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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
10章 朱の火
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四話 謝罪

ここいらの草木は水分を含んでいたが、炎柱が高熱だったためか、生焼け独特の臭いがしない。


暗いため目視は難しいが、辺り一面が焼け焦げていることはグレンにも解る。


一本の柱であの威力であれば、たとえ魔獣とはいえ無傷ではすまないだろう。


グレンは知識を得るために、隣のオッサンに問う。


「炎柱ってのは、天雷雲や雨魔法とは違うっすよね」


敵味方の判別はできない。


「たしかに炎柱は味方も黒焦げにするけどさ、着火眼そのものは乱戦に向いてんのよ」


「使い分けが大切ってことか」


「手型だってそうじゃない。世間は一点放射ばっか注目してるけどさ、炎剣だってなんだかんだで優秀なのよ」


それが自然の流れなのか、それとも人為的な現象なのか。


「純宝玉級の溶断って見たことある?」


「残念ながらないっすね。そもそも接近戦に重点をおく炎使いは少ないですし」


強力な宝玉具が実用化されろば、古い物には意識が向きにくい。


「おいちゃんの所感になっちゃうんだけどさ、同列の一点放射とだって充分に張り合えるよ。そりゃ扱いはどっちも難しいと思うけど」


「腕っぷしに自信がないあんたからすれば、ほかの炎使いは勿体ないことをしているんすか」


一点放射だけでなく、もっと炎剣にも目を向けるべき。確かにその考えは間違いではないだろう。



グレンはフエゴの杖に目を向けると。


「でもそれはねえよ」


「だってさ、こういういかにもな杖もってないと、他の団員に前でろって言われるんだもん」


火の属性兵も剣などの訓練は受けている。しかし火炎団は他属性が少ないぶん、ほとんどの炎使いが溶断系統の宝玉具を心得ていた。


「グレンちゃんは嫌なほど知ってると思うけとさ、おいちゃんの魔力だとね、赤い宝玉が反応しないんだよね」


「俺が言いたいのはそこじゃねえ。あんたが杖を振り回さなけりゃ、もっと着火が素早くできんだろうが」


実際に炎柱を使ったとき、フエゴは無駄な動きを一切していなかった。


「おいちゃんは魔法使いだがらさ、やっぱそれっぽくしないと雰囲気がでないのよ」


グレンには理解不能だとしても、この男にとってはなんらかの拘りがあるのだろう。


「もう良いじゃない。それよりもさ、今は確認すべきことがあるのよね」


未だ納得していない相手を無視すると、フエゴは杖の渦巻き部分に火を灯し、化け物の死体へと足を進める。


しばらくそれを眺めたのち、締りのない声で一言。


「ダメだこりゃ」


肩を落としている姿を見ると、グレンも申し訳なく思ってしまう。


「黒焦げで使いもんにならないねぇ。勿体ないなぁ……せっかくの希少種なのにさ」


「すんません。牙を切断した時点で、素材は駄目になってたかも知れねえな」


魔物が狂化する切欠は幾つか判明しているが、武器となる部位の破損もまた、その内の一つと言える。


「まぁ仕方ないんじゃない、戦っている最中だったしさ。もし牙やら角を破壊するのが間違いだとすれば、おいちゃんなんかとっくの昔に死んでるよ」


敵の武器を壊せる機会があるのなら、その瞬間を逃がすなど愚かである。もし相手が得物に執着のない戦士であれば、なんの問題もない。


「おいちゃんが責めることがあるとすれば、グレンちゃんの運のなさだね」


空中からの突撃は、当たると判断した上で実行した。


猪に気づかれないよう、その場で彼なりの対策を立てた。


たとえ星と月に照らされていようと、地上はもっと明るいのだから。


「猪ってのは野生の勘が豚より上なんじゃないっすか」


「家畜だってさ、食肉になる直前は嫌な予感とかすんじゃないの?」


火の光が届かない場所であれば、黒い膜に覆われた自分は、闇に紛れるとグレンは考えた。


「冷静に物事を考えられる今なら、もっと最善の殺り方があるのは当然だよ。でもさ、あの瞬間で考えられるかどうかってのが、やっぱ大切なんだろうね」


失敗がわかったとき、混乱した状態でも、対応策を考えられるか。


「グレンちゃんはさ、今まで失敗を沢山してきたんじゃない」


「失敗を認めないことのほうが多いっすよ。誰かのせいにできるときはそうしてますし、対応策なんか考えずに、適当に謝って終わらせることもよくあります」


ただし魔物狩りに関してだけは、誰かの手助けを得ていたとしても、これまでずっと一対一に拘ってきた。




・・

・・




フエゴは猪の死骸から、グレンへと視線を移す。


「嫌なのはおいちゃんもよく解るのよ。でもさ、そろそろ野宿地に戻らない?」


「そうっすね。でも俺……班長に怒られたくないんすけど」


刻亀討伐作戦。


火炎団は勇者一行に命運を託す。


そして赤の護衛はあの時こう言った。



『自分を判断基準にしてください』



グレンは腐った魚のような目で。


「魔物と遊ぼうって誘ったのは俺なんすけど、正直いうと自分の失敗を認めたくないんで、あんたが俺にそう言えと命令したってことにしてくれませんか」


「まぁね、おいちゃんも素直についてっちゃったわけだし、班長には一緒に謝ってあげるよ。でもねぇ、言いだしっぺはさ……グレンちゃんじゃない」


だからそこだけは断固として譲らないと、フエゴはグレンを見つめていた。


「一緒に謝ってやるだと、なに上から目線で言ってんだよ。あんただって乗り乗りだったじゃねえか」


「まぁそうなんだけどさ、おいちゃんもう良い歳じゃない。だから若いお姉ちゃんに白い目を向けられんのは精神的に辛いのよ」


「さっきの女だけど、あの反応は一日や二日で出来るもんじゃねえよ。あんた普段からそういうことしてるから軽蔑されてんじゃねえのか」


思い返せばセレスにも似たようなことを言っていた。


「とりあえずさ、おいちゃんはグレンちゃんの味方なのよ。だから一緒に班長に謝ろう」


グレンは疑いの眼差しを向けていた。


「確かにオッパイが好きだけどね、おいちゃん嘘だけは絶対につかないよ」


グレンは朱色の布を見つめていた。


「うん、おいちゃんハゲてないよ」



・・

・・



その後も二人は野宿地に戻ろうとしなかったため、班長の命で団員が迎えにきた。


フエゴが言うには新米の班長だが、火炎団として過ごした年数は、それなりに長い人物のようであった。


しかし二十代前半と年齢は若いため、成人である一五のときから火炎団に所属しているのだと思われる。



団員に連れられた二人は焚き火の近くで歩みを止める。その明かりに照らされた班長の表情を見た感じでは、そこまで怒っている気配はない。


どちらかと言えば、呆れていると言うべきか。


「フエゴさん。あなたはここから離れちゃだめですよね」


「いやね、赤の護衛さまに誘われたから、つい出来心で」


その言い訳に班長はグレンの方をみて。


「着火眼が気になんのは俺にもよく解るけどさ、自分で言ったこと忘れちゃだめじゃないですか」


「すんませんでした。魔物が現れたと思ったら、つい興奮しちまって」


なぜ興奮するのか意味不明ではあったが、班長は小さく溜息をつくと。


「野宿地までは魔物と遭遇しても普通だったじゃないですか。なんでいきなりこんなことしたのか解りませんけど、今回みたいなことが続くようなら、俺から明火長に報告させてもらいますよ」


「本当にご迷惑をお掛けしました。今後はこのようなことはしませんので、うちの責任者にだけは内密にしてもらえるとありがたいです」


フエゴはしょぼくれたグレンの肩にそっと手を置き。


「とても反省してるようだし、今後に期待ってことで良いんじゃない? 一緒に謝るからさ、ここはおいちゃんに免じて穏便にすませようよ」


お前がそれを言うな。班長がそう口を開きかけた瞬間であった。


「まだちゃんと謝罪してません」


グレンは確りとオッサンを見つめていた。


「フエゴさんが一緒に謝ってくれるなんて、俺としては本当に心強いです。じゃあ、その布を脱いで、一緒に頭をさげて下さい」


今まで赤の護衛とフエゴを見ていた者も数名はいた。しかしほとんどの団員は、表向きは気にも止めていなかった。


「え……なんで? おいちゃん、そんなの嫌だよ」


「だって、それしたままじゃ班長さんに失礼じゃないですか」


この班には最近までニノ朱だった者が何名かいた。


そもそも新人の頃は皆が、ニノ朱から始まるのである。どうやら彼らにとって触れてはならない話題だったのか、野宿地は一気に静まり返っていた。


「どうしたんすかフエゴさん? 俺と一緒に謝ってくれるんすよね?」


「おいちゃんはね、この布を取れないんだ」


ある者は顔を青白くさせ、額から冷たい汗を流しながら、フエゴから必死に視線を逸そうとしていた。


ある者は目を大きく見開いて、拳を強く握りしめる。


ある者は堪え切れず、周囲の者から睨まれていた。


「なんで脱げないんですか、俺にその理由を教えて下さい」


「いやっ そのね……わ、悪い魔法使いに、あの、のっ 呪いをかけられて」


グレンは真剣な表情でフエゴにうなずくと。


「そうですか。それならしょうがないっすね」




赤の護衛は班長に向き直ると、気持ちを切り替えて一人で謝罪を始めた。


「明火長さんには、ありのままを伝えて下さい。頼りないかも知れませんが、赤の護衛といっても村からろくに出たことのない若造なんで、世間の期待に応える自信は残念ながらありません」


グレンだけじゃない。アクアもセレスも、ガンセキだって、ただ高位魔法を使えるだけの人間である。


自分の失敗が怖ければ、誰かのせいにだってする。


「それでも勇者が刻亀討伐を引き受けた以上は、できることから精一杯やりますんで、よろしく頼んます」


格好悪くたっていい。そうすることで、立っていられるのなら。


「すんませんでした」


赤の護衛は班長に頭をさげた。


朱色の布をかぶったオッサンも、苦笑いを浮かべながら、グレンと一緒に頭をさげていた。




見た目は誰がどうみても極悪人。そのせいで班長もグレンが少し怖かったのかも知れないが、多少は認識を改めてくれたようで。


「周囲の魔物が反応すると困りますんで、魔獣具の使用は極力控えてください。でもフエゴさんの話では、探知はそれなりに使えるみたいなんで、これからも頼みますね」


「さっきは魔物がいると解ってたんで、上手く臭いを探ることができました。でも実際にいるかどうかを確かめる場合は、あんたらのようにはいかねえっすよ。ただ日中よりも夜間の方が調子が良いみたいなんで、そこら辺を踏まえた上で使ってくれ」


班長は品定めをするような笑みを浮かべながら。


「戦いに関しては、俺もグレンさんをかなり信用しています。ただ解らない点が多いんで、もうちょっと詳しく聞きたいですね」


魔物。それも群れを専門に狩っているのだから、やはり興味はあるのだと思われる。


現在会話をしている相手だけではない。周囲の面々も、グレンの左腕に視線を向けていた。


「すんませんが俺にも事情がありまして、なんでもかんでも言っちまうと、責任者に怒られちゃいます」


あくまでも逆手重装は魔物具である。



たった一日で馴染めるわけもない。ましてや彼はグレンである。


それでもフエゴや班長だけでなく、何人かの団員と会話をできた。



・・

・・



数時間後。


月は今も夜空を照らしている。静寂に包まれた闇のなかで、冷たい風が青年の肌をさする。


微魔小物が湿った草をゆらす。炎が揺れ、それと同時に夜の空間もゆれる。



グレンは疲れていた。ろくな一日ではなかった。それでも少しすっきりしていた。


隣にはなぜか、おっさんが眠っている。赤の護衛は眠れない。




知らない人との会話が疲れた。一行の仲間がいないせいか、余計に疲れた。


眠れないから、赤鉄の訓練をする。


右腕に魔力を練りこみ、左手に炎を灯し、全身に魔力をまとう。


逆手重装の外側を燃やすのはそこまで難しくないが、内側の限られた空間となれば意識を集中させる必要がある。



黙々と訓練を続けていると、それに気づいたのか。


「グレンちゃんは眠れないのかい」


振り向けば、こちらに背を向けたまま、フエゴがあくびをしていた。


「ええ……まあ。普段はそんなに寝付きも悪くないんすけどね」


一行の三人がいない。


「慣れない環境のせいだと思いますが、なんか落ち着かないんですよ」


「違うね。おいちゃんに酷いことしたから、きっと罰が当たったのよ」


朱色の布を取れ。恐らくこれのことを言っているのだと思われる。


「確かに。あれはあんま褒められた行為じゃないっすね」


「おいちゃんだってさ、身体の特徴のことで、笑われ者にされたかないよ。まあ……ハゲてないけど」


グレンはフエゴの方を向き、頭を軽く下げる。しばらく互いに会話はなくなる。




沈黙を破ったのは青年だった。


「着火眼については本当に感謝してます。恐らく俺一人じゃ、炎柱には辿りつけませんでした」


「もしグレンちゃんが青年のうちに導きだしちゃってたら、おいちゃん立つ瀬ないよ」


ログの刻亀に関する記録。それは六十年前の出来ごとだけでなく、その間の様々な推測が込められていた。


「俺も着火眼に関しては考えていこうと思います。きっと判明してないことだって、まだなにかしらあるはずですから」


「二人でやれば二倍ってなわけじゃないけどさ、そうしてもらえると助かるよ」


「でも俺は炎柱どころか、離れた場所への着火すらできないんで、当分はあんたにしか実証は頼めないけどな。刻亀討伐には間に合わないけどよ、いずれは自分でも着火眼を使えるようになりたいんだ」


フエゴは尻をかきながら。


「おいちゃんは魔王の領域には行ったことないけど、そこまで色々身につけんと、魔族ってのとは戦えんのかね」


道具 策 炎 拳 人内魔法


「魔族を倒すことが目的じゃないんすよ。護衛の使命ってのは、勇者を魔王城まで導くことっすからね」


「勇者ってのも色々と大変なのね。なんかさ、あの嬢ちゃんが可哀想だ」


グレンは逆手重装の拳を握り。


「まあ俺だって赤の護衛として、できる限りのことはしたいっすけどね。けっきょく最後はあいつの肩に、全部背負わすことになるかも知れねえ」


「そりゃ気分が悪いねぇ。グレンちゃんとしてはさ、少しでも軽くしたい所なのかな」


フエゴの問いかけには、なかなか返事をできなかった。


そもそも出会ったばかりのオッサンに、なんでこんなことを言わなきゃいけないのか。


納得できない。それなのに。それでもなにかを答えたい。




答えないと、ここにいる意味がない。


なぜか、そんな気がする。


「あいつのせいにだけはしたくないんすけど、どうしてもあいつのせいにしちまうんすよ」


フエゴは鼻で笑い。


「格好悪いね」


そう言われてしまえば、こちらも鼻で笑い返すしかない。


「自分で決めといて、本心なんてこんなもんじゃないんすかね」


「グレンちゃんみたいな人、おいちゃん嫌いなのよね」


いつもアクアに似たようなこと言われるが、やはり傷つく。


「思ってもそういうこと言わないでくださいよ」


「火炎団の中じゃ、これでもけっこうな古株でね。だけど残念ながら、おいちゃんには忠告も助言もできない」


さっきまで少し傷ついていたくせに、グレンはなぜか喜んでいた。


「お気持ちだけ受け取っときます」


フエゴはお尻をかくのをやめると、今度は朱色の布に手をおいて。


「赤火にトントって奴がいるんだけど、機会があったら話してみるといいよ。多分すごくムカつくと思うんだけどさ、なんか得られるかも知れない」


グレンには、やはりどうしても気になることがあった。




朱火ではない。赤火でもない。明火とも違う。


「その人は、火炎団ですか」


だけどフエゴは質問に答えずに。


「そういえばさ、グレンちゃんと一緒の分隊に、すごいデッカイのいたじゃない」


「ボルガのことっすか」


グレンがその人物の名前を言うと、フエゴはしばらく黙ったのち。


「ああ……やっぱそうか。なんか、デカそうな名前だな」


そういったきり、オッサンは会話を止めた。



質問に答えるつもりはないのだとわかったグレンは、また赤鉄の訓練を再開する。



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