九話 二人は仲良し
輸送隊は順調に先人の道を進んでいた。このままなにもなければ、あと三時間ほどで祈願所に到着できるだろう。
しかし問題がある。中継地を目指す自分たちとは逆に、デマドを目指す者たちもいた。
先頭を歩いていたコガラシは足を止め。
「どんな感じで」
「距離は四百、数は二体。先ほどから動きがありませんので、恐らく死体を食べているのかと」
今から数時間前の出来事だが、メモリアたちは別の輸送隊とすれ違っていた。彼らは祈願所を出発したのち、炎魔豚の襲撃を受けていた。
群れはそこまで大きいものではなかったらしいが、移動中の戦闘後となれば、片づけに時間はかけれない。
死体を食べるのなら、せめて塒に持ち帰ってもらいたいのだが、縄張りをもたない肉食も当然いる。
「あっしらが近づいていることに、魔物さんは気づいていやすか」
「今のところ大丈夫ですが、このまま進めば勘づかれます」
分隊長が動きを止めれば、先行隊の面々も歩くのを中断する。やがてそれは他所にも伝わり、輸送隊は完全に沈黙した。
「ちっと相談してきやす。旦那には申し訳ねえが、少しのあいだ留守を頼みてえ」
責任者はうなずくと、コガラシがここから離れる前に、土属性の二名に指示をだす。
「土の結界で身を隠したのち、食事をしている魔物を探ってもらいたい」
現在は緩やかな下り坂であり、人工道といっても真っ直ぐではないため、相手を目視することはできない。
その指示を聞いていたコガラシは。
「今後あっしらがどのように動こうと、まずは相手を知らんと始まりやせんな」
土の領域には限界がある。一般分隊長もそれを理解しているため、やるべき準備は先にしておく。
「もし気づかれても、ここに戻ってきちゃいけやせんぜ」
結界を見破られようと、すぐに群れが襲ってくるとは限らない。
「背中を見せた瞬間に、相手は敵意を向けてきやす。まずは冷静に魔物の種類を確認してから、引き返すか留まるかを決めてくだせえ」
コガラシ直属の部下である土の一般兵は、剣の柄に手を添えると。
「犬魔種や魔熊種であればその場に留まり、相手が魔狸などであれば、ここに引き返します」
今は日中。獣には臆病な種もいれば、気性が激しい種もいる。
魔者と戦った経験はなくとも、土属性の二名は魔物の恐ろしさを知っていた。
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昨日の魔虫戦は不意をつかれたが、今回は相手よりも気づくのが早かった。
中央へと足を運んだコガラシをメモリアが迎える。そこにはグレンやピリカだけでなく、ゼドも混じっていた。
「あっしとしては、先手を打ちてえ」
「怪我は大丈夫なんだすか?」
その声には怯えがみられないため、やはり昨日の泣き叫びは嘘だったようである。
「たいした傷ではございあせんし、戦いが始まればそんなの忘れやす」
剣士としてなら、自分よりも信用できる。そのようにゼドは言っていたらしいが、どうやらこの男はかなり好戦的な人間のようだ。
「上手にことを運べても、やっぱり刃は消耗しちゃうの。だからわたしとしては、魔物が食事を終えるのを待ちたい」
「対象は二体。もし腹に子を宿していれば、あっしなら時間をかけてでも、少しでも多く食べようといたしやす。荷馬車をこのまま先行隊に合流させ、属性兵を中心に魔法で戦えば、武器が壊れる心配もありやせん」
戦いを仕掛けるのは属性兵。コガラシを含めた一般兵で荷馬車を守る。
ゼドは一方を指さすと。
「先行隊が領域で探っているのは、たぶん進行方向のみだすよね。ここから少し離れているだすが、十体ほどの群れがこちらに意識を向けてるんだすよ」
二体の魔物がいる場所を十二時とすれば、大まかで四時の方角にその群れは存在している。
「下手に戦闘を始めてしまいますと、昨日のように望まぬ魔物が現れるかも知れません」
メモリアは小さくうなずくと、考えをまとめたのち。
「左右後方の各班は土の領域を常に展開した状態で、周囲の警戒を密にしたまま待機とする。我々は先行隊に合流し、偵察の二名が戻るのを待ちます」
その指示を聞くと、彼女の周りにいた兵たちは動きだす。
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魔物を探りに向かった二名は、相手に気づかれることなく役目を終えた。
輸送隊の行く手を遮っていた二体は、岩魔狸と呼ばれる単独の魔物であった。
もともとは犬と種を同じとしていたが、進化の中で違う道を選んでいる。
大きさはボルガよりも一回り小さく、全身を冬毛に覆われているが、そろそろ衣替えをする時期とのこと。
相方が死なない限り、この種は添い遂げる。コガラシの予想どおり、恐らく一方の腹には子供がいるのだろう。
メモリアはピリカに目を向けると。
「同じ場所に留まるのも危険だけど、あと一五分は様子を見たいと思います。だから時計の確認を頼みたいの」
そのお願いにいつもの笑顔で応えると、ピリカは水の宝玉具を手にもつ。
グレンは自分がまとっていた軽鎧を眺めたのち、ガンセキとメモリアを交互に見て。
「こんな状態なんで、俺は戦闘に参加できませんので、なんなら荷車を受け持ちますが」
一人で荷車を引くことができるのか。グレンの提案にそんな疑問を向けてくる者はいなかった。
「そうしてもらえると助かるの。じゃあボルガは念のため、牛魔双角の準備をしといて」
恐らく昨日の戦闘で、彼の魔力まといが優れているのは、周囲にも知られているのだろう。
ボルガはうなずくと、荷車から魔物具を取りだし、グレンに持ち場をゆずる。
メモリアは呼吸を整えたのち、剣の柄を握っていたコガラシに近づき。
「魔物とはわたしが戦います。だから全体の指揮と、オジサンのおもりをお願いしたいの」
「自分は丸腰だすから、しっかり守るのだすよ。もし見捨てたら、三代祟るだすからね」
とても嫌そうな顔をしていたが、コガラシは柄からそっと手を離して。
「一番前で戦っている方が性分には合っていやす。ですが、あっしの我儘を通すわけにもいきやせんな」
すぐに刃を駄目にするため、現状で彼の剣術を活かすのは難しい。そもそも本人は問題ないと言っているが、脇腹に怪我をしているのも事実である。
ガンセキは人工道の先に意識を向けながら。
「戦わないですむのなら、それが一番です」
「とりあえず、あと十分は様子見ですので、やるべきことがあれば今のうちに」
コガラシはその言葉を受け、さっそく戦いの備えを始める。
「勇者さまと青殿をここに呼びやすんで、旦那にはもしもの事態に対応してもらいてえ」
もし魔狸との戦闘が始まったとすれば、関係のない敵が参戦してくる可能性がある。
後方の班には分隊長補佐がいないため、他所よりも少し手薄となっていた。
「十体の群れが荷馬車に近づかないよう、二人を連れて戦えば良いのですか」
「下手に兵士と混ぜるよりも、そっちのほうがきっと動けまさあ。ただ抜きにでた力をもつ旦那たちは、あっしらに合わせてもらわねえといけやせん」
輸送隊に意識を向けている十体だけでなく、周囲にはほかの魔物も存在している。魔狸を速攻で排除できなければ、それらも参戦してくる危険がある。
「して赤殿。効率よく狸を殺してえんだけど、なんか良い案はありやせんかね」
突然話をふられたグレンは、少し困った表情を浮かべながら、ガンセキの意見を求める。
責任者はしばし考えたのち、首をたてに動かした。
「現在この輸送隊に気づいているのが十体だけなら、狸の夫婦を襲撃すんのは、土の結界を使える兵士だけのほうが良いっすよね」
しかし魔法だけに頼りきってしまうのは危険である。
「恐らく岩狸は危険を承知で死体を食っています」
土の結界をまとっていようと、近づきすぎれば相手に気づかれてしまう。
「人間が殺した魔物だとすれば、多少なりともその臭いは残ってるから、そのぶん警戒だってしてんじゃねえかな」
一気に二体を殺すのは諦めたほうが良い。
「最初の一手で、確実に一体を仕留めることを目的としたい」
周囲を警戒しているのは雄の狸だと思われる。
雌は産まれてくる子供のために、少しでも多くの栄養を取り入れようと、炎魔豚の死体にかぶりつく。
「ヨロイの影響を強く受けた魔物なんで、相方を殺されたら怒り狂うと推測します」
グレンは考えをまとめると、各自に細かな作戦を伝える。
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十分が経過した。
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現在のグレンたちは、魔狸から三百mの位置で止まっている。
メモリアを含めた三名の土使いは、すでに荷馬車から離れ、襲撃開始地点に向かっていた。
ガンセキは二人と合流し、今は後方班と荷馬車のあいだにて、魔物の参戦を警戒しながら待機をしている。
荷車を受け持つグレンは、隣に立っていたコガラシに向け。
「本当は戦いたかったんじゃねえっすか」
そんな問いかけにコガラシはヘッへと笑いながら。
「赤殿の予想どおり、あっしは殺し合いが大好きでさあ。もし機会があんのなら、旦那やお前さんとも命を賭けて楽しみてえ。でもねぇ……剣を握ろうと、なにを斬るべきかは、ちゃんと考えて決めていやすぜ」
イザクもコガラシも根本は一緒であり、剣での戦いを欲している。
「あっしはたしかに剣士ですが、その前に兵士でごぜえあす。もちろん剣道の果ては大切だがね、その場その時の事情があれば、優先順位だって変化させやす」
もし彼が信念旗の協力者であったとすれば、この会話はここで止めるべきである。
「果てを狂ったように求めんのは、近道のように見えやすが、誰もついてきちゃくれやせんぜ」
気づいたときには一人になっている。
グレンは鼻から息をだすと。
「そのときは孤高を気取って、自分に酔いしれるのも格好良い」
「こっちからそっちに行くことはあっても、そっちからこっちにくるのは楽ではありやせん。本当の過ちを犯す前に引き返せさねえと、あの人みたいになっちまいやすぜ」
その視線の先には、鼻くそを穿っている男がいた。
「もし剣道の果てってのが、あっしにもあるとすれば、やりたいことはそれだけでさあ」
戦場での悔いを、他人で誤魔化し、気を紛らわす。
グレンは鼻くそ男を視界から外すと。
「そろそろメモリアさんたちも、指定の位置に到着したと思いますので、ボルガと一般兵たちを前にだしてください」
分隊長はうなずくと、そこから動き指示を飛ばす。ゼドはコガラシと入れ違いに、グレンのもとへ歩みよると。
「もっと会話には気をつけるべきだす。彼の立ち位置を忘れると、そのうち痛い目にあっちゃうだすよ」
「あんたの言うとおりだな。でも今は、この戦いに集中したい」
赤の護衛は案内人を睨みつけると。
「昨日の戦いだけどよ。あんた……なんかしただろ」
個体がとても弱かったので、グレンはフィエルのいう通り、魔霧毒虫を舐めていた。
「目の前の戦いに集中するんじゃないのだすか」
始めは自分だけの力だと思っていた。しかし片腕の炎だけで、あれほどの魔虫を集めるなど、今になって考えなおせば無理だと解る。
「昨日したのと同じことを、この戦いでしてもらえろば、余計な魔物が近づくのを防げんじゃねえのか」
日中の魔物は人の殺気を恐れ、夜間の魔物は人の殺気に歯向かう。
四方からグレンに向けて、五名の部下が殺気を撒き散らす。
「今の自分は監視されているから、その人たちに指示は送れないだすよ」
赤の護衛は右手で逆手重装をつかみ。
「演技じゃなくてよ、本気で周囲の魔物に怯えてくれねえか。そうすりゃ、あんたの部下も守護領域で感じとるだろ」
「それは命令だすか、それともお願いだすか?」
青年は姿勢をつくり、しばらくどのように返答するかを考える。
「やってくれないと、オジサンの問題行動が一つ増えることになるぞ」
昨日ゼドはグレンに恐怖心を向けた。それを感じとった五名の部下は、殺気を操ることにより、魔虫を赤の護衛に集中させた。
「なるほど……脅迫だすか」
この男は勇者だけでなく、赤の護衛も危険に晒していた。
グレンはとても丁寧な口調で。
「予想以上に集まった魔虫が厄介でしたので、なんどか死ぬかも知れないと後悔しました。ですのでゼドさんは、そのくらいしても良いと俺は思います」
「あの程度で死ぬようなら、刻亀なんて殺せないだすよ。第一に繋ぎ止めるのも金なら、結局は動かすのも金なんだす。ですので自分には、グレン殿に協力する筋合いはない」
青年は声もなく、それでも楽しそうに笑っていた。
「俺とゼドさん。皆さんはどっちの言葉を信じますかね」
「たしかに自分が身の潔白を訴えようと、誰も味方してくれそうにないだす」
案内人も同じように、気持ち悪い笑を浮かべていた。
「わかっただす、協力するだすよ。でも良いだすか、自分がグレン殿にしたことは、絶対に内緒だすからね」
不気味な二人はそういって、密かに笑い合っていた。
「あと自分に敬語を使っちゃメだすよ、約束を忘れたんだすか」
「今度から気をつけますよ。あんたを怒らせて、暗殺されちゃ困りますんで」
周りから見れば、実に仲が良さそうである。