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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
10章 朱の火
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十六話 評価

どんなに弱っていても、夜は闇が活発となるのだから、やはり近づいてくる魔物もいる。


以前より所属する班員の多くは、日中の清水運びで戦える者は少ない。しかしニノ朱から編成された者たちを中心にして、彼ら彼女らは一夜を無事に乗り切ることができた。



グレンを含む一団は、夜明け前に出発する。


昼前には三人と別れた場所に到着し、そこで簡単な休憩を挟んだのち、再び移動を再開させる。昨日の雨は道にも影響を及ぼしているが、黄土で整備されているため、あの獣道に比べればなんの問題もなかった。


景色はすぐさま茶褐色に変化するわけではない。まず始めに感じるのは、移動時の土質である。


靴で踏み締めるさいの音が、魔法の土から自然の土に。


空を見上げれば、魔物と思われる鳥が、一団の上空を旋回している。



それに気を取られていると、いつの間にか周囲の緑は少なくなり、木のかわりに石や岩が目立っていた。


道中の会話は少ない。


一人死んだ。それでも目的の清水は、こうして無事に運ばれている。


力馬の引く荷台の車輪が、乾き始めた地面を削る。その音だけが響くなか、グレンは修行も忘れて積み荷を守る。


悲しさはある。でもそれよりも、昨日の疲れがとれない。


足は重く、一歩が前に進まない。


景色を楽しむ余裕はある。物思いにふける時間もある。


考えることのできる幸せを噛みしめて、グレンは動かない足を、もう一歩前に進めていく。



岩山には木が少ないせいか、遠くの景色はよく見えた。


枯れた平野の真中を流れる川と、その向こうに存在する大きな岩の群。


「清水運びは、成功だよな?」


「結果からすれば成功だけどさ、それを個人として決めるのなら、自分で答えをだすしかないのよ」


別に返事が欲しかったわけではない。それでもただの独り言に、誰かが返事をしてくれた。


「成功だろ」


「じゃっ、成功で良いんじゃない」


青年の肩を叩くと、そのままオッサンは離れていく。


「成功じゃないんなら、やってらんねえよ」


蹴った小石は地面を転がり、回る車輪に弾かれた。


・・

・・


時刻は十五時を過ぎたころ、魔物との戦闘も運良くほとんどなく、一団は川まで辿りついた。


「昨日の雨は一日だったから良いけど、あんま凄いと中継地危なくないっすか?」


川の近場にあるのだから、氾濫すれば大変なことになるだろう。


商会員はグレンに微笑むと。


「中継地の場所を決めたのは、レンガの先人です」


恐らくだが、レンガから派遣された職人が造ったのだろう。


昨日の雨により、川は濁り増水している。それに架かる真新しい橋は、この瞬間も流れに抗いながら、その場に存在していた。



水門という単語を使っているが、正確には少し違うのだろう。その構造物もまた、長年の失敗を繰り返し、今日の成功を掴みとった。


「レンガの歴史とは、水との戦いです」


汚染された水。五百年の魔獣王との関係。そしてあの都市は、幾度も川の氾濫に苦しめられてきた。


訓練されているはずの力馬は、橋の手前で立ち止まっていた。


商会員は震える身体を撫でながら。


「大きな利点があるからこそ、時に大きな被害をもたらします。崇めると同時に、神を畏れる」


そうでなければ遥かな昔。生贄などという風習は発生しなかっただろう。


「私はそのことを忘れずに、今日まで信仰を続けてきました」


神は救ってくれるだけではなく、本来は恐ろしい相手でもある。


信仰の形は人それぞれ。魔法という救いにより、神の畏れを忘れた者たちは、一体どれほどの数がいるのか。


商会員の導きにより、力馬は橋へと足を進める。


「恐らくグレンさんは、私などより遥かに、神を畏れておいででしょう」


彼の声は川の音にかき消され、青年の耳には届かない。


力馬が動けば、一団も一緒になって動きだす。


背中。


馬を動かすその姿は、なぜかこの場にいる誰よりも、頼もしく思えた。



水しぶきが、グレンの頬を冷たくさせる。


ふと、青年は思いだす。


四人で渡ったあの橋を。


空は晴れていた。


・・

・・


夕暮れ時の少し前に、一団は中継地に到着する。その場所は四方を大岩に囲まれているが、数カ所が通れるようなっている。


中継地へ入るには、両側を大岩に囲まれた一本道を、少しのあいだ進まなければいけない。五mほどの岩というのは、なんだかんだで圧迫感があり、ここを通るのは勇気がいる。


人間の気配を感じながら、大岩の通路から中継地を目指す。そのような自殺行為をするには、よほどの憎しみを心に宿すか、狂化種としてなにかを捨てる必要があるだろう。



そしてやがて現れる木製の壁。その上に立つ兵士が一団を確認すると、少しして壁の一部が持ち上がり扉となった。


班長は安堵の表情を浮かべながら、周囲の面々に。


「積み荷の受け渡しを終えたら、とりあえず解散だ。後のことは追って俺から説明するが、中継地から無断で離れるのは禁止だぞ」


グレンは息を吐き、肩の力が抜けるのを感じた。


この感覚。恐らく同盟員の中には、これを忘れられなくて、生涯現役を続ける者もいるだろう。



しかし残念ながら、彼は朱火の団員ではなく、勇者一行の赤の護衛であった。


「今から報告に行くから、あんたも来てくれ」


「いやっ、なんか……お腹の調子が悪くて」


またの機会にという前に、班長は続けて言葉を発する。


「俺らの帰還が伝わってれば、たぶん責任者もくるだろうから、あんたはあんたで合流したほうが良いだろ」


役には立ったと思っているが、命令無視や器物破損などもあるため、正直あまり行きたくない。


なによりも、人に評価されるというのが、とても怖かった。今回は自分だけでなく、勇者一行の代表として参加したのだから。


それでも赤の護衛なのだから、グレンに断るすべはなかった。


・・

・・


樽の受け渡しは中継地内の広場にて行われ、今は明火や商会員の手にわたっている。ヒノキ本陣で不足しているのだから、デマド産の清水とあわせたのち、近いうちにそちらへと送られるのだろう。


あらかたやるべきことを終わらせた一同が、班長の合図で散っていく。


本当は彼らに混じって自分も散りたいが、グレンは素直に班長の後を追う。



中継地内部に大きな建物は少なく、ペルデルが目指すそれも作りは多少丁寧だが、けっして立派なものではなかった。


明火長。ギルド登録団体でありながら、現在はこの中継地に存在する、物資の流れを管理する者の中心となっている。


班長補佐は途中まで二人に同行していたが、彼女は彼女で補佐としてやるべきことがあるようで、挨拶を終えると去っていく。



あからさまに緊張している姿を見て、補佐は呆れ半分で笑っていたが、グレンはそれに気づく余裕もない。


そしてついに到着してしまう。班長は扉の前に立つと振り向いて。


「俺も敬語ってのは得意じゃないけど、一応うちのお偉いさんだから」


「知ってると思いますが、自分基本は敬語です」


フエゴに対して、最近は口調が荒くなっているが、最初は丁寧な言葉を心がけていた。



班長はその返事にうなづくと、ノックをする。中からの返事を待つ。


「どうぞ」


年齢によるものなのか、それとも最初からそうなのかは解らない。彼女の声は、少しかすれていた。



失礼しますと言ったのち、班長は室内に入る。グレンは半分気持ち悪くなっていたが、半分はもうどうでも良くなっていたため、ペルデルに続く。


机上の書類と思われる束の中で、椅子に腰掛ける女性。


皺が深く刻まれているが、目つきが鋭い。


ゼドとはなにかが違う。



グレンは思う。なにこの人、怖いと。


「お疲れさま」


明火長は立ち上がると。


「すこし汚れていて申し訳ないが、そこに座ってください」


その指先は、来客用と思われる椅子に向けられていた。


班長は頭を下げると、言われた場所に腰を下ろす。


明火長は飲み物を用意しているようで、二人に背を向けていた。左側の腕には、黄色い布が巻かれている。


グレンは心ここに在らずではあったが、班長に続く。



二人が席につくのをまち、明火長は人数分の飲み物を机に置いて、反対側の椅子に座る。


「簡単な報告を聞く前に」


女性はグレンを見て。


「今回の協力、本当にありがとうございました」


セレスたち三人と別れたとき、ペルデルの班は数名を中継地に戻していた。それは魔物の素材を持ち帰るだけでなく、本来は勇者一行を明火長に会わせるための、案内人という役目であったとのこと。


編成されたばかりの班で、戦力が減るのは避けたいところではある。それでも火炎団もまた、勇者一行との繋がりを求めていた。


「セレス様の中継地での行動は、私の耳にも入っておりますが、それを聞いてこちらも安心しております」


信念旗の対策や、まじめに修行をする姿。


明火長は頭を下げると。


「我々も依頼を受け、金を頂く立場ではありますが、半強制といった形でもございます。生意気と思われるかも知れませんが、どうかお許しを」


火炎団にも事情があり、今回の依頼は断ることができなかった。それでも被害がでることは予想できるため、勇者一行を見極める必要がある。


それ次第で、彼女らは今後の方針を決めるのだろう。



グレンは頭をかきながら。


「まあこれだけ立派な土台を用意してもらってるので、兵士にもギルドにも俺らは頭が上がりません。勇者一行というのは名だけが先走ってる感がありますので、こちらとしてもそうしていただけるのは有り難いです」


明火長はお礼を言ったのち、ペルデルの方を向き。


「それでは、報告をお願いします」


班長はうなづくと、咳払いをして。


「まず始めに。団員には死者はなく、清水も無事に運搬を完了できました。しかし商会員を守りきれず、一名死なせてしまいました」


「そうですか。では、私の方で商会への謝罪を済ませておきます」


上位の魔物との戦闘はあったが、素材の入手はできなかったこと。


信念旗の妨害を受けたこと。


グレンだけでなく、勇者一行の支援もあり、退けることに成功したこと。


班員の疲労状況。



二人が淡々と情報を交わすなか、グレンはそれについていけず、ふと周囲を見渡していた。


責任者の姿はない。


・・

・・


報告をあらかた終えると、明火長は微笑みながら。


「このたびの成功も、グレンさんの協力があってこそ」


そういうと席を立ち。


「改めて、お礼を言わせてください」


「いえ……反省すべき点もたくさんありましたので」


相手の言葉をそのまま受け取らない。それは勇者一行として、赤の護衛の役目でもある。



明火長はその場を動くと、鍵のかけられた箱の中から袋を取りだし。


「働きに応じた報酬を支払うのが、明火としての役割でもあります。火炎団として行動してくださったのなら、受け取ってもらえると嬉しく思います」


まだ見極めは終わっていないと判断したため、グレンは立ち上がると。


「欲しいところではあるんですが、勝手にお金をもらうと怒られちゃうんで、責任者を通してもらえると」


「そうですか」


残念といった風でも、納得した様子でもない。グレンには、彼女の内心は解らない。



正直今は、この場をすぐにでも去りたい。


この発言が正しいか間違いかは解らない。


「それでは俺も責任者に報告等がありますので、そろそろ」


だがこれ以上この場にいると、なにかやらかしそうな気がする。



明火長は表情をそのままに。


「そうですね。グレン様もお疲れでしょうし、これにて終了ということで」


お偉いさんとの顔合わせは、すでにガンセキたちが済ませてくれている。それだけでも、グレンからすれば助かる話であった。



明火長が団員の一人を呼ぶ。グレンは彼に連れられて、一行に用意された部屋に向かうこととなった。


去り際。赤の護衛は班長にのみ聞こえる声で。


「色つけてくれよ」


班長は苦笑いを浮かべると。


「ありのままを」


グレンの評価は、本人がいなくなってから。


・・

・・


明火長は赤の護衛が去った扉をしばらく見ていたが、やがてゆっくりと腰を落とし。


「あぁ……疲れた。あんな警戒されると、こっちまで緊張するわ。名前いうのも忘れてた」


「あの人、かなり用心深いですからね」


常に疑えという師の教えを守る、真面目な弟子である。


「それで、彼は実力は?」


「まあ勇者一行だけあって、そりゃ強いですよ。でも、俺の予想とはちょっと違ったな」


その返答に、明火長は興味深そうに耳を傾ける。


「強いことは強いです。でも、異常ではないですね」


「それじゃあ彼に勝つには、どのくらいの準備が必要?」


班長はしばらく考えると。


「うちの班から俺が三人選んで、そいつらと入念な打ち合わせをすれば、五戦四勝は可能かと」


明火長は顎に手をそえて。


「残りの一戦は?」


「相打ちです」


それがなにを意味するのか。


「あの人は頭が切れるけど、不利な戦況を覆すほどじゃない。でも大負けを負けにできるだけの力はあります」


「なるほどね。それで……悪い点は」


今回の評価は、ここからが本番といえる。


「精神にむらがあります。普段は忠実ですが、急に命令を無視します」


それを聞いた女性に返事はない。班長はそのまま続ける。


「さらに厄介なのは、自分の要望を無理やり通すことができる。俺からすればありえない判断でも、それをねじ込むことができる」


グレンは鎌斬との一対一を、許可を得た上で実現させた。


「部下とするにも癖が多い。だからと言って、人の上に立てる性格とも思えない」


明火長は苦笑いを浮かべながら。


「協力する意志はあるけど、それでも協調性は低い……か」


「孤高を気取っているわけじゃなく、人付き合いが苦手なんだと思います」


班長はグレンの姿を思い浮かべると。


「一生懸命であることは、俺にも伝わってきます」


それがどのような選択であろうと。



明火長はしばらく目をつむっていたが。


「このままの状態で依頼を続ければ、うちの団にもさらなる被害が予想されるけど、貴方の意見を聞きたい」


そう言われてもペルデルは困るのだが、聞かれろば返事をしなければいけない。


「自分のやるべきことを探して、達成する方法を必死に考えて。そういう姿を見せられたら、手を抜くなんて俺にはできませんよ」


明火長は目もとの皺をさすりながら。


「そうか。参考にさせてもらう」


・・

・・


班長も去り、その一室は明火長だけとなる。


しばらく書類に目を通していたが、やはり気が散る。


「でっ オジサンの評価は?」


この建物には窓がある。しかし硝子ではなく、板を棒で持ち上げるだけの、簡単なつくりであった。


「それ聞くの? まあ、オバサンとそんな変わんないと思うのよね」


実際におばさんと言われる年齢になったため、文句は言わないが、この人物は昔からオバサンと呼んでいた。


「似てるね」


おいちゃんは窓の外。地べたに座りながら。


「ああ」


大敗にならないよう、今も一人で無駄な戦いを続けている。



明火長は右腕の黒い布をさすりながら。


「それでも、あんたに火炎団を守る気はないんでしょ」


フエゴは新たな杖を削りながら。


「だからさ、見ててイラつく」


自分の情けなさに。

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