十三話 趣味のはじまり
赤の護衛は地面に座っていた。
すでに左腕の痛みは薄くなっていたが、恐らく剛爪を使えばまた発症するため、しばらく控えたほうが良いと思われる。
傍らには鎌切が横たわっているのだが、それに視線を向けることもなければ、班長たちを気にする様子もない。
彼はただ、その場に座り続ける。
とても静かな一時ではあるが、別に居心地が良いわけでもなかった。
一対一に勝利した達成感と、虚しさが心を支配する。
「大丈夫ですか?」
グレンが戻らないため、拠点での戦闘が落ち着いたのち、班長が団員をよこしたのだろう。
虚ろな眼差しで相手を見上げると。
「戻らなくてすんませんね。ちっと、休ませてもらってました」
団員の手を借りて立ち上がると。
「沢を渡れるかな」
魔力をまとっていても、気を抜けば転げ落ちる斜面。戦闘中は忘れていても、そのぶん終わったあとに足腰への反動がやってくる。
「増水してきてるから、急いだほうが良いですよ。あと、疲れてるとこ悪いですが」
この場所は薄暗いため、団員は片手に火を灯していた。
「班長に報告させてもらいます」
グレンは相手から視線を逸らすと。
「俺が戦ってたとき、炎は使えなかったんですけどね。もしかしたら今さっき、ゼドさんの仲間が魔法陣を破壊したのかも」
そんな苦し紛れの言い訳に、団員は苦笑いを浮かべていた。
・・
・・
沢は朝と比べれば水かさが増している。それでも遠回りをすれば、丸太で造られた橋らしきものが確認されていた。
その道中。団員との会話はなかったが、少しして無事に班長たちと合流できた。
拠点の戦いも終わり、グレンが戻ってきたとなれば、もうここにいる理由はない。
一団は移動を再開させる。
ペルデルは隣を歩く赤の護衛を見ながら。
「あんた困った性格だな。岩猪のときもそうだったけど、そこまで強い単独が好きなのか?」
「まぁ。どちらかと言えば朱火よりも、赤火のほうが興味ありますけど」
そんなグレンの返事に溜息をつくと。
「赤火の連中はガラが悪いけど、たしかに強者ぞろいだ。でも彼らは、ちゃんと四人一組で戦ってますよ」
強引な方法ではあったが、鎌切との戦いは班長の許可を得ていた。
「場合によっては一人で相手をすることも当然ある。それでも自分の身を守るために、あいつらは意外と指示には忠実だ」
拠点へと移動を再開させた現状。まだ効果は続いているのだから、先ほどの言い訳は通用しない。
「しかしあのオッサン、よくこんな状況下で魔法使えるな。同じ目型とは思えねえ」
「あの人は魔法だけなら飛び抜けて凄い」
たとえ赤の護衛だとしても、熟練の差は比べるまでもない。優っているのは剛炎を使えるといった点だが、炎柱は並位を軽く突破していた。
グレンは苦笑いを浮かべながら、右腕に火を灯し。
「もし俺が玉具を持っていたとしても、これじゃホノオとの繋がりが弱すぎる」
この状況で並位魔法を使い続ける。
「多分あのオッサン、もう魔力ほとんど残ってねえぞ」
炎まで燃やすのに、通常時の二倍。さらに下級から中級となれば、消費する魔力はかなりの量である。
「さっきの鎌切戦で俺も身体にガタがきてる」
数時間の休憩を挟まなければ、二人は戦力として復帰できない。
「フエゴさんは今回に限らず、普段から俺らより魔力の消耗が激しいんだ」
基礎体力が低ければ、魔物具もその力を引きだせない。
赤宝玉が使えなければ、玉具による魔法の強化もできない。
「自分の魔法だけが武器となれば、そりゃ使用回数も増えますね」
「あんただって左手がそうなる前は、油玉でけっこうな金使ってたろ?」
逆手重装という玉具を頼るようになってから、グレンが道具を使う回数も減っている。
「なるほどな。報酬の大半を心増水に注ぎ込んでるってことか」
「いざってときのために、あの人は心増薬も用意してると思いますよ」
フエゴは水の玉具を個人で購入し、雨の対策としていた。
「着火眼はたしかに凄い。でもそういった点を踏まえると、俺は足型で良かったかな」
炎使いでは、青宝玉の力を完全に引きだすことはできない。
「あんたがここで戦力から外れたことは、俺から明火長に伝えさせてもらいます」
上手く話を逸らせた。そう思っていたグレンは、苦笑いを浮かべながら。
「これ以上評価を落とさないよう、雑用でもなんでもしますよ」
うなだれるグレンの肩を、班長は軽く叩き。
「まあ、しばらくは休んでてください。あんたに雑用を頼んだら、余計な仕事が増えそうですし」
・・
・・
一団が拠点に到着すると、その場では破損した樽の修理が行われていた。商会員はその作業の中心となっている。
だが一人足りない。
もし彼が生きていれば、このまま積み込み作業に入れたのだが、いないのだから団員たちで行うしかない。
樽を荷台に乗せるだけでなく、ロープで固定させる必要がある。班長が中心となり、手間取りながらも少しずつ、車輪が黄土にめり込んでいく。
皆が忙しなく動きまわるなか、グレンは木を背もたれにして座っていた。周囲の警戒をすると言ったのだが、この雨ではもう鼻が役にたたない。
それでもと班長にお願いしたものの、今は休めと命令されてしまった。
先ほどから、鼻をすする音が耳に入る。最初は自分かと思ったが、泣いている覚えはない。
グレンは何気なく隣をみる。
そこにいた人物は、二つに折れた杖を抱き、しくしくと泣いている。
もしこれが女の子なら可愛いのだが、残念ながらオッサンだった。
「それ自作だろ? ならまた作りゃ良いじゃねえか」
「この子はもう、帰ってこないのよ」
喋り方がいつもより可愛らしいが、本当に残念ながらオッサンである。
「これ……そこらに落ちてる木材じゃないのよ。うんと高かったの」
「ていうかそんなの作れんならよ、手先は器用だろ? 泣く暇があったら、樽の修理にでも行きやがれ」
もっともな意見であるが、フエゴからすればそれどころではないようで。
「休憩してる人に言われたかないよ」
グレンは頭をかきながら視線を逸らす。
「それにね、この子もうすぐ完成だったの。完成したら父親として、名前も考えてあげようと思ってたのよ」
「まあ、たしかにな。一生懸命つくったもんが壊れんのは、いい気はしねえ」
グレンにも思い当たる出来事がある。
「俺もセレスってのに木製の剣を作ったことがあんだけどよ、それを投げ捨てらたときは、本気で殺したいと思ったね」
オッサンは頭を上げると、相手の顔をみて。
「それお嬢ちゃんの名前だよね。もしおいちゃんが勇者さま崇めてたら、グレンちゃんのこと殺してたよ」
「良いから俺のありがたい話を聞けって。まあ今になって考えると、俺にも落ち度はあるってことだ」
勇者を拒む相手に、勇者の剣だと差しだすのは、投げ捨てる理由としては充分であった。
「補佐さんも嫌がらせで折ったわけじゃないんだからよ。そもそもそんな大事な杖なら、戦闘中は片手剣でも使っときゃ良かったんじゃねえか」
水防止の薬品も塗らないまま、雨中で使うのもどうかと思われる。
「別においちゃんは怒ってないもん。ただ杖が折れたのが悲しいだけよ」
グレンは樽の修復を手伝っている班長補佐を見ながら。
「そうやってあからさまに泣かれると、あの人だって気まずいだろ」
フエゴも懸命に作業をしている彼女を見て。
「うん、そうだね。おいちゃん、もう泣くのやめるよ」
本当にこの人物は可愛いことを言う。だがどの角度から眺めても、けっきょくはオッサンだった。
「だからグレンちゃんもさ、そうやってあからさまに落ち込むの止めな」
突然の反撃に、青年は驚きながら。
「そんなつもりはありませんけど、そう見えてたなら謝ります」
「謝る相手なんていないでしょうに。死人にできることなんて、たかが知れてる」
オッサンはそう言うと、折れた杖の片割れを地面に置き、残った木片をしばらく見つめる。
「おいちゃんの故郷はさ、もう何処にもなくてね。同郷の仲間たちを、神さまに送ることもできなかったのよ」
フエゴは自分の荷物から道具を取りだすと、両方の足裏で木片を固定し、ゆっくりと削り始める。
魔法使いのものとは思えないほどに、彼の手には沢山の傷あとが刻まれていた。
「だからさ。こうやって、代わりを用意するしかなかったんだ」
その手つきは、昨日や今日でできるものではなかった。
恐らく、何体もつくったのだろう。
十体。それとも百体か。
それ以上の数を、もしかすればこの男はつくったのかも知れない。
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・・
やがてそれはグレンに手渡される。
「人形っすか?」
一応は人の形をしているが、それはとても歪であった。
「形はあらかたつくったからさ、あとは彼との記憶を思いだしながら、グレンちゃんが自分で削りな」
「記憶といわれても、そんな付き合い長くないんすけど。だいたい俺がそんなもん作ろうとすれば、これ血だらけになりますよ」
それでもフエゴは、グレンに刃物を差しだして。
「別に血だらけだろうが、それはそれで良いのよ」
もし青年が手を加えたことで、人の形を止めない物体になったとしても。
「気を紛らわすのが目的なのよ。どうせ最後は、燃やしちゃうしね」
誰かの亡骸を魔法で燃やし、イカズチのもとへ導く。
グレンは返事もせず、黙って人形を眺める。
「話した内容や、彼の顔や声。それを忘れる前に削るのよ」
そう言うとフエゴは立ち上がり、グレンに背を向けた。
「でも燃やすのはさ、トントに会ってからにしてくれると、おいちゃんちょっと嬉しい」
炎の民。
「商会員さんに、うちの風習を押し付けんのは申し訳ないんだけどね。やっぱ送るときはさ、笛とかあったほうが寂しくないじゃない」
グレンは苦笑いを浮かべると。
「そのトントさんが笛を吹くんですか。人づてに聞いた印象だと、なんか似合わないっすね」
「おいちゃんもそう思うんだけどさ、これまたムカつくことに上手いんだよ」
赤の護衛は泥まみれ。
汚れてしまった人形を拭き、布に包んで腰袋にしまう。
「いらないんじゃ、これ貰って良いですか」
グレンが指さした先には、放置されていた杖の片割れがあった。
「別に構わないけど、なんに使うの?」
そう聞かれても、恥ずかしくてとても人には言えない。
「まっ 好きにすると良いさ」
「すんませんね……色々と」
グレンの返事を聞くと、オッサンは去っていく。どうやら樽の修理を手伝うようだ。
出発まで、あと四十分といったところ。
左手に木片を持ち、右手に刃物を握る。
逆手重装が邪魔で削りにくい。
こんな状態で人形に刃を当てるなどできないから、この木片で練習する。
「とりあえず、勇者の剣でもつくってみるか」
皆が一生懸命に働く最中、赤の護衛は黙々と木を削る。
それでも文句をいう人は、なぜか誰もいなかった。