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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
8章 デマド待機
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五話 いつの誰を信じるか

グレンを見送ったのち、ガンセキは修行場を綺麗にする。


火玉の残骸は崩れやすく、握ったそばからこぼれ落ちてしまうため、土ごと袋に入れる。油玉は片付けそものが大変なため、今回は使わないよう本人に言っておいた。ハンマーで砕いた石の破片は修行場の外にだす。


ここの修行場は立派だが、レンガと違い管理者はおらず、村人が当番制でそれを行なっていた。一人での作業には限界もあるが、無理をいって貸切らせてもらったため、せめてもの感謝を形にする。



ガンセキは手に持った袋を見つめながら。


「道具の素材……か」


メモに書かれた素材の内容と、実際に必要な金額を照らし合わせれば、その間違いに気づくことは可能であった。


油玉は消耗品であるため、素材もやがて尽きる。そこから解るように、ギゼルは隠すために嘘をついたわけではない。


「あいつが無断で行った軍での仕事。それを予想するなど、いくらギゼルさんでも無理だ」


第一に牛魔との戦いがなければ、グレンはイザクに話を振らなかった。



現状とギゼルの立てた筋道には、違いがあるのではないか。


「デマドからヒノキまでは、物資の護衛をしながら向かう。グレンはこの経験により、一ヶ所に物を集めることの難しさを学ぶ」


兵士と共に作戦を行うことで、グレンは油玉の技術提供を決意する。討伐終了後に油玉の量産が始まり、魔王の領域に向けて素材が集められる。


「恐らくこれがギゼルさんの立てた計画だ」


しかしその予定よりも速く、グレンは技術提供を決意してしまう。討伐作戦に油玉を利用するとなれば、準備期間があまりにも短い。そのためギゼルが下準備をしていたとしても、全ての兵士へ油玉を用意するのは難しい。



なぜギゼルは道具の情報を偽ったのか。


素材を集めるのが難しいと知っていれば、グレンの性格からして量産の話を振らない可能性がある。だがそれだけの理由とは思えない。


火玉の焦げあとは未だ地面に残っており、ガンセキはそこに手を添えると。


「今の油玉は個人で使うことを目的としているから、素材の費用は高額となっている。このような状態で数を増やすのは難しいため、改良が必要なのかもしれんな」


ガンセキはグレンから教わった情報を思いだす。



油玉。特に不気味な液体で重要な役割を持ち、なおかつ道を開拓する必要のある素材は三つ。


家畜の糞⇨魔物の糞。


土⇨封熱土ふうねつど


頬紅草(化粧品の原料となる水草)⇨水赤草みずあかぐさ



本来の封熱土と水赤草は、加工したもの混ぜることで高級懐炉となる。レンガは温かいため、必要数を揃えるのは難しい。


封熱土は炎への耐久にも優れており、魔王の領域では防壁の表面にも一部利用されている。



このうちギゼルが道を用意したのは、魔物糞と封熱土のみ。


「彼が道の開拓をしなかった水赤草。それは量産をするにあたり、無理して揃える必要はないと考えるべきか」


ヒノキ本陣に到着したのち、イザクとグレンは油玉の製造だけでなく、今後に向けてそのようなことも調べなくてはならない。


「それぞれの素材がどのような役割を担い、油玉という道具になっているのか。これまではそれを考えずにグレンは使っていたが、量産をする上でそれらを見直す必要があるということか」


個人使用を目的とした今の油玉と、水赤草を省いた油玉の違い。


「現状でやっておけることは、速いうちにすませたほうが良いか」


ここまで考えたガンセキは、ギゼルという人間が行なってきたことを、ほんの少しだが理解していた。


「色々なものを組み合わせることで、どのような反応が起こるのか。そういったものを模索してきたからこそ、あの人は道具使いと呼ばれていたんだな」


懐炉といっても様々であり、この種類はどのような仕組みで熱を発しているのか。


なぜこの魔物は湿った排泄物に着火ができるのか。


こういった知識を基礎として、新たな現象を発見する。



先ほどグレンが言っていた、戦争終結を望まない者たち。


炎拳士が戦場で使っていた道具。もし勇者同盟にその技術を提供できたとすれば、果たして戦争は終わっていたのだろうか。


「力関係は崩れるだろうが、終結は無理だろうな。あの道具はたしかに強力だが、恐らく量産の難度は油玉よりも高い。それと聞いた話では、使用には技術がいるため、人材を育てなくてはならん」


爆棒を大量に造れても、使い手が十名しかいなければ、道具の威力を発揮させることはできない。


味方からは疎まれ、その背後からは圧力をかけられ。そして敵からは憎まれていた。


「それ以前の所業により、ギゼルさんの立場があまりにも悪すぎる」


上の命令であったとしても、ことを進めるには少なからず影響がでるだろう。


ガンセキは改めて、彼が背負ったものを意識する。


炎拳士とは、いったいどのような存在なのか。



地面に添えていた腕から領域を展開させると、ガンセキはグレンの居場所を確認して。


「俺はなにも考えず、ギゼルさんとお前を重ねていた。彼のようになっては駄目だと思いながらも、同じ道を歩んでほしいと願っていた」


ギゼルという存在は、ガンセキにとって憧れであり、なによりも目標だった。そして自分には彼と同じ生き方はできないと、心の奥底では気づいていた。


今のガンセキは勇者一行の責任者であり、なによりも自分を待つ二人がいる。


「お前が軍で働いていた事実を知ったとき、俺はそのことを謝れなかった」


油玉量産に成功したとき、イザクには褒めてやれと言われたが、今はそれよりも伝えたいことができた。


ガンセキは領域に映るグレンの反応に向けて。


「炎拳士なんて継がなくていい。お前はお前らしく、信じた道を突き進め」


彼のようになる必要なんてない。道拳士の誇りを背負ってしまえば、グレンはやがて炎拳士になってしまう。


「今は悩み苦しめ。たとえ歩くのは一本道だとしても、炎使いの誇りがあれば迷うことはない」


「考えることを放棄しなければ、その先にはきっと答えがある」


歩き続けた果てにある物は、その者だけが理解できるもの。


道拳士にのみ許された、ただ一つ掴むことのできるもの。グレンはそれを、自分だけの勝利と呼んでいる。


ガンセキは力強く声を発する。


「俺は責任者として、昔のあなたを信じない」


シビレ一行の炎拳士ではなく、照れ屋でお節介な道具屋のオッサンを信じると、このときガンセキは決断した。


・・

・・


責任者はグレンから意識をそらすと、こちらに向かってくるセレスを確認する。一人でなく二人であったため、もしやと思い領域を操作することで、個人の特定を実行した。


その予想は的中し、もう一人はゼドであった。デマドまでは馬で移動するといっていたが、どうやらなんらかの理由により、物資と共にここまできたようである。


ゼドの無事に安堵したのか、ガンセキはゆっくり息をつくと。


「鉄工商会との間でなにかあったのか。気にはなるが、あまり探らんほうが良いか」


そもそも聞いた所で、またいつものような発言で誤魔化してくるだろう。


「レンガで再会してから、基本あの人はいつもふざけているからな」


居住地と修行場は目と鼻の先にあるため、その後しばらくして二人は現れた。


頭と左腕に怪我をしているゼドを見て、ガンセキは聞くべきかどうか悩んでいたが、その前にセレスが口を開く。


「ウンチを頑張ってたら頭の血管が切れちゃって、そしたら次は豚さんに襲わちゃったそうです。でもゼドさんがいうには、それはいつもの嘘で、本当は包帯をしていると格好良いからなの」


セレスがその内容を信じているかどうかは別として、ガンセキは苦笑いを浮かべながら。


「ここまでの道程で苦労されたようですね」


労いの言葉を受けたゼドは、人を殺しそうなつぶらなまなこを潤ませながら。


「痛かっただす、苦しかっただす、悲しかっただす。そしてなによりも……女が怖かっただす」


これまでの日々を思い返して怒りが蘇ったのか、ゼドは眼球をガンセキに剥きだして。


「なーにが掴みどころがないだすか。自分から言わせろば、あっちの方がよっぽどツルツルだすよ!」


感情を剥きだしにするゼドに驚いたのか、ガンセキは一歩うしろに下がり、相手をなだめようとする。


それでもゼドは収まらず。


「全部お前のせいだすからね!! あんなこと言うから散々な目にあっただす、今度お酒でも自分に用意するだす!!」


なぜ自分の所為なのか解らなかったが、それでもちょうど聞きたいことがあったため、相手の要求にうなずくと。


「この村には旅人がこないので、宿屋というものがありません。でも酒場なら組合の近くにあります。今晩あたり付き合いますよ」


予想外の対応に少し困った顔をすると、ゼドは嫌な予感がして。


「お前はまたなにかさせる気だすか。自分はただの案内人だすよ、勘違いしちゃダメだす」


「酒を飲ませろと言ったのはゼドさんじゃありませんか」


その返答にゼドは視線を反らすと、鼻くそを穿りながら頬を赤く染め。


「自分はあんまお酒に強くないだす。ガンセキは私を酔わせてどうするつもりだすか、自分は安い男じゃないだすよ!」


セレスはゼドの指を見つめながら。


「そんなことしたらお鼻が病気になっちゃうよ」


「これはお掃除だす。綺麗にしてるだす。セレス様も清潔にしないと、病気になっちゃうだすよ」


しばらく黙っていたセレスは、二人に背を向けると、お鼻のお掃除を始める。


責任者はゼドを睨みつけると。


「うちの勇者に変なことさせるのは止めてもらいたいのですが」


「ガンセキさん怖いだす。それに自分は嘘なんかついてないだす。鼻くそ穿りは毎日の日課て、大切な発掘作業なんだす。金や銀と同じで、お金になるお仕事なんだす、右は一粒で10万なんだすよ」


相変わらずなゼドの反応に、ガンセキは疲れた表情で口を閉ざす。



セレスはお掃除を終えると、あることに気づいたようで。


「あれ、ガンセキさん。アクアやグレンちゃんは?」


「グレンの服が濡れてしまってな、早めに宿へ戻ってもらうことにした。信念旗の件もあるからな、アクアはその付添だ」


黒膜化はたしかに強力であり、使いこなせれば充分すぎるほどの戦力になる。しかしその風貌はかなり恐ろしく、人前では無闇に使わないほうが良い。


グレンが道拳士という事実に加え、黒膜化をも同時に見てしまったため、アクアもかなり精神的にまいっている。


アクアとグレンは仲が悪いが、この三人は付き合いが長い。


「とりあえず魔獣具の能力を調べることには成功したが、グレンはかなり疲労していたようだからな。今日はもうゆっくり休ませてやりたい」


黒膜化についてはもう少し落ち着いているときに、改めてセレスへ話すことにした。


「……そっか」


セレスは短く言葉を切った。その表情は少し悲しそうだったが、今までとはどこか雰囲気が違う。


「見学はどうだった。少しでも得られるものがあったのなら、俺としては嬉しく思うが」


返事はせずに、勇者は責任者に笑顔を向ける。


ガンセキはそれがセレスの返答だと気づき、嬉しそうに何度かうなずいた。



黙って二人の会話を聞いていたが、そろそろ我慢の限界だったのか、ゼドは地団駄をふみ駄々をこねる。


「歩きっぱなしでもう疲れただす! 早く組合につれてくだす!!」


「そうですね。それじゃあゼドさん、酒は部屋で一時間ほど休んだあとにしましょう」


ゼドは嫌そうな顔をする。ガンセキはそれを無視すると、グレンの現在地を確認したのち、セレスとともにも歩きだす。



自分から離れていく二人を見つめながら、ゼドは真剣な口調で。


「ちょっと待つだす」


その声に責任者は立ち止って後を振り向くと、そこには指を加えた男の子が立っていた。


「……おんぶ」


二人は無言で歩きだした。


・・

・・


組合はとても賑やかで、お祭り騒ぎだった。ピリカの姿は見当たらないため、恐らく二階にいるのだと思われる。


セレスが部屋に入ると、そこには黒みを帯びた青髪の女の子がいた。


アクアは椅子に腰掛けて、机に頬杖をつきながら、飾りガラスの瓶を眺めていた。



お帰りなさい。


ただいま。



いつもの儀式を終えたあと、アクアは上半身を起こし、扉の前に立っているセレスを見て。


「見学は楽しかったかい」


「うん……楽しかった」


セレスの返事に笑顔を向けると、アクアは無言になって、また机の上にある瓶に意識を向ける。



勇者は自分のベッドへ座ると、疲れをとるために身体を伸ばす。


レンガで喧嘩をした時とは違い、そこまで気まずいわけではない。それでも会話はなかった。


セレスはボケっとしているアクアの表情を眺める。


話しかけるつもりはない。それでもなぜか、自然と口があき、喉から声がでる。


「ありがとう」


アクアはセレスに振り向き、なんでだろうと首をかしげながら。


「……どういたしまして?」

炎拳士と突然変異 零話『ギゼル戦記』(短編)


を上げましたので、よかったらそちらも読んでいただけると嬉しいです。

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