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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
10章 朱の火
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五話 炎使いたち

けっきょく見張り交代の時間まで、グレンは赤鉄の修行をしてしまった。それでも朝になり、周囲が騒がしくなれば目もさめる。


身体を起こして頭をかけば、肩にふけが落ちる。火の服は黒地なため、そういった汚れが目立って嫌なのだが、アクアの姉に文句を言うわけにもいかない。


正直まだ眠い。そもそも野宿という状況で熟睡できるのは、どこかの勇者くらいである。彼女も早起きに挑戦することはあるが、残念ながら今までグレンは起こされたことがない。



故郷にいたころは、寝不足でも仕事をしていたから、余程の眠気でなければ問題はないだろう。実際に戦闘が始まれば、そんなものは一瞬で吹き飛んでしまう。


しかしここは勇者の村ではないため、無理矢理でも寝ておくべきであったと、今さらながらグレンは少し後悔する。



オッサンはすでに起きているようで、もうここにはいない。


少し離れた場所で、誰かが声を発する。


「はいっ! それでは、これより朝の体操をしますので、希望者はこちらへ集まってくださーい」


「強制ではありませんっ! だがしかしっ 気持ちのよい一日を送るためにも、私たちはこの体操を皆さんにお勧めいたします!」


言わずもがな、鉄工商会の二人である。


グレンの近くにいた団員たちは、冷めた視線をそちらに向けながら。


「おい、お前いけよ」


「やだよ、恥ずかしい」


どうやら彼らだけでなく、ほかの面々も乗り気ではないようだ。グレンからしても、体操より体術の鍛錬のほうが重要である。


しかしその許可を得る相手は、兵士ではなく朱火である。


レンガ軍は鉄工商会の傘下といえるため、勇者一行はある程度の発言力をもっていた。それに対して火炎団はギルドの所属であり、鉄工商会からの依頼を受けただけであった。


もちろん相手がギルドであろうと、赤の護衛が無理を通すことも可能だが、それをする場合は責任者の力が必要となる。火炎団との今後を考えれば、ガンセキがグレンの我儘を許すとは思えない。


本当は体術の鍛錬をしたい。だけど昨日の失敗を考えれば、あまり班長に無理なお願いはできない。そもそも一行の代表として同行させてもらっているため、赤の護衛と言えど立場は弱いものとなっている。




呼びかけに応える者が誰もいないせいか、鉄工商会の二人は今にも泣きそうな目で周囲を見わたしていた。


団員たちは朝の支度をしているため、赤の護衛が立ち上がったことには気づいていない。


テッコウ体操を真面目に行っていたからこそ、グレンはその効果を誰よりも理解していた。それでも笑われてたことを自覚しているので、進んでやりたいとは思わない。



ただ一人呼びかけに応じてくれた青年に、商会員たちは瞳を潤ませながら。


「貴方なら参加してくれると、僕たちは信じておりました」


彼らの純粋な眼差しに、グレンは頬を引きつらせて。


「人目につかない場所でやってくれるのなら、俺は全力でテッコウします」


ほかの参加者は望めない現状。一緒に体操をしてもらうためには、その願いを無下にはできない。


「わかりました。班長さんには話をつけますので、我々と共に朝の一汗を」


なぜここまで必死なのかはわからないが、この熱意があれば班長も折れるだろう。


その後。一団から少し離れた場所で、グレンは第二までしっかりと体操を行った。




ハグキの実を噛みつぶし、汁が口内にいきわたる。指で歯と歯茎をこすったのち、唾液を地面に吐きだす。


食事は商会員が管理してくれている。一々作る必要もないため、分隊にいたときよりも早く終わらせることができた。


あとは水使いより濡れた布を受け取り、体操による汗を拭えば出発の準備は完了である。


女の団員は男よりも大変なようだ。グレンも化粧をすれば可愛さに磨きがかかると思うのだが、あまり人に見せたくないため、ここはグッと我慢する。


流石にこのような場所で、香水を使用する者はいない。もし化粧にも独特の匂いがあるとすれば、本来は控えるべきである。


・・

・・


しばらく一団は緩やかな下り坂を進んでいく。所々ではあるが草は前もって刈ってあり、一応は道のようになってはいるが、車輪にそれが絡まってしまうこともある。


道中には少し急な下りもあるため、時には馬だけでなく、人の力で馬車を支える。


敵が接近してくれば、班長の支持で数名が迎え撃つ。


魔物具を所持している者も多くいるため、通常は移動ができないようなところでも、彼らは両手足を活用する。



グレンとしては獣道を通ることに心配があったのだが、彼らは通常の道よりも、こういった場所に慣れているようであった。


もし荷馬車さえなければ、もっと進行は速いだろう。



午前十時。


そこは川というよりも沢と呼ぶべきか。


沢の向こうは三mほどの崖となっているが、ここの団員なら難なく飛び越えるだろう。


岩と苔と土。足場は多少すべりそうだが、人の手が加わった痕跡があり、若干だが広く感じる。沢より少し高い場所には、廃墟と化した小屋も確認している。


班長は団員の面々に。


「馬車での移動はもう無理だから、ここを拠点に源泉を探す。分担作業になるから、しっかり休憩しておけよ」


過去に使われていた源泉がいくつか存在している。


その中のどれから清めの水を運ぶか。


清めの源泉。その濃度が保たれているとは限らないため、前もって調査をしておく必要もある。


デマドからの清水に限界がきた現状。恐らく今後も清水運搬は行われるため、調査はしっかりとやらなくてはいけない。


予定では二日。長ければ五日はこの地で夜を明かすことになる。



調査は団員四名と商会員の一名。合計五名を二組。


残りは拠点で荷馬車を守る。



もしこの場にアクアやセレスがいれば、水に素足をつけて遊びたいと、責任者にお願いしていただろう。


当然グレンの性格からして二人を注意する。そして恐らくだが、そこからアクアとの喧嘩が始まり、やがてガンセキに怒られる。


そんなたわいもない想像をしながら、冷たい水に右腕をひたしていた。


「いまグレンさんが触っている水にも、清めの力はあるんですよ。もっとも濃度は低いですけどね」


商会員といっても、彼らはデマド組合の人間であるため、清水に関する知識をもっている。そういった人物が同行しなければ、清めの水を源泉から持ちだしてはいけない決まりとなっていた。


「源泉からそのまま流れてきてんのに、なんで清めの力が弱まってるんすかね」


「土と水はあくまでも、盾の力が染み込んでいるだけです。流れとともに、盾の力も薄れてしまうのでは」


「それならなんで水を持ちだしても、清めの力は残るんだ。ちっと興味がありますね」


朝の一件により、どうやらグレンは商会員に懐かれたようであった。


「剣と鎧と盾。僕らの身体は、その亡骸から生まれたらしいので、それが関係するのかもしれません」


グレンは少しニヤけると。


「心ってやつですか。じゃあ魔力と清めの力にも、なにかしら関わりはあるのかも知れねえな」


「心知の実は魔法により心増の力を得ます。グレンさんの仰る通り、清めの水も加工ができます」


作りだせる量は少なくとも、清水の数倍。または数十倍の力があるとすれば。


「そういった技術があるからこそ、工業都市でありながら、年寄りが釣りを楽しめるってことですかね」


「それが誇れるものであってほしいです」


製鉄技術でも武具防具の量産でもなく、神々との共存を第一にする。そんな姿勢を、鉄工商会は世界に誇りたい。


グレンはフエゴの言葉を思いだす。


『身体に良くないもんは、どんなに繕っても身体に悪いんだ』


炎使いとは、いったいなんなのか。


風使いよりも、本当は自分たちではないのだろうか。


「その誇りとやらを守るためにも、刻亀を殺さねえとな」


ヒノキからレンガまでは結構な距離がある。


だがデマドという村が消えろば、レンガは環境維持に今の数倍。いや、数十倍の費用がかかるだろう。


「あんたらが刻亀を倒してしてくれんのが一番だけど、たしかあの魔獣って結構な歳ですよね」


あまり会話をしたことのない相手だが、水を飲んでいた班長がグレンに話しかけてきた。


商会員は班長にうなずくと。


「言われてみれば確かに。もうすぐ寿命が尽きるのなら、今回の討伐作戦は必要なくなります」


「でも六十年前も、直に死ぬって言われてたみたいっすよ」


凶暴な魔物がデマドに迫っている現状。そういった運に任せるのは危険である。


グレンは班長と商会員の顔を交互に見て。


「あんたら、神への信仰はどんくらいだ?」


二人はその問いかけに首を傾げながら。


「信じる気持ちはありますが、自慢できるほどの信仰心はありません」


「同じく。というか……お祈りは熱心にしないな」


神や古代種族を崇めている相手には、あまり言わないほうが良い内容もある。


この二人は問題ないと判断したグレンは。


「そもそも刻亀が神位と同等の黒魔法を使えるのなら、自身の時を止めるってな芸当もできるかも知れねえしな」


永遠の命。


水使いの可能性。


三人の会話は止まり、水の流れる音だけが耳に入ってくる。




魚が跳ねたのか、それとも誰かが小石を投げたのか。


「勇者一行ってのには、あんたみたいな考えの奴もいるんだな」


女の団員にちょっかいを出しているオッサンを見て。


「まあ少なくとも、うちの勇者は神さまが大好きですよ。火炎団だって、信仰には差があるんじゃねえっすか」


フエゴは表にこそださないが、恐らくホノオを大切に思っている。



グレンの視線。その先に映っている人物に気づいたのか、班長は納得した表情を浮かべながら。


「そういえば、あの人と赤火長は同郷だったか」


彼の故郷は炎の民と呼ばれている。または、呼ばれていた。


商会員は昨日のグレンとフエゴの一戦を思いだしたのか。


「朝になって猪の死体を見させてもらいました。目型の炎使いというのは、本当に恐ろしいものですね」


焼け焦げて原型を止めない木々。


溶けた岩。


死骸すら残らない小型の魔虫。


黒く染められた一面。



なぜ着火眼が世間に広まっていないのか。炎柱の威力を知った今なら、なんとなく解る気がする。


魔法炎として制御していたからこそ、グレンは無事であった。もしそれがなければ、熱せられた空気に皮膚・眼球・肺をやられていた可能性がある。


「前から気になってたんすけど、あの人って初代団員なんすか」


「明火長さんから聞いた話だと、魔獣を倒したあと、赤火長の紹介で入団したらしい」


現在。火炎団に残っている初代団員は、一ノ朱火長・赤火長・明火長の三名だけとのこと。


班長は腕に巻いた朱色の布を指さして。


「初代団員は黒色の布を身体のどこかに巻いてるから、それを知ってりゃ一目で解ると思う」


魔獣討伐に成功した本来の火炎団については、彼らも詳しいことは知らないとのこと。


「今の火炎団ってのはさ、素人育成がちゃんとしてるんですよ。だから一定の経験を積むと、独立する奴も多いんですよね」


「二ノ朱って仕組みはよ、なんだかんだでギルドに貢献してるってことか」


「たしかに。ニノ朱火長はもともと明火の所属だったから、運営との繋がりも深そうだし」


火炎団のなかで古株と呼ばれているのは、フエゴと二ノ朱火長を含めても、かなり少ないのだと思われる。


・・

・・


三人の会話が一段落つき、商会員はもう一人の相方と今後の相談に向かった。


先ほどまで若い娘に話しかけていたフエゴは、肩を落としながら班長に歩み寄ると。


「帰りは荷馬車が重くなるからさ、苦労しそうな場所の草とか、あらかじめ焼き払っといたほうが良いんじゃない」


「そうですね。場所によっては黄土を敷いたほうが良いから、土使いもいるかな」


道を整えるにあたり、土使いの岩腕は欠かせない。本当は専用の玉具などもあったほうが良いのだが、そこまでの用意はできないだろう。



そのやり取りを近場で聞いていたが、気になることがあったため、グレンは二人の会話に参加する。


源泉調査・拠点待機・帰り道整備。


「俺はどれに参加すりゃ良いですかね」


「こういった場所の移動、あんたけっこう慣れてますよね」


魔物具を使った団員のようにはいかないが、故郷で仕事をしていたときは、森の中を走り回っていた。



黒手の状態で使用できるのは、練り込み時間短縮・嗅覚強化・魔犬爪。グレンが人間離れした動きをするには、黒膜化を発動させる必要がある。


「グレンちゃんが勇者一行でなけりゃ、トントが欲しがるだろうね。責任者さんは清水運びを進めてたけどさ、単独戦に利用したほうが良いんじゃない」


岩の鎧は並位上級魔法。


上位の岩猪を相手に、一人で接近戦を務めた。朱火も単独とは戦えるが、やはり専門は群れである。


「未熟にしろ探知もできるようですし、嫌でなければ源泉調査に同行してもらいたいな」


グレンは班長に了承の意を示すと、目前を流れる水を見て。


「でもよ、ここには何人くらい残すんだ。水辺だから魔物もそれなりに寄ってくるっすよ」


薄くとも清めの力が混ざっているため、魔虫は近づいてこないと思われるが、毒を持たない魔物には関係ない。


「帰り道の整備といっても、そんな大したことはできないから、拠点に多く残す予定です」


だが少ない土使いを全てそちらに回すため、拠点の防衛は魔物具の探知に頼らざる負えない。



大体の話し合いは終わった。


だがフエゴはまだ大切なことを班長に伝えていなかったようで、頬を赤く染めながら。


「できればお姉ちゃんたちと一緒が良いのよね。もしお願いを聞いてくれるなら、おいちゃんすごくやる気でるよ」


「俺はまだ班長として新米なんですよ。そういうことをして、団員の信用を失いたくありません」


「まじめに仕事こなしてたら、そのうち素敵なオッサンって思われるかも知れねえぞ」


オッサンはグレンの言葉を受け、表情を引き締めると。


「もう休憩は終わりでいいんじゃない。さあペルデルくん、はやく皆に指示をだすんだ」


班長は苦笑いを浮かべながら立ち上がると、今後の予定を各団員に伝える。

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