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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
9章 集団行動
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八話 夜明けを夢にみて

二人が野宿場にもどり、しばらくすると朝食の準備が整った。三十名が一斉に食べるわけではないため、やはりそれなりに時間がかかる。


これまでは四人で旅をしてきたが、数が増えれば仕事も増える。



長い年月の中で改良されたとしても、結局は力馬も生物であるため、働いたぶんの疲労は蓄積する。夜間も荷馬車に繋いでおけば、急事のさいは即座に動かせるのだが、それでは休ませることができない。


訓練されていたとしても、魔物への恐怖により心労は重なっていく。


機械は直す。生物は治す。


機械は壊れる。生物は死ぬ。


似ているがまったく違う。無視することで同じにできるが、相手がそれを受け入れてくれるとは限らない。


人も生物なら、馬も生物。さらに言えば魔物もこの世界で生きている。


食べなければ飢えて死ぬ。生きるために人を食い、そして物資を狙う。


ただ一つ違うのは、生きるためだけでなく、肉食も草食も憎しみで人を襲う。


野宿場に近づいてきた魔物を殺せば死体が残る。人類にそれを食す文化はないのだから、片づけせずにここを離れろば、やがて肉食の餌場へと変化するだろう。


昨夜は群れとの戦いがあったため、死体の数は少なくない。食事を終えた兵士たちは、朝の日課を終えたのち、周囲の安全を確保してから作業を始める。


まずは死体を一か所に集め、それを魔法で燃やしたのち、人の排泄物が混ざった土をかける。魔物はその臭いを嫌がるため、充分な対策となっているのだと思われる。


大切なことではあるのだが、出発はどうしても遅くなる。



この輸送隊は刻亀討伐作戦の一部でしかない。面倒だとしても他者のことを考えなければ、全体の流れに狂いが生じる。


夜が明けてから皆で仕事を分担し、やるべきことを全て終えた三十名は、そろって野宿場をあとにした。


・・

・・


輸送隊の兵士。


【中央】

炎使い一名。

土使いは四名。そのうち攻撃型は二名であり、防御型も同じく二名。


【荷馬車の左側】

調和型の土使い。

水と雷の一般兵。


【荷馬車の右側】

一般の隊長補佐は雷属性で、もう一名が土の領域を使う。

属性兵は炎使い。


【荷馬車の後方】

属性兵は水使いであり、一般兵は土と水。


【荷馬車の前方】

一般兵が四名。土と火の低位魔法を使える者が二名いるが、残りは魔力を持たない。

(ただしコガラシは風使いの可能性がある)

属性兵は雷使いと、防御型の土使い。


・・

・・


先人の道にでたのち、グレンは各兵の持ち場について考えていた。


「属性だけで六人か。やけに土使いが多いな」


そんな疑問が耳に届いたのか、メモリアはグレンに近づくと。


「もともとは五人だけど、それでもたしかに多いの。だけどね、わたしとボルガは領域魔法が使えないから、土使い本来の役目は果たせないんだ」


火を飛ばせない炎使いほどではなくとも、土の領域を使えない土使いはそれなりにいる。



グレンはある事情により、とても歩きにくそうにしていたが、それでも地面を踏みしめて。


「まあそこまで卑下しなくても良いんじゃないっすか。その役目は一般兵でも補えますし」


ぎこちないその姿に、メモリアは笑うのを我慢すると。


「属性兵は並位の訓練も必要だから、むしろ一般兵のほうが低位魔法は上手なんだよ」


夜勤外務は夕方から夜明けまでとなっている。しかし魔物との戦闘が毎回とは限らないため、週に一度から二度ほどだが、日中の訓練を義務づけられている。



本当は笑いを隠せてないのだが、また怖がられても困るため、グレンは気づかない素振りをして。


「領域を使えないぶん、あんたやボルガは並位の鍛錬ができるわけだ」


「でも今はちょっとだけ偉くなったから、個人の実力も大切なんだけど、指揮能力のほうが重要になってくるの」


現状で小隊長が戦うことは少ないが、分隊長は魔物と接触する機会が多い。


「レンガの防衛と違って、こういった輸送任務になれば、あんたは荷馬車から離れることが許されねえ」


「だけど不満はないよ。こういう危ない仕事をすれば、レンガはちゃんと見返りを用意してくれるの」


刻亀討伐作戦に参加すれば、相応の手当が都市からでる。


「そりゃ良かったっすね」


「うん。だからね……勇者さまには感謝してるの」


もしセレスが刻亀討伐を拒否しようと、ヒノキからの魔物を食い止める必要があるのだから、どちらにせよ彼女は中継地に派遣されていただろう。


稼げる方法を自ら放棄したグレンと違い、本当の貧困を味わった者からすれば、給料が増えるのは喜びなのだろう。



もし勇者同盟に加われば、メモリアからすれば、かなりの金額が国から渡される。


戦場に向かうことを喜ぶのは、道剣士だけだとグレンは思っていたが、そのような事情で望む者もいる。


「そういえば俺も討伐に参加するわけだし、レンガから金をもらえんのかな」


「わたしに聞かれてもわかんないの。ピリカさんなら答えられるんじゃないかな」


グレンは苦笑いを浮かべると。


「嫌っすよ。なんだかんだで言い包められて、きっと無償で働かされます」


「でもそういうのはちゃんと交渉した方がいいの。ピリカさんが嫌なら、ほかの人に聞いたほうが良いよ」


メモリアは間違っていない。


「今晩あたり責任者にでも相談してみます」


前回の旅で魔獣を倒したあと、ガンセキとカインは金を受け取ったかどうか。



民の権利が向上しようと、命より金を優先させる人間がいる。


青年はこのように少しずつ、一つずつ学んでいく。


・・

・・


時は流れ、太陽が天高く昇ったころ。


運よく魔物の襲撃もなく、輸送隊は順調に先人の道を進んでいた。グレンは荷馬車の近場にて、当初の予定通り赤鉄の修行をしていた。


だがその姿はこれまでと違っている。本来は火の服を着なくてはいけないのだが、今はガンセキの提案により、レンガ製の軽鎧をまとっていた。


台車を引いていた兵士は、隣を歩くグレンに視線を向けると。


「やっぱ似合わねぇな」


同じ鎧だとしても。同じ鎧だからこそ、逆手重装の異常さが際立つのである。


「うるせえ、俺だって本当は嫌なんだ」


細かな体重操作や足運び。これら体術の重点は、鎧との相性がよろしくない。そもそも軽鎧といっても、やはりそれなりに重いため、移動時は邪魔にしかならない。


「だけど流石はレンガ製ってとこか。思ってたより着心地は悪くないな」


逆手重装ほどではないとしても、予想以上に確りと造られていた。


左腕以外の手足胴。それぞれの重さも調和がとれており、慣れろばそこまで不快とは感じないだろう。


また鎧下の鎖帷子くさりかたびらも、犬魔の牙くらいなら充分に防いでくれる。


「そうだな。こういったのを用意してもらえる環境に、ちっとは感謝しねぇとな」


「けっこうな金がかかってんじゃねえか。大量生産だからこそ、それが実現できてんのかね」


周囲には魔物。こういう会話は褒められたものではないのかも知れないが、それでも無駄だとは言い切れない。


二人の前方を歩いていたピリカは、いつもの笑を浮かべながら。


「ここは鎧国ですので、粗末な物を拵えてしまえば、その名を汚してしまいます」


「たしかに言われてみると、ガントレット専門の玉具職人が多いっすよね」


ボルガは自分の両手に目を向けると。


「おれのもそうなんだな」


剣国の刀。


盾国の盾。


「もちろん兵士のためというのもあるのですが、恥ずかしながら他国への見栄という事情もございます」


「まあ俺としては、そのほうが都合が良かったりしますが」


逆手重装の製作者は篭手の職人であり、剣などを造る技術はない。


ピリカは細い目でグレンの左腕を見つめると。


「しかし片腕だけが重装備ですと、重心が狂うのではありませんか」


土の宝玉を使うことで、軽量化と頑強を両立させる。それは造り手の技術。


呼吸法と体重操作により、全身の調和を実現させる。それは使い手の技術。


「狂わないようにする。そんな都合の良い技術ってのがあるんすよ」


宙に浮くほど痩せれはしない。だが軽鎧などをまとうことで、体重の増加は再現できる。あとはその感覚を身体に染み込ませ、頭に覚えさせる。


情報の防衛をしなくてはいけないため、相手に繊細は明かさない。そういった勇者一行の事情を知っているため、ピリカもそれ以上は踏み込まず。


「ですがこれまで修練を重ねてきたからこそ、今の技術が身についたのでは。ならば決して、それは都合の良いものではありません」


グレンはしばらく返事もせず、自分の両手を眺めていたが。


「たとえ情報が漏れようと、積み重ねた力ってのは、時にそれすらも打ち破る。俺たちが実行部隊を危険視している限り、油断はしないように気をつけます」


信念旗にも歴史があり、積み重ねた力がある。


「それは魔獣王も同じです。一方ばかりに意識を向けるのは危険ですので、お忘れなく」


勇者だけでなく、他色の護衛も倒れ、白が一人で刻亀と戦っていた。


六十年前。ログが目にしたのは、あくまでも戦いの終盤である。


「こんだけの人数を集めなけりゃ、その刻亀ってのは倒せねぇんだ。そんなのを四人で相手しなきゃいけねぇなんて、おめぇらは大変だな」


「他人事みたいに言ってるけどよ、勘違いすんじゃねえぞクソが。時の王って呼ばれてんのは、奴に狂わされた全ての魔物だ」


魔獣王 ヒノキ


「刻亀はただの魔獣に過ぎないという考えですか。だからこそ、山のような巨体なのですね」


「もし俺たちが刻亀を殺すことに成功しても、狂化された魔物がもとにもどるとは断言できません。でも無理やりの進化が止まるんで、少しは沈静化すると思います」


ピリカは隣の荷馬車に触れると。


「水魔法というのは実に恐ろしい。ですが、我々に恵みも与えてくださります」


今の季節ならまだ良いが、ホノオの熱が世界に満ちるころになれば、生物なまものの運搬は難しくなる。


当然だが腐りにくいよう、なんらかの加工もするが、それはあくまでも対策の一つでしかない。


「魔力が続くかぎり、魔法の氷はとけねぇんだな」


「俺からしてみりゃ、魔法ってのは戦いにしか活かせねえけど、そういった使い道もあるんすね」


ピリカはいつもの笑をグレンに向けると。


「いけませんよ、赤の護衛さまがそのようなことを言っては。ホノオが我々にお声をかけてくださらねば、今日までの発展はありません」


恐らく彼女もセレスと同じく、神を信じる気持ちをもっているのだろう。


「でも火の神様は、なんでそんなに人間が好きなんすかね」


人だけに知恵を与え、人だけに声を授け、人だけに文字を用意させた。


「おめぇはよくそんなこと考えるな。魔族と戦わせるための、下準備みたいなもんじゃねぇのか」


神々は闇と戦っている。人間という種族がいたからこそ、古代種族が現れるまでのあいだ、世界は完全な闇に染まらなかった。


馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、このような予想を立てたことに、グレンは少し驚きながら。


「もしそうだとすれば、俺はちっと嬉しいな」


魔力の質。そういったことをする神と、自分は相性が良い。


もっとも見たことのない相手を信用できるほど、彼は素直な人間ではない。


「でもよ、ホノオは神さまでしかねえ。魔族も魔物も、ましてや信念旗も、俺らでどうにかしろってことだ」


白魔法や宝玉具。神はすでにそういった力を授けている。


「困ったときの神頼みが悪いとは言わないけどよ、それだと人間が存在してる意味がない」


ピリカはわずかに目蓋を上げると。


「だからこそ、貴方は赤の護衛なのですね」


それは誰にも聞こえない小さな声。


彼女は再び目を閉ざすと、しばらくは沈黙を続けた。




人類の黄昏


夜の幕開け


光の一刻


千年戦争




この世界は美しくない。それでも彼は知ろうとする。


誰のためでもなく、自分のために。


まだ夜明けは遠い。



グレンは左手に炎を灯すと、赤鉄の訓練を再開させた。

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