六話 本心
夜明け前。ペルデルたちは一足先に移動を開始した。昨日と同じく昼には合流するが、そのあとはグレンが朱火に同行する予定である。
本当は朝の時点で一緒に発っても良かったが、その前にやるべきことがあるため、前もって小隊長の許可をもらっておく。
夜間殺した魔物。朝食。天幕の片づけ。毎朝の日課。
一通りの撤収作業を終えると、一団は登山を開始する。
上がっては下り、戦っては殺し、会話もなくただ歩く。
太陽は人を照らし、魔物を縛る。
息は空気を暖め、足は土を踏みしめ、車輪は音を鳴らしながら線をひく。
数時間後。岩山の中腹にて、彼ら彼女らは休憩に入る。
自然の大岩。四人はその上に立っていた。
遠くで薄っすらと見える罪人の住処は、今もひっそりと過去の面影を残す。
「多く見積もっても収容できんのは、三から五百人ってとこですかね。それに対して、あの作業場だ」
削られた山肌は痛々しく、敷かられたレールは傷あとのようである。どこかデマドの段々畑を思いだすが、長閑な風景とはとても言えない。
セレスが見つめるのは、大地にあいた穴。
「脱走する人もいたのかな」
そこからはツチの叫びが、風に乗って四人の耳に入ってくる。
「過酷な労働環境は精神の消耗が激しいからな」
体力だけでなく、魔力の回復も遅らせる。
「ボクたちは、これのために戦うんだね」
大岩のとなりには中くらいの岩。フエゴはその上に胡座をかきながら。
「どんなに繕っても、身体に良くないもんは、やっぱ身体に悪いのよ」
「あんたのそれはどう見ても、身体に悪いと思うけど」
誰が言うまでもなく、フエゴのそれはやり過ぎである。
「悪かった、使い方の説明すんの忘れてた」
それは教えた者の責任。
「髪を水でよく流したあと、液体を布に染み込ませたら、それを頭皮に軽く叩き込むんだ」
オッサンはお空を眺めながら。
「そんなことない。たくさんつければ、きっと効果も倍増よ」
自信に満ちたその頭を明火長が叩く。
「育毛だか杖だか知らんけど、いつも変なことに情熱を注いで。うじうじ悩んで気にしてるほうが、私からすりゃ禿よりずっと格好悪いけど」
セレスはうんうんと頷きながら。
「堂々としてたほうが良いと思う」
「きっと大丈夫なんじゃないかい。皆そこまで、おじさんの頭に興味ないしさ」
会話には参加しているが、二人とも視線は採石場に向けられていた。
明火長は嫌味な口調で。
「若い子の意見は参考になった?」
フエゴは涙目になりながら、杖をよりいっそう強く抱きしめて。
「さっきからハゲハゲ連呼して。おいちゃん禿げてないもん、ちょっと薄いだけなんだからね」
会話の内容はあれだが、皆それぞれの思いでこの景色を眺めていた。
グレンは大岩から飛び降りると、ハゲ(仮)との約束を果たすため。
「とりあえず、一柱頼んます」
「実際に見たからには解っていると思うが、危険な魔法だから気をつけて」
明火長の心配をよそに、フエゴは立ち上がると杖を肩に担ぎ。
「失礼しちゃうのよね。下手に触らなけりゃ、無害な魔法だよ」
炎使いは片手をかざすと、神に願う。
なにもない岩山に、やがて赤い柱が築かれる。
大岩の上。炎柱のてっぺんはそれと同じ高さ。
勇者はただ一言。
「文明の発展」
かつて栄えた採掘場は、刻亀により衰退した。
フエゴは杖を放り投げると、両腕を使って地面に下り。
「それで、どうすりゃ良いの」
明火長は知っている。この魔法を使うとき、彼は絶対にふざけた踊りはしない。
「鉄を鋼に変化させるには、叩いて鍛えます」
「叩くには金槌が必要だねえ。でもおいちゃんたちはさ、赤い宝玉は使えないのよ」
逆手重装を見せて。
「俺らの魔力でも純宝玉であれば反応します。だけど、今回はそんなもんいらねえ」
赤の護衛は炎柱に向けて足を進めると、できる限りの魔力をまとい、直接それに右手を触れた。
「熱さは並位中級ってとこか。着火が一番楽なのは腕、これはあんたが俺に言ったことだ」
道具をつくりだす場所だからか、両手が最も燃やしやすい。
「自分の腕を金槌として、炎柱を鍛えんだ」
中岩にて、明火長は青年を見つめながら。
「他者の炎を触ってあの反応か」
勇者はその声を受け、両目を閉ざし。
「うん。すごいの」
「自分では絶対に認めんがな」
「買い被られるのが嫌だから、グレン君は自信を持たないんだ」
明火長はある男を脳裏に浮かべ。
「貴方たちなら大丈夫だ。流されて、一人に全てを背負わすような真似はしないでしょ?」
その言葉に、二人は強くうなずいた。
グレンは神に願い、右手に炎を灯そうとした。その瞬間、肩に手がおかれる。
「おいちゃんがするから、離れてな」
「柱を直接燃やしたら、追加でホノオに願ってくれ」
魔力を送るのも忘れるな。
やるべきことを全て伝えると、グレンは仲間のもとへ戻る。
ガンセキは足もとを見つめたまま。
「……すまん」
頷いた二人に罪はない。
「なんすか、急に」
俯いた者に、全ての責任がある。
本来は自分の炎で火傷をすることはないが、この柱を近距離で倒してしまえば、いかに彼といえど制御は難しい。魔力をまとったところで、意味などないのだが、それでも怖いものは怖い。
「熱い」
自分の炎に直接触れるのは、本当に久しぶりであった。
「いつだって、変なことにばかり意識を向けんだから」
フエゴは背後に立っていた女を睨みつけると。
「そういうの、やめてくんない」
「せめて、このくらいの責任は果たせ」
創り手が触れようと、文明の柱は崩れない。
「好きにすれば良い。おいちゃんはただ、この魔法を完成させたいだけだ」
「その情熱を、少しは火炎団に注いでもらいたい」
仲間の言葉は聞こえないふりをして、オッサンは神に願う。
文明の形を強め、その重さを増せ
フエゴの炎は燃え上がり、やがて柱を包み込む。
・・
・・
赤い柱は風に揺れることもなく、そこに堂々と聳え立つ。
「分隊長。皆に示しがつかないので、せめて立っていてください」
道端の小さな岩に腰を下ろしながら、コガラシは遠目にそれを見上げていた。
「こりゃまた、凄げえや」
補佐は溜息をつくと、肩を落とし。
「赤の護衛さまも、フエゴ殿と同じ炎を使うそうです」
分隊長の脇に立つのは、部下である一般の補佐。
「ほう。もうちっと詳しく教えてもらえやせんかね」
「自分も詳しくは知りませんが、手型や足型と違い、対象を離れた位置から直接燃やすそうです」
視線を下ろすと、しばし考えこみ。
「そうですかい。最近知ったばかりってこんだと、まだ赤殿はそいつを使えやせんね」
補佐は炎柱を見上げながら。
「ですが、あの御方は頭脳としての役割が強いようです。前にでて戦われるより、後方で戦況を見ていただいたほうが良いのでは?」
コガラシはへっへと笑いながら。
「赤殿はあっしと同じ臭いがするんで、下手にさがらせてると、なにしでかすか解りやせんぜ」
分隊長がこんな感じで、補佐もそれに釣られてしまっている。とうぜん周りの兵士たちも二人に習っていた。
「もう交代の時間だけど、コガラシさんたちは休憩いらないかな」
ニッコリと微笑んでいるが、声の奥底から冷気を感じる。
一般分隊長は頭をかきながら立ち上がり。
「申し訳ありやせん」
可愛こちゃんは両腕を可愛く上げると、元気な声でニッコリ微笑んで。
「もう小隊長には話を通してあるから、皆で一緒に見張りをするの」
コガラシは頭を下げ。
「あっしはこのまま続けますんで、他の連中は休ませてやってくだせえ」
鎧をまといながらの山登りは、やはり楽ではない。
「分隊長である貴方が率先して見張りを放棄したのだから、連帯責任は当然なんだよ」
メモリアの後ろにいるオジサンは、恐怖に肩を震わせて。
「なんで自分も見張りをしなきゃいけないんだすか?」
「責任者さまからは許可をもらってるの。オジサンは自分がやったことを思いだしてから、そういった発言をして欲しい」
周りの一般兵はコガラシを睨みつけるが、良くあることなのか半分呆れ顔であった。
メモリアは息をつくと。
「コガラシさん以外は休憩時間を削るだけで良いの」
一般補佐は一歩前にでると。
「分隊長が罰を受けるなら、自分も御一緒させていただきたい」
属性分隊長は微笑みながら。
「ダメ」
・・
・・
数分が経過する。炎柱はすでに消え、今はもとの景色に戻っていた。
一般兵や補佐たちは荷馬車付近で休憩に入り、コガラシだけがその場に残る。
メモリアは冷めた視線で一般分隊長を見ると。
「コガラシさん、そこ座ってて良いよ」
彼女が指差したのは、先ほどまで彼が座っていた小さな岩。
「そんなことして良いんですかい」
「今も分隊長が見張りを続けている。貴方の部下がそう思っていれば、規律は守れるから別に良いの」
可愛い顔をして、けっこう怖い考え方をしている。
「周りが真面目に見張りしてるなか、一人でくつろぐなんて無理でさあ」
「こんなことで下手に疲れさせて、一般兵の戦力を下げたくないの。悪いけど座って休んでてください」
コガラシはしぶしぶ石に腰を下ろす。それを見たメモリアは上っ面だけの優しい顔で。
「それじゃあ、私は持ち場に戻るけど、絶対に立っちゃダメだよ」
「解りやしたよ」
属性分隊長はうなずくと、付き人のオジサンを引き連れて去っていく。
・・
・・
「こりゃ、予想以上に辛えや」
周りが真面目に見張りをしているのもそうだが、いつもなら真っ先に自分を叱りにくる者が、なぜか黙ったままこちらを眺めていた。
コガラシは横目で覗きながら。
「すんませんが、怒るならとっとと怒ってくだせえ」
フィエルは溜息をつくと、メモリアに目で合図を送ったのち、コガラシのもとに足を進め。
「あんたねえ、真面目なのか不真面目なのかハッキリさせなさいよ」
「ずっとだと疲れちまいやすんでね。締めるときは締めて、緩めるときゃあ緩めんのが、あっしの方針でさあ」
その方針のせいで、今一番疲れているのは誰なのか。
ここまでは会話ができたが、そこから先が続かない。
そもそも勇者一行の護衛として、物資の輸送を任されるまでは、顔すら合わせていなかった。
女は男の肩に手をおくと。
「でっ 私はどうすれば良いのよ」
彼女が兵士となったのが切欠。
コガラシが兵士になり、魔物と戦うようになったのが原因。
「あんたは私にどうして欲しいの」
「あっしはお前さんに、どうこう言えるもんじゃありやせん」
肩に爪をたてるが、鎧により痛みはない。
「あんたの本心を言って。それをしないと、なにも始まらない」
「たぶんこの作戦が終わったら、あっしらには令状がでやす」
勇者と深く関わった二分隊。
「中継地までの輸送だと、あっしよりもメモリア殿のほうが立場は上でしたんで、恐らく一番の出世頭は彼女でさあ」
この場合はイザクを除く。
「あんたは問題行動が多すぎるから、下手すると私よりも下になるかも知れないわね」
勇者が魔王の領域に向かうとき、同盟側は同盟員を用意する。今回の刻亀討伐は、その土台づくりなのかも知れない。
もっとも今の地位が分隊長であるからして、上席に立つ者は別にいると思われる。
現在コンクリートと呼ばれる聖域が王都となっているが、もともと騎士団は別の場所に本部をおいていた。
「セメントで訓練を受けたのち、あっしらは同盟に参加するか否かを決めやす」
コガラシのフィエルに対する望み。
「私に兵士を辞めろってことかしら?」
まだ未練があるのなら、彼と共に生きる道もある。
怪我などにより戦えなくなった兵士には、いくつかの仕事が割り振られる。
「そこまで良い給料はもらえねえが、共働きならなんとかやっていけやす」
フィエルは魔力をまとっているのだろう。
肩当てにかかる圧力は、コガラシの予想以上に強い。
「そういうのが格好良いとでも勘違いしてるのかな。それとも女には興味ないのかしら」
顔も知らない相手を良い女と褒めるくせに。
「あっしだってね、女の子には興味津々でさあ。でもねえ、こんな性格だから、緊張して上手にお喋りできやせん」
「ちょっとそれどういう意味よ」
任務中になにが面白くて、こんな会話をしなくてはいけないのか。
「女が魔王の領域で同盟の兵士になるってのは、冗談抜きで危険ですぜ」
実際に見てきたのだから、嘘ではない。
「誰かさんのせいで、やっと吹っ切れたのが再発したわよ。未練だってまたわいてきた」
二人とも冷静な口調で会話はしている。
今どこで、なにをしているのかも理解しているため、抑えがきかなくなれば互いに距離を取るだろう。
「昔から流されてばかりで、本当のことなんて喋ったことは一度もない」
「お前さんが兵士になるって言いだしたときは、あっしも心の底から反対しやしたぜ」
もともとその傾向はあったのだろう。
「私が辞めろって言ったのに、あんたは嫌だって言った」
戦いを求め、喉の渇きを訴える。兵士という職業が切欠となり、彼は剣士として目覚めた。
端からみれば、精神に異常をきたした者である。
どうでも良い相手を、本気で心配したりなんてしない。
「なら、私が兵士になるしかないじゃない」
どうすれば良いのかわからなかった。でも、放ってはおけなかった。
色恋沙汰は難しい。
もつれもつれて恋をして、気づいた頃には消えていた。
コガラシは周りを見渡し、こちらに関心が向いてないことを確認すると、大きく息を吸って吐き。
「あっしはねえ、フィエルが兵士をやめてくれんのが、一番の望みでさあ」
「じゃあ、コガラシも兵士をやめて」
後悔は先に立たず。夜中の発言がなければ、一定の距離は保てたはずだ。
それでも、言っておきたかった。
コガラシと名乗る者は、フィエルの手を掴み、肩からそっと外させる。
「この作戦が終わったら、あっしは兵士を辞めやす。その足で王都のギルド本部に行って、傭兵団に名を登録するつもりでさあ」
「私はそんな返答が欲しいんじゃない」
彼女は冷静だった。その目は、とても強く光っていた。
「あんたの望みが聞きたいわけでもない」
本心を聞かせろ。
コガラシの脳裏に、師の姿が移っていた。
彼は一本道を歩いてはいない。
「あっしは昔から、あんたに惚れていやす」
「そんなこと知ってるわよ」
酷い返しだと思ったが、今は置いておく。
「あっしは剣に生きて、剣に死にてえ」
コガラシは頭をかきながら。
「もしあの人じゃなく、あっしを選んでくれんなら」
ギルド登録者は割りかし女性も多く、傭兵も例外ではなかった。
「一緒に来て、一緒に死んでくだせえ」
それは呆れた表情だったが、こういった顔を見せてくれたのは久しぶりであった。
「どんな口説き文句よ。黙って俺についてこいとか言えないわけ?」
「そういうのは苦手でしてね。それに、まだ続きがありやす」
ここからが本題である。
コガラシは立ち上がり、相手と向かい合う。
「結婚とかは、なしの方向で頼んます」
兵士という職を選び覚悟はしていたが、この世界の適齢期はすでに過ぎている。
それでもまだ、女を捨てたわけではない。
戦場にも内地はある。フィエルは相手を睨みつけ。
「剣に生きて、剣に死ぬから?」
男女の関係となれば、命を宿してしまうこともある。だが効果は薄くとも薬はあり、日にちで安全と危険の差も判明している。
コガラシは首を左右に振ると。
「あっしのおっかさん、おめえは知ってやすよね」
幼きころに亡くした彼女からすれば、実の母より想いでは多い。
だからこそ許せなかった、親不孝な実の息子が。
「上からの命令じゃなければ、私だって断ってたわよ」
刻亀討伐に参加しろというのは、戦場へ誘う令状と同じく、そう簡単に断れるものではない。
「誰かさんより、おばさんのほうがずっと好みよ」
「誰かさんと違って、本物の堅物でさあ」
彼の両親が結婚をするとき、恐らく祖父母から強い反対を受けただろう。それでも押し切って、縁を切ってでも、自分の意志を通した女である。
覚悟はしていただろうし、実際に出来はともかく、ここまで子供を育てた。
幼き日々、彼にも友達はいた。
成長した今だから解る。その光景を思い返せば、周囲の視線は冷たかった。
親子三人。祖国の誘いを受け、故郷を逃げだし、他国に渡った。
災いを招く者として、王都に向かう途上で襲撃をうけ、何者かに父が殺された。
母に手を引かれ、心ある者たちに助けられ、安堵のなかでレンガを目指した。
忘れてしまった喋り方を思いだし、本来の自分の声で。
「あいまいな記憶だけど、母さんは二度、俺と心中をしようとした」
その光景は今でも忘れない。
「どうして」
コガラシは答えない。
父がそうであったように、属性は遺伝する可能性が高い。
今まで見たことのない強い意志が、コガラシの眼球には宿っていた。
「あっしはね、子供だけは死んでも御免でさあ」
フィエルは感じとる。これは彼がはじめて自分に向けた、誤魔化しのない本心だと。
女は男に背を向けると、自分の持ち場に歩きだす。
「刻亀討伐が終わるまでには、答えをだしておきます」
それは兵士としての口調。
コガラシは再び岩に腰をかけ、ゆっくりと空を見上げた。
「なんか」
へっへと乾いた笑みをこぼし。
「疲れやした」
兵士は立ち上がり、剣の柄を握り。
「仕事しねえと」