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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
10章 朱の火
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十七話 大声で屁を隠そう

場所は解らない。そこには男が立っていた。


その人物は、黒い布で顔を隠している。


隙間から良く見ると、彼の皮膚はただれていた。


空気に触れるだけで痛むから、布を巻いているのか。


それとも醜いから、隠しているのだろうか。


彼女には、なにも解らない。


水よ。


・・

・・


案内してくれた団員に礼を言うと、グレンは一行に用意された部屋へ入る。


扉に鍵はない。


他者の侵入を阻むものを、全ての部屋に設置するのは難しい。ここは要所とは言っても、急いで造られた砦である。


それでも中にいるときは、木材を差し込むことで鍵の代わりとできる。室内はそこまで広くないが、二人で使うぶんには問題ない。


片隅には貴重品を入れる箱。鍵は恐らく責任者が持っているため、グレンに開けるすべはない。


ベッドは二人分。一方はガンセキが使った痕跡がある。


机はないが、椅子はある。しかしそこに座ってしまうと、行動する気が失せてしまう。


責任者の帰りを待つのが最善である。だが、今日中に済ませたいことがあった。


行動に移したい。それでも足が動かない。


休みたい自分と、それを許さない自分。



二人のグレンが争っていると、やがて扉が叩かれる。こちらの返事を待たずに入ってきたのだから、恐らく一行の誰かだろう。


「ノックすりゃ良いってもんじゃねえぞ」


「うるさいな。君にだけは言われたくないよ」


どうやら隣の部屋にいたようで、物音がしたため来たのだろう。


「セレスは修行してるらしいけど、アクアさんは一人でお留守番ですか」


まだ小さいのに偉いですね。


そう思っても、決して口にはださない。だが馬鹿にした口調であったため、内心は筒抜けであった。


「痛いじゃないかアクアさん。そうやってすぐに殴るから……」


頭をさすりながら、グレンは相手の顔をみる。


「……へ?」


そこにいたのは見知らぬ女。アクアは小さな胸を張りながら。


「どうだい。フィエルさんに教わったんだけど、けっこう上手くでたんじゃないかな」


今日はセレスの手助けを借りたらしいが、もともと彼女は器用である。


「ああ。誰かわからないほどの別嬪べっぴんさんだ」


グレンの瞳に灯るのは、醜き嫉妬の炎。


「でもな、勘違いすんじゃねえぞ。俺のほうが……きっと」


嫉妬はやがて憎悪となり、己の身をも焼き尽くす。アクアはそれを防ぐため、呆れた口調で。


「はいはい。グレンくんは可愛い可愛い」


どうやら対応が気に食わなかったようで、彼女は少し不機嫌になっていた。


目もと。陰による強調。目立ち過ぎない唇の色。


「まぁ、あれだ。らしくはねえが、良いと思うぞ」


その返答に、しばしアクアはきょとんとする。


「君には期待してなかったからさ、いざ褒められると照れるよ」


「安心しろ、気の迷いだ。もう二度と褒めない」


グレンはガンセキのベッドを指さすと。


「でっ、ほかの連中は?」


「二人とも忙しいからね。君のこと知らされたら、ガンさんはここに来るんじゃないかな」


中継地に到着してから、まだ一時間前後である。


「ちょっと用事があってな。お前に伝えとくからよ、もし来たら頼んでも良いか?」


火炎団に関する報告。


「別に良いけど、用事ってなにさ」


「一人死んじまってな。ピリカさんに届けねえと」


会員証は懐にしまってあるが、見せはしない。アクアも察したようで、それ以上は聞きもせず。


「ところでグレン君はさ、もう行ったのかい?」


お偉いさんとの挨拶より先に、三人が向かった場所。グレンもそこのことは知っている。


「行ってないし、行く予定もねえな」


そもそもグレンがこう言うことは、アクアも気づいていたようで、責められもしなかった。



数分後。簡単な報告を済ませると、グレンは彼女を残して扉を開ける。


「そんじゃ、ガンセキさん来たら頼むな」


振り向けば、そこにいる女は別人である。


「用事が済んだらさ、セレスちゃんに顔見せてあげなよ」


川側の大岩。アクアの話では、いつもその辺りで修行をしているらしい。


グレンは適当にうなずくと、茶化すような口ぶりで。


「せっかくの化粧も、その喋り方だと台無しだな。それにお前、寝てただろ」


お留守番ではなく、魔物具の修行をしていた。本人はそう言っていたが、目もとが少し崩れていた。


怒ると期待したが、予想を反し。


「もう当分はしないよ。毎日するの面倒だしさ、そもそも自分の持ってないんだ」


彼女の表情は、少し大人びて見えた。


「そうか」


短い返事だけを残し、グレンは扉を閉める。



ベッドの上には投げ捨てられた布製の袋。アクアは本人の許可も得ないまま、さも当然のように中身を取りだす。


「うわっ もう、汚いなぁ」


それは一応水で洗われており、移動中に干していたのか、すでに乾燥も終えていた。


「まったく、グレン君は」


文句を言いながらも、未だ汚れの目立つ衣類を手に移動する。



彼女に用意された建物は隣である。


その一室。散らかってはいないが、どちらかと言えば男部屋のほうが綺麗だった。


服を椅子の背にかけると、アクアは自分の荷物を探る。


取りだしたのは古ぼけた箱。片手でも持てる大きさだが、彼女は両手で運ぶ。


箱の中身は裁縫道具の一式であり、かなり本格的な代物である。姉より譲り受けたものだとすれば、商売道具であるからして、それも頷けた。


修復用の生地は持たされているものの、人の手で持ち運ぶには限りがある。


戦闘のたびに服を直すのは、彼女の役目となっていた。特に火の服は毎回損傷が激しいため、こちらの身になって戦えと言いたいが、こればかりは仕方のない話だ。


「まったく、グレン君は」


ハサミを手に持つと、その刃を黒地の布に当てる。


「……まったく」


闇と同じその色を見つめたまま、しばらく手を止めていた。


・・

・・


グレンは部屋をあとにすると、アクアの教えを頼りに道を進む。


「うん。俺ここ初めてだし、迷っても仕方ないよな」


人に聞くといった手段もあるのだが、あまり気が乗らないため、辺りを見渡しながら目的地を探す。


数分歩いたところで、グレンの視界に修行場が映る。


簡単な作りで広くはない。それでも土質は優れているようで、昨日雨が降ったにも関わらず、兵士たちの姿が見てとれる。


所々に小から中の岩が設置されており、死角を利用した訓練が可能となっていた。


物資輸送時の陣形。土の領域による各自の連携。弓や一点炎放射。


訓練内容は様々だが、今日は上半身裸の男達が、武器を手に素振りをしていた。小岩の上には女の人が立っており。


「おいこらボルガ! よそ見すんな!」


デカブツと目があったため、一応手を上げておく。それに手を振って応えるものだから、ボルガはまた分隊長に怒られていた。


グレンは颯爽とその場を離れた。





アクアが言うには、自分の部屋から五分ほど。中継地にしては大きい建物だから、簡単に見つかるとのこと。


しかし迷ったせいもあり、到着したころには三倍の時間を使っていた。


明火長と対面した場所は、目と鼻の先にある。そこは一見倉庫のようで、部外者は立ち入り禁止な感じがする。


それでもグレンは意を決し、建物の中に足を踏み入れ、近場にいた商会員に話しかける。


「ここは物資関係の出入口ですんで、裏に回ってもらえますか」


「あっ はい、すんません」


・・

・・


裏口に到着すると、先ほどの商会員がすでに立っており、グレンを案内してくれた。


一階建てではあるものの、やはり広い。それでも大きさだけであれば、デマド組合のほうが上である。



商会員がノックをし、彼に招かれて室内に入る。


「あら、グレンさま」


グレンだけを入室させると、商会員はそのまま扉を閉めてしまう。


「ども」


やはり、この人物は苦手である。


「襲撃の件、誠にお疲れ様でした」


すでに報告は受けているのだろう。


「ただ妨害をされただけで、襲撃ってほど大げさなもんじゃありませんよ」


「邪魔より先を彼らに許さなかったのは、グレンさまと聞いておりますが」


敵魔法陣の予想だけで、あとはなにもしていない。


「そもそも俺が同行しなけりゃ、信念旗の妨害はなかったんですがね」


「ですが。あなたの力添えがなければ、清水も無事ではなかったと」


褒められるのは嬉しいが、相手が相手である。


「たぶんですが、清水の件があるから、俺のこと過剰に評価したんじゃないっすか?」


彼の背負った樽の中身を、グレンは商会員より受け取っていた。


「あの御方はそのような理由で、他者を褒めるような真似はいたしません」


鉄工商会の中では特殊だが、恐らく彼女は相応の地位を得ている。


「清水は気にせず受け取ってください。こちらとしては、ほかの報酬も用意したいのですが」


商会員より渡された清水は、最初から返す気はない。


「金の目的で同行したわけじゃないんで、清水だけで俺は充分です」


グレンは懐から会員証を取りだすと、それを机の上にそっと置く。



最近到着したばかりのためか、ピリカの部屋は散らかっていた。当然机の上も、綺麗とは言い難い。


それでも会員の証を、手渡しするのは嫌だった。


「清水はとても価値のある物です。しかしあれは自然の産物であり、完全な管理はできません」


「管理って、治安軍ですか?」


もし犯罪と呼ばれる仕組みがなければ、多くの源泉は力を失っていたかも知れない。


「それでも許可なく狙う者は、減らないのが現状です」


源泉への道のりに人工物を造るときは、時間をかけて自然と同化させる。専門の知識を持ったものが、そういった配慮を行うことで、清水の劣化を最小限で収める。


「宝玉具には様々な種類がありますので、清水運びに活かせる物も多いです」


道を造る。水を汲み上げる。重い荷を運ぶ。物と物とを組み合わせる。だがそれらを無闇に使えば、やがて清水の力は消え失せる。


彼は死の直前に伝えた。こういった経験をした人ほど、清水を無駄遣いする者はいないと。


これは確信ではなく、ただの願いである。世の中、善人ばかりではないのだから。


「大切に使わせてもらいます」


「そうしていただけると、こちらも嬉しく思います」


もう、ここにいる理由はない。


「俺らが出発したあとも、しばらく中継地に残るんすか?」


王都への道を開拓する下準備。そう聞いていたが、この部屋を見るに、別の役目があるのだろう。


ピリカはにっこりと微笑むと。


「明火長が中継地を離れるようで、残念なことに後釜をと」


この地からレンガまで、早馬でも数日かかる。彼女に命令を下したのは誰なのか。


ましてや中継地に、それほどの力を持った者がいるのか。



デマドはレンガからの物資と、清水などを管理している。


だが中継地はその名の通り、多方面から様々な物が集まっている。ギルドの登録者にすぎない明火長よりも、鉄工商会の人間である彼女のほうが、形としては自然ではないのか。


ピリカは笑っていたが、瞼は閉じていない。この瞬間も、グレンの表情を観察していた。


「そんじゃ、渡すもんは渡したんで」


「あら、わたくしもっとお話したいのですが」


グレンは額の汗を手で拭いながら。


「いや、あの。こわ……疲れたんで、そろそろ寝たいです」


思わず怖いと言いかけたが、なんとか誤魔化せた。


「そうですか、ならお引き止めもできませんね。怖がらせては、元も子もありませんし」


グレンは扉へと後退りながら。


「はい。ピリカさんも、忙しそうですし」


「あら、私全然忙しくありませんよ。引き継ぎなど、この世には必要ないのです」


そう言うと、彼女は席を立つ。グレンはそれを見て、急いで扉を開ける。



今にも逃げ出そうと、足を踏みだした瞬間であった。


「家族には我々が説明いたしますので、あなたはもっと自信をお持ちください」


青年は立ち止まり。


「混乱を招いた。判断を誤った。近くにいた味方の動きを鈍らせ、即座の対応を遅らせた」


どれほど全力を尽くしても、状況を悪化させた。


「それでも打開しようとしたのだから、あなたは自信を持たなくてはいけません」


返事もなく、青年は扉を閉める。


・・

・・


外にでると、すでに辺りは暗くなっていた。


アクアには顔を見せろと言われたが、もうセレスは部屋に帰っているのではないか。ガンセキにも会わなくてはいけない。


でも少しのあいだ、一人になりたい。


だからセレスのせいにして、今は大岩を目指す。




木製の壁には階段はないが、梯子はしごが設置されていた。壁上の幅はレンガよりも狭いが、兵士が行動するには充分である。


梯子を登り切ると、近場の兵士が話しかけてきた。


「勇者さまでしたら、まだ戻られていませんよ」


コガラシはすでに通ったらしいので、修行はもう終わっているようだ。


「岩のほうに渡りたいんすけど」


「それでしたら、あちらから」


兵士が指さした先には、橋らしきものが遠目に見える。グレンは礼を言うと、その場を離れる。



岩山から眺めたときは、かなり大きいと思っていた。しかし入ってみると、中継地の大半は魔法の岩であり、人が生活する範囲はそこまで広くない。


それは橋というよりも、骨組の上に板を置いただけであった。


木壁も大岩もかなり高いため、渡るのはけっこう勇気がいる。この程度で怯えていては、黒膜化など使いこなせないのだが、やはり怖いものは怖い。


見るからに古い岩もあれば、最近召喚された岩もある。


岩と岩とのあいだ。板の橋は数カ所に設置されているが、跳び越えなくては渡れない場所もある。


地面には、かつて大岩であった破片が散乱している。



すでに太陽は沈んだが、まだ周囲に光は残っていた。


いくつもの中岩と大岩を越えた先に、セレスは座っていた。



隣に座るのに、許可などとらない。


グレンは景色を眺めながら。


「ここから小便したら、さぞや気持ち良いんだろうな」


セレスは両膝を抱えながら、頭を伏せたまま。


「最低だよ、グレンちゃん」


「女のお前には解らねえよ。これが男の浪漫だ」


剣の修行。土埃にまみれた服を見れば、その過酷さは想像できる。


「楽しいか?」


「グレンちゃんと一緒にしないでよ。全然楽しくないもん」


修行には色々あるが、ずっと拳で殴りあうのが、グレンは一番好きだった。


「合体魔法のほうは?」


「それは楽しい。だってね、私が水魔法使えるんだよ」


アクアは電撃までなら、なんとか放てるとのこと。


「大もとは一緒なんだけどな。相手がいるからこそ、修行は楽しく感じるもんだ」


味方か敵かの違いである。


セレスは微笑むと。


「一人でする修行が楽しいのは、ガンセキさんくらいかな?」


グレンは何度もうなずきながら。


「あの人普段は凄くまともだけどよ、修行に関してだけは変態だから」


「そんなこと言ったら、グレンちゃん怒られちゃうよ」


頑張って会話を続けてみたが、ここで止まってしまう。



最初から解ってはいたのである。この作戦に犠牲者がでることは。


「グレンちゃんはさ……後悔してない?」


なにをと聞き返したいところだが、その質問が意図していることは、グレンにも理解できてしまっていた。


「屁が我慢できないとき。隠れて解き放つか、大声をだしながら解き放つかの違いだ」


「解かんないよ」


「この例えで理解できないとは、やっぱお前は馬鹿だな」


「馬鹿っていう方が馬鹿なグレンちゃんなんだよ」


「どっちも俺じゃねえか馬鹿」


「馬鹿は馬鹿でも私は良い子な馬鹿だもん」


「じゃあ何か、悪い馬鹿は許されない馬鹿なのか。そんなもん世間が勝手に決めた馬鹿だ馬鹿」


「馬鹿馬鹿うるさいバカ!」


しばらく互いに馬鹿と罵り合う。


笑っているのか泣いているのか。


それを表情からは見て取れないが、それでもセレスは必死に問う。


「グレンちゃんは後悔してるの、それともしてないの!」


狩り人を続けながら、いつかくる老婆の死に顔を拝む。それもまた、実に有意義な毎日である。


「どの道、どっち選んでも後悔だろ」


だからグレンは一方を選択した。


「俺は逃げも隠れもしねえ。隠しきってみせる!!」


思わず力みすぎてしまった。


「グレンちゃん臭い」


「なに言ってんだ、俺じゃねえよ」


周囲にはギルドの登録者もいるが、ここには二人しかいない。


「私じゃないもん」


「俺みたいな可愛い子が、屁なんてするわけないだろ」


乾燥した荒野に、風が吹くことはあまりない。


太陽が沈もうと。


「暗い中もどるの危ねえから、そろそろ帰ります」


グレンは立ち上がると、セレスをその場に残して歩きだす。


「ちょっと待ってよ、なにしにきたのグレンちゃん」


「アクアさんに言われたから、顔みせにきたんだよ」


薄い暗闇のなか、右腕に火が灯る。


セレスの瞳に映るその背中に、なにかが重なる。


「ねえ、グレンちゃん」


「なんだよ」


セレスはグレンに追い付くと、彼の横顔を覗き見る。


「襲撃受けたんだよね?」


「なんで知ってんだ」


まだ報告は終えてない。


「ゼドさんから聞いたの」


「そうか。あの人たち、もう戻ってたのか」


辺りは薄暗く、グレンの横顔は確認できなかった。


「火傷、してない?」


「こう見えても魔力まといは得意でしてね、そう簡単に火傷なんてしねえよ」



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