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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
8章 デマド待機
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八話 もしも

ゼドと一行が合流した翌日。


三人は修行場へ向かい、残ったグレンは朝から赤鉄の訓練をしていた。


昼飯を終えたあと、部屋にもどると組合の者がまっていた。どうやら油玉の素材に不足がないかの確認をし、それの結果を紙にまとめ持ってきてくれたようだ。



素材は全て揃っていたが、必要数に届いていないものもある。


グレンは修行を中断し、自分に用意されたベッドへ腰をおろすと、受け取った紙を見つめながら。


「道は用意されていたとしても、レンガまで運ぶだけで日数が経過する。オッサンの下準備が活かされるのは、俺たちが中継地を発った頃か」


昨日デマドに届いた素材は、一行がレンガを出発するときに、鉄工商会が保有していた物のみ。


準備期間は長いに越したことはない。しかし状況は刻々と動く生き物であり、どうしても制限時間は存在する。


「それをどれだけ引き伸ばせるか。そういった技術も求められる」


刻亀討伐の場合は、相手が人間ではないため、交渉という手段は使えない。狂暴で強力な魔物から、本陣をより安全に守るには。


ギルドはそのために、火炎団を用意した。



鉄工商会を中心に、鎧国が作戦の資金援助をしている。


「制限時間が短いのなら、迅速な動きが求められる」


物資を早く動かすには、どのようにすれば良いか。


列車などの宝玉で動く乗り物は、管理するだけでなく、魔物から護る必要もある。大型の単独が線路を踏むだけだとしても、下手をすれば形状が変化してしまう。


これらの理由により、鉱山から近場の町など、決められた区間でのみ使われていた。


「戦馬を利用できるのなら、それが一番いいんだけどな」


グレンは馬に興味を持ち、レンガで幾つか資料を読んでいた。


頭絡


昔からある馬具の一部を宝玉具とすることで、人間の魔力をまとわせることを可能とする。


闇魔力を利用することもあるが、これは危険な手段であり、魔物化した実例もある。


人間の身体能力を上乗せするだけでは、そこまで効果はないとも考えられるが、この能力は人馬一体こそに本質がある。


馬上からの魔法。雷や炎への耐性。細かな動き。速度の上昇。



岩の鎧 岩篭手の先に存在する上級魔法であり、大地のそれと違い移動を可能とし、防御と共に魔法を防ぐ。


土馬。水馬。炎馬。雷馬。


岩鎧をまとった馬による突破。


氷盾と氷鎧の使い分けと、必要時の足止めや、雷魔法の強化。


遠距離に優れた炎魔法を、馬上から放つことが可能となる利点。


雷撃による攻撃と、電撃による周囲の鈍化。


それぞれの役割分担に、突撃前と突破後などの隊列変更、それらが崩れたときの対処。かなりの訓練を必要とするが、一流となれば恐れられる者たちである。


グレンは誰もいない室内で微笑むと。


「ヒノキへ物資を運ぶのに、これの利用は無理か」


そもそも一人が考えた所で、現状の問題を解くのは難しい。


鉄工商会。火炎団。レンガ軍。セレスが勇者になる前から、すでに計画は始まっていた。


グレンは昨日の会話を思いだし。


「俺のすべきことは……刻亀退治」


当日では間に合わないが、今ならできること。やっておくべき下準備は、赤鉄の訓練だけで充分なのか。


「あんま気が乗らないけど、やるべきことが浮かんだのなら、嫌でも行動しなけりゃ進めねえか」


赤の護衛は紙を持ったまま、重い足取りで自室をあとにする。


目指す場所は二階。用事があるのは、デマドの村長よりも偉い人。



今回の頼みごとに関しては、昨日の女性よりも、ここの物流を仕切る者の方が適任である。それにグレンとしては、あまりピリカとは関わりたくない。


これまで二階に上がったことは何度かあるが、なぜかいつもより段数が多い気がしていた。レンガの宿と違い、どれほど体重を乗せようと、この階段は音を鳴らさない。



一階には分担した物を置く場所がいくつかある。客室をそのまま進めば、渡り廊下の先に食堂があり、村人の姿も見かける。


組合の従業員はデマドの村人であり、レンガからの出向者だけが、一階で夜を過ごしていた。二階は机仕事が主で、それぞれの役割で分かれている。



グレンは部屋の前に立つと、大きな音を立てないように扉を叩く。数秒後に向こう側から返事があり、少しためらいながら取っ手を握る。


そこまで広いわけでもなく、必要な物しか置かれていない。デマドに到着してすぐ、一度だけ四人で訪れた部屋。


ガンセキと同年代の男性。線は細くなければ太くもない。ピリカのような奇妙な空気もなければ、ゼドのような目つきの悪さもない。


服装は村人とそこまで変わらない。



組合長はグレンが手に持っていた紙を見て。


「もし不足の品がありましたら、レンガの方に報告しておきます。互いに連絡を取り合うすべが限られてますからね、ここを発ってしまえば、次は中継地まで難しいです」


輸送隊は五日かけて物資を運んだのち、中継地の要望をまとめた書類を、空の荷馬車と共にデマドへ運ぶ。


「物を運べば、物を持ち帰る。それが上手くいかないのは、とても恥ずかしいことです」


デマドからレンガへは清水と作物。帰りは酒や肉といった、デマドでの生活に必要な物。


「鉄工商会からすれば、一ヶ所に物を集めるってのは、少し専門と外れているんすかね」


昨日の一件で元気がないせいか、相手への敬語が雑になっていた。


組合長はそれで気分を害することもなく。


「戦場からでも得られる物はありますよ」


気持ち悪いほど上手いこと会話を運べてしまい、グレンは内心だが苦笑いを浮かべ。


「心知の実ですか」


予想外の返しに驚いたのか、組合長は自分の額に手を当てると。


「よくご存知で」


「いつか戦う相手ですからね、深くは無理でも簡単には調べました」


心知の実。魔王の領域でしか育たない樹木であり、魔者には人間を食らう種もいるが、これが主な栄養源となっている。


組合長はなんども額を叩きながら。


「それを作ろうと手を尽くしているようですが、人類側では上手くいってないようです」


勇者同盟がその心知の実を欲しがるのは、栄養が豊富だからではない。


グレンは目的のために会話を動かす。


「魔法を使って加工すると、心知の実は心増の力を得るんすよね」


炎を使えば心増薬。水を使えば心増水。光の魔力の影響で、その力は発現する。


こちらの思惑に気づいているかどうか、グレンにも確かなことは解らない。



組合長は頭をかきながら、まるで他人事のように。


「人類の作った実が二割だなんて、もし世間様に知られたら、非難だけですめばいいのですがね」


配慮が欠落したその発言に、今度はグレンが驚かされる。


「値段はかなり高いですが、冒険や討伐が専門の輩には必需品っすよ」


その大半を魔者が作っている。しかし組合長は気にすることもなく、そのまま話を続ける。


「育てるには魔力が必要だという人もいるようですが、魔物の闇魔力では駄目という結論がでてますね。まあどちらにせよ、魔者から樹木を奪わなければ、人類は全体の二割しか手にできません」


「もしそれをギルドが知らなければ、冗談じゃすまされませんよ」


ギルドの影響力を考えれば、知らないということはありえない。だが一騒動が起きるに違いない。


組合長はそのような事実を、なんの考えもなくグレンへ明かしたのか。



男性はどこか疲れた表情で。


「魔王の領域へと行くのなら、いつかは知ることになります。それなら速いうちに」


人類にとって心知の実は資源となる。


「その事実を魔者側も知っているので、必要時は自らの手で処分することもあるそうです。しかし樹木に関しては、そう簡単に燃やすわけにはいかないのでしょうかね」


成木となるまでの年月を考えれば、悩むのも当然と考えられる。


「向こうの事情に詳しくはありませんが、少なくとも彼らは知を失うことを恐れてます。木への想いは、人間への憎しみと同等ですかね」


「魔族と魔者の関係も気になるんすけど、内情を探る手段が少ないから仕方ねえか」


なんらかの形で相手と接触し、さまざまな材料を用意することで、可能な限り情報を得る。しかし魔者が相手となれば、間者は外側から探るしかない。


ゼドが現れたことで、交渉という方法は難しくとも、潜入という手段が加わった。しかし第一人者が放浪の旅にでてしまったため、広まる速度は遅くなっている。




そろそろ本題へ移りたい。そう考えたグレンは、咳払いをすると姿勢を正す。


組合長も何かを感じとったのか、視線をわずかに動かした。


「素材に関しては準備期間が短すぎるので、俺が完璧を要求しても、無理があるのは解ってます。突然のことで申し訳ないんすけど、先程まで話題に上がっていた心増水を、作戦決行までにヒノキ本陣へ用意してもらいたい」


グレンの要求を聞いた組合長は、しばらく相手を無言で目つめると。


「レンガにも蓄えはありますが、他事に使う予定で集めたものですので、失礼ながら一介いっかいの判断では」


質で違いもあるが、値段は二瓶で濁宝玉と同じ。


相手が勘違いしていると気づき、グレンは首を左右に振ると。


「油玉は量産でも、心知の実は個人使用が目的です。用意といっても、五から十ほど頂けると助かります」


組合長のそれは癖なのか、手の平で額を叩きながら。


「……理由を伺ってもいいですかね。そういうのを確りさせないと、なかなか事を運べません」


属性使いとしての特徴。狙う者たちがいるのだから、できる限り他人には教えたくない。それでも頼んだのはグレンであるため、こちらの事情を押し付けるわけにはいかない。


「高位属性使いってのは大きく別けて二種類います。俺は生まれつきじゃなくて、修行と切欠で剛炎を習得しました。刻亀との戦いが一日となれば、途中で休む必要があります。ですがそれだけでは、少し心持たないので」


心増水は魔力を補給できるわけではなく、その者がもとより有している、自然回復の量を増やす。


ただの休憩に比べると、睡眠は二倍となる。これを飲むことで、前者が二倍となり、後者は四倍となる。


「なるほど。しかしそうなりますと、信念旗のこともありますし、無闇に紙は使用できませんね。信頼できる人物をこちらで用意し、その者に代弁書を渡たす方法で宜しいですか」


代弁書 組合長と代弁者の直筆と印を必要とする。


「知る者が一人増えてしまいますが、もしものときは自害してもらいます。正直いえばそれが可能な者は中々いないのですが、拷問などに耐える訓練は欠かさない人なので」


予想外の内容にグレンが尻窄みしていると、組合長はおでこをパンパン叩きながら。


「物事を管理するのに、綺麗ごとだけでは成り立ちません。相手に伝えるのが美しい内容だけなら、こんな仕組みは恐らく不要ですよ」


情報を守るには、そういう方法をとっても仕方ない。グレンがそう考えた瞬間であった。


「必要悪だなんて、絶対に思っちゃいけませんよ。悪事を隠すためにそういう手段を取っているのなら、間違いなくただの悪として実行しましょう」


どうしても嫌だと思うのなら、グレンの情報は書類と共に送るとのこと。


「人に迷惑をかけてまで、俺は自分の身を守りたくない」


それでも、死ぬわけにはいかない。


「変な言い訳はしない方が良いっすね。自分の身が可愛いので、代弁書でよろしくお願いします」


組合長は始めてグレンに笑顔を向ける。


「専門の人をデマドに呼び寄せる必要がありますので、恐らくヒノキへの到着はギリギリかと」


グレンは頭を下げると。


「刻亀を倒すことで、この借りを返せろば良いのですが」


「ではこちらからもその期待として。心増水は個人ではなく一行の四名。あとこれは可能ならばですが、グレンさんには水ではなく薬の方を」


心増薬。基本的な効果は水と同じだが、戦闘中も徐々に魔力が回復する。ただし値段は水よりも高い。


疑り深い青年は、礼も言わずに黙りこむ。その態度に組合長は頷くと。


「先ほども言いましたが、他事に利用するため、鉄工商会は心増水を集めています」


正規ではない属性兵の千名。


「この半数が抜けたとしても、低位魔法のみ使える方たちに心増水を利用すれば、生産量の維持はなんとか可能です」


もしセレスが刻亀ではなく、ただの魔獣討伐を選んでいた場合。レンガ軍はヒノキ本陣を空け、魔物の進行阻止に力を向ける予定となっていた。


「しかし費用は馬鹿にならない。それも鉄所の働き手には負担が増えるため、不満を訴える者も間違いなくでてきます」


この方法は最終手段となっている。


「そうならないためにも、勇者一行には勝ってもらう必要があります」


グレンは感謝の言葉を送ったのち。


「期待にそえるかどうかは解りませんが、心増薬は役立たさせてもらいます」


青年は約束をしない。それでも相手は満足したのか。


「心増薬は約束できませんが、心増水は必ずヒノキへ送らせます」


「すんません」


その一言を伝えると、目的を終えたグレンは、逃げるように扉へ向かう。


だが取っ手に触れたまま、グレンは廊下にでようとしない。組合長は黙って相手の背中を見つめていた。



答えてくれないのならそれでいい。どうしても聞きたいことがあった。


「千年。変わらぬ想いはあるんすかね」


振り向いていた青年の顔に微笑むと、組合長は少し悩みながら、自分のおでこを叩く。


「実に難しい質問ですね。だけどグレンさんたちの故郷では、千年近く同じ儀式が続いているのでは」


「言われてみれば、確かにそうっすね」


しかし長い歴史の中で、オババは絶対の掟を曲げた。


・・

・・


グレンは一人になる。


廊下を歩く。握られたその手は、汗でべとついていた。


心知の実は魔者でしか大量につくれない。


「もしも」


セレスが刻亀討伐を選ばずに、勇者一行が魔獣討伐に成功し、魔王の領域で戦争を終らせようとすれば。


「鉄工商会は敵になっていた」


かも知れない。



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