三話 天を仰ぐ
中継地からヒノキまでの輸送では、大まか五十名で護衛をしているが、一般兵中心の編成となっている。そもそも人類全体からみても、並位属性使いは三割ほどであるため、こればかりは仕方のないことだ。
コガラシの上司にあたる小隊長が、この一団の指揮を務める。
刻亀討伐の最高責任者は属性大隊長。その次点に一般大隊長が置かれていた。
火炎団の戦力はとても大きく、彼らの後ろに存在するギルドは、下手をすれば国を食らうほどの組織であった。
勇者一行は基本兵士の指揮下に加わる方針であるが、今回は明火長も同行しているため、現状でもっとも強い権限をもっているのは彼女である。
しかしこの権利というものは難しく、ヒノキまでの輸送期間に限り、最終決定権を握っているのは小隊長である。
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出発後。川にそって輸送部隊は進んでいた。
相手が少数であれば、魔物は全員の殺害を目指して攻撃してくる。相手が大軍となってくれば、殺しては逃げを繰り返す場合が多い。
この地は視界が開けているため、小隊規模の団体だとしても、単独が接近してくることは少ない。群れの襲撃を切欠に他の魔物が参戦し、敵味方入り乱れるのが最悪の状況といえる。
現在。荷馬車から数分の場所で、一般兵が群れと戦っていた。
土属性の兵士は領域で常に戦況を把握する。
「単独が動きました。狙いは……向こうですね」
「三つ巴は避けたいな」
事前に警戒していたため、すでに属性兵を配置していた。
小隊長が片手を上げると、近場の兵士が笛を吹き、それを合図に四名は単独へと動きだす。
魔物の対処は兵士がやってくれるため、勇者一行はその様子を眺めていた。
「三つ巴ってことはさ、単独って群れにも攻撃するのかい?」
「人間同士の戦いだって、大きな乱戦になりゃ同士討ちはあんだろ。魔物って一括りにしてるけど、種が違けりゃ邪魔なら殺すんじゃねえか」
魔物が魔物を殺すのは自然の摂理なのだから、魔物は魔者も平気で殺す。
「かなり昔の話だが、魔獣の参戦で戦況が一変したことがある」
援軍の妨害。撤退の追撃。素通りによる誘い込み。
この世界では避ける傾向が強いが、やはりその場の状況で野戦となる場合も多い。
セレスは首を傾けると。
「強力な魔物が多い場所は通らないだろうし、ましてや拠点なんて造らないと思う」
「特定の住処を持たない魔物だっていんだろ」
ホノオとツチの影響が強いこの地にも、一応だが季節はある。
一年を通して雪が降るあの山にも、偽りの春は訪れる。
寒くなれば移動する。
「人間の血か多く流れると、興奮状態にでもなるのかも知れんな。最初に参戦したのは、鳥の魔物だったそうだ」
アクアは空を見渡し。
「もしかして参戦したのってさ、王さま?」
「敵も味方も全滅だったらしい」
野戦に限らず、人間と魔者が戦っていれば、魔物は人を殺そうとする。
「偶然がいくつも重なった結果ではあるが、魔物というのは本当に厄介だ」
ガンセキはその場にしゃがむと、土の領域を展開させ。
「いかんな」
現在は戦闘中であり、勇者一行のこういった私語は、あまり褒められたものではない。
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群れの数は残り半分ほどとなっていた。
属性兵と単独の戦いが終わったのを確認すると、メモリアは近場のオジサンに視線を移し。
「まだ近くにいるの?」
「この辺りは、もう大丈夫だすよ」
過去に問題を起こしているせいもあり、移動中は未だ監視されているようであった。
メモリアは部下にも同じ質問をする。
「あそこに一体隠れています。敵意を向けているため、油断はできないかと」
先人が召喚したものだろうか。そこには大岩の破片が散乱している。
これまでの経験で、彼女はすでに気づいていた。
「オジサン、なんで嘘つくの?」
睨まれたゼドは、恐怖に肩を震わせながら。
「嘘じゃないだすよ。敵意はあっても、あれの殺意は薄いだす」
この男の探知能力は優秀である。
「周辺にいないってことは、遠くにいるの?」
ゼドは観念したのか、川向うの山肌を眺めて。
「大きな鳥さんがこっちを見てるだす。たぶん、隙あらばって感じだすかね」
この男は魔物が動きだすまで、絶対に報告はしない。
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知らせを受けた小隊長は明火長の許可を得た上で、遠距離武具を持たない炎使いに杖を貸し、雷使いと共に待機させる。
勇者一行は兵士の指示がない限り、動くことは許されていない。
メモリアに怒られているゼドと、遠くにそびえる岩山を交互に見て。
「あんな遠くから、本当に鳥さんはこっち見てるのかな」
「探知に限っては、ガンさんより上なんだよね?」
「足もとにも及ばんよ。本名を敵に知られた状態で、どれほど警戒されていても、潜入を成功させるような人だ」
魔者側も土の領域を使ってくる。
グレンは嫌味を込めて。
「剣士なのにな」
特技は剣だとアピールするより、土の領域が得意と言ったほうが、仕事も報酬も多い時代である。
「実行部隊に所属していた時も、領域の使い手として雇われていたのかも知れん」
どこで誰が聞いているかわからないため、こういった会話は慎むべき。
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一見は手足の短い犬だが、この魔物は背中が硬い鱗で覆われており、ダンゴ虫のように身を守る。
跳びかかってきた個体を蹴り飛ばし、それが守りの姿勢となる前に踏みつけて、もがくより先に息の根を止める。
半数以上の仲間が死に、戦意を喪失したせいか、生き残りは逃げ始めていた。
分隊長は死体から剣を捻じり抜くと、標的を睨む。
剣士は数歩進むと飛び跳ねて、身体を回転させた勢いで片手剣を手放す。その刃は空気を裂き、硬い鱗を貫いた。
地面に着地しても、瞳孔は開いたまま。
「そちらさんから仕掛けておいて、逃げるだなんて寂しいじゃありやせんか」
瞬きを忘れているせいか、白い部分に赤みが増す。
異変を感じた補佐が止めに入ろうとするが、一度こうなってしまうと難しい。コガラシは部下から剣を奪うと、そのまま走りだしてしまう。
置き去りにされた者たちは混乱する。そうしているうちに、両者の距離はあいていく。
これは兵士として、ましてや十名の命を預かる者として、許されない行為である。
岩の壁が召喚され、分隊長の動きは封じられた。
「今は輸送任務中ですよね」
単独の始末を終えた四名は、メモリアの指示で群れとの戦いに移っていた。
「連中は群れの一部で、本体を引き連れて戻ってくるかも知れやせん」
「そういった行動をとる魔物でないことは、私が言わなくとも解っておりますよね。車輪牙の群れにボスはいません」
右腕の片手剣は、まだ斬り足りないと、乾いた地面に血を落とす。
「変わったのは口調だけで、中身は昔のままじゃない」
階級に差があろうと、男と女。過去の話を持ちだすのなら。
「大怪我を負ったそうじゃありやせんか。あっしに小言を向けてないで、面倒を見てれば良いものを」
なぜ補佐を引き受け、この作戦に参加した。お前がいると、やり難くて仕方ない。
「もう別れたのよ」
予想外の返答に驚いたのか、コガラシは引きつった表情で。
「お気の毒に……申し訳ございやせん」
振ったのか、それとも振られたのか。
しばらく黙って相手を睨みつけていたが、小さな声で。
「うっさいわね、あんたには関係ないでしょ」
その口調から判断するに、恐らく振られたのだろう。
「おっしゃる通りでさあ」
男の表情は嬉しそうであり、どこか悲しそうであった。
「なんか、血の気が抜けちまいやした。お前さんに従いやす」
コガラシは一礼すると、左腕の片手剣を肩に背負いながら、部下たちのもとへ戻っていく。
血の気が多いことに変わりはない。しかしその背中に漂う哀愁に、女は顔をしかめていた。
「あいつ、なんか気色悪くなったわね」
右腕の片手剣は地面を削り、赤い線が伸びていく。
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荷馬車の上。フエゴは杖を抱きながら、木箱に腰を下ろしていた。
視界にさえ対象が入っていれば、かなり離れていても着火が可能。そういった魔法の特徴からして、眺めの良い場所にいるのが最適なため、けっして怠けているわけではない。
明火長は彼の頭部を見つめながら、となりの小隊長へ。
「ここらで大きな鳥といえば禿鷹だが、そいつの目玉はかなり良い値で売れる」
「上位の魔物ということですね」
彼女が手に持つ棒は赤く、片方の先端には発射口と思われる穴がついていた。
「命中は難しいが、威嚇程度ならできる。こちらが気づいていると知れば、追ってはこないでしょう」
二人の会話が聞こえていたのか、フエゴは杖に頬を当てながら。
「止めたほうが良いんじゃない? その人の一点放射は目立つからさ、周囲の魔物を刺激しちゃうのよね」
オッサンの視線は雲に向けられており、まるで他人事のようであった。
小隊長としては目の上のなんとやら。非情にやり難い。
「このまま様子を見て、追ってくるようであれば威嚇をお願いします」
明火長の発言は流され、変なオジサンの意見が通る。
フエゴは気を良くしたのか、相手を見下ろして。
「おいちゃんハゲてないから、鳥さんと一緒にしちゃダメ。そうならないよう、気だって使ってんだからね」
頭の布は濡れていた。下を向いてしまったせいで、液体が額をつたい、顔全体へと流れ落ちる。
「またなに始めたか解からんけど、いつも長続きしないでしょうに。どうせ材料の無駄遣いになるんだから、今のうちにやめときなさい」
オッサンは明火長に拳をみせ。
「信じれば夢は叶う」
どこから材料を入手したのかは不明だが、フルーティーな香りを放つオッサンには、誰も近づこうとはしない。
「諦めたら、そこで終了なのよ」
自信に満ち溢れたその表情は
「今回は、いけそうな気がするんだ」
フレッシュな液体でびしょ濡れだった。
自分の置かれた状況に、小隊長は天を仰ぐ。