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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
9章 集団行動
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十話 弱肉強食

狸の夫婦が死体を食べている場所から、人工道をはさんだ逆側の森中が、グレンの指定した襲撃開始地点である。


輸送隊が進んでいるのは山の中腹あたりで、上り下りがこの先も幾度か続く。三名は周囲の木々に隠れながら、慎重に目的地へと移動していた。


メモリアは木陰から顔をだし、狸を目視できるかを確認するが、敵の姿は未だ見えない。


「標的との距離は」


先ほど偵察に向かったうちの一人。防御型の土使いは両手を地面にそえ。


「百mほどですかね。ですがこの辺りから上り坂になるんで、もう少しかかりそうです」


地面に人の手が加わっていないぶん、傾斜は通常よりも強く感じる。


攻撃型の土使いは、自身の結界を維持させるため、神へと魔力を送ったのち。


「こんな便利な魔法を使えるせいで、いつだって厄介事を押しつけられる。彼の策を疑うわけじゃないけど、そうそう上手くいくもんですかね」


「でも魔狸を事前に調べてたから、ああいった行動の予測ができるんだよ」


策に無理があるようなら、メモリアは断ることもできた。そのとき反対意見がなかったからこそ、今こうやって三名は存在を隠しているのである。


「色々と問題のある人だけど、それらの行動にはちゃんとした理由があるの。ただ過程を無視しているだけ」


「たしかに、道徳とか気にしなさそうだ。少なくとも集団行動が得意な人じゃないな」


防御型の土使いは近場の木に移動すると、再び領域を展開させ。


「指示された地点まで五十m。そろそろお喋りは謹んでください」


怒られたメモリアはしばし気難しそうな顔をしていたが。


「……ごめんなさい」


人心を掌握する方法は様々だが、これが彼女なりのやり方なのだろう。意識か無意識かは別として。


「グレンさまの予想だと、狸は警戒している。もうそろそろ、領域に頼るのはやめた方が良いかな」


相手は土属性の魔物であるため、領域魔法を使えなかったとしても、それを感じとる力はもっている恐れがあった。


防御型は少し考え込んだのち。


「先ほどの偵察では、運よく魔狸に気づかれませんでしたが、相手によっては土の領域をひかえるべきでした」


偵察と違いこれから襲撃するということは、それだけ敵意などが感情を大きく支配する。


他者から滲みでる殺意を、自身の死に対する恐怖で感じとる。そのような技術をもった人間がいるのだから、野生動物の勘を甘くみれば痛い目に遭うだろう。


・・

・・


五分後。メモリアたちは目的地へと到着する。


対象の姿は目視できるが、あいだに人工道が通っているため、この位置からだと全体像はわからない。


「尻尾がでかいな」


「魔物具の素材になるだけあって、あの部位が一番怖い魔物なんだよ。そのなかでも岩魔狸は尻尾が大きいんだって」


緊張感がないわけではないが、それでもこの三名は落ち着いていた。


メモリアは防御型に向け。


「一般兵たちはもう動いてるのかな」


土の領域を展開させれば、魔狸に気づかれる危険がある。しかし味方の位置を把握できなければ、こちらも動くことができない。


「こことの距離は二百。すでに魔狸は彼らに気づいています」


人間の接近を知った夫婦が、どのような行動にでるか。


グレンの予想では。



一 そのまま身を潜め、隙をついて一般兵に襲いかかる。


二 狸は土の領域という魔法を知っており、人類に身を隠すのは無意味だと気づいていた。そのため人工道にでて、正面から夫婦で迎え撃つ。


三 身重の妻はその場から少し離れさせ、夫が単身で憎き人間を殺そうとする。


四 近づいてきた一般兵に怯え、炎魔豚の死体を放置して逃げる。



夫婦がどのように動くかで、三名の襲撃方法も違ってくる。


こちらとしては逃げてくれたほうがありがたい。しかし残念ながら、物事は思い通りには進まない。


防御型は手もとの地面に意識を向けたまま、冷静な声でメモリアに現状を伝える。


「動きあり。どうやら……三番のようですね」


たとえ日中だとしても、人間への憎しみが消えているわけではない。それでもヨロイの影響を強く受けた魔物なのだから、雄は雌を気づかうはず。


「わたしの合図で襲撃を開始します。手順はグレンさまの案を採用しますので、二人は準備を進めてください」


彼女が言い終えるころだった。全身を冬毛に覆われた、単独の魔物が先人の道に姿を現す。


生え変わりの時期なのか、毛の長さが不揃いで醜かった。だが大犬魔のような剥きだしの憎しみはなく、冷静な怒りが全身から感じられる。



攻撃型は両手に土を掴み、できる限り地面に慣れようとする。


十数秒が経過した。気づけばメモリアは屈んだ姿勢のまま、片腕をそっと上げていた。


防御型の土使いは、その動作を見逃さず。


「一時で距離は七十。木々が邪魔ですが、道からなら恐らく目視は可能」


部下からの言葉を受けとると、メモリアは低い姿勢のまま走りだし、雄狸の背後に周り込もうとする。


攻撃型は自分の前方に岩の腕を召喚。その時を見計らい、防御型が小岩を地面から作り出していた。



雄狸は近づいてくる一般兵に意識を向けていたため、飛びだしてきたメモリアに気づくのが遅れた。だが対応は早かった。自らの尻尾を地面に叩きつけると、狸はその部位に岩をまとわせる。


並位魔法 岩の尻尾。人間にはそれがないため、この魔法を使うことはできない。


雄狸は姿勢を整えると、勢いよく尻尾を振る。次の瞬間、まとわりついていた岩が放たれる。


メモリアはそれを即座に察知すると動きを止めた。彼女の判断は正しかった。もしこのまま走り続けていれば、飛んできた岩が直撃したであろう。


『岩の尻尾は中が空洞ですんで、恐らくそこまで硬くねえ。でもそのぶん軽いからよ、飛ばそうと思えば飛ばせるし、狙いを定めんのが可能なら先読みだってできんじゃねえかな』


四本足を地面につけたまま使えるため、背後をとろうとする相手には対応が容易である。だが発動後の隙がないわけではなかった。



宝玉具などがなければ、人の筋力では重量のある岩は持ち上がらない。しかし魔法を利用すれば、小岩を投げることも可能となる。


並位攻城魔法 岩腕の投石。実際に防壁などへ使うには、飛距離や高さが必要である。


雄狸は咄嗟に身構えようとするが、迫ってくる小岩のほうが一歩速かった。しかしそれは命中せず、狸の脇を通りすぎてしまう。



掴んで投げる。この動作を岩の腕で実現させるのは難しく、狙った場所に投げるとすれば、それに重点をおいた訓練をしなくてはならない。


当然だが攻撃型の土使いだとしても、レンガ軍の彼はそのような訓練を受けていない。


『直撃なんてさせる必要はありません。相手が反応するだけで良いんすよ』


防御型は岩腕が岩を投げると同時に、メモリアと魔狸のあいだへ岩壁を召喚していた。


攻撃型は人工道まで足を進めると、岩の腕を新たに召喚し、そのまま岩の壁を押し倒す。


もはや避けるすべはなく、雄狸は岩壁に押し潰された。


『一手で二体を殺すのは諦めたほうが良いと言いましたが、相手の出方次第では違ってきます』


メモリアは最初の攻撃を避けただけで、雄狸との戦闘には参加していなかった。



岩の壁は熟練を一定まで上げると、硬さと重量が一気に向上し、頑強壁という魔法に進化する。


では岩の腕はどうなるのか。


殴るさいの威力などはその動作に関係する。どれだけ自在に腕を操作できるかが、この魔法の熟練なのだろうか。


並位上級魔法 岩の動腕。魔力の消費をそのままに、召喚した岩腕の移動が可能となる。


しかしまだメモリアは岩の動腕を使いこなせていない。この魔法を習得して日が浅いのである。


『岩の小腕って魔法がありますけど、それなら岩腕よりも速度を上げられますかね』


もともと岩の小腕は細かな動作ができ、熟練の向上も岩腕と平行できる。


・・

・・


人工道から少し離れた林のなかに、雌の狸は存在していた。


夫が戦っていたのだから、当然そちらに意識を向けている。


だがその時だった。雌狸の耳に地面がこすれる音が入る。驚いてそちらを向けば、そこには二本足の牛魔が立っていた。


その傍らには人間がいる。なぜこの魔物は隣の一人ではなく、目の前にいる自分に殺意を抱いているのか。


理由は解らないが、このままなにもしなければ殺される。


雌狸は相手を迎え撃つために、足と尻尾を動かそうとした。


しかし動かなかった。気づけば右前足と尻尾が、小さな岩の腕に掴まれていたのである。


・・

・・


人工道。


倒れた岩の壁はすでに土へと帰っていた。


ここいらの地面とは違う黄色の土。それには魔物の身体から流れでた、生きた赤色が混じっている。


雄狸は赤と黄の土にまみれながら、ピクリとも動かない。



防御型は両手を地面にそえたまま。


「向こうも終わりましたね」


メモリアは立ち上がると、腰から支給品の片手剣を抜き。


「まだ、終わってないの」


そういった次の瞬間であった。すこし離れた場所で、双角が皮と肉、そして骨を突き破る音がなる。



死んだかと思われた夫は、その音色を聞くと、血まみれの身体をわずかに動かす。


「相手を本当に愛しているのなら、私たちを無視して一緒に逃げるか、二体で協力して戦うべきだったの」


メモリアは流し目で、攻撃型に指示を送る。


「私たちを憎んでも良い。でもこの結果は判断を誤った、君のせいでもあるんだよ」


攻撃型は岩の腕を操作し、起き上がろうと足掻いていた雄狸を、容赦なく地面へと押さえつける。



部下たちはこの女性を軽視していなかった。


イザクを優しい人だと勘違いしていても、彼らはメモリアの根本にある、その恐ろしさには気づいていた。


「どんなに自然が変化しようと、けっきょく弱肉強食は変わらないの」


父となるはずだった魔物を、メモリアはしっかりと見つめる。その瞳は普段の彼女とは違っていた。


「だから弱者は」


女は魔物のもとまで足を進めと、片手剣の握りを持ちかえたのち、刃先を相手の急所に向けて。


「死ぬしかないんだよ」


剣士とは違う輝きだとしても、隊長代理の目は鈍く光っていた。


なぜ魔法で止めを刺さないのかは解らない。メモリアは剣を壊さないよう、慎重に雄の肉を抉っていく。



隊長代理はこの戦いを終わらせた。


命の灯火が消える瞬間を、その小さな手で感じながら。




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