十八話 指切り
「文明の発展と衰退か」
一見なにもない部屋だが、ランプの薄い明かりに照らされろば、影が様々なものを彩る。
グレンは逆手重装を外しながら。
「凄かったっすよ、炎柱」
「高位と同等の威力があるんだよね。それで消費が並位と一緒なんて、ちょっと不公平じゃないかな?」
炎柱はあくまでも並位突破魔法である。
「なんか、使っちゃダメな魔法って気がする」
「先生とやらが言ってたやつか?」
グレンにうなずくと、セレスはランプの明かりを見つめ。
「禁止された魔法はね、たしかに凄い力を持っているけど、大切なものを失っちゃうんだって」
罰の雷を無実の者に放てばどうなるか。
「何事も等価交換だとすれば、炎柱にも魔力とは別の代償があると考えるべきか」
「じゃあオッサンは、それを支払ってんすかね。頭皮の発展と毛根の衰退かな?」
フエゴからすれば大きな悩みだが、恐らく関係はないだろう。セレスはグレンの頭から目をそらし。
「もしそうなっても、私は平気だもん」
「禁止された魔法か。あまり良い印象はないな」
ガンセキが知る限りでは、土属性にも一つある。
「刻亀の雪も、ボクなら絶対使わない。進化なんて許されないよ」
「お前が神位使えるなんて初耳だな、機会があったら見せてくれ」
そう茶化したものの、アクアの言いたいことは理解できる。
「進化そのものが悪いわけじゃねえ。それを短期間でさせるから、刻亀の領域は厄介なんだ」
脳。または心が壊れ、魔物は昼夜関係なく凶暴化する。
セレスはグレンの横顔を眺めながら。
「凶暴化した果ては、狂化種になるの?」
「魔物としては危険な相手だが、あれは三大欲求のどれかが欠落しているらしい」
遭遇すれば戦いは否めないが、個体としてみれば短命なため、放っておいても直に消える。
ゼドとの会話。その内容を整理してから、ガンセキは仲間に伝える。
「意識して感情を殺しているうちは大丈夫だ。狂化種というのは欲を削り落としているから、生きる意志がないことに死んでも気づかない」
「人の場合は大半が自業自得だから、絶対に哀れんじゃ駄目って」
修行の中で殺気についても触れたのか、セレスも道剣士に関する情報を仕入れていた。
左腕の武具を外す。先ほどから、その作業は全然進んでない。
「俺みたいな構ってちゃんと違って、そういう人はたぶん」
欲がなければ優しくなれる。
「でもそれってさ、本当に優しいって言うのかな?」
「自分にも他人にも、興味がないだけだもん」
壁にかけられたランプの近く。ガンセキは椅子に座ったまま、読んでいた本を閉じ。
「そんな人間に、分隊長が務まるとは思えんが」
どちらの言い分が正しいのかは解らない。
グレンは彼の笑顔を疑いながらも。
「あの人の剣には誇りがある」
完全な拒絶はできなかった。
アクアはベッドから腰を上げると、床に座っていたグレンのもとまで行き。
「手伝うよ」
「壊されたら困リますので、お気持ちだけ受け取っておきます」
相手の返事も聞かず、アクアはグレンの左側にしゃがみ。
「そのまま続けさせたら壊しそうだから、ボクが手伝うって言ってんじゃないか」
「うるさい。俺はやればできる子なんだ」
やってもできないのなら、やらないほうが良いのか。
アクアに手伝ってもらいながら、グレンはガンセキに問う。
「内側から燃やすってのは、ちっと間に合わせる自信がないっすね」
赤鉄の発動条件。
「純粋な火力をセレスのみに頼るのは避けたい。一人で使うわけじゃないんだ、形にするだけでも構わん」
大地魔法は多くの敵を倒すのに向いているが、天雷魔法に比べると威力は劣る。
「ガンさん防御型だしさ、ボクだって攻撃じゃ役に立てないよ」
「炎柱は個人で敵軍を殲滅する魔法だが、恐らく赤鉄は強力な単体を葬る手段だ」
亀の魔物は硬い。ましてや魔獣級となれば、想像を絶するだろう。
「本体だけじゃなくて、氷の壁とかだって、たぶんアクアより熟練は上だと思う」
「壊れない壁を壊す手段は、一つでも多いに越したことはない」
内側より熱された鉄に、それほどの力があるのか。
専用の箱に外装は入れられる。左腕に残るのは、長手袋だけとなっていた。
「レンゲさんの話しだと、これないと中身が焼け落ちるそうです」
一流の職人と、勇者の村の属性紋。
「ギゼルさんの設計した武具だ、威力は俺が保証する。必要な火力が並位中級だとすれば、高位魔法で赤鉄を発動させるのは止めたほうがいい」
制御のできない魔法は、自然のそれと同じである。
手袋は魔物の皮で作られており、左腕にまとわりつく。実戦向きなぶん、着脱はとても困難だった。
「良いかい、せーのだよ」
清水運びを思いだしたのか。
「せーのは嫌だ。一、二の三で頼む」
「まあ、別に良いけどさ。じゃあ行くよ……せぇーのっ!」
アクアが長手袋の肩口を持ち、グレンが腕を引き抜く。肌が空気に触れたのは、実に久しぶりだった。
・・
・・
濡れた布で左腕を拭く。
「くそっ なんだよこれ、全然落ちねえよ」
とても必死であり、気持ち涙目でもある。
「グレンちゃん、刺青なんて似合わないよ」
セレスの瞳はどこか冷めている。
「刺青って皮膚に絵を描くやつだろ。痛い思いまでして、そんなことしたくねえ」
不気味な黒い模様は、左腕を這うように描かれていた。色はまだ薄いが、どこか痛々しい。
「拭くのを止めろ。恐らく刺青とは別物だ」
ガンセキは両手でグレンの腕を掴むと、それを様々な角度から眺め。
「上位の魔物は魔法を使うとき、表面にこういった紋様が浮かびあがる」
煙を発生させ、吸い込んだ相手を窒息させる。
「魔物にとっての宝玉具。いや、古代文字と考えて良い。身に覚えはないか?」
魔力まといを魔法とするのなら。
「闇魔力を体内に練り込んで、魔犬の爪を強化させました」
「それが原因と断言はできん。しかし、検証なしで多用した結果がこれではないのか」
剛爪に黒炎爪。
形状が変化したのは、逆手重装だけとは限らない。
「君さ、どんどん人間離れしてくよね」
責められているのか、それとも貶されているのか。
声には感情がこもっていなかった。
「魔獣具は怖い物だって忘れてない? グレンちゃんって、最後はどうなるのかな」
いつもとはセレスの口調が違っていた。
「よく考えて欲しい。私だけじゃなくて、あなたも赤の護衛なんだから、色んな人に見られてるんだよ」
勇者一行にとって、あのグレンが必要か否かを。
ガンセキは悩む。この場はどちらにつくか。
「俺たちを陰から眺める連中もいる。そいつらの目に、グレンがどう映るかにもよるな」
アクアとセレスが責任者を睨む。だがそれで意見を覆すほど、彼は優しい世界を生きていない。
「手柄を上げたとする。それを広めるのは誰だ、受け止めるのは誰だ」
ガンセキは三人を見渡して。
「これまでの旅で解ったと思うが、勇者一行というのは物凄い力を持っている。だがな、俺たちは四人しかいない」
赤の護衛として、この場で言えることを。
「最初の五人ってよ、魔獣を倒したあと、どうなったのかね」
「今の火炎団になった。それじゃ駄目なのかい?」
グレンは立ち上がると、木の板を持ち上げて、外の景色を眺める。
「作戦に火炎団が参加してくれて、俺らからすりゃ有り難い話だよな」
明かり火に照らされてはいるが、暗くて外はよく見えない。
「強制参加なんだってよ。だから連中からすれば、良い迷惑だってことを忘れちゃいけねえ」
安置された者たちを思いながら、セレスはグレンにうなずきを返し。
「あの人たちに感謝はしても、ほかにできることは何もない」
都市。または国からの報酬。
「俺の役目は不気味がられることじゃねえ。それでも赤の護衛としてじゃなく、俺は俺がやるべきと感じたことをやる」
逆手重装も、グレンからすれば必要な判断である。
「ボクらにだって意見はあるんだ、君は君の好きにすれば良いさ。けど、無視だけは許さない」
この一行にとっては対立もまた。
「忘れるな。最後に全てを決めるのは、俺達の勇者だ」
力の源だと、ガンセキは信じていた。
セレスは瞼を閉ざす。
ゆっくりと深呼吸をする。
開かれた瞳には、三人の仲間が映っていた。
「ゼドさんからの情報です。グレンちゃんが戦っている姿を、オルクさんに見られました」
アクアとガンセキはすでに知っていた。勇者は赤の護衛をしっかりと見つめて。
「彼は案内人ですが、自分の命が狙われるのを怖がっています」
真意は解らないが、全ての情報を三人に伝えていない。
「どの戦いだったか、グレンちゃん予想できる?」
動揺はしていたものの、覚悟はできていたようで。
「たぶん鎌切との一戦だな。前段階でゼドさんの部下とも接触してますし」
戦いに至るまでの流れ。その戦いで自分が使った攻撃手段。
グレンは一通りのことを三人に教える。
「知られちゃったのは、もうどうしようもないよ。でもさ、向こうばっかでズルイんじゃないかな」
こちらもオルクに関する情報が欲しい。
「ゼドさんは信念旗を裏切った過去がある。俺もなんどか聞こうとはしたが、あまり情報は引き出せてない」
「直陣魔法の使い手ってことは、前線で戦うこともあんまねえよな」
アクアはそう言い切ったグレンに。
「オルクが魔法陣を描いたって証拠はないんだよね」
「俺は自分の勘とか信じねえけど、助けられたことはある」
策士としては駄目かも知れないが、オルクが魔法陣を描いたとグレンは信じていた。
「生き残りの証言では、手型の炎使いだったらしい。素手からの一点放射と、煙による毒で全滅したそうだ」
平原だけでなく、川より発生した風が、被害を拡大させた。
「陣で魔法を強化してるから、個人の熟練はわからない。でもグレンちゃんは炎より、道具や体術にたくさん時間を使ってる」
「奴が信念旗として確認されてから、けっこうな時間がたってるよな」
赤の護衛になった時点で、グレンとギゼルには大きな差がある。
「年齢を重ねても、どれに重点を置くかに違いはないぞ。少なくとも俺は体術より魔法だし、攻撃より防御が中心だ」
魔法陣による強化が主で、炎の熟練はそこまで優れていない。
「でもガンセキさんの場合は、体術も攻撃魔法も下手じゃねえだろ」
拳のみでの勝負。相手がグレンであれば、十戦三勝はできるかも知れない。
「攻撃魔法はカインに遠く及ばんし、体術も全盛期のギゼルさんには勝てん」
幼少のころから魔法の修行を続け、長い年月をかけて魔法を調べ、炎を柱へと変化させた。
「オルクは魔法陣の技術は高いけど、魔法そのものは特別凄いってわけじゃない。決めつけるには早いけど、あり得そうな予想だな」
気になることが一つあった。
「班長補佐さんは魔物具の使い手でしてね。接近戦はほかの団員より、一つ抜けてます」
グレンは外を眺めるのを止め、自分の荷物まで足を進める。
「敵の魔法陣を予想するとき、助けてもらったんすよ」
腰袋から取りだしたものを、そっと懐に隠す。
「話し合いの途中で悪いんすけど、ちっと頭を冷やしたいんで、夜風にあたってきます」
声に力が感じられない。
「ここら辺って風吹かないよ。なんならボクが水かけてあげようか?」
「風邪ひきたくないんで、今は遠慮しとく」
ガンセキは溜息をついたのち。
「まあ、良いか。あまり離れるなよ」
セレスは見送るつもりであったが。
「一緒に行って良い?」
ふと言葉がでてしまった。グレンは苦笑いを浮かべ。
「だめ。一人で考え事したい」
自分が不器用なことは、誰よりもわかっていた。だから今からすることを、あまり人に見られたくない。
外にでて、音がならないように扉をしめる。この建物を守っているのか、近くに数名の兵士が見える。
彼らに気づかれないよう、そっと建物の裏側に周り、壁に背をつけて座り込む。
火の玉に着火して、地面に投げ捨てる。
懐から取りだしたのは、ナイフと人形と手袋。
勇者の剣は練習だから、逆手重装をしたままでも構わない。素手のときだけとなれば、人形を彫る機会は限られてくる。
手袋をすれば余計に上手く削れない。だけど人形に血をつけたくないし、なにより痛いのは御免だった。
一日を使い乾燥させたため、湿り気はだいぶ改善されている。
空を見あげる。曇っているのか、月も星も確認できない。
彼との記憶はあまりない。
それでも、顔と声を忘れる前に、人形を完成させたい。
グレンは意を決し、人形にナイフをかざす。
「……あっ」
とりあえずこの章は終わりです。