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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
8章 デマド待機
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六話 愛と憎悪の果てに

組合に戻ったガンセキは二人と別れたのち、用意された自室へと戻る。そこにいたグレンは一見これまでと変わらないが、少し疲れたようであった。


本当はまだ時間がある。だがゼドと話しがあると伝え、杭を渡して部屋をあとにする。グレンは自分も参加したいと望んだが、ガンセキは休めと断る。


そもそも道剣士の話を聞くさい、彼がいると少しばかり都合が悪かった。


デマドでの食事は組合のほうで用意してくれるが、酒を飲むときはなぜか食欲が失せるため、今日はいらないと伝えてある。



照らされた広間と薄暗い廊下。その境には階段が設置されており、ガンセキはそこに腰を下ろしていた。


こんな所に座っていたら邪魔かとも考えたが、この階段は人通りが殆どないようなので、約束の時間までここを利用させてもらうことにする。


人の声に混ざり、木箱を地面に置く音や、鉄と鉄とが互いに合わさる音が聞こえる。独特といえるそれらに身を任せながら、ガンセキはグレンについて考える。


「俺は今後どうすればいい」


自らの本質を認めた上で、受け入れ抗うか、それとも拒絶するか。


一本道を歩く者。たとえ待っているのが破滅であろうと、歩み方の違いだけだとしても、行きつく先にわずかな変化があると信じたい。


途中で道を踏み外し、失敗をした経験があるのなら、ギゼルはなにかを残したはずである。


「全ての道剣士が同じ果てを目指しているわけではない。答えを知るために剣を振りかざす者もいれば、結果を残すために剣に生きる者もいる」


正解を求めているわけではなく、自分だけの答えを知ろうとしている。


結果の先を考えているかどうか。それも各々で異なるのだろう。



そのような考えごとをしていると、上の階から足音が響く。ガンセキはすぐさま立ち上がり、相手の通り道を遮らないように、その場からゆっくり移動した。


そこに現れたのは見覚えのない女性であった。笑顔を向けながらお辞儀をしてきたため、ガンセキもそれに続く。


女は相手が勇者一行だと気づいたのか。


「組合長から詳しい話があると思いますが、中継地までお世話になるピリカと申します」


「我々も同行させてもらうだけなので、物資を運ぶ方たちの世話となる身です」


笑顔を返したガンセキに気を良くしたのか、ピリカという女性は一歩踏み込んだ話題を向ける。


「先ほどセレス様より、ゼドさんとは以前からのお知り合だと伺いました」


彼女の言う通りであったため、ガンセキはうなずくと。


「長い付き合いではありませんが、顔と名前は覚えられてます」


ピリカはその返答に微笑むと、細い目をわずかに開き。


「ここまでの道中で彼が怪我をしてしまったのは、私たちに責任があります。野宿中に魔物から守っていただき、なにか感謝をと思ったのですが、断られてしまいました」


炎魔豚をゼドが倒してくれたお陰で、物資に損害はなかったとのこと。ガンセキはその内容に疑問を感じ。


「自分が聞いた話では、たしか死にかけだったと」


そんなガンセキの言葉に、ピリカは悲しそうな表情で。


「本人はそう言っておられましたが、実際に死骸を確認すると、普通の魔物ではありませんでした」


狂化種。


死にかけであればゼドが逃げたのち、その場から離れることを優先させ、生き延びるために休める場所を探す。しかしそれは通常の魔物とは違い、命が尽きるまで暴れ続ける。


牛魔なども関連が噂されるが、この種は魔物としての本能が強いだけであり、多くの学者は狂化ではないと考えている。



この世界では王都から先が危険だと言われているが、それ以外にも自然や闇の影響などにより、魔物の強弱に違いはある。


レンガ周辺の魔物は、比較的に安全だと言われていた。聖域に魔物が入れないように、大森林や勇者の村など、なんらかの関係があるのかも知れない。


神々と闇の存在は大昔から戦っており、自然が劣勢と思われる土地になると、このような狂化種が増えるのだと考えられている。


事実。刻亀の領域による被害が表面化してから、こういった魔物も多く確認されるようになった。


ピリカはニコニコしながら。


「狂化種は生物として、大切なものを捨てております」


それとの関連は不明だが、この種から素材を剥いで職人に渡しても、本来あるはずの力が失われている。


魔物具の規制がゆるいこの国では、狂化の魔物は特に嫌われた存在となっていた。



鎧国でのみ通用する、狂化種の同義語がある。


「敵を確認しておきながら、害獣の寿命がそこで尽きた。どうも私たちには、そのような現象が信じられないのです」


誰かが止めを刺さなければ、間違いなく野宿場に化け物は現れていた。


「明るくなってから改めて確認したところ、害獣の目元は鋭利な刃物で切り裂かれておりました」


考えられるのはただ一つ。その魔物は寿命ではなく、ゼドに殺された。しかしそこまで解っていながら、ピリカは首をかしげると。


「ゼドさんは野宿場を離れるまで、私と過ごしていたのですが、あの方は刃物など所持しておりませんでした」


手にしていたのは生活用品のナイフだけ。


「護衛長さんの話しでは、私たちの近くに五名ほどの旅人がおられたそうなので、もしかすればその方たちが始末してくれたのかも知れません」


朝になると彼らはすでに旅立っており、お礼もできなかったとのこと。一通りのあらましを説明したピリカは、再度ガンセキに頭を下げると。


「ゼドさん本人は嫌がると思ったのですが、実際に迷惑をかけてしまったので、責任者さんにだけは知らせたほうが良いかと」


その口調には女の思惑が含まれており、薄々ではあるが責任者も気づいていた。


これ以上の関わりは危険だと判断し、ガンセキは無難な返事をする。


「わざわざ教えて頂きありがとうございます。少々遅れましたが、自分は旅の責任者で、名をガンセキと申します」


そんな返答にピリカは頬を赤くすると。


「あら私ったら、責任者さんかどうかの確認もしないで」


責任者が誰かなど、恐らく最初から解っていたのだろう。


魔物から守ってくれたのだが、本人がそれを認めてくれないため、怪我をさせてしまったことをガンセキに謝った。わざわざ繊細を説明しなくとも、ゼドが望んでないのなら、これだけで充分な気もする。



道中でゼドが行ったことを伝えるために、この女は必要以上の情報を責任者に提供した。


ガンセキは少し考えたのち。


「しかしゼドさんがそれほどの使い手なら、共に旅をする上で心強いですね」


ピリカは変化のない笑顔を浮かべながら。


「この世界にはお金でしか動かない人もいれば、お金でしか動けないお馬鹿さんもいます」


損得を金で計る者もいれば、損得を貸し借りで計る者もいる。


一生懸命お金を稼ぐ。これが口癖のゼドにとって、それは本当に必要なのか。


「失礼ながら言わせていただくと、わたくしは彼を信用できません。行動の軸にあるするはずの損得が掴めないのです」


これほど直に感情を向けてくるとは、ガンセキも考えてはいなかった。そして理解した。ゼドが怒っていた原因を。


「彼は損得で動いているのではなく、自分だけの答えを知るために生きているのだと思います。そこに他者の存在は必要ありますが、関係はないのかも知れません」


「自分だけの答えとは、哲学と関係があるのでしょうか。どちらにせよ私には難しいものですが、それはゼドさんにとって、人生をかけるだけの魅力があるのですか」


目先の金儲けだけでなく、長い目で物事を考える。今は邪魔だがもしこの場を生き残れば、いつか強大な敵となる。それならここで手助けをすれば、後々なんらかの形で利用できるかも知れない。


だが下手に手助けをすれば、自分の現状が悪化する。しっかり計画を整えて、自分に火の粉が落ちないように、必要最小限の借りを作ろう。それを利用できずに死ぬのなら、自分の労力を消費しただけですむ。


それ以前に確かめなければならないのは、相手の人間性である。借りを少しでも返そうとしない人間に、たとえ明日はあったとしても、今後の人生で助ける価値はない。


「見返りを求めず行動した果てに、答えがあるとは思えません。先を求めるということは、与えたぶんのなにかを、与えられた側へ要求するということ。少なくも、私はそう信じております」


この考えが全てに当てはまるわけではない。だがこれまで生きてきた中で、ピリカが辿りついた一つの答え。


「勇者をつくりだす見返りに、あの村は暮らしを約束されています。矛盾しているかもしれませんが、俺たちは故郷へ帰るために戦っています」


誰にも心を読まれないために、笑顔が癖となった女性は。


「物事がすべて等価交換で成立するのなら、この世界はなぜこんなにも、表面だけが美しいのでしょうか。ゼドさんは非常に興味深い人です」


それが本心か偽りかは、ガンセキにも解らなかった。それでもゼドの立場を悪化させるだけの目的で、ピリカはここまで踏み込んだ発言をしたのだろうか。


下手をすれば自分の印象を悪化させる恐れがある。



この女性は今までの人生で、得るために色々なものを差しだしてきたのだろう。それだけはガンセキにも伝わっていた。


今回は彼女が踏み込んでくれたお陰で、一つの確信を得ることができた。ならばこちらもその礼として、自分の知っている情報を。


「今は見返りを求めているかどうかは解りません。でも俺の知っているあの人は、なにかを得るために戦っていました。深いことは解りませんが、外から見ている限りでは、勇者とゼドさんは複雑な関係だったようです」


男と女。それだけの繋がりでは、あれほどの異質な空気はつくれない。


決して仲が悪かったわけではないが、二人には異性として、越えてはならない壁があった。


全ての情報をピリカには伝えなかったが、それでもガンセキの返答に満足したのか。


「根掘り葉掘り探っていると、夜道を歩けなくなってしまいますので」


女は視線を相手から一瞬そらせたのち、失礼いたしますと頭を下げて、逃げるようにどこかへと歩きだした。



壁は柱が剥きだしになっており、そこに目つきの悪い男が隠れていた。気を緩めた瞬間であったため、ガンセキは殺人鬼と勘違いして、少し声を上げてしまう。


「人がいない場所で、よくも好き勝手してくれただすね」


臆病者は引きつった口調で。


「いっ いつからいたんですか」


「ああいう会話をするときは、土の領域を展開させるのが基本だすよ。なかにはそれを狙い、背後から迫るのもいるだす。もしお嬢さんが土使いであったなら、余計に注意した方がいい」


一方は領域を展開させたと標的に伝え、もう一方は結界を使い背後から迫る。もしゼドとピリカが共犯なら、実際にありえる手口であった。


「たとえその行動が失礼にあたるとしても、土使いなら自身を守るために、己の領域だけを信じるべきだす」


柱から姿を表したゼドは、右手に食べかけのパンを持っていた。恐らく調理場からの帰り途中だったのだろう。



ゼドは腰を抜かしているガンセキを追い抜くと、口に含んだものを飲み込み。


「複雑かどうかは知らないだすが、勇者と約束はしていただす」


先ほどの会話により、ガンセキはゼドの正体に気づいていた。知られてしまったからには、これから共に旅をする上で、明かさなくてはならないことがある。


「勇者からの条件は力を貸すことだす。だからその約束を果たせたあと、誰の邪魔も入らない場所で、二人きりの殺し合いを望んだ」


ゼドの背中を見つめていたガンセキは。


「ですがあの人は……病で」


「お前が考えているほど複雑じゃない。もっと単純な関係だっただす」


首だけを動かして、ゼドは相手に振り向く。ガンセキの瞳に写ったのは、優しく微笑んだ男。


「自分は実行部隊の一員だった。仲間を殺した俺を恨みながら、彼女は死んでいったよ」


壊れた橋に目を奪われており、背後に隙があったから、白の護衛は刃の錆となる。


逃走中の負傷で興味が失せてしまったため、殺気により魔物を操作することで、野宿していた黄の護衛を襲わせた。


それ以上でもなければ、それ以下でもない。


「互いの利害が一致した上で、自分は彼女に協力していた。たとえ魔王を倒しても、俺との決着をつけなければ、私の戦争は終らない。これがあいつの口癖だった」


ガンセキは立ち上がると、笑っているゼドに話しかける。


「グレンは貴方たちのような存在を、道剣士と名付けました。剣豪と呼ばれる者たちについて、可能な限り教えて頂きたい」


「契約の範囲外だす。自分がそれを教える変わりとして、お前はなにをくれるのだすか。先に一つ加えておくと、金はいらないだすよ」


責任者は剣豪を睨みつけると、拳を握り締め。


「彼らが強者を求めるからには、俺たち勇者一行と関係がある。現にあなたは勇者との一時を欲していた」


「そう言われれば、確かに依頼外ではないだすね。でも沢山のお金をもらおうと、所詮はただの案内人だす」


ゼドは優しい笑顔を消すと、意地汚い笑みをつくり。


「文句があるのなら、そんな回りくどい依頼をだした連中にするだす。まあ案内人である以上は、お前たち一行との戦いは望まないがね」


その素顔を隠すこともなく、剣士は自ら相手へ見せる。


「もっとも信じるかどうかは……責任者さんの判断に任せるよ」


小馬鹿にした口調とは異なり、その目には刃物のような、鈍く鋭い光が滲んでいた。



気づけばゼドとガンセキは、互いに向かい合い。


「案内人だと言い張るのなら、グレンを導いてもらいたい。ゼドさんなら、あいつが同類だと気づいているはず」


そんな責任者の言い分を、ゼドは鼻で笑うと。


「言葉遊びなんて自分は興味ないだす。ようは金以外のなにかを、俺に寄こせと頼んでいるだけだ」


ガンセキは彼が嘘つきだと知っていた。


「俺が用意できるのは、貴方との一対一だけです。しかし今のゼドさんに、それを受け取ることができますか」


赤の勇者がゼドに向けていた感情が、恨み憎しみだけのはずがない。


少なくとも今のガンセキは、誰よりもこの人物を信頼していた。



あてなく世界を彷徨う男は、肩を丸めると相手に背を向けて。


「ここから先は素面しらふじゃ辛いだすから、お酒を飲みながらにするだす。あと剣豪の中には、その呼び名を嫌う人もいるだす」


無闇に使うのは止めた方がいい。


「自分たちはただ、自分を誤魔化して歩いているだけだす。本物の剣豪というのは、強靭な精神力を心に宿した、打たれ強い剣士なんじゃないだすかね」


ガンセキは思う。それも剣に壊れ、心が狂った戦士だと。



二人は酒場に向けて、賑やかな組合をあとにする。会話はない。それでも責任者は彼を知ろうとする。


剣での戦いを欲している人間が、情報のためだけに刃を潜めるなど、屈辱にほかならない。


ガンセキの記憶に残るこの男は、間違いなくあの場所で、誰よりも活きていた。


決着をつけるまで、私の戦争は終らない。床に伏せたその身体で、死にゆく者が最後に望んだ足掻き。


剣豪だというのなら、そのときは狂った笑みを浮かべながら、彼女の願いに応えたと信じたい。


事切れるその瞬間が過ぎようと、正真正銘の悪人として、勇者に刃を向けなければならない。


《なあカイン。俺は……間違ってないよな》


そうしなければ、過去の行いを誤魔化すことになる。


ガンセキはレンゲを想いながら。


《二人の関係が憎しみだけのはずがない。それでもまだ嘘をつくのなら》


全身を震わせながら進む者は、進めぬ友へ小さな声で問う。





「なぜ貴方は……剣を捨てた」

こういった関係でお涙頂戴を意識した瞬間に、登場人物を侮辱したことになる。自分はそう考えているから、こういう場面を描くときは、どうしても偽善者っぽくなってしまうけど、できる限り意地汚く書いていきたい。


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