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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
10章 朱の火
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七話 洞窟の中で

源泉付近に人の手を加えると、清めの力が失われると言われている。しかしこのような場所で作業をするのなら、限度はあるが人工物を設置しなくてはいけない。


洞窟の入り口は狭いが、梯子などを使って降りた先は、それなりの広さとなっていた。


一部の足場は木製となっており、その下には水が溜まっているのだと思われる。



班長は玉具で足下を照らしながら。


「人工の足場を歩くときは気をつけろよ」


この源泉は二十年近く使われていないため、木製の足場は一部もろくなっている。


当初内部にも魔物は確認されていたが、この四日で汲み場近辺の駆除はすでに済ませてある。しかし夜明け前に巣穴へ戻る魔物もいるため、出入り口には団員を待機させていた。


・・

・・


五分ほど進めば、次第に木製の足場は傾斜となる。そこを下って行くと、湿り気を帯びた大きな岩の上へと到着した。


その岩は一部削られた痕跡があり、多少すべるが歩くだけなら問題はない。


班長は一方を指さすと。


「それじゃあ作業に入ってくれ。あとグレンさんは滑車に触らないように」


グレンは手に持った樽をその場に置くと。


「たしかに手先は器用じゃないっすけど、井戸汲みくらい経験ありますよ」


足場としている岩の一部には、水汲み用の滑車が取り付けられていた。しかしそれは長いこと放置されていたせいか、初めて洞窟を訪れたときは使用できなかった。


たとえ商会員が修理したとしても、あくまで応急である。


「まあそう言わず、俺と一緒に周囲の警戒を頼んますよ。そのための左腕じゃないですか」


一人で魔物を狩っていたころから、グレンは音を肌で感じていた。その技術に臭覚が加わり、火炎団と同行してからもずっと使ってきた。


まだ完全ではないにしろ、それなりの感覚は掴めている。



グレンは無器用な手つきで胸もとの結び目を解くと、背負っていた樽を後ろにいた団員に渡したのち。


「洞窟の外までで良いからよ、帰りは誰か一樽もってくれねえか」


「二樽を駄目にするわけにはいきませんし、なによりそんな理由で赤の護衛に死なれると、俺だって明火長に合わせる顔がないな」


腐さらないように加工されていたとしても、長い年月を重ねればもろくなる。樽が清水で満杯になれば、そのぶん運ぶさいの危険は増す。


「うちの責任者にはほんと困ったもんですよ。まさか今回の討伐作戦で、樽を運ばされるなんて思ってもいませんでした」


班長はうすく笑みを浮かべると、団員から受けとった魔物具に魔力を送り。


「あんたらから話は聞かされているけど、今回の雨はやばいかも知れないな」


「どのような方法でくるかは解りませんが、もし俺が奴なら狙いますね」


信念旗からすれば、この状況は絶好の機会と言える。


「でも赤の護衛が俺らと同行するってのは、連中からすれば予想外だろ。準備期間が四・五日だと、流石に短いんじゃないか」


「これは予想でしかないんすけど、レンガで俺を襲った連中の大半は、火炎団で言うところの二ノ朱かも知れません」


ガランを含めた四名は一ノ朱だが、それ以外はそこまで苦戦しなかった。情報を仕入れることは確かに重要だが、彼らは三大国で活動しているのだから、腕の立つ者を一か所に集めるのは難しい。


それでもセレスが存在しているため、オルクが動かせる人員は他国よりも多いのではないか。


「なるほど。できればその話は、もう少し前もって知らせて欲しかったな」


これはグレンが火炎団に触れたからこそ、導きだした予想である。


「すんません、俺の失敗ですね。夜の内に相談することはできたはずだ」


雨中の清水運びに意識が集中していたせいで、グレンは信念旗の存在を完全に忘れていた。


「でも俺以外の三人は対策を考えていると思います。もっとも、案内人との交渉が上手くいけばの話しですか」


「本人を見たのは初めてだけど、話だけは俺も聞いたことがありますね」


盾国の間者。


「でもあんたが同行してから今日まで、俺らはその気配すら感じてないぞ。まあそれを言うなら信念旗もだけどな」


「影の中を生業にしてる連中ですんで、そう簡単に姿は晒しませんよ。それに信念旗は過去に、黄の護衛から存在を隠した実績があります」


ゼドが守った勇者は、オルクに仲間を殺されている。


「その案内人とやらに、期待するしかないってことか」


二人の会話はそこで止まる。今は信念旗よりも、洞窟内の警戒が優先なのだから。


・・

・・


十分ほどが経過した。


滑車に取り付けられた容器では、一度に汲める清水は少ない。そのため桶を満杯にするとなれば、それなりの時間を必要とする。


グレンは集中が途切れたため、周囲を見渡しながら。


「ほかに比べると、ここってあんま綺麗じゃないですよね。それに視界や足場が悪いってことは、そのぶん清水を汲むのも楽じゃねえだろうし」


この源泉を発見するだけでなく、実用化させるだけでも多くの苦難があったと思われる。


班長も多少疲れていたようで、両手を上に伸ばすと。


「もしここに宝石玉の照明があれば、多分すごく綺麗だと思いますよ。それに商会員さんの話しだと、清水のなかでもここは群を抜いてるそうだ」


清めの水にも魔力と同じで質があり、それが高ければ値段も上がる。


「長年使われてなかったぶん、もしかしたら最上級かも知れないっすね」


班長は木製の足場や滑車をみて。


「力を消さないよう計算しながら、時間をかけて人工物を設置したんだ。それだけの価値がないと、割に合いませんよ」


いつまでもお喋りをしているわけにはいかないため、グレンは目蓋を閉じると、闇に身をゆだねる。


音を肌で感じ、臭いを探る。


洞窟内部は空気がこもっているせいか、外と比べると不気味さを感じる。


木製の足場を行けば外へと通じるが、ここから別方向に進むこともできた。


しかしここには堆積物だけでなく、目に見えない微魔小物もおり、空気の循環が悪くなっている可能性がある。


魔法炎では酸素の濃度が測定できないため、無理に奥を目指すのは危険であるし、今はその必要もない。


グレンは出口とは別の方向を指さすと。


「ここから百五十mほど先。なんか洞窟っていうか、自然の臭いが一部濃くなってる気がするんですけど」


班長は言われた場所に意識を集中させる。


数秒後。相手の顔を見て。


「物体の気配はないが、なにかいるな。非物質系の魔物か?」


一説によれば、闇魔力そのものが意志を持った存在。


一説によれば、目視できない微魔小物が集まり、人への憎しみを強めた存在。


前者であれば魔物だが、後者であれば魔虫と呼ぶべきか。


「かなりゆっくりですが、ここに近づいてますね」


班長は汲んだばかりの清水を飲むと、この場にいる全員に向けて。


「本当は炎放射で対応すべきだが、こういった場所での使用は避けたい。たしか少し進めば、いくらか開けた場所があったか」


その問いかけに商会員はうなずきを返す。


物理攻撃の通じない魔物。夜間や薄暗い場所であれば、外でも遭遇することはある。


出入り口付近ならガスなどの心配はない。しかし狭い場所での炎放射は跳ね返ってくる危険があった。




ここより四十m先には広いというよりも、足場の良い場所が確認されている。


班長は桶に清水を汲むと、グレンに歩み寄り。


「俺がここから離れるのは、あんま良くないかも知れんけどさ、足型は一人しかいないんでね」


清水を受けとったのち、それを一口飲みこんで。


「非物質系の魔物と戦った経験はないっすよ」


「岩と氷は通じないけど、雷や炎なら殺せる。肉体がないせいか、けっこう魔法が上手い」


必要分の清水を摂取すると、グレンは口もとを拭いながら。


「なるほど。フエゴさんを魔物にした感じですね」


「またそう言うことを。あんたやっぱ良い性格してんな」


本人は気をつけていたとしても、彼の毒舌は父より受け継いだものであり、無意識という部分もある。


「別に性格が悪いわけじゃねえ。俺はちょっとだけお茶目なんだ」


・・

・・


岩と岩との隙間を縫いながらであり、二人とも思うようには進めなかった。それでも相手の動きが遅かったため、迎え撃つ場所には余裕をもって到着できた。


正直そこまで広くはないが、足もとは石と土であり、岩がこの先の道を二つに別けていた。


壁は木板や柱などで補強されているが、あまり丈夫とは言えない。



班長は魔物具を本来の持ち主に返していた。


グレンは一方の道を指さして。


「こっちからだな。でも相手がこのままの速度なら、接触まであと五分はかかる」


確認されている敵の数は二体。


班長は足下に火を熾すと、照明玉具を腰袋にしまう。


明かりが玉具から炎になるだけで、洞窟内の雰囲気もずいぶんと変化した。



気づけば両手剣は鞘から払われていた。グレンはそれを見つめながら。


「嫌なら黙ってても良いけど、その剣って直に燃やすことはできませんよね」


逆手重装について隠しているのだから、教えてもらえなくても文句は言えない。


「俺は情報を守る必要もありませんからね。あんたの予想どおり、纏わせろば炎走りの速度強化で、剣に送れば熱による軟化を防ぐ」


炎走りという魔法は、対象以外を燃やさない。


たとえ剣を燃やす能力が玉具になくても、両手剣をその対象とすれば、地面から発生した炎が剣身を熱する。


「そりゃ炎走りは優秀な魔法だけど、当然ながら欠点はある。それによ、相手が目に見えない微魔小物だとすれば、たぶん熱剣だとそこまで効果ないぞ」


剣を振ったさいの軌道上しか攻撃範囲はない。


「非物質系の魔物とは戦った経験があるから、俺もそこら辺は承知してるさ。あと、足型の魔法が一つだけとは限らないだろ」


戦闘開始まで時間はないが、二人は戦いの流れを考える。


・・

・・


三分後。まだ敵の姿は見えてなかったが、岩の腕が二人への攻撃を開始する。



魔犬爪でグレンが動きを封じ、魔力をまとった班長が岩腕を斬る。たとえ途中で刃が止まろうと、炎の熱はそう簡単に冷めない。


敵との距離は三十mほどであり、相手が召喚できる岩腕も一つのみ。しかし魔物は少しずつ近づいているため、やがて二つの岩腕を同時に召喚するようになった。



目の前に現れた岩の腕は、勢いをつけるべく拳を上に延ばす。その瞬間を狙い、グレンは魔犬爪で引き裂く。


連続で爪を使用すれば、動きを完全に止めるだけでなく、岩腕の破壊も可能であった。



熱剣を完成させるには、刃を炎に数秒あてなくてはいけない。


突如。彼の背後から岩の腕が出現し、そのまま振り下ろされる。班長はその一撃を転がって避けると、身体を起こしながら剣を頭の上に持っていく。


岩の腕が拳を少し持ち上げると、剣を熱していた炎は消えていた。


だが班長はすでに姿勢を整えている。この魔法を両断するには、肘などの関節を狙うのが基本であった。



拳を頭。


手首を首。



その岩腕はまるで、斬首を待つ者のようであった。


・・

・・


数分後。グレンからみて右側の闇より現れた魔物。


薄い黒膜に包まれた、不気味な黄色の光。


薄い黒膜に包まれた、不気味な青色の光。



地を這う魔闇の土。その上に漂う魔闇の水。


二人との距離は一五m。



班長は熾した炎に両足を入れる。それと時を同じくして、グレンは走りだす。


人間が迫ってくるのなら、当然二体は対応する。



魔闇の土が行く手を遮るように岩壁を召喚した。助走が短ければ走撃打は狙えないため、グレンは動きを止めざる負えない。


魔闇の水はその隙を突き、彼の頭上に水を集めて徐々に凍らせていく。




班長の両足は靴底から膝までが燃えていた。火力は並位下級。


自分の魔法炎であれば、火傷の心配はない。魔力まといの効果は衣類も含まれる。


両手剣で姿勢を保ちながら、班長は片膝を持ち上げると、そのままの勢いで振り上げた。



この世界には飛炎という魔法が存在する。


手型は両手から交互に行えば、一応だが連射となる。玉具で連射速度を強化したり、数名で一斉に放つことで、大きな火傷を相手に負わせる。


班長の足から放たれたそれは、手型と違い連射はできないが、対象に命中すれば弾けて燃え移る。


氷塊はまだ完全に凍っていないため、大飛炎により弾け飛んだ。多少の水がグレンへと落ちるが、この量では魔闇の水も操ることはできないだろう。



魔犬の爪で引き裂けば岩の壁は軟化するため、普通の拳打でも破壊は可能であった。


グレンは二体への接近に成功する。だが攻撃を仕掛けることもなく、そのまま走り抜けてしまう。魔闇の土は非物質であるため、飛び越える必要もなかった。


班長の片足はまだ燃えていた。


蹴りの速度がそのまま魔法の速さとなる。大飛炎が標的とするのは魔闇の水だが、それも物質ではないため、命中しようと燃え移りはしない。


通過するだけでも弱らせることは可能だが、一撃で殺すにはやはり弾けさせる必要があった。




右手に炎を灯した拳士は、その場で跳ねると魔法の壁をつくりだす。それに大飛炎が激突し、弾けた熱が魔闇の水を巻き込んだ。


だが敵はまだ残っている。地面に着地した瞬間、岩腕が彼の背後を狙う。


グレンは願う。だが相手は神ではない。



《沢山でなくていい。闇の魔力を左腕にまとわせろ》



どのような呪いを受けたのかは解らないが、魔獣具が新たな力を開放していた。


闇魔力を自らに練り込むことで、爪が長くなり得物へと変化する。


岩猪との戦いで使用した黒炎爪には劣るが、刃物としての切れ味は充分であった。



爪という武器は使用する筋肉が拳打とは異なるが、体術の一部として組み込むことは可能であった。


振り向きざまに左腕を振れば、魔犬の剛爪が岩腕を引き裂く。そのとき生じた反動により、腰が大きく回転する。右肘が落ちたことで、そのまま姿勢がつくられた。


剛爪から奪える魔力は通常時よりも多いため、岩の腕は再び動くのに倍の時間を要する。


気がつけば、グレンの右手が岩の腕に減り込んでいた。



まだ戦いは終わっていない。突き刺した両手剣を振り上げたことにより、班長が熾した炎は走りだす。


グレンに攻撃を仕掛けたせいで、炎走りを岩壁で遮ることはできない。もともと魔闇の土は動きが遅いのだから、避けるすべはもうなかった。


・・

・・


しばらくして、グレンたちは洞窟の外にでる。


空はいくらか明るくなっていたが、雨も少しだけ強くなっていた。



抱える樽は重く、縄が両肩にくい込み、湿った地面に靴底が沈む。



班長は赤の護衛に問う。


「もし厳しいようなら、護衛を一人減らしますけど」


まとっていた魔力の量を増やしたのち、グレンは身体の軸を調整すると。


「俺は男の子なんで、ここは痩せ我慢で通します」


団員の一人は空を見上げながら。


「化粧が落ちる前に、早く終わらせないと」


彼女の発言を受け、一同はそそくさと洞窟をあとにした。

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