八話 晴れのち闇
夜が明けてすぐに小隊長たちは出発したが、力馬ルートの者たちは少しその時間を遅らせた。
移動時の感覚。
中継地あたりと比べれば、たしかに仕掛けてくる魔物は多い。だが命を捨ててまで、群れを壊滅させてまでといった相手は少なかった。
何者かが縄張りに侵入すれば。
・命がけで住処を守る。
・とりあえず攻撃をしかける。
・様子を見て、居座るようであれば許さない。
このような感じで魔物によって反応は様々。
先行の役目は縄張りの見極めであり、命がけといった相手であれば、彼らが前もって始末しておく必要がある。
太陽が天高く昇るころ。
力馬の通る道は、道というほどのものではなく、むき出しの地面が一筋に伸びているだけ。
周囲の木々は風に揺れ、膝下ほどの草は緑もあれば白もあり、名も知らぬ花が所々で咲いていた。
山中というわりには平坦な場所も多く、苦労は今のところ少ないが、大軍が通れる道ではなかった。
・・
・・
朱火は二手にわかれていた。
班長は先行。
明火長は援護。
土の領域により、ペルデルたちの居場所は薄っすらと確認できていたが、それは目印でしかない。
先行隊に向けて直進するなど、物理的に不可能であった。
五六という数字の書かれた細長い布。先行している商会員が、それを枝や草などに縛りつけていた。
今回の作戦でこの道を通ったのは、メモリアたちが五六回目という意味である。
次に利用するときの邪魔にならないよう、見つけるたびに外さなくてはいけない。
セレスは遠くを指さすと。
「あれって黄色だよ、赤じゃないのかな?」
「六十年前の物が未だに残っているとはな」
ボロボロの黄色い布から、番号を確認するのはもう難しい。
アクアは魔物具で周囲を警戒しながら。
「なんかさ、静かな場所だよね」
そこまで大きな声ではなかったが、一行が会話をやめると、この世界は自然だけに包まれる。
赤い布を追った先。過去に人が手を加えたのか、そこは木が少なく、太陽の光で満ちていた。
残っているものもあれば、すでに朽ちている建物も存在する。
草に埋もれ、蔓に覆われた集落の跡地。
昼だというのに。
「なんかボク、ここ怖いよ」
「うん……ちょっと不気味」
今日は天気がよく、とても暖かいのだけれど、セレスはなぜか心が安定しない。
メモリアは足を止め、草を食べている力馬を眺めたのち、部下を走らせフィエルを呼ぶ。
軽鎧の一部パーツを外しているため、鎖帷子の大部分が外気に触れていた。
「もし疲れていなければ、このまま進ませて欲しいの」
責任者は辺りを見渡して。
「安全そうな空間ですが、少し嫌な予感がします」
いつもより、ツチの存在が遠い。
呼ばれたフィエルは、地面に手を添えると。
「領域は展開できるけど、なんか違うわね」
ボルガは土を一摘み、口に含む。
「ここは闇が勝ってんだなぁ」
メモリアは自分の部下を走らせ、コガラシや一般補佐に対し、警戒を強めるよう指示を送る。
責任者は思う。
魔法の才能も、修行のやり方も自分のほうがずっと上だが、この男には何かがある。
小さな声で。
「グレン。いや、アクアか」
安心と居場所。
恵まれた体格。
魔物具との完全な同化。
ツチに愛された属性使い。
そしてもう一つ。
赤の護衛から得た情報があった。
『そういえばさ、グレンちゃんと一緒の分隊に、すごいデッカイのいたじゃない』
『ああ……やっぱそうか。なんか、デカそうな名前だな』
本人は気づいていない。または知らないようだが、恐らく彼には繋がりがある。
この男は、あの団体との交渉に使える。
レンガ軍はそれを知った上で、ボルガと勇者一行を接触させたのだろうか。
「たぶんよぉ、ヒノキが関係してんだな。ここは闇が管理してんだ」
刻亀の領域に関係なく、こういった場所は各地に確認されている。
しかし見分けるのはガンセキでも難しい。
闇が支配する地で、休憩や野営をするのは危険だった。
この男なら気づいていたのだろうが、いつだって事後報告。
「今、長距離一点放射が発射されただす。落下地点を予想して、そこから魔物の位置を探ったほうが良いんじゃないだすか?」
魔法には魔力が宿るため、土の領域に反応する。
ゼドという人物は信用されてないが、彼の索敵能力は皆が知っていた。
力馬周辺の土使いは、即座に領域を展開させる。
最初に声を発したのは、一般兵の低位土使い。
「進行方向から二時。距離は大まか三百。おそらく単独……数は不明」
コガラシに指示を伝えにいった兵士が、息を切らせながら戻ってくる。
「一般分隊長より。指示があれば、迎撃に向かう。なければ二分……一分は待つとのこと」
意外にも、今回は勝手に魔物へと走ることはなかった。
締めるときと、緩めるとき。
フィエルは自分の持ち場を指差すと。
「群れが動きました」
「そっちは貴方に任せるの。単独はコガラシさんにお願いする」
属性分隊長は責任者を見て。
「消火作業をお願いしたい」
一行の情報を守るのは重要だが、刻亀討伐をする上で、やはり協力は必要である。
「お気になさらず」
実戦で使わなければ、本番で使えない。
二人はすでに手を合わせ、互いの魔力を混ぜあわせていた。
合流した川は窪地に溜まり、やがて湖となる。
時間経過でゆっくり抜けていくが、この想像した湖が混合魔力の貯蔵量。
丸まった背中の男を、メモリアはじっと睨みつけ。
「こういう風に順序を整えてくれるなら、私だって文句は言わない」
責任者はメモリアに頭をさげ。
「彼を案内人に押したのは自分です」
後悔はない。
「今でも案内人は彼しかいないと、自分は信じております」
勇者を第一に考えて行動してくれる者。
「すごく迷惑な人だけど、彼の索敵に助けられているのは事実なの」
聞こえているのかいないのか、ゼドは無言で周囲を探る。
・・
・・
一分後。
メモリアからの指示はない。コガラシは二振りの片手剣を鞘から払い。
「あっしの好きにさせていただきやす」
単独を迎え撃つのは一般兵。
属性兵の二名をこの場に残し、突破された場合の壁とする。
低位火・低位土・魔力なし。
走りだした分隊長に三人がついて行く。
膝下の草を蹴り払いながら、コガラシは背後の部下たちに。
「敵さんが一体とは限りやせんので、あんたはここで領域を展開」
土の一般兵はその場で立ち止まると、地面に両腕を叩きつけ。
「魔力量から察するに。恐らく、鼬かと思われます!」
これができるということは、土の領域が得意という証拠。
雌なら魔法、雄なら魔力まとい。
コガラシは目を血走らせながらも、その情報を聞いていた。
後ろの二人に叫ぶ。
「この草で、姿が見えにくいでしょう。あっしが前にでやす!」
部下は速度を落とす。
戦うことが大好きだが、その点を師に怒られたことはない。
『もっと勝ち負けに拘りゃ、おめえも良い剣士……兵士になれんだがねぇ』
戦うことができれば、彼はそれで満足してしまう。
「お師匠。あっしは」
コガラシは飛び跳ねると、身体を横に回転させて剣を振る。先程まで彼がいた場所の草が、スパっと切断されていた。
氷の爪。
一瞬姿を確認したが、すぐさま敵は草に身を隠す。
分隊長は着地すると振り向いて。
「背中を斬りやした、赤が目印でさあ!」
二人はすでに動いていた。
氷魔鼬が隠れた方向に兵士が火を放つ。相手は魔力をまとっているのだから、大した効果もないだろう。
低位炎使いは火を消すと。
「いませんっ!」
魔力なしの兵士が、片手剣で焼けあと近くの草を狩る。
その刃を避け、飛び跳ねた影。
「こりゃまたようこそ」
瞳孔のひらいた笑い顔。
コガラシの片手剣が胴体を両断する寸前。水分が集まり凍ったことで、刃が妨げられる。
だが、その剣は打撃優先であったため、イタチは氷ごと地面に叩きつけられた。
魔力なしは片手剣を逆手に持つと、一歩で飛び跳ね着地と同時、地面に肉ごと突き刺した。
兵士の中でただ一人、鎧も鎖帷子もまとわぬ者。
コガラシは心の底から嬉しそうな声で。
「お見事」
分隊長になってから、勝つことの楽しさを少しは覚えた。
・・
・・
現在。フィエルが受け持つのは、コガラシ分隊の一般兵二人。
デマドや中継地での合同訓練だけでなく、これまでの輸送任務で彼女はすでに知っている。
、
コガラシの分隊は一人ひとりが強い。
並の単独であれば属性兵を呼ばず、そのまま彼らが受け持っていたのは、レンガにいた頃から有名な話であった。
レンガにてグレンが牛魔と戦ったとき、イザク分隊の面々はデニムたちと協力していた。
「来たわ。ボルガさん、準備は良いですか?」
デカブツは牛魔双角を地面に突き刺し、両腕を草に埋めていた。
「おれはいつでも大丈夫だ」
後方の三名が中央に合流したのち、そこからボルガと炎使いが、フィエルの援護に回されていた。
彼女はデニム分隊に所属していたのだから、イザク分隊と協力した経験は何度もある。
こちらに向けて走ってくるのは五体の豚。
もともと集落であるからして、視界もひらけており、足場も悪くはない。
氷魔豚。
両肩・両前足・胸・頭。これらの部位が、冷たい皮膚に覆われた魔物。
オスは牙が氷で強化され、メスは顔面が厚く凍っている。
だが岩猪ほど皮膚魔法は優れておらず、全身が氷で守られているわけではない。
フィエルは敵との距離を測り。
「火をお願い」
氷の皮膚は防御魔法であるからして、そう簡単にはいかないが、炎放射は鉄を熱し氷を溶かす。
中岩の上には一般兵が立っていた。
フィエルは腕を上げると。
「3・2・1」
手が振り下ろされると同時に炎が止む。
視界がひらけた低位雷使いは、豚の背中に向けて電撃を放つ。
セレスのような連射とはいかない。三発のうち一発は氷に弾かれたが、二発は上手いこと命中し、電撃が流れた豚は痺れて転倒する。
「壁をお願いします」
ボルガの召喚した頑強壁に、二体の豚が衝突した。炎放射で顔面の氷が溶けていたせいもあり、動きは完全に止まる。
しかし彼が召喚した壁は一つであった。残る二体がそのままフィエルたちに迫る。
攻撃と防御。
岩の小剣と岩の壁。
一体は岩の針壁で死んだが、後ろを走っていた個体は停止していた。
フィエルは少し進むと、自分の壁に片手をそえる。
デマドからの輸送にて、珍しい調和型の土使いがいると知り、一人の修行好きが針壁について教えていた。
「居場所と安心……引き寄せられる」
神よ、自分の剣をあなたの一部に捧げたい。
停止した豚の足もと。大地に向けて壁から突きでた小剣が放たれ、それが刺さって魔物は死んだ。
頑強壁に激突した豚が二体。
痺れの残る豚が一体。
二名の一般兵は即座に走りだし、残った魔物を殺しに向かう。
壁が土に帰ったことで、二体の豚が近づいてきた低位雷使いに気づく。その隙をつき、背後からもう一人が斬りかかる。
挟み撃ち。
電撃をくらい、続けざまに残る一体も斬られて死んだ。
接近戦であれば、恐らく属性兵よりも上だろう。
レンガの兵士なのだから、それくらいはフィエルも知っている。
「魔力まとい」
彼らを育てた分隊長は魔力を持たない。その事実を把握している兵士は、意外と少なかった。
最後の一体は、二足の牛魔がひき殺した。
・・
・・
現在一団のいる集落跡から、それなりに離れた場所。
小さな岩を熱した剣で切断し、石版を何枚か造りだす。少しくらい表面が荒くとも、描くぶんには問題ない。
明火長の宝玉具に込められた能力。
魔力をまとわせれば一点放射。
魔力を送れば飛距離を伸ばす。
しかしこの魔法、そのままだと一直線に発射されるだけであった。
明火長が空に向けて一点放射を放つ。土使いが領域で意識を集中させた場所に、彼女の炎は引き寄せられる。
土使いが石版に片手をそえ、もう片方を地面につける。土の領域と一点放射を繋げることで、魔法陣により一種の合体魔法として成立させた。
この能力は現状だと、宝玉具では成功していない。
闇が管理する集落跡も、内と外からでは領域による見え方は異なる。それでも土の領域が上手くなければ、この魔法は成り立たない。
そもそも長距離一点放射は目立つため、魔法陣を魔物から守る必要があった。
・・
・・
アクアは空を指さし。
「あれかな?」
正式名称は長距離一点集中炎放射。
「ふへぇ~ すご~い、三本」
グレンがいれば何か言われそうな顔。
一点放射は貫通力が高いが、そのぶん燃え移る、燃え広がるといった効果は低い。それでも並位中級であれば、ここいらの木なら二・三本は軽く突き抜けるだろう。
炎という言葉を使っているが、この魔法は赤く細長い光。
赤い光が三本ということは、魔法陣には連射の能力もあるのだろう。
速度は基本だと弓矢より少し遅いくらいだが、これも魔法陣や宝玉具に影響される。
いくら燃え難いといっても、一点放射が原因で火事となれば、冗談ではすまされないため、消火の役目を彼女たちが引き受けていた。
力馬から少し離れ、一般の補佐より詳しい位置を聞くと、セレスたちは落下予想地点に向かう。
「今回は逃げてくれなかったね」
距離もあり、なおかつ相手は単独で速い。
どうやら魔物は一点放射を無視し、そのままコガラシたちに接触したとのこと。
「そういつも上手くはいかないよ」
ここいらの魔物は日中でも攻撃してくるが、命がけで戦ってくる相手は少ない。
動きの遅い単独や群れであれば、長距離一点放射を怖がり、そのまま引き返す魔物も多かった。
・・
・・
土の領域という魔法は人工物に反応しない。偶然だと思われるが、一点放射が着弾したのは建物の残骸であった。
セレスは一歩前にでると。
「私が消火するから、アクアは見張ってて」
なにごとも練習である。青の護衛は魔物具を見つめ。
「わかった。ボクも練習したいしさ」
正直、セレスはあまり魔物具が好きではない。それでも考えて決めたのなら、反対なんてできない。
すでに魔法ではなく、自然のそれになっているのだろう。炎はメラメラと木材の瓦礫を燃やしていた。
手をかざし、ぎこちなく空気中の水分を集める。
消火作業に時間をかけすぎれば、火は少しずつ大きくなってしまう。セレスに気づかれないよう、アクアは水の凝縮を手伝う。
水の塊を一度落下させるだけで鎮火させるのは難しい。いくどか繰り返し、炎は完全に消えてなくなる。
アクアは頭を片手でおさえながら。
「セレスちゃん、左手を湿らせといて」
どうしたのと聞き返したいところだが、先に自分の腕を濡らしておく。
「なんかさ、嫌な予感がする」
魔物具を使う彼女の勘は無視できない。
いや。そんなもの関係なく、アクアはもともと勘が鋭い。
片手剣を鞘から払った瞬間であった。生い茂る草の中から、炎放射が突然放たれた。
勇者の左腕を凍らせると、青の護衛はそこを盾に変化させた。体温の低下を感じとったセレスは、即座に氷の盾で炎を防ぎながら一歩さがる。
「アクアっ 火もと!」
セレスの指示を受け、炎放射の発射もとに向けて電撃を放つ。
魔物具による直感か。
「ごめん、外した」
それでも邪魔はできたようで、炎放射は消えていた。
アクアは一方を指さし。
「水を集めて、あとはボクがするから!」
すでに氷の盾は溶けていた。
左手をかざし、セレスは水を凝縮させる。アクアは弓を構えながら、すかさず小さな水塊を凍らせた。
落下と同時。草の中から影が飛び跳ね、別の場所に移動した。
逃げたイタチは氷の矢で捕縛されたが、炎で溶かそうと小さな口を精一杯ひらく。
セレスは電撃を連射させながら、そのまま敵へと接近し、片手剣で息の根を止める。
・・
・・
天雲雷雨や落下型の一点炎放射。
本来はこれらを合体魔法と呼ぶのだが、混合魔力によるこういった副産物のほうが、実は重要視されていた。
「また消火しなきゃ」
すでに炎魔鼬は死んでいるが、炎はまだ辺りを燃やしており、赤以外の色も混ざり始めていた。
「今度はボクもやるよ」
急いで火を消さなければ、煙が発生してしまう。
二人で水をつくり落下させていく。
慣れろば湖の貯蔵量も増えると思うが、現状だと先ほどの戦闘で半分くらいに減っていた。
互いの魔力を合わせるのは隙が大きいため、その作業をするには一度もどる必要がある。
「なんかさ、ボクここ嫌いだよ」
「……私も」
太陽に照らされ、とても暖かい場所なのに、身体のどこかが寒かった。