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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
11章 いざヒノキ山
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二話 にっこりと微笑んだ

ゲイルと名乗った男のことは、グレンも良く覚えていた。これまでの短い人生で、心の底から個人を怖いと感じたのは、初めての経験だったから。


「どうかしたのか?」


目の前に立つ責任者。


「なぜ相手がそんな知識を持っていたのか。偶然情報を仕入れた時は、それを第一に考えろって」


そう教えてくれた相手は、いつの間にか姿が消えていた。


「ゼドさんは今も昔も、情報を得る仕事をしているそうです」


グレンは力なくガンセキを見上げ。


「信念旗に関する情報を教えろって頼んだら、道剣士に関する知識を誰から得たのかって返されました」


質問に対して関係のない話をされた。一見そう思えるかもしれない。


「あの店の正体を知っていた上で、俺の質問に対してゲイルさんの話を始めた」


「今も昔も、情報を得る仕事をしている……か」


ゼドは仲間とともに、裏武具屋を見張っていた。


「レンガほどの都市となれば、信念旗もそれなりの拠点は持ってますよね。そういった視点から考えると、裏武具屋って良い場所だと思いませんか?」


「拠点が一つとは限らないが、あれだけの玉具を揃えるとなれば、それなりの後ろ盾はあって当然か」


鉄工商会の恐ろしさ。赤の護衛として、自分がやるべきこと。


「ここを発つ前に、ピリカさんに伝えておきます。荷物頼んでも良いですか?」


「俺も同行すべきだと思うが」


できろば一緒に来てほしい。


「このことに関しては、自分でやりたいんすよ」


それでもなぜか、本心とは逆の行動を選んでしまう自分がいた。


責任者はしばらく相手を見つめていたが、溜息をつくと。


「……そうか」


他人との接触を嫌う青年が、自ら関わろうとした相手である。面識はなくとも、グレンのゲイルへ対する拘りは、ガンセキも薄々感じていた。


「二人に伝えるかどうかは、ガンセキさんの判断に任せます」


グレンはピリカの居場所を確認すると、責任者をその場に残して歩きだす。


・・

・・


荷馬車に繋がれた力馬とは別に、予備とは思えない数の馬が、この広場には用意されていた。コガラシやイザクの分隊だけでなく、小隊規模の人数がそこには集まっていた。



力馬のうち五頭には、見慣れない物が取り付けられていた。


「あれってもしかして、戦闘用の馬ですか?」


馬装の形をとった宝玉具。


ピリカは手を左右に振りながら、いつもの笑みで。


「あれは手綱を引く者が使う構造になっております」


乗るのは人ではなく積荷であった。組み込まれているのは濁宝玉であり、戦いに利用するには少し心持たない。


「馬にそんなもんが必要ってことは、近道といってもやっぱ楽じゃないんすね」


グレンの苦笑いに、ピリカは涼し気な笑みを返して。


「成功すればかなりの近道となりますが、最悪壊滅の恐れもございます」


途中から勇者一行は小隊と離れ、メモリアやコガラシ。そして朱火の団員とともにその道を通る。


「ヒノキ山麓の本陣も維持費は安くありません。申し訳ありませんが、一日も速く準備に入ってもらいたいのです」


油玉量産。グレンの立てる刻亀戦の策と、討伐作戦全体の調整。


ヒノキ山開拓の進行具合や、雪に狂わされた魔物など、到着してから直に確認したいこともある。


「その準備とやらをする前に、死んじまっちゃ元も子もないんすけど」


「無事に送り届けるためにも、優秀な案内人をこちらで用意いたしました」


どちらを進もうと、魔物は昼夜を問わず襲ってくる。


近道で一番危険なのは、魔物を含めた遭難だった。


「あの人、そろそろ引退とか考える頃なんじゃないっすか?」


視線の先には、神を畏れる商会員が立っていた。魔力まといがあるとはいえ、剣の定めから逃れるのは難しい。


「鉄工商会はとても大きな組織ですが、厄介な敵は少なくありません」


物の運搬だけに限らず、危険な道だとしても、時に進まなくてはいけない。


わたくしなどとは比べられないほど、世界中を渡り歩いてきた御方です」


なんども行き来してこそ、身につく経験がある。しかし刻亀が現れてからの数百年、ヒノキまでの近道に詳しい人間など、すでにどこにもいない。


初老の商会員が近道を通ったのは、この作戦が始まる前の下準備と、始まってからの数回だけ。


「世界は広いものでして、これからグレンさんが進む道よりも、危険な場所は沢山ございます」


すべてまとめて彼らは鉄工商会である。一線を退いたとき、衰えた肉体に鞭を打ってでも、行きたい場所を目指す者がいる。


・・

・・


「ゲイルさん……ですか?」


一通りの会話を終えたのち、グレンは本題に移っていた。


「彼の店について調べてもらいたいんすよ。もしかしたら、信念旗と繋がってるかも知れないんで」


レンガの武具屋といっても、この女性が全てを把握しているわけではない。


「承知しましたが、もしその人物が協力者だとすれば、もうレンガにいないのでは?」


都市内襲撃という事を起こし、その前段階でゼドたちに目をつけられていた。


「あの男がいなくても、痕跡は残ってるはずです」


表の武具を仕入れていたのは、鉄工商会の誰だったのか。


「それに裏の顧客はまだ、レンガに残ってますよね」


違法武具屋や収集家など。


ピリカは頬に手をそえながら。


「高価な品を買っていただくのですから、最低限の礼儀がなければ、商売などできませんね」


何商会の誰々から仕入れた。そこまでは解らなくとも、仕入先の都市や町。どこの鉄鉱石を使っているかなど、客には伝えているのではないか。


「人間としては信用できない相手ですが、客との信頼関係を第一に考えているようでした」


そうでなければ、裏武具屋という怪しい店は成り立たない。



ピリカはしばらく考え込んでいたが、いつもの笑みを浮かべると。


「わかりました。こちらのほうでゲイルさんを調べさせてもらいます」


彼女の笑顔は動かない。


「この中継地から四時間ほど進んだ先に、グレンさんたちはある場所を通ります」


グレンはこの人が苦手だ。嫌いではない、どちらかと言えば怖い。


誰かに似ている。


触れてほしくないことに、入ってほしくない場所に、遠慮なく踏み込んでくる。


でも、あの職人は感情がわかりやすかった。


この女は違う。なにを考えているのか解らない。


「刻亀討伐の最大の目的は、そこにあるのかも知れません。ですので、成功を祈っております」


「まぁ、やれるだけやってみますよ」


全ての物事には利点もあれば難点もある。


「利益があるからこそ、わたくしは協力をいたします」


ピリカはいつもの笑みを崩さない。


「全てが等価交換で成り立つとは考えておりません。それでも、代価を払うための努力はする人だと、私は判断いたしました」


彼女の言葉は偽りか、それとも本心か。


・・

・・


ピリカとの会話を終えると、グレンは責任者に結果を報告する。


すでに荷物は兵士に預けてあるため、四人とも身軽であった。


デマドの時とは違い、ここでは出発式などもないようで、先見役と思われる朱火の一部はすでに発っていた。


途中から二手に分かれるだけあり、今回は大人数である。輸送をこれだけの数で行えれば、本来は効率がいいのだが、目的地への道が大軍移動に適していない。


勇者一行の前にレンガを発った第三陣も、全てがヒノキを目指しているわけではないが、移動には手こずっているとの話を聞いている。


「また二人で勝手に行動したんだね。ボクたちってさ、いつも置いてきぼりな気がするよ」


「責任者の許可はもらってるだろ。それに俺は情報を得るために、自分の足で動いてる」


セレスは睨み合う二人の間に入り。


「でもゼドさんはなんで、グレンちゃんの問いかけに答えたのかな」


これまで何度かガンセキが聞き出そうとしていたが、そのたびに話を逸らかされていた。


「陰気臭いとことか、グレン君に自分と近いものでも感じてんじゃないかい」


「やめてくれ」


茶化したアクアの発言に、本気でグレンは返してしまう。


「少なくとも俺は……あんな馬鹿じゃねえ」


ガンセキは辺りを見渡し、酷い言われようの男を探す。しかしその姿はどこにもない。


「あの人はあの人なりに、目指すものがあったんだ」


馬鹿にされ続けた道のりを、馬鹿にすることなど許されない。


・・

・・


中継地にとって当り前の風景。


周りには人もいる。今日は輸送部隊が出発するから、それなりに慌ただしい。


それでもこれは、日常の光景である。



この三人からすれば、紛れるのは難しいことではなかった。


「そもそも貴方が金を借りるような真似をしなければ、このような事態にはならなかったのでは」


女の口調から、両者の関係が冷えきっていることは想像できる。



男は建物の壁に背中をあずけ、地べたに腰を下ろしていた。指先を額にあて、頭痛を表現する。


「二重契約なんて、ほんと厄介なことをしてくれたな」


とても嫌味な感じではあるが、内容は真っ当である。


「雇い主の優先順位は貴方にありますが、私たちも仕事です」


「申し訳ないだす」


この場には二名しかいないが、彼ら彼女らは反対した。実際にオルクは襲撃をしてきたものの、恐らく手下は一人か二人。



今さらなにを言っても、すでに手遅れとはわかっている。しかし雇い主の馬鹿すぎる行動に、一同は呆れ果てていた。


「ピリカ殿は復国派の可能性が高いだすから、動きを見張って欲しいだす」


セレスが立ち位置を考え始めたからには、彼女も別の道を意識するだろう。


「でもあの人は複雑な立場だすから、いつ手の平を返すかわからないだす」


鉄工商会のお偉いさんと思われる人物を警戒する。言っていることは間違ってないが、やはり馬鹿である。


「よりにもよって、その女から借りるんだもんな……他にいなかったのかよ」


探る対象が雇い主では、こちらの動きも筒抜けだった。


ピリカがどのような依頼をしてくるのかも、五人は未だ把握していない。


「金をもらったからには、仕事はこなしますよ」


ゼドの部下たちは、グレンの護衛に回るのが反対だったわけではない。


「ごめんなさいだす」


そういう事態に使うべき金で、彼は魔物具を買っていた。


男は立ち上がると、尻を叩き砂を払う。


「まあ、もうどうしようもないか。できる限りのことはしますよ」


砂埃がゼドの服にかかる。


「豚との戦いで負った傷も、だいぶ良くなっただす」


ナイフでなんどか戦ったが、問題はなかった。包帯もあと数日で外せる。


「だから責任をもって、自分が勇者さまをヒノキまで案内するだす」


女は背を向けると、視線だけを雇い主に送り。


「責任ですか……貴方がいうと、ちゃんちゃらおかしな響きになりますね」


「失礼だすよ」


「心がこもってないからでしょうか?」


二人の眼差しに軽蔑の色はない。


「あと。前から気になっていたのですが」


これでも一応は師匠である。


「ダスダス言うのやめてくれませんか。正直、とても気持ち悪いだす」


そして女は影となり、気配が完全に消える。


「あの子、前からあんな口悪かっただすか?」


「時の流れは残酷なんだよ」


男はゼドの肩を叩き。


「俺はその喋り方、けっこう好きですがね」


そんな優しい相手を視界に入れようとした。しかしゼドの傍らには、もう誰もいなかった。


「ありがとうダス」


笑顔をつくってみたが、やはり上手くできない。




ゼドはゆっくりと歩きだす。そろそろ広場に戻らないと、また怒られるから。



丸まった背中。剣士として、姿勢の悪さはよろしくない。


それでも剣を捨ててから、日を追うごとに曲がっていく。


「お話は終わったのでしょうか?」


声をかけられたが、無視して進む。


この人物と顔を合わせたくなかったから、できるだけ広場には留まらないようにしていた。


グレンが中々こないと聞いたときも、彼は自分から名乗りを上げたのである。


「お話は終わったのでしょうか?」


しつこく声をかけてくる。


「自分は一人ぼっちだから、お話する相手がいないのだすよ。だからピリカ殿に話しかけてもらえて、今とても幸せだす」


「あらっ 本当ですか?」


ピリカは両手で顔を隠し、顔を赤く染めている。


「嘘だす。誰かさんの要求のせいで、とても怒られただす」


「まあ、それは申し訳ないことをしてしまいました」


ピリカはうなだれる。


「一生恨むだすからね。両親にも怒られたことないのに」


「奇遇です、実はわたくしも怒られた経験がありません。もっとも、両親のお顔を拝見したこともございませんが」


思わぬ返答に、ゼドは相手の顔をみてしまう。


「それでも、育ての親にはよく叱られました」


笑っていた。


「そうだすか、可哀想だすね」


「親に怒られたことがないなんて、ゼドさんのほうが可哀想なんじゃありませんか?」


ゼドは相手を睨みつけると、そっぽを向き。


「怒られるのなんて慣れっこだすから、別になんとも思わないだすがね」


「慣れて当然です。自尊心もなにもかも、踏み躙られ続けた人生だったのでしょう?」


満面の笑顔を向けられて、ゼドはまた相手の方を向いてしまう。


「失礼な人だすね。そういったもんが殆ど残ってないから、阿呆みたく執着するんだすよ」


レンガで顔を合わせてから、それなりの期間を観察してきたのだから、それなりの成果をあげていた。


ピリカは表情を造ると、片手を頬にあて。


「ゼドさんに、そういったものがまだ残っていたとは驚きです」


この女は実に嫌な性格であった。


「残ってなきゃ、この世に未練なんてないだすよ」


「足掻いて藻掻いて、そして誰もいなくなった。可哀想な人です」


腹が立つことは沢山ある。


言い返したい時も山ほどある。


「そうなんだすよ。自分はこんなに可哀想なのに、自分で可哀想だって叫ぶと、みんなあざ笑うんだす」


叫んだって意味がないことを学び


「貴方はいつもふざけていますもんね」


彼は耐え忍ぶようになった。


「俺って可哀想的な空気を身体から放つと、可哀想って思われないだすから、こういうやり方に切り替えたんだす」


誰しも喋り方には大小の特徴がある。彼女もまた、常に一定の笑みを含んだ声を発っしていた。


ピリカの発言が少しのあいだ止まり、気づけば顔から感情が消えていた。


「恥ずかしげもなく、そういう返答をできるようになってしまうことが、わたしは可哀想だと言っているんですよ」


長男として


剣士として


男として


人として


あながち間違っていないから、余計にたちが悪い。



しばしの沈黙



舌が鳴り


「うっせえなぁ、ぶち殺すだすよ」


ピリカはにっこり

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