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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
10章 朱の火
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十五話 大きな岩に歴史あり

赤茶色の大地。


他所よりも暖かいが、気にしなければわからない。しかしどれほど身体を動かしても、ここでは汗をかきにくいため、空気が乾燥しているのだろう。



中継地は最重要砦と言われるだけあり、四方を大岩や中岩に囲まれており、その内側に木製の壁が建てられていた。


ホノオとツチの影響が強いこの地は、木の数も少なく、乾燥しているため強度も低い。焚き火としては優秀だが、木の質としては良ろしくない。


外側の岩は六十年より古いものも利用しているが、内側の木壁や建物などは朽ち果てていたため、恐らく他所から運んできたのだと思われる。



木製の壁を守るのは兵士。大岩の上で見張りを受けもつのは、ギルドに所属する団体だが、彼らは火炎団ではない。


中継地のそばには川が存在し、その流れに抗って進めば、やがてトタンという町に到着する。そこにあるギルドからの依頼で、彼らは中継地を守っていた。



時はグレンと朱火の戦いから、少し遡る。


勇者一行に用意された部屋は、男女別に分かれているものの、デマドに比べると造りが荒い。それでも兵士などは同部屋であり、ベッドも個人のものがあるわけではないため、待遇は格段に上である。


中継地内では木や石造りの建物は一部であり、土台は石で骨組みは木だとしても、壁は土を藁と水で固めたものが多い。



この地に到着してからの三人は、信念旗の対策として、ゼドやピリカと交渉をした。その中で敗国の者たちが、三大国の裏で力を持っていることを知る。


復国派や安定派。


派閥があることは教えてもらえなかったが、ギルドや治安軍などの組織があるため、敗国者たちが一枚岩でないことは予想している。


グレンの身を守るための対策を行ったあとは、もう待つことしかできないため、三名は各々が刻亀討伐に向けてできることをする。


・・

・・


大岩の上は平らとなっているが、広くはないため足場としては悪い。本来はこの位置から遠距離攻撃をするのだが、そこにはなぜか剣士が二人。


「お嬢さん、準備は良いですかい?」


セレスは片手剣のみ。コガラシはニ剣流の使い手だが、今は一振りしか持っていない。


力の抜けるその口調に、勇者は真剣な表情でうなずく。


「あっしの剣技は派手でございあすが、格好良いだけじゃなく、ちゃんとした意味がありやす」


コガラシはそう言うと、岩の上で何度か跳ねる。


「飛ぶには地面を蹴らなきゃいけやせん。だからあっしもね、こういった足場は苦手でさぁ」


剣士は両足を地面につけると、姿勢を整えて。


「魅せる剣の目的は、周囲の敵をあっしに注目させること。ですんで足場に余裕がなけりゃ、あっしも怖くてできやせん」


たくさんの敵が自分を見るということは、そのぶん狙われる危険も増す。


空中での回転により、一撃が物凄い威力となるが、やはり着地後の隙も大きい。


「コガラシさんの剣技。たしかに凄かったけど、たった一振りで剣がダメになるってことは、斬ってはいないんですよね?」


「おっしゃる通りでさぁ。正直いうと片手剣より、軽い棍棒のほうが相性は良かったりしやす」


現在二人が乗っている大岩は一部草が生えていたり、削れた岩の破片が落ちていた。


「お嬢さん。足もとの石っころ、一つあっしに放っておくんな」


セレスはにっこり微笑むと石を拾い、それを振りまわしながら。


「おもいっきり投げて良い?」


強力な雷撃をグレンに放っていたところから、彼女は修行でも相手に容赦がないのだろう。


「やめてくだせえ。あっしはね、切るのが苦手なんでさぁ」


剣士といっても、色んな人がいる。


「投げるときゃ、山を描く感じでお頼みしやす」


グレンは彼女のことを、力加減もわからない馬鹿だと思っている。だけど相手を選んでいることも、なんだかんだで知っていた。



下から放り投げることで、石はコガラシのもとへゆっくりと迫る。


彼の得物は片手剣だが、打撃を優先させているため、切れ味は低い。



振る速度。セレスは目に見えないものと思っていたが、予想よりもずっと遅い。そう見えているだけで、実は速いのかとも思ったが、どうやら本当に遅い。


それでも自分の剣とは、なにかが異なる。



切断された片方を持ち上げると、コガラシはそれを見つめながら。


「慎重すぎて無駄が多いって、よく師匠に怒られたもんで」


どうやら失敗らしく、切ったというよりも、削ったといった断面になっていた。


「でも私には、それすらできない」


そう言った彼女の表情は、石とは別のものを見つめていた。


「全身で振るのは当然ですが、それより大切なのは、相手に合わせることでさぁ」


セレスの呼吸や目の動き。


斬る対象の石ではなく、それを投げる人物にのみ、彼は意識を向けていた。


「全ての物にはね、切れやすい角度ってのがありやす。あとは遠心力なんかも重要ですが、大振りって意味じゃありやせんぜ」


切れ味を優先させた剣。一撃で相手を両断するのは格好良いが、手や足などを先に狙い、次手で敵を仕留める。


「電撃なんかも含め、敵を殺すための下準備ってのは欠かせやせん。手間を省けば、そんだけ自分が死にやすくなりやす」


グレンはあまり使わないが、軽い拳打を数発放ちながら、相手との間合いを測るといった手段もある。


「先に玉を投げてから、相手の懐に飛び込むってのは、赤殿がよく使う手段ですよね。でも、これをあっしが知ってんのは、あんまよろしくねぇ」


なぜそれが良くないのか、セレスはしばらく考えると。


「戦ってるとこ少ししか見てないのに、コガラシさんはそれを知ってる」


「そう。赤殿はねぇ、この手を使うことが多いんでさぁ。少なくともあっしには、もう対応策はできてやす」


勇者は自分の剣を握りなおすと、赤の護衛の戦い方を思い浮かべ。


「でもグレンちゃんの強さって、たぶん手数の多さにあるもん」


油玉に火の玉。逆手重装にギゼル流。


「それはあっしにもわかりやす。でもねぇ、赤殿は殺すための下準備に、玉を選択する癖がある」


道具と体術を組み合わせた戦い方。その身に染み込んでいるのは、やはりこれであった。


「だけど一対一で戦うんなら、あっしはお嬢さんよりも、赤殿の方が楽しめそうでぇ」


「コガラシさんと一緒で、グレンちゃんも戦うの好きだよ」


悔しいという気持ちはなかった。だって彼女は、そこまで戦いに飢えていない。


彼の望む戦い。それに殺し合いという意味が含まれていることは、セレスも気づいている。


「お嬢さんの戦いはね、良くいうと純粋で、悪くいえば単純でごぜえあす。まぁ、先読みが楽ってこんで」


すでに姿勢は整っていた。言い終えると同時、コガラシはセレスに接近する。



相手の予想外の行動に、セレスは片手剣を構えようとした。


「あっしを迎え撃つのなら、避けるって選択肢は消えやす」


足場が悪いと言っても、大岩の上は平らになっているため、小回りはできたはずである。


「ですがお嬢さん、体勢を整える暇はありやせんよね」


コガラシの柄尻が、セレスの片手剣を叩き落としていた。


「剣がなくなれば、魔法に頼るでしょう」


その予想どおり、左手はコガラシに向けられていた。



セレスの片手剣を自らの刃で叩き落とす。こういったこともできたが、剣を振るという動作は、それなりの隙が生まれる。


「その手をあっしは予想していたから、すでに姿勢はできていやす」


電撃はコガラシに避けられる。その動作は足運びからくるもので、すぐに次の行動へ移れた。


自らの肩を相手の脇腹にあてる。


単純な体当たりだが足場の悪さもあり、大岩より落下すると思われた。しかし彼女はとっさの判断で、岩に生えている草につかまる。



コガラシが差し出した鞘で、セレスは大岩の上に引き上げられた。


「電撃や雷撃は狙いを定めるのに、接近戦でも一瞬の隙はありやす。雷撃なんかを放ったあとは、あっしの好機でさぁ」


「私には魔法がある。そういった緩みが、今回の敗因」


負けたことに悔しいという気持ちもある。だが本当の負けとは何なのかを、セレスは自分なりに理解しているのだろう。


天雷雲。天雷剣。天雷砲。


これらは仲間がいなければ、使えないのが現状であった。


「お嬢さんが全てをだしたとは思いやせんが、並位までならあっしでも対処はできやす」


先ほどの戦いで、全身放雷を使わなかったのは、彼女なりの成長だと信じたい。



信念旗の協力者という可能性。それを未だに否定できなくとも、ゼドの強い勧めやセレスの希望もあり、責任者は渋々了承した。


最初はコガラシも嫌がったが、勇者一行の頼みであれば、そう簡単に断ることもできなかった。


・・

・・


昼はコガラシ。夜はアクアとの合体魔法。


アクアも昼は魔物具を使いこなせるよう、時々だがゼドに教わっていた。



ガンセキも本当は修行に加わりたかったのだが、明火長などと今後の打ち合わせがあり、そちらの方に顔をだすことはあまりできなかった。


中継地にも修行場は備わっているが、なにせ軍事施設であるため、兵士たちが訓練に使用している。


セレスは大岩の上。アクアは身体を動かすというよりも、魔物具のもととなった蛇の生態を知り、それをどのように実戦へ活かせるのかを考える。





場所は中継地近くの川。


幅はレンガほどではないが、それなりに広く流れも緩やかであった。


「本当は川というよりも、沢とかのほうがいいのだすがね。それでもこういった場所のほうが、より魔物具を使いやすいだす」


アクアはゼドの話も聞かず、目の前を流れる川に手を突っ込んでいた。


「ダスさん、思ってたより冷たいよ」


「珍しくゼドさんが付き合ってくれたんだ、遊んでないで話を聞け」


今日はガンセキも時間をとれたようで、アクアの修行に同行していた。セレスを中継地に残すのは不安だが、それを口にしてしまえば、グレンにだけ厳しいという二人の考えが事実になる。



しかしガンセキが気をつかったものの、ゼドはすでにふて腐れていた。


「どうせ自分なんて、この小娘だけじゃなくて、誰にでも無視されるんだすよ」


「いま、小娘っていったね。小さいのはダスさんの器じゃないか!」


なぜその単語に怒ったのかわからない。だがアクアの中で、なにかが引っかかったのだろう。



自分の半分も生きていない女の子に怒られた。


「ヒノキはここから逆の方角だすから、向こうの山を越えてけば良いだすよね」


ゼドは話をそらすと、鼻をほじってはいない腕で、一方を指さした。


中継地の先には、岩肌を剥きだした山。その向こうの山々は、薄い緑色に染まっている。


さっきまで意味不明の怒りを向けていたが、アクアはけろっとした表情で。


「じゃあさ、この川の流れとは逆に進めば、トタンって町があるんだね」


「ああ。ここからはけっこう遠いが、所々で村などを経由しているし、なにより途中からは水路だ」


ガンセキの言うとおり、近場には桟橋と人工の建物がみえる。


「川による物資の運搬は土の領域が使えないからな、本来は危険が通常の倍といって良い。だが火と土の影響が強ければ、そこに生息する魔物もまた、水を苦手とする種が多いんだ」


こういった様々な利点から、この地は刻亀討伐の中継地として、大昔から現在まで使われている。


修行に来たはずの三人は、しばし景色を眺めていた。



アクアの視線。その先には、中継地を囲む大きな岩。


「あの岩ってさ、前回やそれより昔の土使いが召喚したんだよね?」


「かなりの数だから、一人でするのは無理だな」


ガンセキなら可能かも知れないが、かなりの時間が必要だろう。


「魔法の岩は通常のそれと変わらないだすが、時間の経過で脆くなるのは速いだす。もっとも数十年から数百年の話だすがね」


そのため中継地に到着した者たちは、まず始めに囲い岩の強度を測る。脆くなっているものがあれば粉砕し、そこに新たな大岩を召喚する。


「黄土もずっとその場に残るわけじゃない。もし質量が増え続けたら、よく解からんが大変なことになりそうだしな」


やがて本来の地面と混じり、魔法から発生した土は十年ほどで除々に消えていく。


「そこら辺がさ、タイヨウの摂理なんじゃないかい」


「稀だすがね、道の真ん中に大きな窪みができることがあるだす。それも黄土のせいなんじゃないだすか?」


太陽の摂理は人間にだけ優しいものではなく、時に命を奪ってしまうこともある。




アクアは立ち上がりゼドを見て。


「ボクは刻亀と戦うよ。五百年の土台があるんだ、そう簡単に負けたくないし」


その言葉を受けたゼドは、ガンセキの方を向き。


「今この人、とても格好良いこと言っただす。自分も負けたくないから、なんか格好良い返事を教えて欲しいだす」


ガンセキはゼドを無視すると、アクアの目を確りと見つめて。


「魔物具で黒魔法は使えないが、もととなった魔物が同属性であれば、白魔法での再現はできる」


牛魔は黒魔法で中岩を召喚し、それを飛ばす。


ボルガは白魔法で小岩を召喚し、それを飛ばす。


「まずは川の水を使って、俺の足もとを凍らせてみろ。どうするかは今から説明する」


・・

・・


ここは川原ではあるものの、身を隠す場所はあまりない。ガンセキが水ぎわに中岩をつくり、アクアがそこに潜む。


責任者は足音を立てないよう、川の流れにそって進んでいく。


青の護衛は中岩に背を預けて座っていた。その傍らにはゼド。


「ガンセキの足音を聞こうとしちゃダメだす。せっかく魔物具があるのだすから、それを使わなきゃもったいないだすよ」


お尻が濡れるから本当は嫌だけど、アクアはここに座っていた。



片手は水に浸っている。


捕縛する対象が、今どこを歩いているのかはわからない。


それでも、水がなにかを。



ガンセキが偶然、水に片足を踏み入れた瞬間だった。そこが氷つき、ガンセキは姿勢を前方に崩す。


凍っていない方の足を前にだし、姿勢の崩れを整えようとした。


その瞬間。ゼドが中岩から飛びだし、ガンセキとの距離を一気に詰める。



姿勢を整えるのに、片足を使っていた。そのせいで足からの魔法はできない。


ガンセキはしゃがむと、岩の壁で相手の行く手を阻む。



ゼドに続きアクアも中岩から飛び出ていた。そのためガンセキの足は、氷から開放される。


アクアは氷で足場を造り、岩の壁上部に飛び乗る。


捕縛が溶けたことからガンセキはそれに気づき、即座に岩の盾を片腕に。




ゼドはどこだ。


彼がそう思った時には、すでにガンセキの脇腹へと、ナイフは振られていた。


だがこの男、黄の責任者である。岩で覆われたハンマーの柄で、ゼドの一振りを受け止める。


ナイフの刃は岩を切断し、中身の金属で受け止められる。



ガンセキは苦笑いを浮かべながら。


「もし寸止めでなければ、柄まで切断されてました」


杭には金属硬化の能力はないが、もしそれがあったとしても、今の一振りを止めれたかどうかはわからない。


「なに言ってるんだすか。本命は自分じゃないだす」


アクアはすでに壁から飛び跳ねており、ガンセキの頭上を通り越し、がら空きの背中に向けて矢を放つ。


訓練用に使うものだとしても、危険であることに違いはない。



ガンセキは振り向きざまに盾を動かし、飛んでくる矢を防ごうとした。


「どうやら、騙されたようですね」


「いくら青の護衛でも、空中で矢を放つなんて無理だす」


アクアは矢を放つ素振りをしただけである。


ナイフを持った剣士から離れようと、ガンセキは川へと飛び跳ねたが、氷壁にそれを阻まれる。



ゼドの得物。その切っ先が、責任者の喉に向けられていた。


やはり戦いが楽しいのだろう。本人は否定しようと、恐らく誰もがそう思う。


「本命は、自分だす」


男の目は、今とても輝いていた。




アクアとゼドが隠れている場所は知っていた。もしかすれば攻撃を仕掛けてくることも、予想はできていた。


「お前は自分に警戒しすぎだすね。あまり彼女を舐めない方が言いだすよ、あの子は吸収が早いだすからね」


なによりも、教えているのはガンセキである。


それぞれの技や魔法では、積み重ねてきた熟練の差がある。魔物と戦ってきた経験の差もある。


「戦闘中の閃きっていうか、ずる賢さはグレン殿にだって、たぶん負けてないだすよ」


純粋な力だけでは押し切れない。この世界にはそんな相手が数多くいる。



ガンセキはふと、中継地を囲う大岩に意識が向いた。


魔獣王がヒノキ山そのものだとすれば、そういう者たちを退けたのもまた、刻亀という魔獣である。


グレンの話では、狂化した魔物だという。



並位上級魔法 大岩



この世界では一握りだが、力で全てを両断するものがいる。

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