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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
11章 いざヒノキ山
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五話 強者の資格

魔物というのは自然の中で生きているため、縄張りどうしの争いもあれば、肉食が群れを襲うこともある。


警戒の度合いも日によって異なれば、普段は大人しい魔物が、時にはいつもより攻撃的だったりもする。



先行していた団員より、それらの情報を得た小隊長は、予定のルートを変更した。


土質が比較的安定していたため、中継地周辺の道づくりは後回しとなっているのが現状である。


高い場所から見下ろせば、この荒野は平坦な眺めであるが、実際にはそうでもない。窪地もあれば、軽く上った先が低い崖になっていたりもする。


過去に道であった場所を慎重に進めば、やはりそれなりの時間が経過してしまう。



収容所に存在した駅と呼ばれる施設。列車はとても貴重であるからして、そのまま放置されるはずもないが、残されたレールは進む上での道標であった。


採石場の近くを通るルートであれば、もっと速く野営地まで辿りつけただろう。


登山道の出入り口。もともと何らかの建物があったようで、木や岩などの残骸が散らかっていたが、広さは充分であった。


人数がそれなりに多いため、野営の支度も楽ではない。撤収のことも考えれば、眠れる時間は余計に少なくなる。


浅い眠りであれば、人間は夢をみる。


・・

・・


陽は暮れ始め、明かり火がパチパチと音を鳴らし始めたころ。


とても大きな天幕から、目的の人物が出てきた。だが周りに何名か邪魔者がいるため、まだ行動は起こせない。


気づかれないよう、距離をおきながら、息を殺して後をつける。


とても偉い人。護衛の兵士は三名。


だが彼はその者たちに興味はなかった。要人のかたわらで、単独の魔族を常時警戒する強者が一人。


偉い人は小さな天幕に入るが、標的は中には入らなかった。兵士と少し会話をすると、強者は持ち場を離れる。



一人になった。


だが、まだ人目もあるため、行動には移せない。


その後も機会を狙ったが、やはりこのような場所では難しい。


今日も、なにもできなかった。


持ち場を離れたものだから、今日も怒られてしまったが、その声が耳に入らない。




邪魔だ。


周りの人間が、自分の邪魔をする。


伸ばせば手が届くのに、邪魔な人間が多すぎる。


喉が乾く。





なにか、変化を。





矢が飛び交う。


雷鳴が旗を破る。


炎が天幕を焼き、やがて煙が発生し、夜空を覆う。


普通の煙ではない。なんらかの細工が施されている。



不足の事態。清水も手元になく、痰が絡む。


恐怖の足音が大地を揺らし、人ならざる者の叫びが辺りに鳴り響く。




岩壁に身を隠しながら、隙を見ては雷を放つ。


剣の柄。それと手を布で縛りつけ、女は叫びながら走りだす。


男は大地に両腕をそえ、味方を敵のもとまで導く。



敵の数は。


土以外の属性も紛れているのに、なぜ領域が反応しなかった。



苦しい。


息ができない。


なぜ自分たちはこんな思いまでして、こんなところで戦っているのか。




敗色が濃くなれば、死への恐れは増していく。


水をつくれたとしても、消火作業どころではない。


食べ物が燃えろば、明日に絶望する。



喧騒の中


この変化を喜ぶ者が一人


雷撃を避け、飛炎を断つ。


歩みは止まらず、走りだし、飛び上がる。


地面に靴底が触れることなく、一体を兜ごと叩き斬る。着地と同時、咥えていた懐刀を鞘から払い、兜の隙間に差し込んだ。



細く飛び散った血が顔面に付着したが、目は開かれたまま。


魔者たちは一瞬怯んだが、相手が一人と知ると、勢いを取り戻す。



中魔を押しのけ、大きな魔者が前に出ると、巨大な棍棒を振り下ろす。


風が吹く。


剣士は姿勢を低く取ると、片足を軸に身体を動かし、大量の魔力をまとわせた懐刀を一閃。


刃は届かなくとも、なぜか大魔の足を装具ごと切断した。


安定を失ったそれは巨体ごと崩れ落ち、周囲の魔者を巻き込んだ。



使うなと言われていたが、もう我慢はできなかった。


力など興味はない。今はただ、この一時を。


血が滾る。


「俺は、今」


涎が溢れ、喉が潤う。


跳びかかってきた小魔の斬撃を懐刀で受け止めると、相手が地に落ちる前に片手剣で突き上げる。


串刺しにされた魔者は重力に従って、より深く突き刺さる。


「楽しい」


種族がバラバラの混合部隊なのだろうか、小さいのから大きいのまで、色んな魔者と戦える。



重くなった片手剣をその場に捨てる。


近場の兵士のもとまで歩き、彼の剣を懐刀の頭で叩く。その衝撃で剣は落下したが、地面につく前に蹴り上げて、自分の物としてしまう。


「邪魔だ、隠れてろ」


周囲の敵をあらかた片付けると、丸腰の兵士を残して走りだす。



彼だけで戦況を変化させるのは難しい。


ただでさえ不意を突かれ、こちらは混乱していた。



剣士は魔者を斬りながら、奴を探す。


誰が敵で、誰が味方か。




標的の足もとには、敵味方の死体が複数。


要人はその中にいない。



未だ、背中を守る兵士は五人。


邪魔だった。


剣士は一歩を踏みだす。


先に片付けよう。


味方として接触すれば、不意をついて三人くらいなら一手で殺せる。


一度、足がでてしまえば、もう止まらない。



止めれない。


標的は剣士に気づき、濡れた布ごしに声を発する。


「おめえさん、所属はどこだい?」


剣士は無言。


歩みはそのまま。


「いけねえなぁ、はぐれちまったのかい」


「ええ。今、どこにいるのかも解らない」


剣士の片手剣は血を流し、全身も同色に染まっていた。



濡れた布を外し、口もとが外気にさらされる。


「悲しいねぇ。おめえさん……斬る相手、間違っちゃいけねえよ」


標的は一歩さがり。


「その赤色ん中に、人の血は混ざってんのかい?」


口調は軽いが、目つきは鋭い。


「ずっと、我慢してきたんだ」


剣士の眼球に映るのは一人のみ、もはや現状など考えていない。


「そりゃ良かった。若いのに、よく我慢したもんでぃ」


斬りたくて、斬りたくて仕方ない。


「もう、無理だ」


「おめえさん、前から俺のこと狙ってたね」


剣士は気づいてもらえたことが嬉しくて、首を上下になんども動かす。


兵士たちは鎧もまとわぬまま、彼を敵と判断し、剣先を向けていた。


「鏡があったら見せてえもんだ。兄ちゃん、今すげえ顔してますぜ」


興奮


喜び


苦悩


「一度、悲鳴でも上げたほうが良い」


青年は左右に首を振る。


「知ってますかい。斬られるとねぇ、すごく痛いんですぜ」


気づけば中年は兵士の剣を握り締めていた。手から血が滴り、地面を赤くする。


「やめろ」


剣士の顔が絶望に染まっていた。


「これで、俺はもう握れねえや」


青年は力が抜け、片手剣を落とし、両手で頭を抱える。


ギラついた目から水分が溢れ、口を大きく開く。


叫ぼうとした。


声がでない。


うずくまり、腹からだそうとしても叫べない。


涎だけがしたたり落ちる。



中年は右手から血をたらしながら、青年のもとに一歩を踏みだす。


「お止めください。この者、短剣を隠し持っております」


布ごしだからか、煙による影響か、兵士の声はしゃがれていた。


違和感を感じる。


「大丈夫でさあ。こういった人種はよ、戦えない奴に興味を示さねえ」


兵士の制止を振り切り、中年は青年を見下ろす位置につく。


「俺より強い奴もいるけど、弱い奴のほうが多いですぜ」


なぜ自分を狙った。


「名を売るためですかい?」


そんなものには興味ない。


「勝つ見込みはあったんですかねえ」


剣士に返答はない。


「それじゃ駄目ですぜ。もし俺とおめえに力の差があったら、その戦いは全然楽しくねえ」


「あんたなら……応えてくれると思ったんだ」


理由などない。そんな気がしただけ。




中年は周囲を見渡しながら。


「一昔前なら喜んで受けたんですが、悲しいことに今は面倒な立場でして、死ぬに死ねないんでさあ」


左手を前にだし、空気中の水分を集め、壁をつくりだす。


炎放射により、それは少しずつ溶けていく。


「申し訳ねえんですが、俺は利き手を怪我しちまいまして」


雷撃が当たり、氷の壁は砕け散る。


「ここで暴れて、一秒でも、一体でも敵さんを引きつけてえ」


兵士たちは二人の横を走り抜ける。


中年は名も知らぬ青年に頭を下げ。


「力を貸してくんなせえ」


炎放射を氷の盾で防ぎ、雷撃を岩の盾で凌ぐ。


氷は溶けて水となり、岩は砕けて土になる。


「少なくとも今は、おめえの剣が俺には必要でさあ」


岩の中から片手剣が現れ、そのまま魔者を叩き斬る。


水は凍り、細剣となって鎧の隙間を貫く。



青年は片手剣を拾うと、うつむいたまま立ち上がり、中年に背を向ける。


「……わかった」


風が吹く。


その場で片手剣を一振り。


斬撃が風に乗り、変化する。


青年は走りだし、魔者の懐に入り込む。


鎧には傷ができており、そこに懐刀の切先を当て、そのままの勢いで押しこむ。



男女六人。


魔者を蹴り飛ばし刃を抜く。


「女もいるのか」


「関係ねえよ、同じ兵士でさあ」


魔者は沢山。


「格好良いな」


中年はニヤけると。


「惚れたか?」


・・

・・


瞼が開く。


座ったまま、片手剣を抱きながら眠っていた。


視界が霞んでいるが、なんどか瞬きをすれば、眼球に照明玉具の光が映る。


分隊長はニヤけながら。


「良い女だったけど、顔も知りやせんよ」


生き残ったのは師と自分だけ。生存者は他にもいたかも知れないが、野営地から脱出して、二人で命からがら逃げ延びた。


女が兵士なんてとコガラシは考えている。


現にこうやって、同じ天幕で寝なきゃいけない場合もあるのだから。



レンガ軍という組織の中には、女同士で立ち上げた組合があり、何か起こればそれらが黙ってはいない。


しかし現状であれば問題は起こらないが、危険なのは劣勢に立たされた時である。精神に異常をきたせば、誰かさんのような危険人物も現れる。


女は兵士なんてするもんじゃない。ましてや、金に困るような環境で育ったわけでもない。



分隊長・小隊長・補佐。


そこまで高い役職ではないのかも知れないが、天幕で寝るときは万が一の事態に備え、休む位置が決められていた。


群れに備えるときは真中。


火に備えるときは出入り口付近。



視線の先には、こちらに背を向けて眠る女性。


こういった発言は苦手なのだが、喋っておきたい内容がある。


寝てても良い。


聞こえなくても良い。


できる限りの小さな声で、コガラシは思いを伝える。


「もしあんたが兵士じゃなけりゃ、あの人は違う選択をしたかも知れやせんぜ」


兵士に一生を捧げるというのは、恐らく嘘である。


「ましてや、自分が育てた自慢の兵士だ」


補佐を止め、兵士を止め、家庭に入る。


「きっと、お前さんの戦う姿に、あの人は惚れたんでさあ」


自分勝手な理由かも知れないが、悩んだ末に導きだした答えなのだろう。



分隊長は立ち上がると、眠っている属性兵を起こさないよう、慎重に歩きながら自分の部下たちを鞘で小突く。


まだ交代時間まで四十分ほどあるが、彼は一般兵を一人ずつ起こしていった。


・・

・・


補佐と見張りをしていた五名とを合わせ、全員が天幕の外にでる。眠そうな者もいるが、いつものことであり、すでに彼らは慣れていた。



小隊長に許可はもらってある。


「もうすぐ朝になりやすが、まだ夜中ですんで、周囲の魔物さんに気をつけてくだせえ」


夜勤外務の数時間前に、彼は実費で修行場を借りていた。


自主参加であるため、最初は補佐のみであった。



コガラシは片手剣を構えると。


「そんじゃ、素振りから」


日によって不参加もいるが、最終的には全員が鍛錬に参加している。




人との戦闘経験が豊富な集団より、積み重ねを重視する者たちのほうが、ゼドとしては圧倒的に恐ろしい。


そもそも歴戦を生き抜くのは、こういった連中である。



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