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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
10章 朱の火
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八話 小屋に一人

魔物はあまり鳴き声をあげない。


太陽の光が木々に遮られる。それだけでも怖いのだが、今日のような天気だと、空気が別物へと変化する。



草や木のあいだを通る風は、雨により少し冷えている気がする。山中に響く人の足音は、否応に間隔が短くなっていた。



湿り始めた地面に足を取られるし、上り下りの傾斜が急であれば、筋肉は悲鳴をあげる。


たとえ魔力をまとっていようと、何度か足を滑らせてしまう。


団員に支えられたり、自力で体勢を立て直していたため、今のところ転倒はない。



グレンは両手の樽を抱かえ直すと。


《もうお家に帰りたい》


心の中でそういった弱音を吐くものの、周りには団員しかいないため、そうそう我儘も言えない。


しかし日頃から鍛えていただけあり、一団から遅れることもなければ、他がグレンに合わせることもなかった。



縄が張られた急斜面や岩場などでは、他者に一樽任せることもあったが、鼻水を垂らしながら青年は地道に進んでいく。


戦いが終われば死体が残るため、行きと帰りは別の場所を通っているが、それでも一団に敵意を向けてくる魔物は存在していた。


だが流石は火炎団とでも言うべきか、九人の護衛はそれぞれに役割を果たす。それでも彼らは人間なのだから、上手くいかないこともある。



拠点まであと少しだったが、雨の臭いや音により、魔物具の感知も弱まり始めていた。


大地の状態が変化すれば、土の領域も操作が困難となる。


そもそも魔虫は事前の発見が難しく、魔力の少ない小型であれば、それは尚更であった。



班長は下方の沢を指さすと。


「清水は飲むなよ、この蜘蛛に毒はないぞ」


炎放射で敵を殲滅するのが三名。


運び手と商会員の護衛に四名。


明火から支給された魔物具は感知のみであり、戦闘にはそこまで活かせない。しかしこの一団には、個人持ちの魔物具使いが二名いた。


「単独が動きだした。お前らはそっちの対処を頼む」


班長の指示により、彼らは急斜面を駆け上がる。



すでに魔虫の群れは一団へと辿りついていた。


この蜘蛛は素早く地を這うが、糸などは使ってこない。しかし全ての個体が土の結界をまとっているため、事前の発見は魔霧毒虫よりも難しい。


グレンは足もとの魔虫を踏み潰したのち。


「俺に一人まわせっ!」


焦るのも仕方ない。なぜなら両手が塞がっている状態で、蜘蛛が彼の足をよじ登っていた。


班長はその個体を肉眼で捉えると。


「今そっちに炎を走らせる。対象はちゃんと蜘蛛にしてあるから、迷わず飛び込んでくれ!」


迫ってくる炎に自ら入るのは勇気がいる。だが怖がってもいられないため、両手で樽を抱きしめると、グレンはその場でうずくまる。


火傷の心配はなかったとしても、やはり熱いものは熱い。青年は涙目になりながら。


「もう、お家に帰りたい」


その声はとても小さかったが、何人かは苦笑いを浮かべていた。



しぱらくすると攻撃対象を変更したようで、炎はグレンから去っていく。気づけば班長は四つの炎を操り、運び手を狙っていた個体を次々に排除していった。


グレンは予想する。炎の速度を上げるということは、そのぶん対象の切り替えが難しくなるため、このような乱戦では下手に玉具を使わないほうが良い。



運び手の周辺を綺麗にすると、班長は四つの炎を一つに合わせたのち、三名の団員へとそれを走らせる。


合わさろうと熱さに変化はない。それでも炎は大きくなるため、魔虫の多くはそちらに意識を向けていた。


三名は放射を止めると、班長の炎が消えるのを待つ。


「残り十秒」


炎走りは三十秒で消えるが、合わさることで時間の延長が可能となる。


ペルデル自身の技術や熟練も関係してくるが、炎走りについて調べなければ、このような使い方はできないだろう。



小型の蜘蛛は徐々に一ヶ所へと集まっていく。


「五・四・三・二」


三名は魔虫たちを囲う。手の平は地面へと向けられていた。


班長の炎が静まった瞬間だった。放射されたそれは一ヶ所に集中する。


フエゴの魔法と違い、物理化はされていない。しかしその炎は木々の枝まで伸び、天を焼こうと狂い上がる。


・・

・・


戦いが終わり、一同は息をつく。グレンは周囲を警戒しながら。


「単独と戦っている二人は?」


土使いは両手を地面に添えると。


「もう片付いたようで、今はこちらに戻っています」


たしかに感知はそれなりに使えるようになったが、焼けた臭いと雨に妨害されているのだから、その技術はまだ未熟といえる。



抱えていた樽を持ち直すと、グレンは頬を赤く染めて。


「ハンチョ、おしっこ」


その発言に班長は顔を引きつらせると。


「洞窟前であれだけ済ませとけって言ったのに、あんたまだ大丈夫だって」


「あのときは本当に行きたくなかったんだもん」


汗と雨により化粧の落ち始めた団員は、グレンの肩をそっと叩き。


「もうすぐ拠点につくから、それまでの辛抱ですよ」


「漏らしても知りませんからね。もしものときは、一樽使ってでも綺麗にしますから」


「そんなことしたら、あんたの責任者に言うからな」


グレンは鼻水を垂らしながら。


「明火長に報告されるより嫌なんすけど」


「嫌なら我慢してくれ」


張っていた空気がグレンのせいで解けたため、班長は再び引き締める。


「二人を待って移動を再開するぞ。警戒は怠るなよ……あと少しで休憩だ」


・・

・・


その後は何事もなく、一団は拠点へと辿りついた。


運び手たちは設置されていた天幕に入り、三十分の休憩をとる。


グレンは団員に樽を渡すと、テントには行かず小屋へ向かう。


大量の汗を流していたためか、尿意はそれほどない。


「大丈夫ですか」


商会員に水を渡されると、零しながら一気に飲み干したのち、崩れるように座り込む。


「やっぱ自然の雨は厄介っすね。鼻が利かねえ」


「そうだな。今のところ神との繋がりは問題ないが、感知にはけっこうな影響がでてます」


フエゴは班長にうなずくと。


「本降りまで、あと四・五時間ってとこかな。荷馬車への積み込みを考えるとさ、正直そんなに余裕ないね」


行きと帰りだけでなく、洞窟内での作業もあるため、本当は休憩を削りたいところである。




今まで雨中を歩いていた商会員は、団員と共に積み込みを行っている。


この場にいる商会員は魔力をまとうと。


「次は私が樽を背負います。グレンさん……戦うことはできますか?」


赤の護衛は休憩を終えたあと、運び手の護衛をすることになっていた。


「明火から渡されてると思うけど、全員分はないっすよね」


「俺とフエゴさんは個人でもっている。今回持たされたのは四人分だけだ」


雨が降ったとしても、ホノオとの繋がりを保つ。



グレンは全身を布で拭きながら。


「信念旗のことを考えれば拠点に残りたいけど、全体から判断するとなれば、俺は運び手の護衛に回るべきだ」


個人持ちの魔物具使い。フエゴとペルデル。雨対策の玉具をもった四名。




【拠点の防衛】


フエゴ・魔物具使い一名・雨対策の玉具をもった一名。ほか二名は雨により魔法が弱体化する。


【運び手の護衛】


ペルデル・魔物具使い二名・雨対策の玉具をもった三名。ほか三名は雨により魔法が弱体化する。




魔法よりも体術を主体としているのだから、現状だとグレンは貴重な戦力となる。


フエゴはこの場にいる全員を見渡して。


「ペルデル君がいないあいだ、拠点に近づいてきた魔物はさ、単独が二回で群れが一回ってとこかな」


班長は腕を組むと、しばらく考えたのち。


「俺らの方が多いな」


「魔物の死体をそのままにしてきたんだ。恐らく次はもっと多いっすよ」


本来は日数をかけて、複数の源泉から清水を運ぶべきである。


しかし現状では違う。一度そのルートで運べたからには、同じ源泉のほうが良い。



フエゴは火炎団の団員として、赤の護衛に頭をさげ。


「申し訳ないんだけど、ペルデル君にだけで良いからさ、その左腕について教えてやってくれ」


雨中での戦闘は通常とは異なるため、誰がなにをでき、なにをできないのかを把握しなければいけない。


「もし連中の仲間だったとしても、今は火炎団としてこの場にいる。それに少なくとも、俺は勇者に恨みをもってない」


「まあ洞窟での戦闘で、あらかた把握されたと思ってるから、今さらってのもあるけどな」


黒く染まった逆手重装を見つめると、班長は苦笑いを浮かべ。


「どう見ても、魔物具ではないな」


商会員はその発言にうなずいて。


「そういえば、赤火長さんも魔獣具使いでしたね」


当然グレンは反応する。


「マジっすか。それってもしかして、初代団員が討伐した魔獣ですか?」


だが予想を反し、フエゴは頭を左右に振った。


「ギルドの依頼でね、赤火は盾の国で活動してた時期があるのよ」


暗黒の大地。なぜ数の王が最も厄介とされるのか。


「主鹿って魔獣はさ、突然変異の子供を拒絶しないのよ」


赤火長はそのとき猫の魔獣と戦い、片腕と引き換えに勝利した。


義手の魔獣具。


あまり人と関わりたがらない彼が、火炎団について知ろうとするのは、ただ単に興味があるからだけなのか。



グレンは関心しながらも、すこし首を傾げ。


「結果から言えば凄いけど、なんかあれっすね」


「まあ、よくよく考えると……そうなのよね」


ギルド運営は赤火を。


いや。トントという人物を。



班長は二人の会話を聞き、なんとなく気づいたのか。


「嫌な奴って印象しかなかったけど、あの人なりに苦労も多いってことか」


商会員はこの場の空気を変えるために。


「造ることは禁止されていますが、素材だけであれば持っていても罰はありません。盾国に面している都市は、そこから大量に仕入れているので、自然と魔物具が盛んになりました」


他国に売れるため、盾国でも魔物の素材は金になる。



休憩終了までもう時間はない。


グレンは立ち上がると、班長を見て。


「逆手重装について説明します」


班長も立ち上がり、グレンと共に小屋をあとにする。



その場に残された商会員は、火炎団の古株に頭をさげると。


「それでは、私も行きますね」


オッサンは黙りこんだまま、うなずきだけを返す。


商会員はもう一度頭をさげると、なにも言わずに外へ出ていく。




小屋に一人。


その背中は、とても小さい。

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