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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
10章 朱の火
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十四話 うめぇ

団員の誰かが言った。


「くそっ これで何度目だ」


「聞かなくても解ってんだろ。愚痴いう気力あんなら、さっさと樽下ろせよ」


その口調からは苛立ちが感じられた。


両手に抱かえられた樽は、乱雑に地面へ置かれる。泥が飛び散り、足もとが汚れてしまう。団員はそれを見て舌を鳴らすが、黙って次の作業へ移った。



別の場所で誰かの怒鳴り声が聞こえる。


「息を整えろ! 良いか、せーので持ち上げるぞ!」


一人の合図で、数名が荷台を浮かす。


青年は顔を真赤に染めながら。


「岩の腕つかったほうが、手っ取り早いんじゃねえか」


その独り言が聞こえたようで、隣にいた男が相手の方を向き。


「期待してくれんのは嬉しいけど、あの魔法は操作が難しいんだ。この地面で俺にそれをやれと?」


力加減を間違えると、台車が壊れてしまうとのこと。


「じゃあ車輪の下に小岩を召喚して、荷台を持ちあげるってのはどうっすか」


「でっ、この場に岩を放置するのか?」


この道は今後も利用する。


樽を修理したといっても応急である。小岩から車輪を落とした衝撃で、中身が漏れだしては意味がない。


「そこ、喋んなっ!」


会話をしていると、力が入らない。


決して楽しげとは言えないが、荷台の周りはとても賑やかであった。


・・

・・


商会員は片手に持っていた紙を広げると。


「誰か明かりをください」


近くにいた団員は疲れた顔でうなずくと、火を灯し地図を照らす。


すでに雨は止んでいたが、辺りは暗くなりはじめていた。


空は雲におおわれ、沈む太陽も確認できなければ、昇る月も見えない。商会員はしばし頭を抱えると、土使いを自分のもとに呼び寄せる。


土の領域。大まかな地形は解るが、道などの人工物は反応しない。しかしツチとの関係が深いだけあり、彼らは正確な方角を知ることができた。



足下は黄土ではない。草は刈られているが、その長さは不揃いである。


かつての道。わずかな年月でも地形は変化するため、そのままの利用はできない。


荷馬車が進めないと判断すれば、別の経路を探す必要がある。そういった理由で中途半端に刈られ、そのままに放置された草が、現在この団体を苦しめていた。


ここから一歩道を踏み外せばどうなるか。弱り切った彼らに、遭難という事態は凌げないだろう。


清水の源泉探索を専門とする商会員がいなければ、今ごろ大変なことになっていた。



遠くで薄っすらと見える山の形状。


川の音。


商会員はフエゴに頼み、数秒間だけ周囲を一気に照らしてもらう。


そして発見する。木に結ばれた布切れを。


いくつかの情報から、進むべき方向を導きだす。


・・

・・


当初の予定であれば、今ごろ一団は天幕を張っていた。


車輪が泥濘ぬかるみにとられ、台車が動かなくなれば、積み荷を下ろす必要がある。


魔物は闇に身を潜め、こちらの様子を伺っているのが数体。


すでに余計な戦闘をする余裕はない。


グレンは荷馬車を押しながら。


「こりゃ良い経験だな」


中継地の先。ヒノキへの道は途中から二手に分かれる。



荷馬車の通れる道。


力馬に荷を背負わす道。



一方は大量に物を運べるが、遠回りとなっている。


一方は運べる量は少ないが、到着にかかる日数が短くなる。



不足が死活問題となる物は、後者の道を使って運ばれるが、運搬失敗の可能性もそのぶん高まる。


今回の作戦には時間制限があるため、もしかすれば勇者一行は、そちらを通ることになっているのかも知れない。


平原での雨による遅れも含め、本当はレンガをもっと速く出発できれば良かったが、逆手重装や刻亀の情報収集があったためそうもいかない。


軍の方でも個体の情報は探っていたが、それより先に行うべきことが山ほどあった。勇者一行が刻亀と戦うための土台づくりである。



赤の護衛は一緒に荷台を押す人物に話しかける。


「ペルデルさん。次に運ぶ荷物は、失敗が許されませんよ」


「そうだな。今回の清水運びは、そのための予行練習みたいなもんですし」


物資を運ぶ流れを無理やり捻じ曲げるのは難しい。火炎団はレンガ軍よりも規模が小さいため、それはより困難となる。


新しく編成された班の慣らし。そういった機会があるだけで、恵まれていると考えるべきか。


班長は苦笑いを浮かべながら。


「失敗は許されなくとも、前回よりは運ぶ物が楽なようなんでね」


運ぶ物の中にも優先順位があり、最悪ほかの荷は放棄してでも、ヒノキへと届けなくてはならない。



赤の護衛は荷馬車を押す手に力を込めると。


「あとはこの班と、あの二分隊が上手く連携できれば良いんだけどな」


可愛い子ちゃんと、剣での戦いが大好きな分隊長。


ここほどの悪路ではなかったとしても、こういった道もあるとなれば、あまり大人数での移動はできない。


力馬(物資)を守る兵士と、魔物を引きつける朱火といった感じで、分かれて移動するのだろう。


当然。魔物を引きつけるわけだから、この班が通る経路は分隊とも違ってくる。


「まずは、あんたを中継地に送るのが先か」


「この清水も忘れちゃ駄目っすよ」


そうやって会話をしていると、土使いが喋るなと二人に叫ぶ。恐らく先ほどの仕返しだろう。


「怒られちゃったじゃねえか。どうしてくれんだ、もう二回目だぞ」


「うるさい。話しかけて来たのはあんただろ。それに二回どころじゃない」


時々指示を無視する。


図らずも道具を壊したり、作業の邪魔になったり。


グレンはこの班と同行してから、すでに両手の指では数え切れないほど、色んな人から怒られていた。


「まあ、勇者一行なんてこんなもんですよ。責任者以外は俺より酷い。特に青は性根が腐ってるから、下手に信じるのは危険っすよ。勇者はもう論外」


ペルデルは呆れ顔で。


「俺たちに同行した目的忘れてんだろ」


「それでもあの三人は、俺にできないことを沢山できんだ」


そう残したグレンは、会話をやめて荷台押しに集中する。


・・

・・


一時間ほどが経過すると、遭難の危険が薄い位置まで移動ができたため、荷馬車の護衛を残して何名かが先行する。


すでに日も落ち魔物が活性化しているため、前もって野宿地の準備をするとのこと。


通常の道であれば歩いていても身体は休められるが、ここではそうもいかない。ましてや荷馬車を押していたのだから、グレンには戦う力も魔力も残ってない。


まだ足下は泥濘ぬかるんでいるが、もう力馬だけで荷台を動かすことができる。今は野宿地を目指して、ただ歩くだけ。


「一日でこんなに魔物と戦ったの、俺初めてっすよ」


「そうですね。信念旗の妨害もあったわけだし、みんな精神的にまいってるかな」


彼女の顔に朝の面影はなく、今は恐ろしい。雨の日は化粧をやめれば良いのにと思ったが、グレンは決して口には出さない。


もし相手がセレスであれば、化物とか失礼なことを言ったであろう。


「魔力……朝までに回復すりゃ良いんすけど」


精神や肉体の疲労は、魔力の自然回復を鈍らせる。



班長補佐は周りの団員たちを見渡して。


「休める場所があるってだけでも、精神の負担は減りますから、たぶん大丈夫ですよ」


この班に所属する魔物具使いは、皆が低位魔法しか使えないため、魔力量は並位属性使いよりも少ない。


グレンは彼ら彼女らの戦いを思い浮かべ。


「魔獣具は凄く強力だけど、呪いを含めて制限が多すぎますね。それに比べて魔物具は、使い勝手が良さそうだな」


「使いやすいからって調子に乗ると、今みたいに反動が凄いんですけどね」


彼女の言うとおり、その歩行はグレン以上に危なっかしい。


「魔物具は人の意志で好きなように使えるから、止めてくれる相手がいないってことか」


逆手重装の制限。それはもしかすれば、グレンの身体を守るためにあるのかも知れない。


「でもよ、火炎団には魔法陣に詳しい人もいるんだな。正直、助かりましたよ」


この人物がいなければ、グレンは自分の予想だけで、敵方の魔法陣を考えなくてはいけなかった。


「私は明火長から少し教わった程度です。もしあの場に彼女がいれば、もっと別の手立てを用意できたかも知れません」


魔獣を倒した五名の初代団員。


なんらかの魔法陣を描いてから、魔獣との戦いに望んだと予想する。



そんな会話を続けていると、少しして火の明かりが行く先に見えてきた。


登っては下り。戦って。そしてまた登る。


班長補佐の言うとおり、休める場所が用意されているのは、それだけで助かった。


数日ぶりの人工道は、数時間前まで雨が降っていただけあり、まだ湿り気が残っている。それでもやはり拳士として、この足場は強力な武器である。


「みんなー おいちゃんがご飯用意しといたよー」


一団を迎えたのは、エプロン姿の無精髭が生えたオッサンだった。


言わなくとも解ると思うが、可愛くはない。


「疲れたでしょ、身体温まるよー」


人工道から少し離れた場所。天幕はまだ張っている最中のようだが、すでに薪は焚かれていた。


未だに服は水分と泥に塗れていて、身体の体温を奪い続けている。



オッサンはご飯と言っていたが、火炎団の食事は個人で用意しているため、正確には味付けされた具なしのスープである。


この班には低位水使いもいるが、その人は魔物具使いであり、それなりの魔力をこれまでの戦いで使っている。


「ほらグレンさん、泥流すから両手あげろ」


見上げると、そこには水の塊が。


「冷たいのは嫌です」


「フエゴさんじゃないんだから、わがまま言うな」


どうやらオッサンも我儘を言ったらしい。



すでに身体が冷えているため、水をかぶるのは度胸がいる。


グレンは鼻水を垂らしながら。


「野宿地に到着してからも、こうやって皆の世話ですか。水使いも楽じゃねえな」


「本当だよ。こちとらもう限界なのにな」


スープの水も、恐らく彼が用意したのだろう。


「たしか商会員さんも水使いだったから、あとは彼に任せたらどうっすか?」


「手伝ってはもらうけど、これも俺の役目だからな」


そう言うと団員はまた、空気中の水分を集めだす。



一通りの泥を流し終えると、グレンは服を着替える。荷物の大半はガンセキたちに預けているため、これが汚れろばもう着替えはない。


防水粉をすり込んでおいたが、残念ながら中身はだいぶ湿っていた。


焚き火の周りには、すでに沢山の団員が集まっていた。


グレンはその集団に入る勇気がなかったため、土使いから黄土を受けとると、野宿地の端っこにそれを撒いて腰を下ろす。


お尻に湿り気は感じないため、しばらくはここで休憩をとる。


用意されている天幕に全員が入ることはできないため、今日はここで寝ることにした。軽症の者もそれなりにいるため、天幕は彼らが利用する。


グレンは腰袋から火の玉を取りだし、それに着火すると地面に放る。


「俺……炎使いで良かった」


小さな火であり、服を乾かすには火力が足りない。それでもとても暖かい。




しばらく暖をとっていると、商会員がスープを手にこちらへ近づいてきた。


「すんませんね。俺としては頂きたいのですが、それ無料ですか?」


商会員はその問いかけに笑顔を向けると。


「流石にこれでお金はとれませんよ、具なしですし」


「味をつける材料も、それなりの値はするんじゃねえっすか。でも、この状況で無料とはありがたい」


この人物はグレンよりも年齢が一回り上である。


「少量ですが清水も入れておきました。毒持ちの魔物とも、何度か戦闘がありましたのでね」


毒には色んな種類があり、数日後に症状が現れるものもある。


無毒と思って戦った。三日後。手足の痺れから始まり、最悪そのまま死に至る。


生物だけでなく、毒茸や毒草など、食べれるものと勘違いして採取してしまう。


「ほんと、神さまには逆らえませんよ」


全ての毒に利く解毒。



商会員はその場で膝を曲げると、火の玉に手をかざして。


「これもまた、ホノオさまの恵みです」


彼とは違う。恐らくこの人物は、神への信仰をもっている。


それだけでも、話せる内容は変わってくる。



商会員は祈るように火を見つめていたが、しばらくしてなにかを思いだしたのか、懐から容器を取りだし。


「ご苦労様でした。私には報酬を渡す権限はないのですが、これを渡したいと思っております」


清めの水には質がある。それを簡単に見分けられるよう、各樽には番号がふられていた。


「彼の意志でもありますので、受け取っていただけると嬉しいです」


「それ、まずいんじゃねえか」


本当は無断でそれをするのは、許されないことなのかも知れない。


「容器は私物で申し訳ありませんが、中身は一級品です」


「少量でも、けっこうな金額ですよね」


商会員は強く頷くと。


「中継地に到着してから渡したのでは、ほかの樽との区別ができなくなります」


血のついた樽。



グレンは雲に隠れた夜空を指さすと。


「誰にも気づかれなくても、イカズチはちゃんと見てるんですよね?」


「いつか。それで裁きを受けるのなら、私は喜んで受け入れます」


赤の護衛は商会員より容器を受けとると。


「もし死んでも、俺は絶対に故郷へ帰りたいんで、裁きはあんた一人で受けてくれ」


それは、勇者の村の言伝え。


「私も裁きは受けたくありませんので、ピリカさまにはこちらから伝えておきます」


「やっぱ駄目って言われても、返しませんよ」


商会員はにっこりと微笑んで、グレンから離れていく。



手もとには暖かいスープと、へこみだらけの小さな容器。


「飲めねえよ」


グレンは容器を右腰袋にしまう。











スープを一口。


「……うめぇ」

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