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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
9章 集団行動
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六話 拳士の得物

セレスに寝床まで案内してもらったのち、しばらくすると食事を用意されたのだが、毒の影響か空腹とは言えなかった。


だが食べ物を残すような真似はせず、無理やり口の中に放り込んだ。味などわからなかったが、満腹とともに再び眠気をもよおす。


周りが見えないというのは、彼からすれば慣れない事態である。物事に集中できなければ、考えごとも上手く進まないため、そのぶん修行がはかどらない。


これまでの思考能力が弱まると、警戒意識も当然ながら鈍ってしまう。



一日を通してそれを経験したことで、グレンはなにもせず眠ると決めた。


救護兵か訪れるのをまち、目の具合を確認してもらうと、そのまま床につく。休憩所は布と木の棒でつくられた簡単なつくりだが、防水布と毛皮が重ねられており、多少だとしても寝心地は良かった。


それに野宿予定地と言われているだけあり、地面には人の手が加えられていた。どうやら精神の方に疲れがきていたようで、青年は少しすると死んだように沈黙する。



戦うことへの喜びと、それを否定する感情。


常に物事を考える性格。


これら二つが鎧となって、グレンという人物を形成しているのだろう。


・・

・・


目蓋を開いたとき、辺りには静けさが漂っていた。映る景色は相変わらずなため、まだ夜は明けていない。


だが彼は人という生物が苦手であり、休んだことで警戒意識がもとにもどれば、集団行動への不安も一緒に蘇ってしまう。


徐々に意識が回復してくると、考えごとも次々に頭を過ってきた。こうなってしまえば、もう二度寝はできない。


耳をすませば会話をしている者たちもおり、自分の周りで寝ているのは数人なのだと気づく。


「小便いきてえ」


などと小声を発してみたものの、他者にその意思を伝えられるほど、彼はできた人間ではない。


弱気な青年は尿意を我慢すると、息を殺しながら時間が過ぎていくのを待つ。



現在の時刻はよくわからないが、周囲が気持ち明るくなってきた。


もうすぐ恐怖が終わり、暗黒の大地が安心に染まる。


近くで誰かが寝ていると想像すれば、動かないように意識してしまう。寝返りを長時間しなければ、体重のかかっていた部位に痛みが残る。


それでもグレンは若いため、難なく上半身を起こすことに成功した。


魔虫に噛まれたところは未だに痺れるが、治療を受けているのだから、この程度では怪我のうちにも入らない。



清水の布を取り換えるために、眠っている自分を起こさなかった。それはもう処置の必要はないと、救護兵が判断したという意味である。


そういった都合の良い解釈をすると、グレンは不器用な手つきで包帯をほどく。あとで怒られるかもしれないが、一刻も早く用を足したいのだから気になどしない。


彼のこういった行動は少しずつ染みこんでいったものである。必要ならば捻じ曲げることもできるが、性根を正すとなれば容易ではない。



毒霧により止まらなくなった涙はすでに乾いていたが、しばらく使っていなかったこともあり、少しのあいだ周囲を見わたす。


まだ辺りは薄暗いのだが、その光景を眩しく感じてしまうのは、冷たい空気に眼球が慣れていないせいか。


「春だとしても、夜明けはまだ肌寒いってことかね」


黄昏時は気分が沈む。だが今の時間は安心により、油断してしまうことが多い。


グレンは周りで眠っている者たちを起こさないよう、なるべく気を配りながら立ち上がると、音もなく休憩所をあとにする。



これまでは魔物に気づかれないよう、存在を隠しながら朝をまってきた。しかし今は人数が多いため、夜間も戦うことを前提として、三十名はそれぞれで休息をとっている。


周囲を警戒する者たち。


照明玉具の近場にて、荷馬車を守りながら待機をしている者たち。


休憩所で眠る者たち。


起きてすぐは判断力などの低下により、土の領域が使えても見落とすことが多い。夜間の魔物は積荷を狙わないため、護衛の兵たちは日中と違い、全員がまとまっていた。


味方の位置や敵の強さなどは、領域で大まかな把握ができたとしても、それだけでは完璧とはいえない。


隊長代理からすれば、動かす者たちが近場にいたほうが、指揮を執りやすいのは事実である。


昨日の戦いでは、左側と前方は中央から離れていた。メモリアがどんなに叫んだところで、その位置からでは指示は伝わらない。


レンガの防衛や軍の移動などでは、指揮官の言葉を広げる者たちがいる。しかし今の人数でその役目を兵士に任せると、荷馬車の防衛が手薄になる。



兵数が多くなれば指示は届き難くなるが、それでもこの輸送隊は三十名である。


犬魔の群れと戦ったときは、岩魔法でグレンの手助けをしていたため、五十mという制限があった。


だが魔虫との戦いでそれをする必要はなく、もしガンセキが中央で大地の声を使っていれば、より確実にことを運べたであろう。



照明玉具の周りで待機している兵たちは、赤の護衛が立っていることに気づき、少し困った表情を浮かべていた。


だが今はそれどころではない。グレンは彼らのもとに近づくと、顔を青白くさせながら。


「水が欲しいんすけど」


その場にいた救護兵は手持ち桶に水を注ぐと、一方を指さしながら。


「まったく。用があるときは言ってくれろば良いものを」


青年は首を曲げて謝ったのち、桶の水をこぼさないよう気をつけながら、急ぎ足で野宿場から離れていく。


先ほど教えてもらった木陰まで辿りつくと、グレンはそこで全てを開放する。


昨日はもよおさなかったぶん、今日はお腹が痛くなっていた。


・・

・・


虫も鳴かない山の麓。


昇ってきた太陽が木々を照らす。


その輝きは風にゆれる枝々を通り、影とともに湿った地面を彩る。


春をむかえ緑が冴える。苔と雑草が入り混じった中に、青紫の花がひっそりと咲いていた。


欲望の秋と時止の冬。それら二つの季節にも、境というものは存在している。


目に見えない微魔小物の影響か、ここら一帯の落ち葉などは、通常よりも大地に帰るのが早いと聞く。もしレンガの近場にこのような土があれば、排泄物を清水で処理する必要もないのだろうか。



青年は立ち上がると、地面の穴に落とされた分身を見つめながら。


「君はやがて土に帰り、きっと可憐な花を咲かせるだろう。さよならは好きじゃない……許されるなら、またいつか」


そのような別れをつげると、涙を堪えながら物言わぬ友に土をかける。


・・

・・


すっきりした表情で野宿場にもどれば、そこにはメモリアが待ち構えていた。


「お手洗いに行くときは、誰かと一緒にって決まりがあるの。そういうのを守ってもらえないと、オジサンみたいに怪我しちゃいます」


注意を受けた青年は、無表情で頭をさげると。


「なにぶん急いでたもんで」


「グレンさまは赤の護衛なんだから、それを自覚してくれないと困ります」


物資を守ることがメモリアたちの仕事だが、今は一行をヒノキに送り届けるという使命も帯びている。



魔王の領域で戦った経験をもつ、二名の分隊長。


非戦闘時には少し不安があるのだが、魔虫と大犬魔から荷馬車を守れたのは、隊長代理を中心に兵たちが動いた結果であった。


敵の探知に失敗したとしても、動揺せずに立て直した代理補佐は、珍しい調和型の土使いでもある。


そして凄まじい身体能力をもち、なおかつ頑強壁を習得した属性兵。



この分隊が優秀でなければ、そのような役目を任されるとは思えない。


頭をさげていたため、自然と相手の足もとが視界に入っていた。青年は姿勢をもどしたのち、薄気味悪い笑を浮かべながら。


「そんな震えてたら、誰も言うこと聞いちゃくれませんよ」


メモリアはその場から一歩さがる。恐らく昨日の出来事により、グレンのことが怖いのだろう。


彼女の後方にいる兵士たちは、間違いなくこちらに意識を向けていた。


「わたしを殴っても良いですけど、決まりは守ってください」


もしグレンが暴力を振るってきたときは、彼らが止めに入るのだと予想できる。


相手は赤の護衛であり、一人で大量の魔虫を引きつけた炎使い。夜明けを迎えたこの世界で、その姿は異質な空気をまとっていた。


殴っても良いですか。


グレンとしては冗談半分で言ったのだが、メモリアは本気だと受けとったようである。


そんなに怯えるくらいなら、注意などしなければ良いと思うのだが、隊長代理なのだから仕方ない。


「まあ安全が第一なんで、次からはそうしますよ」


メモリアは肩の力を抜くと、ゆっくり息をついたのち、グレンに笑顔を向けながら。


「それじゃあ、食事の準備をするので、少しまっててください」


しかし懲りないのが彼の性分である。


「さっそくで悪いんすけど、体術の修行をしたいので、ここから離れても良いですかね」


休憩所で眠っていた者たちも、すでに何名かが目覚めており、少しずつ周囲は賑やかになっていた。


正直いえば居心地が悪いというのもあるのだが、この時間でないと体術の訓練は難しい。


「日中は常に移動してるし、夜はそれどころじゃない。五分や十分でも良いんで、そういうのを日頃から続けてないと、戦闘時に身体が動かなくなります」


訓練を再開させてから今日まで、グレンは調子をもどすのに数日かかっている。


その頼みにメモリアは可愛い声で唸ると。


「修行ならここですれば良いの」


「恥ずかしいから嫌っすよ。それに人目があると集中できません」


「たしかにグレンさまの言ってることは間違ってないよ。でも敵が接近してきたとき、最初に気づくのは土使いなんだけど、わたしは領域魔法を使えないの」


そうなれば発見者が彼女を通したのち、離れた場所にいるグレンに知らせなくてはならない。


「魔物は個々で特徴が違うの。だから時にその数秒がね、思わぬ事態を招くんだよ」


この森には存在が確認されてないが、身を隠しながら獲物に近づき、一気に仕留めようとする単独がいる。それが狙う対象は、群れからはぐれた個体のみ。



そんな話をしていると、何者かが二人に近づいてきた。


「中央の指示が上手く通らなければ、遠くにいる兵たちは独自の判断で動くしかない。そのための分隊長補佐ということだ」


グレンはガンセキに朝の挨拶をすると。


「土の領域って魔法があるからこそ、周りの様子を見ながら各自で行動できるんすね」


「でも優秀なぶん、一か所が綻べばどんどん広がっちゃうの。だから土の領域が使えない人も、警戒を怠っちゃいけない」


それでも気の緩みは生じるため、一人ひとりが声をかけ合っていく必要がある。


ガンセキは何度もうなずきながら。


「なかなか上手くは行かんが、それが集団行動だ」


どんな理由があろうと、独断で動けば輪が乱れる。


「だからといって下手に意識を統一させようとすれば、内側から崩壊が始まるんじゃねえっすか」


「それを調節するのがわたしの役目」


不満がある者とは会話をする。


理解してから納得させるべきか、自分が納得してから相手に理解させるべきか。


メモリアは苦笑いを浮かべると。


「失敗ばかりしちゃうけど、それでもやらなきゃ始まんないの」


人を物として扱うか、それとも者として接するか。


自分を者とするか、それとも物とするか。


他者を物として扱い、自分も物だと考える。


なにをしようと、結果のためにすべきことをすればいい。



ガンセキは旅の責任者として、隊長代理に提案をする。


「グレンの修行には俺が付き合います」


メモリアはしばらく考えたのち。


「もしお二人に魔物が接近してきたら、群れの場合はこちらと合流してください。だけど相手が単独だったときは、属性兵がくるまで持ち堪えてもらいます」


基本は群れよりも単独のほうが、多くの魔力を本能に有している。


「これは事前の指示ですから、最終判断は責任者さまに任せるの」


土の領域で計れるのは感情と魔力量だけであり、実力などは魔物を目視しなければ解らない。



事前に許可を取った上で、一人での行動を避けてもらえるのなら、離れた場所で体術の訓練をしても構わない。


「食事の準備ができたら呼びますから、グレンさまは好きなだけ修行してください」


メモリアの発言に対しては、なぜか責任者のほうが嬉しそうな顔をしていた。


・・

・・


やはり兵士という職種は男性が多いのだが、探せば女性もそれなりにいる。しかし互いの戦力に差はないとしても、異性が混ざっていれば配慮をしなくてはならない。


個々によって症状に違いはあると聞くが、女性は月に一度だが体調不良を起こす。


頭痛や腹痛は判断力や戦闘力を低下させる。対策としては薬の服用などがあるのだが、効くかどうかは人それぞれ。


また効果の有無は不明だが、魔力まといで症状を緩和させることも可能だという。しかし自然の摂理を狂わせるものといった考えがあるため、その行為に人体への影響がないとは言い切れない。


グレンは修行に適した足場を探しながら、隣を歩くガンセキに声をかける。


「最初は頼りねえって思いましたが、あの人も色々考えながら代理をしてるんすね」


「女性だからこそとも言えるな。一見ではわからんが、恐らく苦労人だと思うぞ」


勇者一行は出立の前日に、アルカより分隊員の情報を受け取っていた。


「たしかフィエルさんはレンガの産まれで、メモリアさんは村の出身でしたっけ」


討伐ギルドは魔物と戦う時期を各団体で決められるため、腕に覚えのある女性はそちらに所属する者が多いとのこと。


だが兵士という職業は縛りが強いぶん、安定した給与を受け取れる。そのため故郷に仕送りをするとなれば、こちらのほうが堅実である。


前者で死亡すれば村への送金は止まってしまう。しかしレンガの兵士であれば、決められた期間は家族へと金が送られる。


ガンセキは自分の生まれ故郷を思い浮かべながら。


「その中でも特に貧しい村は、女性にも兵士という職を頼むのだろう」


「腕が立っても良いことばかりじゃねえっすね。金がないってことは、自腹で宝玉具も買えません」


自らの命より、故郷への仕送りを優先させる。


「兵士には出稼ぎの者が多いからな、軍より支給された品を使い続けるしかない」


ガンセキは歩みを止めると、木々に遮られた空を見あげて。


「せっかくの機会だ。修行の前に話しておきたいことがある」


昨日の一件で入手した、信念旗に関する情報。


「二人には夜のうちに伝えておいたから、あとはお前だけだ」


赤の護衛は足を止め、黄の護衛と向かい合う。


責任者は咳払いを一つすると。


「皆はそれぞれの価値観で生きている」


ゼドは目的のためならば、あらゆる事情を無視すると言った。


「どのような結論に辿りつこうと、それはお前が自分の意思で決めろ。だが人の話は聞け。納得できなくても、覚えているだけで良い」


表面だけが美しい、この世界。


「それだけで、少しは自分が好きになれるかも知れん」


グレンは頭をかきながら、向きを返すと歩きだす。


「まずは話を聞かせてください。考えるのはその先です」


結局は愚か者であろうとも、馬鹿なりに考え続ける。それが赤の護衛として、自分が成すべきことなのだから。



しばらくその道を進むと、青年は動きを止めて足場の確認をする。


昨日は休んでしまったが、拳士は今日も鎧をまとう。


そしてグレンは、両手を熱く握りしめた。



責任者は青年の背中に向け、重要なことを始めに伝える。


「コガラシさんは……協力者かも知れん」


彼は一点に集中してしまい、周りが見えなくなることも多い。


だがガンセキは気づいていた。



敗国者。


ギゼルの過去。


戦争終結を望まない者たち。



これら幾多の予想を掴み取る力こそが、炎拳士の最も得意とする武器なのだと。

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