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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
11章 いざヒノキ山
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一話 レンガにて

中継地からヒノキまで、どのような物を運ぶのか。また、どのように運ぶのか。


本陣で不足している物は、時間の経過で変化していく。ここから先の道のり、全ての物資を無傷で届けられるのは稀である。


こちらからヒノキに何時なにを送ったか。ヒノキで〇〇が不足したのは、何日前の出来事か。


輸送隊。または早馬からの情報をもとに、鉄工商会や明火の者たちが、なにを必要としているのかを予想する。


ましてやここは中継地である。ヒノキだけでなく、レンガやトタンなど、物資の大本との連携も重要であった。


時を刻む亀の魔獣。解ってはいたが、やはり四人のみでの討伐は不可能である。


・・

・・


朱火と行動を共にしていたため、中継地で過ごせる日数は少なかった。それでも限られた時間のなかで、自分にできることをしたし、学べることは頭に詰め込んだ。


ガンセキは最後の打ち合わせとのことで、夜明け前には建物を後にしていた。セレスも勇者であるからして、寝ぼけまなこでそれに同行している。


グレンは責任者を見送ると、一人になったその時間を利用して、人形削りを始めた。なにか一つに集中すれば、その作業に没頭できる。


「いけね」


一点にだけ目を向けろば、嫌なことを忘れられた。


「杖……か」


なぜフエゴが人形ではなく、杖を自作するようになったのか。少しだけ、グレンにも理解できた。


わずかな想いでと、顔と声。作業ができたのは一時間ほどであった。


自分が座っていた椅子の上に人形を置くと、グレンは旅立ちの支度を始める。


・・

・・


装備に必要な時間。これもまた逆手重装の弱点と言えた。


「流石に慣れたな」


太陽が完全に辺りを照らしたころ、逆手重装の装着が完了した。


俺にしてはけっこう早い。自分でそう思っているだけであり、実際には遅い。


ギゼルの話では、罠一つ満足に造れないのである。レンゲは慣れろば十五分と言っていたが、恐らく今後も無理だろう。


グレンはその場に立つと、肩を回す。


肘を曲げて伸ばす。


手の平を開いて閉じる。


「……良し」


装着に手間取ったものの、失敗はしていない。


土の宝石玉で硬さを上げようと、構造が複雑になれば脆くなる。岩の皮膚や鎧と同じで、逆手重装も関節部が弱点であった。


しかし最初に装着したあの夜から、日を追うごとに左腕はガントレットの感覚を失っている。職人の技術も当然関係するのだが、この馴染み具合はそれだけとは思えない。


中継地での数日。ガンセキは時間をつくり、グレンと魔犬の爪について調べていた。


左腕に現れた紋様が、魔物にとっての古代文字と同じなら、どのような意味を持っているのか。


単純に爪を強化するだけなのか。それとも、逆手重装との同化を意味しているのか。


グレンは左手の指先を見つめ。


「黒炎爪は禁止か」


剛爪は実戦での使用を許されたが、黒炎爪は体内に練り込む闇の量が違う。



逆手重装だけではない。フエゴと出会ってから今日まで、期間は短いが入手した情報は多い。


刻亀討伐までに残された時間。


油玉は朱火の団員でも、問題なく使いこなせていた。あとはどれだけの数を量産できるか。


清水運びにより、班長や団員の力量は把握できた。


彼らには劣るものの、属性兵も決して弱くはない。


そして何よりも、グレンの予想を反し、一般兵はかなり戦える。


制作した油玉を、どこに重点を置いて配るか。



今回オルクに清水運びを妨害され、魔法陣の力を実際に体感した。


班長補佐に魔法陣を教えた明火長は、オルク並の知識を持っているのか。もしそうだとすれば、それを刻亀討伐に活かすことはできないか。また活かしてもらうためには、どういった手段を取るべきか。


ペルデルの師である朱火長の実力は。


現状で自分を最も強化しているのは、間違いなく魔獣具であった。トントという人物がそれの使い手だとすれば。


炎柱に代償があるとすれば、フエゴはなにと引き換えにしているのか。それ以前に、あの男は最初の5人ではないのか。


頭の中で様々な情報が行来する。



考え始めると周りが見えない。


「うわっ なにこれ、気持ちわる」


アクアは椅子に置かれた物体を指さしていた。侵入者に気づけないのだから、これはグレンの深刻な弱点といえる。


「凡人のお前には、芸術の素晴らしさがわからねえんだよ。てかノックしやがれ」


「したよ。気づかなかった君が悪い。ていうかさ、こんなことする暇があるなら、もっとやるべきことがあるんじゃないかな」


グレンは小娘を押しのけると、人形を懐にしまい。


「責任者に趣味が大切って言われたから、彫刻を始めたんだよ」


「で、その趣味は楽しいのかい?」


「木を彫ってる俺って、なんか渋くて格好良いだろ」


自分で言って頬を赤く染める。そんな可愛い相手を横目にみながら、アクアは本来の目的を。


「まあ別に良いけどさ。はいこれ、直しといたから、今度は大切に使うんだよ」


綺麗に畳まれた火の服を受けとると、それを両手で抱きしめて。


「ありがとうアクアさん、一生の宝物にするよ。だからまたよろしく」


「まあボクの役目だから構わないけど、一着は本当に破いちゃダメだからね」


逆手重装のせいで火の服は改造されているが、一つだけアクアは手をつけていなかった。今はそのような相手と対面する機会はないが、少なくとも王都には王様がいるため、最低限の服装をしなくてはいけない。


「火の服は動きやすいし、ホントよく出来てる」


「あたりまえだよ。誰かさんの彫刻と違って、本物の職人が仕立てたんだ」


「だけど見た目は戦闘向きじゃねえ。俺としては、もうちょっと地味なほうが良かったんだけどな」


謁見用と戦闘用の二種類を作って欲しかった。そんな恩知らずの発言に、アクアは背を向けて歩きだし。


「ボクなんか気分悪くなったから先いってるよ」


大きな音を立てて扉が閉まる。


「おいおい、ここ借り物の部屋なんだから、大切に使えよ」


火の服も無料ではない。そんな金を工面できないグレンは、アクア家の厚意に甘えた。


「悪いのは俺だ」


アクアの姉には申し訳ないことを言ったと、グレンは心の中で謝罪する。


「……クソが」


それでも彼女に見られたのは、自分の責任であった。


「いつも悪いな」


すでに相手はいないが、礼だけは言ってから袖を通す。


・・

・・


アクアに追いつかないよう、少し時間をあけてからグレンも扉を開く。


広場まではちょっと遠いが、遅刻の心配はないだろう。


建物を守っていた兵士に頭を下げると、グレンは目的地に向けて歩きだす。



大きな鞄を背負い、中くらいの鞄を肩にかけ、逆手重装の入れ物を右手に持つ。


ガンセキが魔物の敵意を察知してくれるから、今までは問題なかったが、急な襲撃でこの格好は危険である。


団体行動になってからは、ボルガが運んでくれていたため、本当に移動が楽であった。


旅立ちの前日。なんの経験もないまま荷物をまとめたが、今ならもっと減らせるかも知れない。


「グレン殿が遅いせいで、使いっ走りにされただす」


「悪かったな。荷物整理すんのに手間取っちまった」


現にこの人物は、荷物がとても少なかった。


「無駄な労力を消費させたのだすから、ここからは自分をおんぶするだす」


「かわりに荷物持ってくれたら、広場までお送りしますよ」


敬語を使うなと言われていたが、完全に実行するのはかなり難しい。


「道具が武器な人は大変だすね」


たしかに荷物は多めだが、グレンの場合は火玉と油玉の素材も含まれている。


「金に余裕があれば、もうちょっと減らせたんですがね」


ギゼルに渡されたのは偽の制作方法であったものの、素材を持ち歩くのは大変である。


ゼドは手に持った刃物を見つめながら。


「でもそれはそれで、羨ましいだすよ」


ナイフ一振りでの旅路は心持たない。


「まぁ、もし逆手重装がなくなったら、俺も寂しい気はする」


「最初の頃は本当に落ち着かなかっただす。当り前にあった物が、どこにもないだすからね」


剣を愛する。


歩いているため、景色は動いている。だがゼドの見ているものは、グレンとは別なのだろう。


「自分の生まれた国は、魔法の有無で人生が違うだす」


古代種族を最後まで拒み、自分たちこそが最高位の神官であると信じ、三大国の中でもっとも大きな被害を受けた。


盾の国。魔族が出現する以前から、太陽と月の子どもたちを強く崇めていた。


「自分は長男だったのだすが、家は並位を使える弟が継ぐって、物心ついたころには決まってただす」


なぜ過去の話をグレンにしたのかは解らない。


「あんた、実はけっこう良いとこの生まれなのか?」


「おぼっちゃまだす」


放置され続けた幼少期。


弟への嫉妬。


両親への憎しみ。


剣との出逢い。


旅立ち。


大まかなあらすじだが、グレンにも容易に想像できた。


「ヒノキについたら、案内人の役目は終了なんだよな」


「誰かさんのお陰で、ピリカ殿に一時仕えることになっただす」


部下をグレンの護衛に回すさい、ゼドはピリカから金を借りている。


「自分はヒノキまで同行するだすが、部下とは別行動になっただす」


下手に遠回しなお願いは無駄である。グレンは大きく息を吸い込んだのち。


「案内人の仕事を終える前に、どうしてもあんたから得たい情報がある。もと信念旗なんだろ、オルクに関する情報を教えやがれ」


「交渉する気もないのだすね」


グレンはここからヒノキまで、朱火と行動する。そうなればゼドと話す機会は、ほとんどないかも知れない。


「いつかオルクとは必ず戦うことになる。でも、このままじゃ負ける」


「今も昔も。ずっと、自分は情報を得る仕事をしてきただす。相手がその知識を持っているとわかった上で、接触するのが大半なんだす」


オルクに関する情報を教える気があるのかは解らない。それでも今は、彼の言葉を黙って聞く。


「意図せず重要な情報を得ることもあるだす。でもそのとき一番大切なのは情報そのものより、なぜ相手がそんな知識をもっていたのかってことだす」


フエゴが着火眼に関する知識を持っていたのは、彼自身が目型の炎使いだから。


班長補佐が魔法陣の知識を持っていたのは、明火長が教えたから。


明火長が魔法陣に詳しいのは、魔獣を倒すために学んだから。または、その知識をもっていたから、トントたちが仲間に引き入れた。


「グレン殿の言う道剣士。その情報を仕入れた相手は、なんで殺気や自分のような剣士のことを知ってたんだすか?」


裏とはいえ、ただの武具屋である。道剣士は殺気を操り、高位属性使いとも対等に戦える。


道の途中で壊れた剣士を、ゲイルは剣豪と呼んだ。



惨めな者たちの夢の跡。


「時代遅れの業物。それの使い手を、あの人は探していた」


「もしかすればその過程で、自分たちのような剣士を知ったのかも知れないだすね。でも、別の可能性だってあるだす」


景色は流れ、やがて目的地の広場が見えてきた。


「あの店主が道剣士だとして、それならなんで自分が使い手にならないんだ」


「業物の種類はなんだすか? 自分は槍や斧なんかも一応は使えるだすが、一番活かすことができるのは、短剣や長剣よりも刀だす」


広場では沢山の人たちが、出発の準備を進めていた。


「切れ味を重視した剣は、あの店主の専門外ってことなのか?」


「それを踏まえた上で、もう一度考えなおして欲しいだす」


明火や商会員と思われる者たちは、荷馬車や馬の周りを慌ただしく動きまわる。


朱火は一団から離れた場所で、班長の話を聞いている。


属性兵たちは荷馬車の近くに集まっている。


一般兵たちは分隊長のもとでくつろいでいる。


可愛い子ちゃんは明火長と話しているが、補佐が時々コガラシを睨んでいる。



青の護衛は近づいてくるグレンに気づき、顔をプイッと背ける。


勇者は手を振っている。


責任者はグレンとゼドに向け、足を一歩踏みだした。



赤の護衛は考える。


ゼドはレンガでなにをしていたのか。金を紛失して、それを稼ぐために働いていると、ガンセキは言っていた。


しかしその情報は疑った方がいい。


「あんた……」


レンガにて


信念旗の都市内襲撃を予想し


それを防ぐ、または妨害するために


ゼドは仲間と共に動いていた。


「俺が武具屋に入るのを、止めたことがあったよな」

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