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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
10章 朱の火
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十二話 黒と赤

単独の魔虫。鎌切はまだここから離れているが、拠点の戦闘もしばらく終わりそうにない。




薄闇より現れたのは、大柄な影と小柄な影。


赤の護衛はまとっていた魔力を解くと。


「知っての通りこんな状況でしてね。俺から呼んどいて悪いけど、あんたらが実行部隊って可能性もある」


その発言に班長が続く。


「命令書がありますよね。申し訳ないが、確認させてもらいたい」


小柄な影はうなずくと、一歩前にでて。


「文字は責任者。印は勇者と案内人ほか」


薄闇からでてきたのは一人だけ。小柄な影の腰には玉具と思われる短剣。その声から察するに、恐らく女だと思われる。



班長は数歩進むと、相手より命令書を受けとる。引き返すときも背中は見せず、警戒の意志を示した。


本来の任務では情報の漏洩を危惧し、こういったものは用意されないと思われる。だが今回は色々と事情があるため、自分たちの身元を証明するものがあると班長は予想した。



女はその場から動かない。顔は布で隠れているため、こちらから感情は探れない。


「責任者の文字だとすれば、俺に判断はできない」


「偽装を見抜く自信はありませんよ」


だがこの場に勇者一行は彼しかいないため、渋々ながらも命令書を受けとると、相手から意識を逸らさずに中身を確認する。



その瞬間であった。



男の影が口笛を吹いたことで、皆の視線がそちらへと向けられた。


女の影は短剣を鞘から払う。グレンはそれを察知し、即座に一歩さがった。しかし相手は大きく飛びこんだようで、懐への侵入を許してしまう。


班長はすでに両手剣を抜き、いつでも振り下ろせる姿勢を作っていた。三名の炎使いも前にでて、男の影に備える。



心臓に突き刺さる一歩手前で、女の細腕はグレンに掴まれていた。短剣は一見だとなんの変哲もないが、臭いで解る。


「強弱はわからねえ。でも毒を使うならよ、急所なんか狙わなくても、かすり傷で死ぬことだってある。それに寸止めでなけりゃ、俺は間に合わなかった」


未だ不安はあるものの、掴んでいた細腕をそっと離す。


「たしかに雇い主から、貴方を守れと言われております。しかし……」


表立っての行動は専門外であるため、こういったことをするのはやめろ。



班長は構えをそのままに。


「言いたいことは解るけど、一歩間違えれば死人がでるぞ」


短剣を持たない腕からは、氷の細剣が伸びており、その切先が班長の喉に向けられていた。


「火炎団に手はだすな。そういった命令を受けた覚えはありませんので」


女は氷をとかしたのち、戦闘体勢を解くと、相手を警戒させないように後退る。


「魔物との戦いに参戦はいたしません。ですが赤の護衛に実行部隊が危害を加えるようであれば、こちらの方で接近は阻止させてもらいます」


そう言うと周囲を見渡して、深々と頭をさげた。


グレンは感謝と共に。


「ご丁寧にどうも」


嫌味を込めた返事をすると、命令書を丸めて放り投げる。


女は片手でそれを受けとったのち、男を引き連れて薄闇へと消えていった。




数秒後。気配が完全に消えたのを確認して。


「もうこれ以上の手札は俺にもねえ。判断はあんたに任せますよ」


「少なくとも実力は申し分ない。だけどさっきの行動で信用はできない」


グレンもそこは納得するしかない。


「でも火炎団を守る気はないようですし、連中を動かせるのは俺しかいない。それに命令書は、たぶん本物です」


これを偽装する場合は、かなりの手間と金を必要とするだろう。


「なぜかは解かんねえけど、ピリカさんと思われる印までありますし」


勇者の村と鎧国からの支度金は、五人の影だけでなく、恐らく他事にも使われている。それだけでなく、アクアの魔物具を用意したせいで、ゼドの懐は寂しくなっていた。


追加料金を支払ったのは、もしかすれば彼女かも知れない。



こうして話している今も、鎌切は刻々と迫っているため、班長も一生懸命に頭を回転させながら。


「一人あんたに同行させる」


「魔物具使いならともかく、炎が使えないのなら、一緒にこられても邪魔なだけだ」


時計台での戦いでグレンは学んだ。一般兵は数を揃えてこそ、本当の力を発揮する。


「火炎団にもっと他属性がいれば、こんな事態は避けられたんじゃねえか」


「その文句は俺じゃなくて、赤火長に言うんだな」


現状でトントを恨んでも仕方ないため、黙って班長の指示を待つ。


「鎌切との接触地点で炎が使えるようなら、指笛かなんかで俺らに知らせてくれ」


もし合図がなければ、魔法陣の範囲内だと判断する。


グレンはうなずくと、土使いと班長を交互に見て。


「すでにこんな格好だけどよ、水の中に入んのは御免でね。悪いけど沢向こうに飛ばしてくれ」


たとえ雨に濡れていたとしても、衣類が水で重くなれば戦いに支障がでる。沢の向こうは五mほどの崖となっているが、岩の腕を使えば問題ないだろう。



班長はその頼みを了承すると、歩きだしたグレンの背中に向け。


「もし信念旗がさっきの連中と同等の結界を使えるなら、俺らが事前に察知するのは難しい。それだけは忘れるなよ」


二人の影は感情を操作できる。女が水使いということは、男は土使いだと予想する。


この一団に所属する土使いの領域は、ガンセキほどの熟練がない。


土の結界にも熟練があるため、彼らがどんなに探ろうと、隠れている相手を見つけるのは難しい。まして雨中となれば尚更である。


「あの二人はたぶん信用できる。俺の予想だと信念旗は、毒殺って手段を使わねえ。もっとも、相手はオルクだから絶対ではないけどな」


日頃から相手について考えているからこそ、呼吸法により冷静を保った上で、非常時にも判断材料を用意できる。


・・

・・


鎌切。


本来は鎌に棘があるだけで、切れ味などはなかった。闇魔力による進化の過程で、今はそこが刃へと変化している。


それでも刃物としての性能は低く、せいぜい紙切り程度である。



グレンの立つ場所から二十m。ずいぶん前から姿は見えていたが、今はその全貌を確認できる。


下方には崖と沢がある。


魔虫は青年を見下ろしていた。


「互いに、接近戦が得意分野だ」


よほど一対一が嬉しいのか、口からは土色の涎が垂れていた。


一人と一体はこれから戦うために、できる限りの魔力をまとう。



六本足。そのうち前二本の先端が鎌状となっている。


相手が魔力をまとった瞬間であった。低性能と言われる刃が鈍く光る。



泥まみれの袖で口もとを拭うと、グレンは本当に楽しそうに。


「文句はねえよ。俺の爪だってよ、それと同じだもん」


強いて言うなら肘だが、人に切れ味をもった部位はない。だが魔物には尻尾もあれば、翼を持つ種も存在している。


もし身体に刃があるのなら、魔力まといでその部位は強化される。そして強化でなく極化であれば、もう名工のそれと遜色ない。



しばらく一人と一体は動かずに見つめ合う。


グレンはゆっくりと、逆手重装を左腰袋に突っ込んだ。


その瞬間であった。鎌切は翅を高速で動かしながら、後ろ四本で地面を蹴り上げる。


この魔虫の体格は成人男性と変らない。もともと飛行能力は低いが、魔力まといにより翅は強化されていた。


飛ぶというよりも、飛び跳ねるを翅で補佐することで、対空時間が伸びる。


速いが曲がることはできない。しかしそれが一直線に迫ってくるのは、けっこう恐ろしいものであった。


グレンは半身の構えを整えると、片足を動かしながら上半身を反らして避ける。接触する間際に片方の鎌が首を狩ろうとするが、逆手重装で弾くことに成功した。


鎌切はそのまま通り過ぎ、青年の十mほど下方に着地する。



この魔虫は動きが遅い。だがもし先ほどの攻撃を崖上から行っていれば、運び手のもとまで瞬く間に迫るであろう。


身体強化の技術が高いということは、雨に鈍った炎放射では、突破される危険は余計に増す。



だからこそ、誰かがここで食い止める必要があった。


グレンは左手にもった火の玉に明かりを灯す。雨対策の玉具がないため手間取るが、炎に変化させるのは可能であった。


それでも彼は独断で、班長たちには合図を送らないと決める。



・鎌切よりも上方にいれば、翅による飛び掛かりの心配はないが、増援が来ればそちらを狙う危険がある。


・この魔虫相手に雨中の炎放射では、大した火傷は追わせられない。


・自分が一対一で戦ったほうが安全である。


・グレンだけでなく、皆の魔力はもう半分近く消費している。



理由を挙げれば切りがないが、それは全て対魔虫戦のものであり、信念旗という存在を一切無視していた。


本心など言わずもがな。


「誰にも……邪魔させねえ」


炎の玉を投げると、そのまま相手に接近する。


魔虫は振り返りながら右鎌で切り裂き、炎玉は見事に両断された。グレンはその隙に相手の懐に入り込む。


だがこの鎌は人間でいうところの、手首の先である。


関節を動かすことで刃の角度を変えれるため、急接近しても青年の首を狙うのは容易だった。


「糞がっ 同じとこ狙ってんじゃねえ」


グレンは鎌切の右前足を逆手重装で受け止める。だが魔虫は左鎌を続けざまに振り上げてきた。


しかしその刃が届く前に、腹部を右足の靴底で押し蹴る。


人間であれば斜面を転げ落ちるが、鎌切は四本の足で身体を支えていた。それでも魔力をまとった蹴りは相応の威力があり、相手の体勢を崩すことには成功する。


乱れた刃先が左顎をかすって血が滲む。



痛みを忘れているのか、不気味な笑みは崩れない。


逆手重装は未だに相手の右鎌を掴んでいた。蹴りにより突きだした足で、そのまま地面を踏み込み、右腕で魔虫の首を掴む。


鎌切の右前足を自分に引き寄せながら、生まれた流れに乗せて無理やり地面に叩きつける。


斜面によりグレンも転倒したが、魔虫の後ろ足一本と右鎌の関節部は、投げたときの衝撃で折れていた。


魔虫の首を右手で掴み、左鎌は右足の靴底で押さえつける。



鎌切は暴れていた。


グレンは笑っていた。



逆手重装の指先が、魔虫の硬い表面をなぞる。


「なあ。ちっとで良いから、大人しくしてくれよ」


黒膜化は大量の魔力を消費するが、それは闇をまとっている時間や運動量で変化する。


重力により、その身体は重くなる。


瞳は逆手重装と同じ赤色へと変化し、悍ましいその顔は闇魔力に少しずつ隠されていく。


鎌切は足掻き苦しむが、増加していく体重に身動きがとれない。


化物は逆手獣爪を憎き天にかざす。



左腕の炎は鳴りを潜めると、まばたきのあいだに形状を変化させていた。



赤眼の物体は黒炎爪により、ゆっくりと鎌切の首を狩る。


戦いが終わったからか、全身の闇が引いていく。


グレンは左手首を右腕で掴み、その場にうずくまる。



これまでの呪いは精神的なものが主であったが、初めて肉体に害を及ぼす症状が現れた。


「あれぇ? 痛い……かな?」


魔犬の剛爪。その多用を切欠に長手袋の内側。


「どうしよ。滅茶苦茶、痛い」


左腕に激痛が走る。


「あっ まじで痛い」


・・

・・


四十mほど離れた場所。背丈ほどの草と岩に身を隠す男がいた。


その体格は標準だが、素顔は布で隠れていて解らない。


地面には美しい赤色の片手槍が刺さっていた。


視線の先には、黒く染まった物体。



その人物の近くには、二つの影。両者共に戦闘態勢に入っているため、恐らく部下ではないだろう。


オルクの足下には魔法陣はない。それなのになぜ、二人は戦いを仕掛けないのか。


そもそも彼ら彼女らは、なぜオルクにグレンの戦いを見学させているのか。



五人が旅立つとき、案内人より一つの指示を受けていた。


『あの人は魔法陣を使うとき、相手を警戒させるためか、手ぶらなことが多いだす』


実際にレンガでの襲撃時も、彼はなにも持っていなかった。



研ぎ澄まされた殺気が突き刺されば、その相手は幻覚の刃に斬られる。


だがこの技術。実戦慣れしている者に向けても、僅かな隙が生じるだけである。


殺気の技術というのは諸刃の剣であり、相手の殺気を感じやすいからこそ、幻覚の刃として己の身に襲いかかる。



接近戦を得意とする鎌切。その魔虫が都合よく班長たちに迫ってきたのは、運ではなく殺気により操作されたからであった。


『もし奴が片手槍を持ってたら逃げるだす。どうしてもってときは、二人で互いを守りながら戦うしかないだす』


彼らは研ぎ澄まされた殺気を防ぐ術を持たないため、一人が幻覚の槍に突かれているあいだ、もう一方が相手をするほかない。



オルクは二人に目を向けていない。赤槍すら握ってない。


それでも男と女の影は、その場から動けなかった。



魔法陣の知識を持つ班長補佐は、魔物具の使い手でもある。それを知った時点で、この可能性を予測しなくてはいけなかった。


ましてや一対一の楽しさにかまけて、自分に関する多くの情報を晒すなど、策士として失格である。


オルクは。いや、ゲイルは片手槍の柄を握ると、それを地面から引き抜く。


「やはり……そうか」


濁っていたその目が、一瞬だったが鈍く光る。



ゲイルが動く。


グレンの身が危ないと判断し、影は相手に一歩近づく。だが目から放たれた殺気により、男は片膝を地面につけた。


女はすぐさま彼の前に立ち、短剣を構えると。


「案内人よりの伝言だ」


その発言により、聞く耳を持ったのか、ゲイルは刃先を地面に落とす。女は相手の槍から視線を逸らさずに。


「直ちに襲撃を中止しろ。近いうちに勇者の立ち位置が変化する」


短剣の構えを崩さないまま、女は丸まった用紙を懐から取りだし。


「今回の命令には、商会代表の印が打ってある」


「すまんが歳でな、この距離では確認できん。第一にその話を、私に信じろとでもいうのか?」


男の影は両手を地面に添えると、いつでも魔法を使えるよう待機する。


女の影は清水を取りだすと、それで短剣を濡らす。


たとえ相手が対策を立てていようと、毒というのは影響を及ぼすが、今回のような相手は戦いにのめり込み、それに気づかない場合が多い。


そもそも毒の刃で傷つけることに集中してしまい、剣技に身が入らないといったこともある。絶望的な強者を前にすれば、そういった初歩の失敗をするものだ。



ゲイルの片手槍。その刃先が僅かに揺れる。


たったそれだけの動作で、男と女は過剰に反応していた。



戦ってもいないのに、精神は明らかに二人のほうが消耗している。


その様子に不気味な笑みを布越しに浮かべ。


「まあ……こちらも用は済んだ」


二人は感じとる。この男は、笑ってなどいない。


「私を追ってくれば相手をする。だが見逃してくれるのなら、そちらの要望に従おう」


ゲイルは二つの影に背を向けると、槍の刃を地面に向けたまま歩きだす。


「もっともこのまま邪魔が入らなければ、魔法陣の効果は残るがな」


・・

・・

いつ襲われるかもわからない旅路。

・・

・・


一人雨中を進むゲイルの前に、やがて青年が姿を現す。


「満足しましたか?」


「……ああ」


そこから会話はない。


青年はただ、槍をもつ男のあとを追う。



しばらくすると、名も無き男は雨雲を見上げながら。


「恐らくだが、近いうちに情勢が変わる」


「おじさんは、どうしますか?」


男は以前空を仰いだまま。


「信念旗とも、そろそろ潮時か。王都へは遠回りとなるが、寄るところができた」


青年はその背中を見つめるだけ。


「お前には、もう一通りのことは教えた」


魔人ではないため、治安軍に狙われる心配も薄い。


「このまま信念旗に残るも良し、一人で生きていくも良し。あとは、好きにしろ」


それが出来るだけの力を、すでに彼は持っている。


青年に返事はない。


「国は違えども、随分昔に私たちが目指した場所だ」


属性紋。


「生きてコンクリートにつける保証はない。それでも望むなら、私は止めん」


名を捨てた男の後を、彼は一人でついていく。


・・

・・

直陣魔法は確かに強力だが、急の襲撃への利用は難しい。

・・

・・


男は女に問う。


「どうする。このまま後を追うか」


その技術は、かつての旅で磨かれた。


「やめとこう。私たちではすぐに見抜かれる」


戦いになれば、二人に勝ち目はない。全盛期のゼドならともかく、今の彼では敵わないだろう。





時代の変化により、たとえ誇りを失おうと、その技術は父から子へと受け継がれてきた。


どこかの村に存在した、どこかの小さな武具屋にて。


「奴は……槍豪だ」



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