
器用貧乏のアクア。
凄まじい力を使いこなせないセレス。
炎を放射できないグレン。
今日まで行動を共にし、戦闘にも参加しているのだから、兵士たちもそのくらいは把握していた。
「世間の評判と違い、俺たちは力押しできるほど強くありません」
心を操作しなければ、震えが止まらないガンセキ。
恐らく六十年前の勇者一行は、現状であればこの四人よりも強い。
それでも不安の声が聞かれないのは、兵士たちが戦いを生業としているからである。
「勇者さまも青の護衛さまも、きっと数年後には凄い人になる」
できる限り権力には頼らず、メモリアたちとの交渉を優先させる姿勢。
「貴方たちの旅立ちが、もし五年後だったら、今とは違っていたかも知れないの」
完璧とはいえなくとも、協力関係は築けているのだから、それなりの評価は得ていた。
悪い子が混ざっているからか、兵士の指揮下に加わりながらも、独自の立ち位置も確保できている。
「今後どれほどの力を身につけても、俺たちは四人しかいない。だから相手の腕や足を狙って、動きを封じることしかできません」
個の力でできるのはそこまでであり、首や胴を斬るのは数の力にしかできない。
「笛を鳴らす可能性もありますので、準備をお願いします」
今はまだ戦いの最中。
メモリアに軽く頭をさげると、ガンセキは足速に去っていった。
残された者は現状を忘れたのか、どこか遠くの空を眺めてしまう。
村からの帰り道。
牙が突き刺さったのは、右足の付根あたり。
「足だとしても、当たりどころが悪ければ、血が止まらなくて死ぬの」
彼女の腕は、腹部の傷あとに添えられていた。
黙って周囲を探っていたオジサンが、ふとコガラシに反応して。
「本当に厄介な集団ってのには、独特の空気っていうか、なんか変な色があるんだす」
ゼドの声に、意識を遠くからこちらに戻し。
「あの四人には、それがあるの?」
「さあ、自分にはわかんないだす」
突っ込んでいた指を鼻水でぬらし、探知の達人は風を探る。
「一点放射がさっき落っこちただす。少し離れた場所だっただすが、どうやら魔物さんは気づいてくれたようだす」
群れの本体は動きを止めた。
「ばっちいから穿るのやめなよ」
「自分のは汚くないだす」
先ほどまで地面に触れていた手は、どう見ても汚れていた。
「本当に汚れているのは、人の心なんだす。メモリア殿の性根なんだす」
メモリアは変なオジサンを無視すると、今の戦闘に集中する。
「色がないなら、火炎団みたいに、布や鎧とかにぬれば良いんだすよ」
・・
・・
ガンセキは二人の前に立ち、コガラシの案が採用されたと伝える。
「相手は恐らく電撃や雷撃を使ってくる」
「もしかすると、私たちが戦った犬魔より厄介なのかな?」
まだ接触はしてないが、群れを二つに分けるということは、ボスがいるのだと予想できる。
「俺の予想だと、一角小電魔の群れだと思うが」
群れの数は種によって異なるが、個体が強いほど管理は難しくなる。
「四十体をまとめるようなボスだ。油断はできんな」
勇者一行が戦った犬魔の群れ。後数年遅れていれば、全ての個体が標準以上の魔力をまとっていたかも知れない。
炎の壁と魔力まとい。この場にグレンがいれば、接近戦は彼に任せられるのだが、いない者はしょうがない。
「相手が雷魔法主体であるからには、こちらもそれに合わせた戦法をとる」
「グレン君がここにいたらさ、すごく楽しそうにしてそうだよ」
赤の護衛は一対一だけではなく、こういった戦いにも目を輝かせていた。
「私にはわからないけど、それがグレンちゃんの発散なのかな?」
「楽しいと錯覚させることで、あいつは心の安定を保っているのかも知れん」
道剣士と似ているが、違いも少しはあるのだろう。
「大地の結界を使う。今のうちに魔力を合わせておいてくれ」
二人の準備が整うと、ガンセキは結界を自分たちの足もとに発動させ、移動を開始する。
・・
・・
責任者の立てた戦いを聞きながら、慎重に群れの本体へ接近する。
現在コガラシと戦っている一五体と違い、彼の補佐が受け持つ方面にボスたちは動いていた。
土の領域があるため奇襲とはならないが、二十から三十の本体は、高い場所から襲撃を狙っている様子。
落下型の一点放射により足を止めていたが、今は動きを再開させている。それでも警戒を強めたようで、速度はかなり遅くなっていた。
レンガにてグレンが実行部隊に使った一瞬全極。これと同じ理由で、正体不明の攻撃は恐ろしいものである。
それでも自分たちの居場所を守るため、魔物たちは命がけで戦う覚悟を決めていた。
・・
・・
ボスは立ち止まると、一方に目を向ける。それに反応した上位個体が、十体を引き連れて動く。
薄暗い木々の奥から現れたのは十五体の兵士だった。しかし人ではない。
大地の下級兵。
上位個体が丸腰の兵士たちに雷撃を放つと、小電魔たちも電撃で続く。
一体の兵士は破壊されたが、電撃による痺れはないようで、下級兵が動きを止めることはなかった。
それでも上り坂であり、大地兵の移動速度はそこまで早くないため、再び雷が発射された。
下級兵は魔力まといを使えない。それがな無ければ低位でも、それなりのダメージは負ってしまう。
電撃一発での破壊は難しいと判断し、下位個体は協力して一体を狙う。
連続して放たれた一斉発射により、兵士はその数をだいぶ減らされた。
それを確認したボスが天に向けて電撃を放つと、待機していた八体の小電魔が下級兵に向けて走りだす。
雷撃や電撃で兵士を弱らせるのが十体。
兵士に突撃したのが八体。
ボスを守るのが九体。
剣も盾も持たない兵士たちは、鋭い一本の角により、簡単に壊されてしまった。
たとえ祭壇を使おうと、地面の慣らしがなければ、下級兵は二十から三十しか召喚できない。
しかしこの魔法、最大の特徴はそこではない。
下級兵に突撃した八体。それを指揮する上位個体は混乱していた。
自分たちが兵士に接触したとき、相手は半数ほどしか残っていなかったのに、何体壊そうと数が減らない。
最初に電・雷撃を放った十体も加勢に加わったが、状況は未だかわらず。
大地の兵という魔法は、一度に召喚できる数は決まっているが、魔力が続く限り補充ができるのである。
むしろ下級兵は簡単に破壊できるぶん、状況によるが実質の数は何倍にも膨れあがる。
・・
・・
ボスは召喚者の存在に気づき、そちらを先に潰そうと動きだした。その瞬間を狙ったかのように、下級兵たちとは別の方角から、中級兵三体に守られた二名が迫ってきた。
動き始めてしまったせいで、即座に列をそろえられず、セレスたちに電・雷撃を放てるのは数体しかいない。
なんとか放った数発も、中級兵の盾に防がれる。
上位個体の白い体毛に、うすい紋様が現れると、誇りである一角に低位の電がまとわれる。
黒い紋様を肉眼で確認するのは難しいだろう。突き刺さった者は当然として、少しでも触れれば痺れて動きが止まる。
アクアはその個体を睨みつけ。
「きっとあれがボスだよ!」
中級兵に痺れの効果はないが、残りの二名は人間。
ボスと思われる個体は体格が良いため、小電魔と違い草に身を隠すことはできないが、それでも力は強い。
これから戦う三体と二名は、今までの相手とは違うことを、この群れの責任者は解っていたのかも知れない。
ボスは吠える。その鳴き声は犬魔とも、車輪牙とも違う。
下級兵の相手をしていた数体が、ねぐらに向けて走りだす。
恐らくこの群れは、縄張りを捨てる覚悟を決めたのだろう。子どもたちを守るために、必要最低限の大人は残さなくてはいけない。
それでもせめて、憎き人間を一人でも。
ボスと思われる上位個体は、一角小電魔を引き連れて、セレスたちを迎え撃つ。
中級兵三体を小電魔たちが押さえつけ、それにより発生した隙間を、一角小雷魔が通り抜ける。
上位個体は勇者の腹部を突き刺そうと狙ったが、氷の篭手に一角が掴まれた。
それでも相手はあきらめず、そのまま突進を続けようとしたが、セレスは足を一歩動かし個体の横に回り込む。
敵との距離が近いため、斬ることは難しいと判断し、柄の尻で魔物の頭を叩く。
「さっき吠えたのそいつじゃないよ!」
アクアがそう叫んだ次の瞬間であった、セレスの背後の草陰から、一体の小電魔が飛び上がる。
全身放雷。
背中から放たれた雷撃が命中し、小電魔は草の中に落下する。アクアは即座に空気中の水分を集め、氷塊をつくりだす。
ボスは最後の力を振り絞り、一角から電撃を発射すると、氷の塊に圧し潰されて死んだ。足に電撃が当たったことで、セレスはその場に片膝をつき、上位個体の角を離してしまった。
脳が震え視界がぼやけるなか、ボスの死を無駄にはしないと、一角小雷魔は勇者の上に乗り牙を向ける。セレスは片手で魔物の顎を持ち上げ、そのまま雷撃を放つ。
中級兵を押さえていた一体が、諦めまいとセレスに接近するが、アクアの電撃により動きを止められた。隙のできた小電魔は、盾で殴打されて息をひきとる。
勇者は痺れの残る足で死体を蹴り飛ばすと、アクアの助けをかりて立ち上がる。
「犬魔と違って、力の序列じゃないんだね」
アクアの叫びがなければ、ボスの攻撃に気づけなかった。
「魔犬の群れも厄介だったけどさ、組織力としてはこっちのほうが上だよ」
年老いた犬魔がいたからこそ、魔犬の群れは他よりも強かった。
もしクロがこの群れのボスと同等の経験を積んでいたら、群れの魔獣として世に知られていただろう。
セレスの痺れが治まるまで、アクアが彼女を守る。
中級兵も魔力はまとえないが、下級兵と違い簡単には壊れない。それでも兵士の残骸は土となって残る。
「私には、これが楽しいとは思えない」
足もとには、ボスと上位個体の屍。
「ガンさん言ってたじゃないか。そう思わないと、やってらんないんだよ」
たとえ相手が魔物でも、絆の強い群れを壊滅させるのは、やはり気が重い。
勇者は剣を握りしめ。
「そういえばグレンちゃん。策を練るのは好きだけど、それで他人が動くのは嫌いだった」
青の護衛は筒から矢を抜くと。
「まだ終わってないからさ、ボクたちも戦おうよ」
刃に電をまとわせると、切れ味優先の片手剣を構え。
「私の剣は単純だから、アクアに捻りを加えてもらう」
ボスが死んだからには、すでに勝敗は決していた。
全てが終わったあと、ガンセキと合流し、三人で消火作業に向かう。
この群れは危険だと判断したメモリアは、逃げた魔物を許さず、コガラシたちに追撃を命じた。
一角小電魔はそれなりに厄介な魔物ですが、犬魔なども含め、ボスによっては上位の集団に変化します。
なのでボスの意志を残すのは危ないのかも知れません。