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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
9章 集団行動
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十一話 馬鹿

魔狸との戦闘はわずか数分で決着がついた。しかし道上の死体をどかすなど、やるべきことは残っている。


岩の壁や岩の腕。これらは使用後に多量の土が発生するため、片づけるのが大変である。しかし人工道を造るとき、それを混ぜるだけで、移動に適した土質に変化させることができた。


黄土は魔法から発生する素材だからか、水はけという面では優れている。それでも下地となった土が影響するため、雨天後にどれだけ早く道が回復するかは、やはり場所により異なってくる。


多くの物事には例外がある。だから魔法という便利な力もまた、万能だとは言い切れない。


魔法の水は安全だと考えられているが、それは完全に信用できる知識なのだろうか。宝玉具を使えば人でも操作ができるのだから、これにも例外は存在する。


人がもつ技術と呼ばれる力は、良くも悪くも本当に恐ろしい。


・・

・・


戦いが終了するまでのあいだ、中央の荷馬車は緊張に包まれていた。しかし上手くことを運べたからか、グレンの周りはすこし賑やかになっている。


だが当人は未だ荷車を握ったまま、その場から離れようとはしない。


理由は簡単である。もともと彼は自分の策で、多くの人間が動くのを嫌う。


少し前まで一緒に笑い合っていた相手は、なに食わぬ顔でグレンに話しかけてくる。


「前から思ってたんだすが、やっぱグレン殿は策士には向いてないだすよ」


気の抜けた口調ではあったが、内容は至って真面目である。


己の策が成功しても、決して油断をしてはいけない。グレンはその教えを胸に、緩んだ心を引き締めたのち。


「基本、悪い方にものを考えるからな」


「それは策士として、たぶん大切なことだす。問題なのはそうやって、一々顔を青くするところだす」


誰にも迷惑をかけたくない。そのような感情が、より大きな失敗に繋がるのも事実である。


「なにぶん性格だからよ、俺にはどうしようもねえ。まあ策を練るたびに気分を悪くすんのは、そのうち嫌でも慣れるんじゃねえかな。それより今回の成功で、今後も当てにされると困る」


コガラシはここから離れた場所で、部下たちに指示をだしていた。ゼドはそれを眺めながら、鼻の穴に指を突っこむと。


「グレン殿の策にはいくつか問題があるだすから、そこらへんは彼も気づいているだすよ」


「だと良いけどな。そりゃいつかはやらなくちゃいけねえけど、策の失敗は人の死に繋がるんだ。自ら望んでそんな責任を背負うのは、ちっと具合が悪くなる」


ゼドは指先に息を吹きかける。すると、乾いた夢の欠片が空へと舞い上がった。


「精神への負担は病のもとだすからね。だから今回は特別に、当てにされない方法を教えてあげるだす」


オジサンは優しい笑顔を作ると。


「でも勘違いしちゃいやだすよ」


気づけば会話の相手は、人を殺しそうな眼差しで。


「その道を選んだのは、他の誰でもなく、グレン殿だすよね」


誰になにを言われても、自分のせいで誰がどう変わろうと、最後に認めて諦めたのは。


「どんなに怖いものから逃げ続けても、せめてその事実だけは、お互いに忘れないで頑張るだす」


「……ああ、そうだな」


また少しだけ、暗示が弱まった。


・・

・・


荷馬車と後方班のあいだ。先行隊の面々が戦後の片づけをしているため、ガンセキたちもそれが終わるのを待っていた。


セレスはどこか暗い表情で。


「グレンちゃんの策、上手くいったみたいだね」


それでもアクアは納得がいかないようで。


「いくら相手が魔物でも、絆を利用するなんてさ、正直えげつないよ」


決して彼女たちの意見は間違っていない。


「俺たちの故郷は属性使いに恵まれているからな」


出身が村か都市か。グレンの策に対する反応は、それだけでも多少は違ってくる。


「だが今回はこちらの思惑どおり相手が動いてくれたというのもあるな。そもそも経験が豊富な分隊でなければ、この策は実行に移せんだろう」


時間をかけずに狸を殺す方法。


「あいつはコガラシさんの指示に従い、もっとも有効な手順を用意しただけだ」


戦馬は乗り手の魔力をまとうことで人馬一体となる。その状態になれば、速馬とは別の生物と言えるだろう。


それとすこし違いはあるが、二足の牛魔は小回りがきくため、森中だとしても突進を可能としていた。


「たしかにグレン君の策は有効かも知れない。でもそれが安全とは限らないよ」


土の領域による各自の連携。ボルガが一般兵から離れるときの見極め。三名が襲撃を開始する頃合い。


「それらにずれが生じればさ、岩の小腕が間に合わなくなる。もしそうなってたら、たった二人でメスと戦うことになってた」


属性兵ならまだ良いが、ボルガと行動を共にしていたのは、土の一般兵である。


このような山中でも突進はできるのだが、やはり威力は足場の状況に関係するため、メモリアの補助なくしてグレンの策は成立しない。


セレスは荷馬車を見つめながら。


「時間をかければ別の魔物が参戦してくるかも知れない。でも安全を考えるなら、隠れてた三名が雄を確実に殺してから、一般兵と属性兵で雌の相手をしたほうが良いと思う」


「だがグレンの予想だと、相方を失った狸は怒り狂うぞ」


捨て身となった魔物の恐ろしさは、セレスとアクアにもなんとなく理解できる。



コガラシとメモリアの決断。


同時に二体を殺せるとなれば、多少の危険が伴ったとしても、その手段を実行すべき。


「参謀の提案を取り入れるか否か。俺たちは勇者一行だからな、いつかそのような判断を求められるときがくる。今のこういった会話が、お前らの経験になれば良いが」


勇者は少しのあいだ地面を眺めていたが、意を決し責任者に視線を送ると。


「戦争って、どんなですか」


下手に不安を煽るような真似は避けたいが、だからといって安心させては意味がない。


「ただの輸送任務でこういった感じなんだ。この世界の戦争は獣が凶暴化したせいで、軍での移動が難しいものへと変化している」


軍が進める地形であったとしても、強力な魔物が生息していればそこを避け、不利を承知で危険な道を選ぶときもある。


「俺は侵攻戦に加わったことはないが、同時に魔物と魔者を相手取るのは大変だぞ」


籠城の準備を進めることもあれば、魔物にまぎれて敵の進軍を妨害するときもある。大規模な野戦は魔物からすれば狙い目であり、被害は光も闇も関係なく膨れ上がる。


セレスは普段あまり見せない表情でガンセキの話を聞いていたが。


「補給線の維持が難しいから、あまり時間はかけれない。でも戦意と兵力を残したまま辿りつければ、魔法で一気に落とせますか」


たとえ敵の拠点を包囲しようと、魔物により攻手も徐々に消耗する。籠城側は味方の救援を待たなくとも、一定の期間を耐え抜くだけで良い。


「基本は可能だが、現状でいうレンガや中継地といった要所となれば別だ」


敵の攻城魔法から守るための設備が整っている。


「籠城専門の玉具は発動させるのに時間と費用がかかる」


一度の使用で数ヶ所に設置した玉具を交換しなくてはならないが、効果が続く限り防壁の強度を底上げできる。


「大地の巨剛剣はたしか攻城魔法ですよね。それならガンセキさんも逆の魔法を使えるのかな」


「俺も高位籠城魔法は使えるが、下準備は大地の兵よりも厄介だ。あと便利なぶん、制限も多いぞ」


勇者はその返答にうなずくと、別の質問を再び責任者に向ける。


「もしここが戦場だとすれば、デマドって魔者からすると、最大の狙い目になりませんか」


ヒノキ攻略の上で、もしレンガからの物資が滞れば、作戦の制限時間は一気に短くなる。


「刻亀討伐に魔者の邪魔が入ると仮定すれば、俺はデマドに残るべきか」


魔者の本拠をヒノキ山とした場合は、ホウド軍や中継地を無視してデマドを狙うのは難しい。しかし魔者側には単独の魔族という手札がある。


たとえ魔族でも内地を襲撃しようとすれば、生きて魔者の領地に戻るのは難しい。だが内地と前線のあいだであれば、勇者同盟に気づかれずの接近もできるだろう。


「もっともここは戦場ではないからな。中継地もホウド軍も、魔物の対策しか考えていない。もし魔者が現れろば、簡単に壊滅するな」


またこの地を魔王の領域と考えるのなら、ヒノキ以外にも魔者は拠を構えているため、レンガ軍はそちらへも意識を向けなくてはならない。


「それにヒノキの魔物は強いからさ、本来なら理由がなければ避ける場所じゃないかい」


ガンセキは笑いながら。


「本陣を維持させるだけだとしても、かなりの金が動いていると思うぞ」


人類が黄昏を迎える以前は、国と国とで戦争を繰り返していた。


だが今は違う。


「種族が異なるということは、味方を敵地に潜ませるのも難しいな」


「敵軍が出発してから準備を始める。それじゃ遅いってことかい」


偵察隊は魔物を避けながら敵地へ行き、魔者に気づかれないように動向を探る。それだけでなく、事前に進軍経路を探したり、すでに開拓済みの道が安全かどうかを確かめるといった役目もある。


種族が違ければ潜入も交渉もできない。魔物のせいで道程にすら危険を伴う。



今のグレンからすれば、ゼドという人間を信じることはできない。しかしガンセキが彼に異常な信頼を寄せてしまうのにも、こういった理由が上げられる。


「それともう一つ。今はあくまでも輸送任務であり、実際の軍での移動となれば、各隊はもっと離れた位置にいる」


移動そのものが困難な戦争で、もっとも重要とされる宝玉兵器がある。


「土の領域を玉具で繋ぎ共有させ、適した位置にその核をおく。これがあるからこそ、無傷の兵を敵地に送ることができる」


魔物を引きつける役割の者たちもいれば、魔者との戦いに備え、負傷を避けなくてはならない者たちもいる。


輸送任務のように形を維持したまま進むこともあれば、引きつける者たちが先行して魔物を駆除したり、あえて別の道を通る場合もある。


「人類の強みは日々進んでいく技術なんだね。でもガンさんの話を聞いてもさ、やっぱ心は躍らないよ」


セレスもどうやらアクアと同じ意見のようで。


「相手が人じゃないとしても、戦争は戦争だもん」


「そうだな。決して楽しいものではない」


水路を使った物資の輸送などはたしかに有効だが、川などを移動できる魔物も当然いる。それを踏まえた上で、土使いの弱点を忘れてはいけない。


戦地で勇者一行は常に同じ場所にいるわけではない。誰がどこを守り、誰と誰が何方面からどこを攻め、どこを落とすか。


魔王の領域はここよりも自然が壊れているため、魔物の生息域が急に変化してしまうことも稀にある。


草食も種や季節によっては凶暴であり、そうなれば魔者も無視はできなくなる。


こちらの一手に敵方がどのような対応をするか。それを無視して侵攻を開始すれば、どのような事態が起こるか解らない。


戦争を楽しんでしまえば、後戻りができなくなる。


・・

・・


三人はしばらくその場で待機していたが、コガラシより警戒解除の指示が届いたため、荷馬車と合流することになった。


どうやら戦闘の後片づけは終わったようで、中央にはすでに一同がそろっていた。


フィエルはお堅い口調ながらも、もどってきた隊長代理に向け。


「素早く狸を排除できたので、周囲の魔物に今のところ動きはありません。お疲れ様でした」


メモリアは少し疲れているようだったが、それを感じさせまいと微笑みながら。


「分隊長やグレンさまだけじゃなくて、色々と皆さんに助けられたの。こちらに運が向いてくれたのもあるけど、それでも策を練ってくれたことに感謝します」


赤の護衛は偉そうにうなずくと。


「前からよく周りに言われるんだけど、俺は天才らしい。もちろんそんなこと思ったことは一度もないんだがよ、言われたからには俺はきっと天才なんです。だからもっと感謝してください」


予想だにしない返答に、メモリアは苦笑いで再び頭を下げる。



アクアは顔を引きつらせると。


「ボクもセレスちゃんも、君のことを天才だなんて言った覚えはないけど」


「自分が言っただす。グレン殿は天才だす」


グレンはアクアを見下すと。


「どうだ、これで解っただろ。俺は自称ではなく、本物の天才なんだ」


「そうだす。グレン殿は天才なんだす。この事実は誰にも否定できないのだす」


セレスは首を傾けると。


「ふへぇ~ 誰かが天才って言えば、その人は天才になるの?」


グレンはなんとなく気づく。相手は周囲に悟られないよう、自分へと。


「多くの人がその人を天才って信じれば、その人は絶対に天才なのかな?」


「そのとき自分は天才なんだって思い込めば、天才が完成するんじゃねえのか」


勇者は馬鹿の素振りを一層に強めると。


「うへぇ……グレンちゃんは難しいこと考えているんだね。でもそれを証明した先に、どんな意味があるのかな?」


「資格みたいなもんじゃねえのか」


そんなくだらないやり取りを続けていると、興味をもった商人が前にでる。


「なるほど、資格ですか。ではそれがありますと、お金が沢山もらえるのかも知れません。ならばぜひ私も天才になりたいものです」


メモリアは思うところがあったのか、独り言が口からもれる。


「才能だけじゃ、稼げないの」


天才と呼ばれようと、転落の人生を歩む者がいる。



輸送任務の最中に、こういった雰囲気はあまりよろしくない。そのため代理補佐は一歩さがったのち。


「代理の許可をもらえろば、アタシは持ち場にもどりたいと考えています。一行の皆さまはどうするかを教えてもらいたい」


責任者はその行動にうなずくと。


「勇者は左班。赤と青の護衛は中央。自分はこれまで通りで良いでしょうか」


「戦闘はもう終わりやしたんで、あっしもそろそろ役目はお返ししてえ」


昨日の夜にガンセキから話しがあったため、一般分隊長の声にセレスとアクアはわずかに反応する。だがグレンの予想に関してはまだであり、それを伝えるのは祈願所に到着してからだと思われる。



メモリアは気持ちを切りかえて、コガラシの願いを受け入れたのち。


「アクアさまにはできれば、左右どちらかの班に同行してもらいたいの」


この場にいた一般分隊長補佐も、メモリアの提案に同意の眼差しを向けていた。


直接その点には触れないが、アクアの魔物具はすでに知られているため、輸送隊の危機察知能力を万全なものにしたいのだろう。もっともまだ使いこなせていないため、完全な信用はできないが。


兵士側の希望を聞いたガンセキは、困った表情を浮かべると。


「ゼドさんやグレンがこれ以上失礼なことをすると、自分も申し訳が立たないので、一行側の監視役にアクアをと考えたですが」


ガンセキは脅迫の一件を知らないが、先ほどの戦闘で何者かが動いたことは薄々気づいていた。


案内人と赤の護衛を近づけておくと、良くも悪くも自分の知らない場所でなにかを企む。


「責任者さまの考えを受け入れていただけると、私としては色々と嬉しいのですが」


両者からそう言われてしまえば、メモリアも承諾するほかない。



ガンセキは代理と分隊長を交互にみると。


「案内人という立場ですので、兵士側からでは強くでれません」


次にアクアに視線を向けると。


「彼女が適任だと思います」


実を言えばガンセキも、ゼドには強くでれないのである。


「ガンセキさん……自分を養ってくれるって言ったのに、嘘つきだす」


「そうやって適当なことを言うから、ダスさんは皆に怒られるんじゃないかい」


レンガでアクアに蹴られたことを思いだしたのか、ゼドは顔を青白く染めながら。


「怒られるようなことだすか? 記憶にございません」


「うわ……この人、最低なの」


軽蔑の視線を向けられようと、ゼドはお偉いさんのように、なんども同じ発言を繰り返す。


「記憶がございません」


メモリアはこの人物をいろんな意味で諦めると、ゼド以外の全員を見渡して。


「それでは皆さんが持ち場にもどったら、土の領域で周囲の警戒をしたまま待機とします。五分後に先行隊は移動を再開させてください」


狸を数分で殺せても、戦いの下準備や後片づけなどで、沢山の時間を使ってしまう。


ここから祈願所まではおよそ三時間だが、今日も到着するころには、すでに辺りは暗くなっているだろう。

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