九話 ただいまを言える場所
陽が暮れて・・・母なる月が、優しく辺りを照らす。
旅立つ者達は、村での最後かも知れない夜を、どう過ごすのか。
「お姉ちゃん・・・今日一緒に寝よ」
「もう、アクアったら・・・15歳になっても甘えん坊なんだから」
アクアは照れくさそうに笑う。
2人は何時も一緒の部屋で眠っていた。
今日は一緒のベッドで。
「アクア・・・せまくない?」
「うん、大丈夫だよ」
アクアは姉に抱きつく。
「お姉ちゃん・・・暖かい・・ふかふかだよ」
姉はアクアの柔らかい髪を優しくさする。
アクアは嬉しそうに、姉の胸に顔を埋める。
「ボクね・・・帰って来たら、お姉ちゃんに一杯旅の話を聞かせてあげるんだ」
「あら、それじゃあ楽しみにしているわね」
「だから・・・無理しちゃ駄目よ」
「大丈夫だよ・・だってセレスちゃんにガンさん・・・なんたってグレン君が居るんだもん」
姉は妹の言い方が可笑しかった。
「ふふっ、アクアは本当に炎使いが好きね」
「うん、メラメラカッコイイもん」
「アクアは昔から、グレン君の炎が特にお気に入りよね」
「そうだよ、だってグレン君の炎はとても赤くて・・・何処か悲しいんだ・・・」
姉には良く分からない・・・炎なんてどれも同じだと思う。
「アクアも本当は炎使いに成りたかったの?」
アクアは首を振る。
「ボクは水使いだよ、綺麗な水なんだ」
「そうね、アクアの水はとても綺麗だもの」
アクアは嬉しそうに笑う。
「それじゃあ、そろそろ寝なさい・・・明日は速いのだから」
「・・・うん」
月明かりは優しく2人を照らす。
寝息をたてている妹の顔を、姉は優しくなでる。
・・・アクア・・・私は・・・離れたくない・・・。
それでも見送るのが・・・この村に産まれた者の宿命・・・。
お父さん・・・お母さん・・・お願い・・・私の大切な・・・アクアを護って。
セレスはオババの肩を揉んでいる。
「オババ、グレンちゃんと修行してたんだよね」
「ん・・・そうじゃが、グレンに聞いたのか?」
「うん、私も久しぶりにグレンちゃんと修行したかったな~」
恐らくグレンは嫌がるじゃろう、何時も酷い目に遭わされてたからの。
「それよりセレスよ、旅の支度は出来とるのか?」
「私もう19歳だよ、ちゃんと支度くらい出来るも~ん」
変な物を入れてなければ良いが・・・まあ、必要な最低限の物はガンセキに任せてあるから大丈夫か。
「・・・そうか、お主もそんな歳になるのか」
あの頃は大変じゃった・・・若い頃に、旅の道中で旦那が先に逝ってしもうて、子供を育てた事なんぞ一度もないんじゃ。
他の者に育ててくれと頼んだが、皆恐れ多いとか言って誰も引き受けてくれなんだ。
・・・まさか、この歳になって赤子を育てる事に成るとは・・・夢にも思わなんだ。
赤子を持つ者に、乳を頼み込んで、おしめを取り替えて、夜泣きには本当に参った。
じゃが・・・いい経験をさせてもろうた・・・子を見送る者の気持ちを、この歳で始めて知ったわい。
しかも・・・2人も・・・。
オババは一人の青年を思い浮かべる。
若造が仕事を始めるまでは、ワシの家で3人で暮らしとった・・・口は悪いが、我侭も言わず世話の掛からん餓鬼じゃった。
セレスが異常に懐いて・・・何時もあやつの後ろにくっついてた・・・それは今も変わらんか。
「セレス・・・はよ寝ろ・・・明日は速いんじゃ・・・」
「まだ大丈夫だよ~ 私もっと婆孝行するんだも~ん」
・・・充分お主は・・・ワシに孝行してくれた・・・
「いいから寝んか、もう肩も充分に解れたわ」
・・
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・・
セレスが部屋に行き、オババは一人・・・。
今回の旅の4人・・・
ガンセキ・・・旅立つ前は、あれ程に臆病だったお主が・・・余程の地獄を見てきたのじゃろう、あの母も喜ぶじゃろうて、今のお主の逞しくなった姿を見ればの。
アクア・・・まだ15の若さで、選んでしもうた・・・姉もさぞや辛かろう、じゃがあの者以上の水使いは、他には居んかった。
セレス・・・お主が勇者を憎んでいる事は知っておった・・・それでもお主しか、この馬鹿げた儀式を終らせる事のできる者は、居ないんじゃ・・・憎むなら、ワシを憎め・・・。
グレン・・・お主は・・・誰にも甘えん・・・自ら望んで、全てを背負おうとする・・・お前は親殺しではない・・・お前の両親が死んだのは・・・ワシの力不足じゃよ・・・。
この4人だけではない・・・多くの者をワシは死地へ向かわせてきた・・・。
オババは蹲り泣いていた・・・若者に全てを託す事しかできぬ・・・愚かなワシは、如何なる罰も受けよう。
何時もの力強い、元気な姿はない・・・その老婆は・・・両手を合わせ・・・必死に祈る。
・・・神よ・・・どうか・・・あの者達を・・・護ってくだされ・・・。
ガンセキはオバハンの飯食い所に向かう。
「よう、おばさん・・・頼んでいた保存食を取りに来たぞ」
「おう、ガンセキかい・・・まってな、今取ってくるから」
「なんだおばさん元気ないじゃないか」
「今日は宴の飯作るのに疲れただけさね・・・男共め、ありゃどう見ても大きい子供だよ」
ガンセキは笑いながら
「そういうな、めでたい日なのさ・・・なんたって今日は新たな勇者が生まれたんだ」
「・・・そうさね、これで最後に成ればもっと嬉しいんだがね」
ガンセキはオバハンから顔を背ける。
「おばさん・・・今度こそ、必ず成功させる・・・誰一人絶対に死なせない」
オバハンはガンセキに語りかける。
「ガンセキ、1人生きて戻って来た事を・・・後悔なんてするんじゃないよ」
ガンセキは何も喋らない。
「あたしはね、お前が生きて戻って来ただけでも・・・救いだったんだ」
男はオバハンに。
「でも・・・俺はおばさんの息子だけじゃない・・・他の2人だって・・・」
「あの馬鹿息子だって、本望さね・・・夢だった勇者に成れてさ・・・」
「聞いてくれ・・・おばさん、俺はカインを「何も言うんじゃないよ!!」・・・」
ガンセキの言葉をオバハンは遮る。
「旅先で・・・何があったかは、聞かないよ・・・あたしが、お前を恨むと思うかい?」
ガンセキは俯く。
「あたしはね、お前のお袋さんが毎日祭壇の下から祈ってたのを見てきたんだよ」
「それにね・・・村に帰ってきてからのお前をずっと見てきたんだ」
ガンセキは肩を震わせ、何かを堪える。
「仕事もろくにしないで・・・来る日も来る日も、狂ったように修行に明け暮れて」
「あたしがそんなお前に、恨みを言うような人間だと思ってるのかい!!」
ガンセキは両膝を地に・・・堪えきれず・・・泣き崩れる。
オバハンはしゃがみ込んで。
「村の皆だってそうさ・・・お前の全身に刻まれた傷跡を見て、お前に暴言を吐くような人間はこの村には一人も居ないよ」
「お袋さんが立派になったお前を見たら、さぞや喜ぶだろうよ・・・あんなに臆病で何事にも直ぐに逃げ出してた、あのお前が・・・立派な土使いに成って、再び旅立つんだ」
「絶対に死ぬんじゃないよ・・・あたしは・・・2人も息子を失うのは御免だからね」
違うんだ・・・おばさん・・・俺はカインを・・・・。
「必ず・・・誰一人・・・死なせない・・・俺が護って見せる」
「ああ・・・お前も含めてだよ・・・分かったね」
「・・・はい」
ガンセキがそう言うと、オバハンは立ち上がり。
「お前、飯はまだだろ其処に座って待ってな」
グレンは一人、部屋の掃除をしていた。
「・・・こんなもんだろ、結構綺麗になったな」
遂にこの村ともオサラバだな・・・まあ、俺には残す家族も居ないし、後を濁す心配もない。
誰かに心配を掛けるなんて、俺は御免だ・・・出来るだけ誰にも迷惑を掛けない、それが俺の生き方だからな。
そりゃあ、生きてれば迷惑を掛けるのは当たり前だ・・・でも、要らない迷惑は出来るだけ掛けたくない。
俺は今までで、沢山の人に迷惑を掛けてきた。
オババにも、村の皆にも・・・・両親にも・・・・。
でも、セレスの重荷にだけは・・・絶対に成りたくない、あいつは此れから沢山の人の想いを背負っていくんだ。
俺は絶対に、お前の重荷にだけは成らない。
「さてと・・・荷物を造るか・・・」
少し大き目の背負い鞄と、一回り小さい肩掛け鞄を取り出す。
勇者には専用の衣類がある、実は俺にも御一行の服がある。
俺は炎使いだから、火の服だ。
炎は赤だから数ヶ所に赤が入ってる、俺専用に造ってくれたみたいで、左右の腰袋まで用意してくれた。
また村の人に世話を掛けちまったな・・・でも・・・ありがたい、実は今まで使ってたの、もうボロボロだったんだ。
右腰袋の中に油玉、左腰袋の中に火の玉を入れ替える。
大き目の背負い鞄には衣類と、旅に置いて個人で必要な物を詰め込む。
飲料はアクアがいるから大丈夫だ・・・あいつから出た水を飲むのか・・・一度火にかけて、冷ましてから飲む事にしよう。
次の街までの食料等、必要な物はガンセキさんが用意してくれるらしい。
肩掛け鞄には、油玉や火の玉を作る材料を入れる。
まいったな、材料が少ない・・・まあ何処でも買える物だし、次の街でも買えるか。
油だけは出来れば、おっちゃんの油が良いんだけどな・・・あの油はおっちゃんが調整した特性なんだ。
油玉専用の油と言っても過言ではない、おっちゃんは俺が一番この村で世話になった他人だ・・・頭が上がらない。
でも・・・おっちゃん照れ屋だからな、挨拶に行っても嫌がるだけだし・・・。
荷物の準備も終わり、特にする事もなくなった。
「そろそろ・・・寝るかな・・・」
俺は布団に入る。
次の街まで3,4日は野宿だ・・・今の内に暖かい布団を確り堪能しよう。
・・
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・・
朝、陽が昇る・・・。
俺は目覚めが良い、朝は得意だ。
今日はセレスも起こしに来ない・・・勇者の儀式の決まりで、俺達は村内ではなく、村から少し離れた森中の【出発の広場】に集まって、それから旅立つ。
出発の広場に着くまでは、他の仲間を含めて村人とも会ってはいけない。
旅立つ者に会う事を許されているのは・・・家族だけだ。
だから恋人のいる者が旅立つ時は、家族になる人もいる・・・セレスの両親のように。
グレンは起き上がると、直ぐに布団から出て朝食の支度をする。
不味くもなく、美味くもない飯を何時もより美味しく味わい。
炎使いの服を着て、ベルトに腰袋を2つ装着する。
肩掛け鞄をして、背負い鞄を背負う。
水宝玉の手袋を両手にはめる。
扉の前に立ち・・・。
「それじゃ、行って来ます」
だが・・・行ってらっしゃいの言葉は聞こえてこなかった。
はは、当たり前か。
グレンは家を出る・・・扉の近くに、袋が乱暴に置かれていた。
それと共に汚い紙が1つ。
『こんな高い油を買う物好きはお前だけだ、ついでに油玉の素材もくれてやる』
その紙には、おっちゃん油の調合方法が書かれていた。
「はは・・・おっちゃん、相変わらず照れ屋だな・・・」
袋を開けると、油玉の素材と油の他に、大きい紙が丸めて入っていた。
なんだ、これ?
紙を広げる・・・どうやら防具の設計図のようだ・・・。
グレンは地面に設計図を広げる。
「・・・何だこれ?」
違うぞ・・・防具にしては複雑すぎる・・・。
設計図の端に、おっちゃんの汚い字で・・・『グレン専用武具』
グレンは設計図の入っていた袋から、素材と油を出して肩掛け鞄に積める。
空になった袋をひっくり返すと・・・その中から、小さな袋が出てきた。
それを開けると・・・火の宝玉が・・・ただの宝玉じゃない、こんな澄んだ宝玉は始めて見た。
小さな袋の中から・・・紙切れが・・・それには文字が書かれている。
『こいつは俺がお前の為だけに設計した、お前等が今から向かう事になるレンガ(街名)に、俺の古いダチが居る、そいつの工房にその設計図と、純宝玉を持って行け』
『大体の話と簡単な設計図はそいつに送ってある、直ぐには完成しないが数週間で渡せるだろうよ、あと・・・悪いが金はお前で用意しろ、宝玉を手に入れるだけで俺は精一杯だ』
その紙切れの裏に住所と、簡単な地図が書かれていた。
グレンはニヤケながら。
「おいおい、勝手に話を進めるなよ・・・金はそれなりに蓄えてきたけど、足りるか分からないぞ」
あのおっさん、照れ屋の癖に・・・お節介と来た。
『一つ言っとくが、お前の世話を焼いたなんて俺は思ってないぞ・・・俺は勇者じゃなく、お前に想いを託したんだ、昔叶えられなかった俺の使命を・・・俺はお前に託したんだ、ただで人に託して自分は何もしないなんて、俺のプライドが許さねぇんだよ』
『俺の果たせなかった、勇者を導くと言う使命を、俺の代わりに果たしやがれ』
・・・おっさん・・・俺にそんな重い使命を背負わすんじゃねえよ。
『・・・待ってるからな、お前等が魔王を倒す時を・・・』
最後に一文字。
『行って来い・・・グレン』
グレンは設計図と宝玉を、丁寧に鞄に入れて・・・
「おっさん・・・行って来る・・・ありがとよ」
グレンは笑顔で歩き出す。
始まり~旅立ち 終わり