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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
9章 集団行動
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十四話 火、であい

つるに覆われた少し不気味な祈願所も、顔をだした太陽に照らされて、今は安心に包まれている。


夜間は魔物の接近が三度あったが、攻撃を仕掛けてきたのは一度のみ。それも単独であったため、片づける手間もかからない。


これまでと違い出発は九時半となっているため、慌ただしさもなく各自は動いている。


毎朝の日課。


いつもは食後に行っていたが、今日は余裕があるため食前とのこと。この日課というものはレンガ軍というよりも、鉄工商会が始めたものらしく、レンガの鉄工所なども毎朝欠かさずに実行している。


見張りなどで参加していない者もいるが、三十名は祈願所の庭に集まっていた。ピリカを含めた商会の五名は、一番先頭で逆向きに立っている。


「はい。それでは皆さーん、両手を横に広げて、隣の人にぶつからないかを確認してくださーい」


各々は商会員の言葉に従い、隣との間隔をあける。ほぼ毎日やっているだけあり、勇者一行を除けば全員慣れているようだ。


「それではゼドさんは昨日サボろうといたしましたので、私たちと一緒にみんなのお手本になりましょー」


「わかっただすっ!」


名指しされたオジサンは、誰よりも元気よく返事をすると、駆け足で一同の前にでる。しかし目が泳いでいるため、もしかするとなんらかの弱みを握られているのかも知れない。


皆の前に立つ六名。その中心はゼドとピリカ。


「それではまず両腕をお空にもっていき、吸って吐いてを繰り返しましょー」


全員が同じ動きをするのは気味が悪いため、知らない人が見れば恐怖するだろう。しかしこの体操というものは、ちゃんと効果があるとのこと。



セレスは夢見心地で両手を動かしていた。うっとりしているわけではなく、ただ単に眠いだけである。


アクアはそんな彼女を横目に、ニコニコしながら身体をほぐす。


どうやら照れているようで、ガンセキは動きがぎこちない。



三人から少し離れた位置にグレンはいた。


その動きには照れもなければ乱れもない。彼は自他共に認める不器用だが、体術に関わることであれば話は別である。だが魔獣具を身につけながら、真面目に体操をするその姿は、後ろの兵士からすれば目の毒であった。


ある者は笑いを堪え、ある者は顔を青くする。そうなれば体操どころではなくなるため、ピリカたちはそこに睨みを利かせる。


商会員は個人差もあるが普段から穏やかであり、兵士側の指示にも無理がなければ従う。しかしこのテッコウ体操に限っては別であり、誰も口出しできないのが現状であった。


・・

・・


毎朝の日課を終えると、それぞれが決められた動きをとる。


食後グレンは少しの休憩を挟むと、ガンセキと体術の鍛錬を行うことになっていた。アクアとセレスは片づけを手伝ったのち、探しものがあるとのことで、二人とは別行動をとる。


昨夜の話し合いでアクアとグレンは仲違いをしたが、一行からすればいつものことである。


腹の探りあいと比べれば、言い合っている内はまだ良い。三十名が散っても、ゼドとピリカはその場から動かずに、周りの様子を眺めていた。


近くにはメモリアがいる。そこから少し離れた場所には二人の男女。


コガラシは渋面をつくると、フィエルから片手剣を受けとる。


『壊すのは一日一振りまでって勘違いしてるのかしら。せめて三日で一振りにしてもらえると助かるわね』


恐らくこのような小言を頂いているのだろう。


これから鍛錬に向かうグレンは、身にまとっていた軽鎧を外しながら、そんな二人を眺めていた。


通常は魔力をまとったとしても、レンガ製の剣はそう簡単に壊れない。だが彼の剣術にはイザクと違い、得物への執着というものがない。


「イザクさんは自分の剣を愛してました。でも彼はどちらかと言うと、剣での戦いを愛してるって感じでしょうか」


昨夜の魔物との一戦。コガラシは待機室を補佐に任せると、自分は近場の兵士から剣を借り、誰よりも先に祈願所をあとにする。


ガンセキは軽鎧の一部を手に持ったまま。


「剣を愛する剣士か。これまでの印象でいうのなら、コガラシさんのほうが道剣士だな」


イザクは自分が戦うことよりも、その場での指揮を優先する。


「コガラシさんは時々そうやって発散してるんすよ。イザクさんは溜め込んでるぶん、内側は感情が渦巻いてるかも知れないっすね」


ガンセキはゼドとの会話を思いだし。


「お前にも、なにか一つ趣味があれば良いんだかな」


「誰かさんほどではありませんが、修行はけっこう好きですよ。本番に活かせるかどうかは別としても、無意味にはなりませんし」


女は避けている。賭け事には興味がない。直接聞いたことがないため解らないが、恐らく酒は否定するだろう。


手先が不器用でも、下手でもなにか一つ、気を紛らわすものがあれば良い。金に余裕がなかろうと、日々の生活に追われていても、人はなにかしらの息抜きを探しだす術をもっている。


「お前は強くなることに、楽しさを感じてないだろ」


決して間違ったことではないが、それを趣味と言えるかは解らない。


「やるべきことをやって、安心を感じたいだけかも知れませんね」


強くなれば迷惑をかけない。だから相談もせずに、魔獣具という危険な選択をした。



勇者の村を故郷とする者が、魔人だとは誰も思わない。なぜなら勇者とは、闇と対極に位置する人間だから。


これまでもこれからも、グレンはなにかを隠し続ける。魔人という真実を知らなくとも、それだけはガンセキも気づいていた。


「昨日の話し合いで、必要悪という言葉を思いだした」


褒められたことではない。悪という事実に変化はない。でもその行動には、筋の通った理由があるのではないか。


「もう探ろうとは思わん。隠しごとの一つや二つ、誰もがもっていて当然だ」


しかし共に同じ場所を目指す者として、赤の護衛に伝えるべきことがある。


「知られた時の対策など、そういったものがないのなら、今のうちに練っておけ。それができないのなら、嫌でも誰かに全てを明かせ」


コガラシとフィエル。青年はどこか眩しそうに、二人の男女を見つめながら。


「こうなって欲しい。そんな願いは俺にもありますが、社会に意見を述べれるほどの知識はありません」


勇者とはこうあるべきだ。そう主張するのは個人の自由でも、それを他者に背負わせる気概も度胸もない。


「それでも理想を押しつけようとしちまうのは、そんだけ俺からすれば都合が良いってことになる」


人々のために戦う勇者。これの切欠は、恐らくモクザイでの一件だと思われる。


「あいつだって生きているんだ、お前の我儘には従わんよ」


切欠はあくまでも切欠であり、すぐに事を進められるわけではない。


「他者の願いや思想を受けとめて、自分の頭で考えながら、セレスは勇者へと変化していく」


これはガンセキの願いであり、望みでもある。


「俺の考える責任者というものは、旅が始まってからずいぶん変化した。お前はどうなんだ」


赤の護衛という役目。グレンはギゼルという人物を思い浮かべ。


「迫害にちゃんとした意味があったとしても、俺はどっちにもつかない。そんな予想はあいつらにはないんすかね」


わずかに微笑むと、責任者は相手の顔をみて。


「上手い嘘というのは俺にもよく解からん。だが偽りと真実を適度に混ぜろば、少しずつ事実へと変化する」


「そんな手際良くはできませんけど、少なくとも俺には同意できるとこも多い」


なぜ迫害するのかを考えれば、自分でだした予想に納得してしまう。


もちろんそんなもの抜きで、迫害が嫌だという気持ちは消えない。



このように人の心は矛盾するのが当然である。だが策士として、忘れてはいけないことがある。


損得、正否、善悪。これらが入ってしまえば、己の感情だけで片づけられるほど、対人関係は楽ではない。


「俺らを死なせないためなら、あんたは鬼になるんすよね」


ガンセキはグレンから視線をそらし。


「……すまん」


夢が覚める前に。


たとえそれがレンゲの願いとは違ってしまおうと、彼には彼の考える責任者というものがある。


「刻亀討伐が終わったら、魔族と戦をする前に、仲介人を探さないといけません」


それについてガンセキには考えがあった。


「鎧国に任せようと思う。正確には鉄工商会だな」


過去に敗国者または古代種族との繋がりをもち、勇者一行とも刻亀討伐という関わりがある。そして信念旗が国の中枢まで入り込んでいるのなら、鉄工商会との結びつきも予想できる。


「王都には都市の代表もいるだろうし、まずはその人と接触するってことか」


「その前に敗国者が実際にいるかどうかだけでも、ゼドさんあたりから仕入れておくべきだな」


この先にすべきことをいつも考えるが、まだ一行は中継地にすら到着していない。


「じゃ、そろそろ行きましょう」


会話だけでこの時間を終わらせるのはもったいない。グレンは相手の同意もまたずに、一人で足を進める。


借り物の鎧はその場に置いていく。本人は丁寧に整頓してあるつもりなのだが、残念ながら他者から見ればそうでもない。


ガンセキはそれらを綺麗にまとめたのち、グレンのあとを追って歩きだす。


・・

・・


セレスとアクアは朝食の後片づけを手伝ったのち、近くにいたメモリアに話しかける。


隊長代理は二人の問いかけに周りを見わたすと。


「ここらへんには見かけないけど、祈願所の裏にならあるかも知れない。でも、なんにつかうの?」


「なんか寂しいからさ、次の人たちが喜んでくれたら嬉しいなって」


メモリアは少しだけ穏やかな表情になると、それを引き締めたのち。


「でも壁からでちゃダメだよ。なかったらその時点で諦めるの」


二人はうなずくと、祈願所の裏を目指し歩きだす。


しばらく目で追っていたが、メモリアはふと思う。彼女たちは子供ではない。しかし自分だけの判断で、その行動を許して良かったのかと。


勇者一行の命を狙い、ある組織がレンガで実際に襲撃を起こしている。



隊長代理は近くにいた土使いに。


「勇者さまたちの居場所を常に把握しておいて」


土使いはうなずくと、展開していた領域を操作し、そちらにも意識を向ける。


だがこれだけで充分とはいえない。二名が我々から離れているという事実を、兵士たちだけでなく、商会の五名とゼドにも伝える。


やり過ぎかどうかは解らない。過保護とすら思う。


兵士の代わりはいるとしても、彼女たちの代わりはいないのだから、もらった金のぶんはできることから考えよう。



最後にメモリアは空を見あげ、小さな声でつぶやく。


「この国は、あの娘の肩に……なにを背負わすの」


そもそも背負いきれるのだろうか。


・・

・・


ガンセキはグレンのあとを追いながら、周囲の木々を見渡していた。


「技術を磨けば、お前にも魔犬と同じことができるのか」


「無理っすよ。まず体格が違いますんで、木の枝とかが邪魔になります」


体重が軽くなっているのなら、乗っても枝が折れることはないのかも知れない。


「ちっこいアクアなら……やっぱ無理だな」


そう言うとグレンは立ち止まり。


「今日はここにします」


ガンセキはうなずくと、両手を地面にそえ。


「少し試したいことがあるから、大地の結界を使わせてもらう。とりあえずはいつも通り鍛錬してくれて構わん」


前もってメモリアには許可をもらってあるため、グレンの承諾を得ると、ガンセキは大地の結界を発動する。


当然だが兵士たちは二人の居場所を把握しているため、今から結界を張っても存在は隠せない。それでもこれからすることを考えれば、やはり必要なのだろう。


大地の結界は低位のそれと違い、目印として足下の地面が円状に変色する。これは結界をかけた相手に合わせて動くようになっているが、屋内での使用は難しく、橋などでも効果が半減してしまうとのこと。



グレンは鍛錬を十五分ほどで終わらせる。高位魔法を使えば結界が無意味になってしまうため、慎重に召喚した岩の壁を、魔犬の爪で切り裂くこと十分。


現在ガンセキの目前には、人とは思えない存在が立っていた。



全身を蠢く黒い膜。左腕の不気味な炎。塞がれた片目。


開かれた赤い眼球が現すのは怒りではない。憎しみとも少し違う。そこに存在する赤は、闇と同じ無感情。


人を呑み込む夜の暗さ。


自分を見失わないよう、人類は火という文明を神より授けられた。



その赤は人の闇に対する抵抗なのか、それとも同化なのか。


ガンセキに答えは解らない。だから直接、本人に話を聞く。


「どうだ……前回との違いはあるか」


しかし返事はない。


赤眼だけが責任者に向けられたまま、ここには存在しない秒針がゆっくりと流れていく。その眼差しはレンガを発つ直前、ゼドに向けられたものと近い。だが二度目だからこそ、ガンセキは冷静を保てる。


もし突然この場に魔獣が現れろば、周囲の魔物は驚き混乱する。そうなればどのような事態が起こるのか予想できないため、責任者は結界でグレンを隠した。


黒または白魔法ではないとしても、高位下級と同等の人内魔法を結界で隠すのは無理かも知れない。そのためもしかすれば、周囲の魔物が反応する危険もある。


恐らく兵士たちはこの事態に気づいているだろう。だが情報の漏洩ろうえいを恐れ、黒膜化の使用を禁止していれば実用などできない。


敵は信念旗だけではない。刻亀戦での勝率を高めるために、セレスとアクアには合体魔法、グレンには赤鉄と黒膜化を。


そもそもこれを会得したほうが、信念旗にとっては脅威といえる。


グレンは瞬きもせずにガンセキを見つめていたが、少しすると返事をしないまま、一歩前に足を踏みだす。


二歩三歩と回数を重ねるたびに、ぎこちなさが消えていく。


次に左腕を動かすと、黒炎に包まれた逆手重装に赤眼を向ける。その指先は鋭く尖っていた。


開かれた五本の指を、グレンはゆっくりと丸めていく。尖っていてもそれは闇魔力であるため、握り拳をつくることに成功した。



相手からの返答がなくとも、外から見ているだけで得られる情報もある。前回と違い雨魔法の邪魔もなければ、今回は動きも少ない。


左腕の黒炎は三分ほどで鎮火し、それから三十秒で除々に全身から闇が引いていく。つまり動きが小さければ、そのぶん制限時間も伸びる。


素顔が空気に触れた瞬間、グレンは大きく息を吐いた。


「大丈夫か。とりあえず呼吸を安定させろ」


返事はできなくとも、ガンセキの指示には従う。


しばらくすると、少し震えた口調で。


「発動中は喋れませんね。なんつうか、声のだしかたを忘れます」


「空中戦に持ち込まなければ、発動時間はかなり長くなるかも知れんな」


そもそも黒膜化に慣れるだけだとしても、時間の延長が期待できる。


「たしかに。地上なら自分でなんとかできますけど、宙に浮いてる最中はクロ任せになるんで」


グレンは少しずつ消えていく闇魔力を眺めながら。


「まだ訓練を始めて一日目ですが、たぶん効果はありますね。だから今後も続けていこうかと」


「もう着慣れているのなら、軽鎧は良いかも知れんがな」


鎧の重さを頭の中で思い出せれば、黒膜化を発動したときにそれと重ねろば良い。


「拳士としては鉄製じゃないほうが動けますが、無理すりゃ現状でも戦うだけなら可能です。ただ得物は片手剣にしたほうが良さそうだ」


下手に得物を変えるのは危険だとオババに言われたが、その時の状況に合わせるのは大切なことである。


そもそもゼドがナイフを使いこなしているように、一通りの得物はグレンも習っている。


・・

・・


鍛錬を終えた二人は祈願所にもどる。グレンの左腕は印象が強いため、それが魔物具ではないかと兵士たちも予想していたようで、そこまでの反応を示さなかった。


しかし土の領域を展開させていた土使いは違う。



二人を出迎えたメモリアは、逆手重装に眼差しを向けていた。恐らくフィエルから話を聞いたのだと思われる。


「あらかじめ知らされていたとはいえ、やはりなにをするのかを教えてもらえないのは困るの」


情報を隠さなくてはいけない。その事情を知っているため、文句は言えどやめろとは頼めない。それでもこのままで終わらせる気持ちにはなれないようで。


「アクアさまも魔物具を使っているようだし、それにここは鎧国なの。でも流石に魔獣具は」


グレンは前もって言葉を用意していたのか。


「相手は魔獣王ですし、これくらいの準備はすべきかと。それに俺が勝手にしたことですんで、勇者は関係ないっすよ」


「あたしの偏見かも知れないけど、勇者の護衛が魔獣具に頼るのはどうかと思います」


ガンセキはフィエルの意見にうなずくと。


「魔獣と認定される前の魔物でした。無理があるのは承知しておりますが、できれば逆手重装は魔物具として扱いたい」


民が持つ力に気づいた今、避けたいと思うのは当然であった。


「わかったの」


「でもそんな誤魔化しが、いつまで通用するのかしら」


勇者の護衛。もしその一人が魔獣具使いだと広まれば、セレスの印象が悪化する。






メモリアたちがその場から離れたのち、グレンはガンセキを見ずに。


「すんません」


魔獣具を快く思わない人がいるとは気づいていた。しかしここまで考えてはいなかった。


「風の神官に関するお前の予想を聞くまで、俺もその点には気づかなかった。だが今後も逆手重装を使うのなら、避けては通れんだろ」


仕事がないときは、兵士も一人の民となる。


勇者の印象が悪化する。そのような事態を神官たちが許すとは思えないが、共に戦っていればいつかは気づく。


ガンセキはグレンの肩を軽く叩き。


「気にするなとは言わん。後悔だけはするな」


・・

・・


力を得るということは、同時になにかを失う。


人は失敗する。


人は絶望する。


なにかしらの支えがあれば、それを繰り返しても、ゆっくりと立ち上がる。


出会いもまた、その一つ。






まだ出発には時間がある。庭の片隅で一人、グレンは無言で座っていた。


今から三十分ほど前。この祈願所に中継地から人が来た。


数は五名。馬ではなく徒歩でここまで来たとのこと。兵士だけでなく、商会員に用事があるらしい。


ガンセキは彼らの話を聞きに行った。青年の傍らには軽鎧が置かれていた。


不器用だからか、もともとそういう設計だからかは解らない。一人では鎧の装着ができないため、彼はガンセキが戻ってくるのを待っている。



グレンはよく落ち込む。油玉のときもそうだし、レンガで勇者と青の護衛が喧嘩したときも落ち込んだ。


後悔するくらいなら、やらなければ良い。だがそれでもやるのがグレンである。





いつ神に願ったのだろうか。それとも無意識のうちに、自分は助けを求めていたのだろうか。気づけばグレンの右手には、低位の火が灯っていた。


それを逆手重装に近づける。


「……クロ」


返事などない。


グレンは左腕を動かし、腰袋から火玉を取りだすと、着火してすこし前方に投げる。



目の前で火玉が燃えている。


もっと強く燃やしてくれと、魔力を込めて神に願う。


「ほう、着火眼とは。赤の護衛ってのはやっぱ凄いんだなぁ。おいちゃん驚いちゃったよ、そのうえ高位まで使えるんだよね」


顔をあげると、そこには知らない男性が立っていた。特徴と言えるのかはわからないが、頭に朱色の布を巻いている。


あまり人付き合いが得意ではない。今は人と話しをする気分にはなれない。それでもこれから世話になるのだから、対応はしっかりとする。


「……どうも」


指を鳴らし炎を消すと、グレンは座ったままお辞儀をした。


目を見て話せないため、視線はとりあえず朱色の布へともっていく。だが相手は頭を見られていることに気づいたようで。


「別にハゲてるわけじゃないよ。そりゃ頭皮に自信があるわけじゃないけど、おいちゃんハゲてないよ」


聞いてもいないのに余計なことを喋るオッサンに、グレンは苦笑いを浮かべると。


「いやっ、火炎団ってのは、そういった布の着用が義務づけられてんのかなって。大所帯ですし、目印とか必要なんじゃねえっすか」


「良くわかったねぇ。これは団員の証でね、みんな身体のどこかに巻きつけてんだ。ついでに言っとくけど、おいちゃんが頭につけてんのは、ハゲ隠しのためじゃないよ。これはあくまでもお洒落なんだ」


こちらから話題をそらしたのに、わざわざ頭皮にもどしてきた。正直いえば面倒なのだが、相手が一生懸命なのだけは伝わっている。


「はあ、まぁ。そう言われてみると、たしかに素敵ですね」


心にもない返事をすると、オッサンはとても嬉しそうになんどもうなずく。だがグレンからすれば、相手が禿げてようがどうでも良い。


それよりも気になることがあった。


「なんすか。その……着火眼って」


「なにって、今お兄ちゃんが実演してたじゃない」


オッサンはそういうと、先ほどグレンが鎮火した火玉に目をむけて。


「これが着火眼でしょうに」


炎を放射したわけではない。火玉を手に持ったわけでもない。




地面に転がっていたそれが、気づけば真っ赤に燃えていた。


・・

・・


知らないオッサンと別れたグレンは、すぐさまガンセキを探す。先ほど入手した情報を伝え、今後どうするかの相談をしなくてはいけない。


青年は気づいていない。沈んだ感情が消え、やる気に満ちた今の心境に。


責任者を探し仮眠室に入ると、そこにはアクアとセレスがいた。


グレンは仲違いしてたことすら忘れ、喜びを二人に向ける。青の護衛は案内人の言葉を思いだし、良かったねと微笑んだ。


勇者は喜ぶ赤の護衛を見て、幸せそうに自分も喜んだ。




戦うことしか頭にないグレンは気づかない。


欠けた花瓶に咲く、可憐な一輪に。


9章はこの話で終わります。次話からは場面が飛ぶと思います。



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