二話 旅道中
レンガを目指して突き進む勇者御一行、その旅の先に何が在るのか、神様だけが知っている。
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勇者の村を覆う森を抜けて、長い街道を歩く4人。
この街道は途中で道が分かれており、真直ぐ行けばレンガにたどり着くが、分かれ道を行くと別の村に到着する。
本当は日が暮れる前に道中の村に立ち寄った方が安全だけど、そうすると目的地に着くまで時間が掛かるし宿代も馬鹿にならない、その為レンガに到着するまでは野宿で夜を明かす。
今歩いている街道は、道の周りに緑の野草や野花が敷き詰められ、少し遠くに森が見える。
陽が出ている内は魔物が街道まで姿を現す事は滅多にない。
ただし、夜になると話しは別だ・・・多くの魔物は辺りが暗くなると狂暴になり、俺達が今歩いている街道にも姿を現す。
また日中でも森中に足を踏み入れると、流石に襲ってくる。
だから力を持たない人は、陽が出ている内に次の村まで行き、其処の宿で一夜を明かす。
料金さえ払えば海路や川路を船で移動し、線路が通っていれば列車と言う乗り物で陸路を進めるらしい。
金で護衛を雇えば野宿も可能、かも知れないな。
もっとも、日中は安全なんて言うのは魔王の領地から離れている場所だけだ、領地に近づけば近づくほど魔物は強くなり狂暴になる、無論そんな場所に線路を敷くは危険だし、海路や川路だって安全とは言えない。
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4人が歩いていると、アクアがガンセキに語りかける。
「ガンさん、今から行くレンガってどんな場所なの?」
「・・・そうか、レンガに行った事があるのは俺だけだったな」
俺やアクアだって隣の村なら行った事がある、だけど勇者の村と変わらないド田舎だし、村の周りに森が無いだけで後は変わらない。
ガンセキはレンガの風景を想い出しながら。
「勇者の村を含めたここら周辺の中心だ、まあ都会だな」
「ふえ~ 楽しみだな~ にへへ~」
セレスがガンセキの話を聞いて、気持ち悪い笑顔を撒き散らす。
ガンセキは周囲の反応を見て、笑いながら。
「レンガを見て驚いてたら、王都を見た瞬間に腰を抜かすぞ」
「そんなに凄いんすか、王都って?」
「そりゃ、この国の中心だからな・・・実際に始めて見た時は、口を開けたまま塞がらなかった覚えがある」
アクアは目を輝かせながら。
「ボク凄く楽しみだよ!! 速く行きたいな、ワクワク」
「アクアさんよ、ワクワクを口に出して言うな」
「速く行きたいな、ウキウキ」
・・・一緒だ。
「まあ、その前にレンガだな・・・あそこは武具防具の製造で栄えた場所だ、鉄工街に行くと耳がおかしくなる」
そうか・・・だからおっちゃんは自分で作らないで、レンガの本職に頼んだんだ。
「ちなみにレンガで造られた鎧・盾・剣・槍等が、この国の兵士が使う武具防具の60%を占めているんだ」
グレンは感心しながら。
「何か熱せられた鉄で熱そうな所ですね、レンガって」
「いい所に気付いたな・・・確かレンガの別名は赤鋼だったな」
「面白いですね鉄を熱すると赤くなるから、赤鋼ですか?」
ガンセキは笑いながら。
「実際にレンガに行くと冬でも暖かい気がするんだよ」
3人は、まだ見ぬレンガに思いを馳せる。
「ガンさん走ろうよ、ボク速くレンガに行きたい」
「私も~ レンガ速くみた~い」
グレンは呆れながら。
「お前等は何キロ走る積もりだ、間違いなく道中で動けなくなるぞ」
「大丈夫だよ、その時はグレン君におんぶして貰うから」
「あ!! アクアずるい!! 私もグレンちゃんにおんぶして貰うもん!!」
その時は2人とも蹴飛ばしてやる。
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歩き続けてお昼時。
街道を通る人など殆どいないが、道の邪魔にならないように端っこに座って、食事の準備をする。
準備と言ってもオバハンの作ってくれた物を出すだけだ。
全員が無言で食べ始める。
・・・相変わらず脂っこいな、でも何故か美味い、病み付きになるんだよこれが。
オバハンの料理を食べてると何故か無言になる、さっきまで煩かったアクアすら静かだ。
セレスなんか、もう既に頭は此処に在らず、オバハンの料理と何処かに旅立ってる。
ガンセキさんは流石、オバハン料理の常連だけあって、何食わぬ顔で食べている。
「ヤバイ、俺少し動けないや・・・胃が苦しい」
「ボクも・・・少し休みたい」
「うへへ~ おばさんが3人だ~ 4人だ~」
セレスは当分帰って来れそうにないな。
ガンセキは3人の様子を見ると。
「それじゃあ、俺はちょっと今晩の食料の調達に行って来るから、此処から動くなよ」
「一人で大丈夫ですか?」
「安心しろ、森の奥までは入らない、それに俺は土使いだからな、敵をある程度避けて通れる」
そう言うと、ガンセキは地面に手を伸ばし手に土を持ち、感触を確かめる。
「何やってるんですか?」
「ああ、土使いは他の属性と違って、その場にある地面の土を操る訳だから、軽く感触を確かめてるんだ」
そんな話しを聞いたアクアが失礼な事を言い出す。
「意外と土使いって、面倒なんだね」
「アクアさん、失礼な事を言うんじゃない、土使いが居ないと俺達は夜もオチオチ寝てられないぞ」
「まあ、アクアの言う事も最もだ、ある程度進む度に土の感触を確かめるのは正直面倒だ」
ガンセキさんって、見た目は傷だらけで怖いけど、性格は穏やかなんだよな・・・怒ったら物凄く怖そうだけど。
「ほらグレン君、ガンさんも面倒だって言ってるじゃないか」
「はいはい、俺が悪う御座いましたよ」
俺とアクアが馬鹿なやり取りをしている間に、ガンセキさんは準備が出来たようで。
「それじゃあ、一時間ほどで帰ってくるからな」
「やっぱり俺も行きましょうか、ガンセキさんだけに働かせるなんて悪いですし」
「お前は一々そんな事に気を使うな、言っただろこの前」
それを言われると、何も言い返せない。
「とりあえず、万が一だが日中にも魔物が姿を現す可能性もある、魔物との実戦経験があるのはグレン、お前だけだ、その時はお前が指揮を採れ・・・良いな、それがお前の仕事だ」
「グレン君ばっかしずるい! ボクだって魔物と戦った事くらいあるよ!」
「言いたい事も分かるが、実戦経験はお前よりグレンの方が上だ」
「アクアさん、指揮を採るなんてそんなに良い事じゃない、他の仲間の命を預かるって事だし」
だから俺は、ずっと一人でやってきた。
アクアも渋々だが納得した。
ガンセキは一人離れる。
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セレスは中々オバハンの世界から生還できないでいた。
まあ、始めてオバハンの料理を食べたんだから免疫がない訳だし、それになんと言ってもセレスは馬鹿だからしょうがない。
「おいセレス、いい加減戻って来い」
セレスの頬を叩く。
「あへ? グレンちゃんただいま~」
「お帰り、良く戻ってこれたな」
「セレスちゃん、楽しかった?」
「うん、たのひかった~ 一杯いた~ あれ、おばさん何処行ったの~」
セレスはおばさ~ん、と叫びだした・・・駄目だ、当分元に戻りそうもない。
さて、暇になったし、この三人で戦う場合の作戦でも練ってみるかな。
まず最初に、日中に現れる魔物って言ったら・・・群れの魔物だな。
作戦を考える前に、この3人の特徴を一度考えて見るか。
セレス・・・攻撃力はダントツだけど、防御面は不安がある・・・いや、あいつの場合囲まれても全身放雷で危機を凌ぐ事が出来るかも知れない、それに加え片手剣で物理防御は可能だ。
俺・・・この三人の中じゃ、攻撃力は2番目に高いと思うけど防御面がイマイチだな、ここら辺の魔物は魔法を使うような奴は居ない、ほぼ物理攻撃が中心だ・・・ただし牙や爪での攻撃が主な訳だから、炎の壁に直接飛び込む必要がある・・・回避にさえ成功すれば、敵を燃やす事が出来るかも知れない・・・俺がどれだけ上手に避けられるかが重要になってくるな。
アクア・・・まず間違いなく防御力は3人の中で一番上だ、攻守のバランスにも優れている。
実際に戦闘になる前に、本人に聞きたい事が幾つかある。
「なあアクアさん・・・」
「なんだいグレン君」
「雨魔法なんだが、複数の敵を相手にする場合は、俺と戦った時と何か違いはあるか?」
アクアは暫く考える。
「グレン君と戦った時は、敵は君だけなんだ」
グレンは頷く。
「ある程度の乱戦になると、敵味方の判別の為に雨を操る必要があるね」
なるほど、そうなると
「敵味方の判別は、どうやって見極めるんだ」
「魔力だよ・・・闇と光の」
「そうか、ちなみに味方が3人で敵が20前後だと、お前はどれだけ動ける?」
20と言う数字は、ここいらで一番多い魔物の群れの数だ。
「弓での攻撃(ただの木矢)と自分を護る氷の壁くらいなら造れるかな」
仲間への防御には回せないか・・・この面子じゃあ、雨魔法は使わない方が良いな、ガンセキさんが居たら防御面でかなりの余裕が出るけど、3人となると防御の要はアクアになる。
雨魔法は使わない方向で決めた。
「雨魔法は使わないとして、俺とセレスの2人を同時に防御出来るか?」
「・・・難しいかな、氷の壁はボクから離れて造る事が出来ないんだ、2人ともボクの近くに居てくれれば護る事も何とかできるけど、乱戦の最中に3人一緒だと囲まれちゃうと思うな」
・・・そうか、そうなると俺かセレスのどちらかにアクアを付けて、残された一方は自力だけで身を護る必要がある。
勇者が死んだら困るし、ここは俺が一人で戦うしかないだろ・・・そうなると戦法は。
俺・・・回避中心で動き回りながら戦い、炎の壁に飛び込んできた敵を避けてから焼くカウンター、俺の役割は敵をかく乱し、アクアとセレスが囲まれないようにする、簡単に言うと敵を引き付けながら逃げ回る。
その為に油玉と火の玉を使って、離れた敵にも俺に注意を向けさせる必要がある。
セレス・・・敵の殲滅。
アクア・・・敵の撃退、及びセレスの護衛と自身の防御。
少し俺のリスクが高いか・・・ガンセキさんが居れば、もっと考えが広がるんだけど。
あと思いつく策は、セレスの天雷雲で敵を一気に全滅させる。
難しいか・・・雲を広範囲に広げている間はセレスが動けない、それともう一つこの策には重大な欠点がある。
セレスは共鳴率も高く魔力も多いが、天雷雲は高位上級魔法で扱いが難しい、同じ高位の天雷砲は単体攻撃だから良いが、天雷雲となると恐らく敵味方の判別がセレスには出来ないと思う。
ガンセキさんならセレスの天雷を防ぐ事は可能だけど、俺とアクアは難しいだろうな。
あとアクアに、もう一つ聞きたい事がある。
「お前の氷の領域で、一度に捕縛できるのは何体だ?」
「やろうと思えば領域の範囲内なら皆まとめて捕縛できるよ、でも一瞬で氷砕かれちゃうけど」
詰まり捕縛する数が多いと、その分氷が脆くなるのか。
「何体までなら、そのまま動けなくしていられる?」
「そうだね・・・魔物の強さにもよるけど5体が精一杯だよ、それに敵を数体同時に捕縛してたら、他に魔力をまわせないと思う」
氷の領域も、雨魔法と同じ理由で使う事は無理だな。
ここまでの話だと、水魔法は使えないと思うかもしれない。
確かに攻撃力としては他の属性より劣るし、雨魔法も使い勝手が難しい。
だが、もし敵が強力な単体だったら雨魔法は有効だ、それに群れとの戦いでも、ガンセキさんが居れば守りを彼に任せて、アクアは雨魔法に集中するという手もある。
そしてもう一つ・・・雨魔法が本当の意味で、活躍する場所が在る。
その場所の名は戦場、水使いを味方の兵や土使いに護らせ、そこで雨魔法を唱える、広範囲でしかも敵味方乱戦状態で数も千単位だ、水使いは動く事すら出来ないだろう。
それだけの広範囲に雨を降らせるのは、間違いなく高位上級魔法で魔力の消費量も多い、なおかつ敵味方の判別が出来る程に腕の立つ水使いでなくてはいけない。
かなりリスクも高いが、それだけの価値がある・・・魔法の効果だけじゃない。
味方の士気が異常に上がるんだ、命を掛けた戦場の中で、敵の魔力や体力を奪う雨が辺り一面に降り注ぐ、聞いた話だが雨だけで劣勢を覆した事もあるらしい。
水使いは戦場に置いて・・・どの属性よりも役にたつ。
一つ言っておくが俺はアクアを褒めた訳じゃない、水使いを称えただけだ。
ちなみに、戦場に置いて水使いよりも士気を上げる存在がいる・・・その者の名を、勇者と言う。
アクアが考えに耽っている俺に。
「グレン君は戦闘の作戦を考えているの?」
「ん・・・まあな」
「1人で考えるより、2人で考えた方が沢山の考えが浮かぶとボクは思うけどな」
アクアは普段、俺を馬鹿にしてばかりだけど、こう言う所は意外と確りしてるんだよな。
「それもそうだな、だけど時間切れのようだ」
グレンは顔をガンセキさんの方に向ける。
「遅くなった、特に変わりはないか2人とも」
「はい、魔物も現れませんでした、ガンセキさんも無事で何よりです」
ガンセキは笑顔を向ける。
「ああ、戦闘は上手く避けられた、それなりの収穫もあったしな」
ガンセキの手には野草が握られている。
アクアはガンセキの持つ草を見て。
「ガンさんそれ食べられるの?」
「大丈夫だ、それなりの知識は有るからな・・・キノコは怖いから避けたが」
ガンセキさんが採ってきた草は、ギシギシ、ユキノシタ等の多年草と言う食べられる野草らしい。
ギシギシはヌメリがあって、若芽を食べるとの事。
ユキノシタは日陰で湿った場所に在り、一度に沢山はとれない。
野草は全て今晩の汁物にぶち込む積りらしい。
ガンセキは3人を見渡して。
「さて、そろそろ行くか」
「ガンセキさん少し休まなくて大丈夫ですか?」
「問題ないさ、とりあえず日が暮れるまでに進んでおきたいしな」
グレンはセレスの様子を見る。
「私は大丈夫だよ~ 休憩して元気一杯だも~ん」
さっきまで頭が何処かに逝ってた癖に。
4人は街道を行く。
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太陽が西に隠れ、闇が辺り一面を支配し始める。
「今日はここら辺で夜を明かすか・・・」
ガンセキの言葉と共に、全員が野宿場を造り始める。
一番重要な魔物避けはガンセキさんの仕事だ。
四方とその中心に杭を打ち、中心に打った杭をガンセキが握る。
暫くガンセキはそのまま動かない・・・
「・・・よし、これで魔物は寄って来ない筈だ」
俺達からは何をしたのか良く分からないが、ガンセキさんは土の結界を張った。
「杭から出るな、魔物に感づかれるからな」
土の結界は本来、己の気配を隠すだけの低位魔法だが、今回ガンセキさんが行った結界は杭の力でその効力を高めている、杭の外からでは俺達を視界に映す事すら弱い魔物には出来ないらしい。
夜の魔物は人間を確認したら構わず襲ってくる、その所為で火を熾す事すら出来ない。
必ずしも結界内に居れば安全と言う訳ではない、魔物にだって勘が鋭いのもいる。
流石に魔物が結界に近づき過ぎれば感づかれる。
その為2人が見張りをしている間、残りの2人が休む事に成っている。
今日の晩飯は、野草のスープと保存用のパン。
この保存パンは特殊な製法で作られていて、水分が普通のパンと比べるとかなり少ない、その為にとても硬い。
食べ方も変わっていて、ナイフで薄く削り、それをスープに入れてふやかして食べる。
・・・正直このパンは美味くはない、だが意外と野草のスープは美味かった。
野草は一度熱湯で茹でた後、冷水に浸し苦味を取ってあるから想像したよりもずっと美味しかった。
「・・・うまいっすねスープ」
「だろ、以前はこのスープを飲む為に、速めに野宿場を造って、日が暮れる前に晩飯を作ったんだ」
「ボクこのスープなら毎日でも平気だよ」
「アクアさんは明日からずっと野草スープだ、街に着いてもな」
「グレン君、子供見たいな屁理屈を言っちゃ駄目だよ!」
「自分で言った事は最後まで責任を持つのが大人だ」
「おいし~な~ 皆で食べると余計に美味しいねグレンちゃん」
「お前は何を食っても美味いとしか言わないだろ」
「酷い!! 私だって嫌いなのあるもん!!」
「何が嫌いなんだ、言ってみろ」
セレスは考え込む。
「・・・・・・魔物とか」
散々考えてそれかよ・・・誰も食わないぞ、そんなもん。
「お前は魔物を食った事があるのか・・・マジで引くぞ」
「グレン君は何でそんなに口が悪いの、女性に対して失礼だよ!!」
「俺は正論しか言わないぞ、そしてアクアさんは男じゃないのか?」
「うきーーー!!」
アクアが変な奇声を上げて、俺の手もろともスープを凍り付かせる。
「こら!! 何しやがる!!」
「もうグレン君なんて知らない!!」
そんな2人のやり取りを見てセレスが。
「グ~ちゃん、私は女の子だよ~」
「お前は女じゃねえ、突然変異だ」
「グレンちゃんの馬鹿ーーー!!!」
ガンセキは・・・静かに喋りだす。
「お前等、今どう言う状況なのか分かってるのか・・・静かに食え、それとも魔物に食われたいのか」
「「「・・・ごめんなさい」」」
ガンセキさん怖えぇーーー。
2章:三話 おわり