表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎拳士と突然変異  作者: 作者です
9章 集団行動
115/209

四話 敵は誰だ

フィエルがグレンのもとに向かってすぐ、ゼドは土の領域を消して立ち上がる。その悪どい眼差しは、メモリアへと向けられていた。


「責任者と二人でお話をしたいだす。早々で申し訳ないのだすが、ここから離れる許可をもらいたい」


隊長代理は小さく息を吸いこんだのち。


「案内人としてオジサンがそれを望むなら、わたしに拒否はできないの。だから判断は責任者さまに任せます」


「俺としてはそうしていただけると助かりますが、今は集団で行動しているので」


ガンセキは最終判断をピリカに任せることにした。


「できることならこの場でお願いしたいのですが、それだとこの人は口を開いてくれません」


商人は細い目をひらくと、案内人の正面に立ち。


「十分ほどで終わらせてくださるのなら、お好きにどうぞ」


その嫌味な眼差しを、ゼドがどのように受け取ったのかは、本人にしかわからない。


案内人は二人に頭をさげると、責任者とともに荷馬車から離れていく。


・・

・・


人の手が加わった、太陽の光が差す森のなか。


先ほどの戦闘で、土使いが召喚した人工の岩。



ガンセキは地面に横たわる木の幹に腰を下ろし、ゼドは中岩に背中を預けて座っていた。


「ほんと怖かっただすよ。あと数分あれが続いてたら、自分はきっと泣いてただす」


そんな男性に責任者は溜息をつくと。


「一つ言っておきますが、俺はまだ怒ってますよ。それに話し合う機会を望んだということは、貴方の真意でも聞かせてもらえるのですか」


「ガンセキさん怖いだす。みんなそうやって自分を虐めるんだす」


減らず口を相手に返したのち、ゼドは右手で自分の頭部をさすりながら。


「お前の言うとおり、同類かどうかはなんとなくわかるだす。あの人を剣士という一点だけで判断するのなら、自分よりずっと信用できるだすよ」


相手が簡単に真意を打ち明けるとは、ガンセキも考えていなかったようで。


「まだ魔物が弱いうちに、二人を剣士として接触させたかったのですか」


それは驚きの口調となっていた。


「自分はそのつもりだったのだすが、少し問題が発生しただす」


だからこそゼドは責任者との一対一を望んだ。


「コガラシ殿は戦場からの出戻りだすが、仕事場は主に内地だったようだすね」


デマドより本陣を目指す分隊の情報は、アルカから一行の面々にも伝えられている。


「これといった手柄もないのだすが、彼のお師匠さんはけっこう有名な人だす」


「戦っている姿も見ないまま、ゼドさんは相手の実力が解るんですか」


それが把握できてもいないのに、勇者と接触させようとするなど、実に馬鹿げた行動である。


「自分には一見で実力を知るなんて無理だすよ。でも一般兵から話を聞けば、ある程度の予想はできるだす」


デマドを出発してからの一日を使い、ゼドはコガラシの情報を集めていた。


「それにグレン殿は炎拳士の弟子だすよね。それなら自分が彼に注目する理由も、お前には解ると思うのだすが」


ギゼルについて調べるうえで、コガラシの師を知らない者はいない。



責任者は木の幹から立ち上がり、案内人を見下ろすと。


「貴方の行動には理由があった。でもそれは勇者を危険に晒してまで、実行すべきことなのでしょうか」


このまま本陣へと物資を運んでいれば、二人はいつか剣士として、もっと安全な形で接触することもできたはず。


「緊急事態でなければ、手の内を見せてはもらえないんだすよ。先ほど彼がどのように戦ったのか、繊細は勇者さまから聞いているだす」


大犬魔を殺したのち、ゼドはセレスと合流していた。



片腕だけで単独の一撃を流す。


空中で身体を回転させたのち、剣撃により魔物の頭部を破壊する。


「とてもじゃないだすが、魔力まといなしでそれをするのは難しいだす」


「一般兵のほとんどは貴方と同じです。それに魔法を使えない属性分隊長もいます」


だがガンセキは言ってから気づく。コガラシはイザクと同じだということに。


ゼドは中岩から背中を離すと、右腕を地面にそえながら。


「さっきからなんども調べているんだすが、やっぱコガラシ殿には魔力がないんだすよ」


「貴方のように、魔力を隠す技術が使えるのでは」


敵地に潜り込むうえで、光の魔力を有していては、魔者の展開させた領域に引っかかる。


ゼドは不気味な笑を浮かべながら。


「殺気は感情。気持ちは心。心には魔力があるだす」


それを研げるのなら、魔力も一緒に領域から隠すことが可能である。


「だすが心を削るというのは、とても危険な行為なんだすよ。まともな師匠であれば、そんな技術は教えないか、禁じるのが普通だす」


操ることは可能だとしても、コガラシにはそれを研ぐ技術はない。


我流で殺気の技術を導きだした者は少ないが、それでも探せば存在する。


だが危険性を明かさないまま、研ぎ方だけを教えるなど、決して許される行為ではない。


「恐らくコガラシ殿は、宝玉具を利用してるだす」


「貴方の領域すら誤魔化せるとなれば、間違いなく純宝玉が必要となりますが」


ガンセキはこれまでの記憶を辿りながら。


「そういえば、思い当たるふしがありますね。彼はいつも懐に小刀を入れています」


宝玉具には位があり、魔力の消費にも幾らかの違いがある。たしかに一般兵は低位魔法を使える者も多いが、彼らの魔力量では限界があった。


濁宝玉では剣を頑強にしても効果は薄い。もし一般兵にそれを利用しても、けっきょくは費用だけが高くついてしまう。


その魔力は低位魔法に使ったほうが良い。だからこそ一般兵には玉具ではなく、通常の剣が支給されていた。


「刀身を見ることができれば、彼の属性を知ることも可能だすが、そう簡単には見せてくれないだすね」


現状で領域から自心の魔力を隠すということは、一日を通して純宝玉の懐刀を使う必要がある。もしそれが可能だとすれば、彼は最低でも並位属性使いでなくてはならない。


「そもそもなぜ隠す必要があるのだすかね。並位魔法を使えるのなら、それを知られてもべつに良いじゃないだすか」


すぐに剣を壊すという欠点を、宝玉具により補うことも可能となる。



魔力を隠して、一般兵として行動する。


属性兵ではなぜ駄目なのか。


戦場で八年。それ以前からもコガラシはレンガ軍に所属している。


並位だけでなく、低位も使えない兵士。


魔法を使えるという事実を、他者に知られると困る。だがその理由は解らない。


解らないからこそ、コガラシは怪しい人物となる。



しばらくガンセキは考える姿勢をつくっていたが、ピリカが許可した時間は十分である。


「信念旗は国の中枢ちゅうすうまで入り込んでいる。もしコガラシさんが協力者だと考えれば、彼をレンガから離してしまうのは変です」


眠る都市から遠ざけるということは、彼が勇者と接触する機会も減ってしまう。


「セレスは別と考えたほうが良いかも知れませんが、信念旗は魔王の領域に到着した一行は狙いません」


「お前は少し勘違いをしているだすね。信念旗は組織だすが、職業じゃないんだすよ」


それぞれに本職があり、彼らはその裏で信念のもとに行動している。



ガンセキは納得した表情を浮かべると。


「上から戦場に行けと命令され、彼はそれに従ったということになりますね。コガラシさんの本職はレンガ軍ですが、信念旗の協力者だという可能性もある」


ゼドは凶悪な目で相手を見上げながら。


「この世界には犯罪組織がそれなりにあるだす。お前たちもなんとなく気づいていると思うが、その中だと信念旗はまっとうな方だすよ」


「できればそこら辺を詳しく教えて頂きたいのですが、ゼドさんにも立場というものがありますので」


もと実行部隊だとすれば、確かな情報を握っているはずなのだが、勇守会に所属しているのだから文句はいえない。


しかし制限はあったとしても、案内人という立場である以上は、求められれば応じることもできる。


「信念旗は勇者の敵となるために発足したわけじゃない。一度壊滅したのち、彼らは大きな後ろ盾を得て、現在の形になっただす」


「その後ろ盾とは、今でいう協力者ですか」


ガンセキの質問に、ゼドは首を左右に動かすと。


「信念旗の考えに賛同したうえで、自らの意思で力をかすのが協力者だす。でもそいつらは違う。両者には理由があって交渉し、両者は納得して手を結んでいるだす」


個々で生活のある者たちに、信念を遂行するための費用を要求するなど、そもそも限界がある。


「強大な後ろ盾を得るかわりに、信念旗は勇者を狙っているのですか」


ただの民として、情報などを信念旗に提供する個人。


明確な意志を持ち、信念旗の上層部と繋がる者たち。


「信念旗の信念と、後ろ盾の考え。まったく関係ないように見えるだすが、大本は同じなんだすよ」


ガンセキはゼドを睨みつけると。


「もしコガラシさんが協力者だとすれば、セレスは見殺しにされたかも知れません」


魔力を隠しているからといって、信念旗の協力者だとは言い切れない。しかしその理由が不明であれば、今後のためにも疑うべきである。


ゼドが準備不足で行動したことにより、ガンセキたちは勇者を失ってしまう可能性があった。


「数名が土の領域で警戒しているのだから、自分のように下手な動きをすれば、悪事は周囲に知られるだす」


協力者はあくまでも協力者であり、本職に誇りをもっている者もいれば、守るべき家族をもつ者もいる。


それすら持たない協力者は、良いように使われてしまう。


「コガラシ殿の立ち位置は信用できないだすが、剣士としてだけなら自分よりも信頼できるだす」


セレスの情報が信念旗を通り、そこからオルクに伝わる危険はある。それでも勇者がコガラシから得られるものは多いはず。


「実行部隊はたしかに勇者を憎んでいるが、そもそも信念旗は別の目的で結成された組織だす」


ゼドはそう言ったのち、中岩に右手をそえながら立ち上がり。


「それと兵士から仕入れたのだすが、彼はもともとフスマの出身であり、今は母上をレンガに残しているそうだす」


コガラシには守るべき家族がいる。


その情報をガンセキに伝えると、ゼドは一人で荷馬車へと歩きだす。


あとに残された責任者は、相手の背中を眺めながら。


「ゼドさんの立ち位置を、俺に教えてくれませんか」


敵か味方か。それとも中間か。


案内人は頭だけを動かして、責任者に振り返ると。


「自分たちは剣道の果てに辿りつけるのなら、あらゆる事情を無視するだす」


己の剣を世界に認めさせたい。だから強者だけを狂ったように求める。


「でも頭が悪いから、目的の切り替えが上手くできないだす」


戦いの螺旋を終わらせるために、それをしてくれそうな相手を探す。



しかしそれらの目的を失ってしまえば、あとは彷徨うことしかできなくなる。


「自分はさっさと案内を終わらせて、もとの旅人に戻りたいだす」


敵でもなければ味方でもなく、さらにいえば中間ですらない。


ガンセキの依頼だったから、ゼドは案内人を引き受けた。


相手が勇者一行だから、彼は大量の金を受け取った。


「終わらない道かも知れないだすが、生きてるうちに頑張って終わらせて、イカズチのもとにいきたいだす」


一方的に押しつけられた約束が、化け物にはならないと、今も剣士を生かしていた。


ガンセキは笑いながらうなずくと、ゼドのあとを追って歩きだす。


「俺たちは故郷に帰るらしいけど、貴方は神のもとを目指すのですね」


たとえ刃が折れようと、この男は目的をもって生きていた。今はただ、道に迷っているだけである。


「あと一つ忠告させてもらいますが、今は土の領域で貴方を警戒しているはずなので、勝手に動きだすとメモリアさんに怒られますよ」


その言葉にゼドは瞳を潤ませると。


「ところでものは相談なんだすが、自分は隊長代理とあの女が怖いだす。できればお前に監視されたいのだすが」


実はこの男。まったく反省していなかったりする。


「助けてくれたのはピリカさんじゃないですか。嫌いだなんて文句をつける前に、お礼くらい言うべきでは」


「お前は奴の恐ろしさを知らないだす。そんなことしたら、なにを要求されるかわからないじゃないだすか」


すでに辺りの霧は晴れているため、二台の荷馬車はここからでも目視できる。



所々に魔虫の生き残りは見られるが、これらは群れとならなければ、人間の脅威とはいえない。


近くにいるセレスたちは、今も物資を護っていた


「明日でも明後日でも良いので、あいつには謝ってもらいますからね」


だがゼドはいつものように鼻くそを穿りながら。


「勇者に詫びる言葉なんて、自分にはないだすよ。そんなことをするくらいなら、最初からやらないだす」


自分で決めて実行したのだから、結果が悪くても歩き続ける。


「謝るという行為は、許しを得るためにするものだす」


ごめんなさいの一言で、片づけられる悪事は少ない。


「刻亀討伐の結果が悪かったら、お前は彼女に謝るだけで終わらせるのだすか」


責任者は相手の背中から目をそらすと。


「それでも俺は謝りますよ。その先にすべきことを考えます」


ゼドはそんなガンセキを鼻で笑うと。


「騙す奴より、騙された方が馬鹿なんだすよ」


彼の行動は全て私情だった。


「嘘が知られて首を切られようが、勇者に謝罪など死んでも御免だ」


それでも情けないこの男は、許しを請うために口を開いてしまうことがある。


「自分は他の誰でもない、ただのゼドだす」


生きたいように生きて、己の意思で死ぬ。


螺旋の終わりを求め、失敗したのだから、一本道に迷うのは覚悟の上。





たとえ化け物だとしても、彼は自分をゼドだと言い張るだろう。


「自分を信じるかどうかは、全てお前の自由だす」


かつて剣道の果てを、一途に目指した男がいた。


彼は決して悪人ではない。


案内人は歩みを止めると、黄の護衛と正面で向かい合う。


旅の責任者は姿勢を正し、罪人の言葉を待つ。


「もし宝玉具の刀身が緑鋼であれば、コガラシ殿は十中八九で信念旗の協力者だ」


「その理由を聞いても良いですか」


しかしゼドは向きを返すと、ガンセキを無視して歩みを再開させる。


荷馬車はもう、すぐそこまで迫っていた。




ゼド


ピリカ


コガラシ




輸送隊に紛れているのは、敵か、味方か。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ