五話 いつの誰を信じるか
グレンを見送ったのち、ガンセキは修行場を綺麗にする。
火玉の残骸は崩れやすく、握ったそばからこぼれ落ちてしまうため、土ごと袋に入れる。油玉は片付けそものが大変なため、今回は使わないよう本人に言っておいた。ハンマーで砕いた石の破片は修行場の外にだす。
ここの修行場は立派だが、レンガと違い管理者はおらず、村人が当番制でそれを行なっていた。一人での作業には限界もあるが、無理をいって貸切らせてもらったため、せめてもの感謝を形にする。
ガンセキは手に持った袋を見つめながら。
「道具の素材……か」
メモに書かれた素材の内容と、実際に必要な金額を照らし合わせれば、その間違いに気づくことは可能であった。
油玉は消耗品であるため、素材もやがて尽きる。そこから解るように、ギゼルは隠すために嘘をついたわけではない。
「あいつが無断で行った軍での仕事。それを予想するなど、いくらギゼルさんでも無理だ」
第一に牛魔との戦いがなければ、グレンはイザクに話を振らなかった。
現状とギゼルの立てた筋道には、違いがあるのではないか。
「デマドからヒノキまでは、物資の護衛をしながら向かう。グレンはこの経験により、一ヶ所に物を集めることの難しさを学ぶ」
兵士と共に作戦を行うことで、グレンは油玉の技術提供を決意する。討伐終了後に油玉の量産が始まり、魔王の領域に向けて素材が集められる。
「恐らくこれがギゼルさんの立てた計画だ」
しかしその予定よりも速く、グレンは技術提供を決意してしまう。討伐作戦に油玉を利用するとなれば、準備期間があまりにも短い。そのためギゼルが下準備をしていたとしても、全ての兵士へ油玉を用意するのは難しい。
なぜギゼルは道具の情報を偽ったのか。
素材を集めるのが難しいと知っていれば、グレンの性格からして量産の話を振らない可能性がある。だがそれだけの理由とは思えない。
火玉の焦げあとは未だ地面に残っており、ガンセキはそこに手を添えると。
「今の油玉は個人で使うことを目的としているから、素材の費用は高額となっている。このような状態で数を増やすのは難しいため、改良が必要なのかもしれんな」
ガンセキはグレンから教わった情報を思いだす。
油玉。特に不気味な液体で重要な役割を持ち、なおかつ道を開拓する必要のある素材は三つ。
家畜の糞⇨魔物の糞。
土⇨封熱土。
頬紅草(化粧品の原料となる水草)⇨水赤草。
本来の封熱土と水赤草は、加工したもの混ぜることで高級懐炉となる。レンガは温かいため、必要数を揃えるのは難しい。
封熱土は炎への耐久にも優れており、魔王の領域では防壁の表面にも一部利用されている。
このうちギゼルが道を用意したのは、魔物糞と封熱土のみ。
「彼が道の開拓をしなかった水赤草。それは量産をするにあたり、無理して揃える必要はないと考えるべきか」
ヒノキ本陣に到着したのち、イザクとグレンは油玉の製造だけでなく、今後に向けてそのようなことも調べなくてはならない。
「それぞれの素材がどのような役割を担い、油玉という道具になっているのか。これまではそれを考えずにグレンは使っていたが、量産をする上でそれらを見直す必要があるということか」
個人使用を目的とした今の油玉と、水赤草を省いた油玉の違い。
「現状でやっておけることは、速いうちにすませたほうが良いか」
ここまで考えたガンセキは、ギゼルという人間が行なってきたことを、ほんの少しだが理解していた。
「色々なものを組み合わせることで、どのような反応が起こるのか。そういったものを模索してきたからこそ、あの人は道具使いと呼ばれていたんだな」
懐炉といっても様々であり、この種類はどのような仕組みで熱を発しているのか。
なぜこの魔物は湿った排泄物に着火ができるのか。
こういった知識を基礎として、新たな現象を発見する。
先ほどグレンが言っていた、戦争終結を望まない者たち。
炎拳士が戦場で使っていた道具。もし勇者同盟にその技術を提供できたとすれば、果たして戦争は終わっていたのだろうか。
「力関係は崩れるだろうが、終結は無理だろうな。あの道具はたしかに強力だが、恐らく量産の難度は油玉よりも高い。それと聞いた話では、使用には技術がいるため、人材を育てなくてはならん」
爆棒を大量に造れても、使い手が十名しかいなければ、道具の威力を発揮させることはできない。
味方からは疎まれ、その背後からは圧力をかけられ。そして敵からは憎まれていた。
「それ以前の所業により、ギゼルさんの立場があまりにも悪すぎる」
上の命令であったとしても、ことを進めるには少なからず影響がでるだろう。
ガンセキは改めて、彼が背負ったものを意識する。
炎拳士とは、いったいどのような存在なのか。
地面に添えていた腕から領域を展開させると、ガンセキはグレンの居場所を確認して。
「俺はなにも考えず、ギゼルさんとお前を重ねていた。彼のようになっては駄目だと思いながらも、同じ道を歩んでほしいと願っていた」
ギゼルという存在は、ガンセキにとって憧れであり、なによりも目標だった。そして自分には彼と同じ生き方はできないと、心の奥底では気づいていた。
今のガンセキは勇者一行の責任者であり、なによりも自分を待つ二人がいる。
「お前が軍で働いていた事実を知ったとき、俺はそのことを謝れなかった」
油玉量産に成功したとき、イザクには褒めてやれと言われたが、今はそれよりも伝えたいことができた。
ガンセキは領域に映るグレンの反応に向けて。
「炎拳士なんて継がなくていい。お前はお前らしく、信じた道を突き進め」
彼のようになる必要なんてない。道拳士の誇りを背負ってしまえば、グレンはやがて炎拳士になってしまう。
「今は悩み苦しめ。たとえ歩くのは一本道だとしても、炎使いの誇りがあれば迷うことはない」
「考えることを放棄しなければ、その先にはきっと答えがある」
歩き続けた果てにある物は、その者だけが理解できるもの。
道拳士にのみ許された、ただ一つ掴むことのできるもの。グレンはそれを、自分だけの勝利と呼んでいる。
ガンセキは力強く声を発する。
「俺は責任者として、昔のあなたを信じない」
シビレ一行の炎拳士ではなく、照れ屋でお節介な道具屋のオッサンを信じると、このときガンセキは決断した。
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・・
責任者はグレンから意識をそらすと、こちらに向かってくるセレスを確認する。一人でなく二人であったため、もしやと思い領域を操作することで、個人の特定を実行した。
その予想は的中し、もう一人はゼドであった。デマドまでは馬で移動するといっていたが、どうやらなんらかの理由により、物資と共にここまできたようである。
ゼドの無事に安堵したのか、ガンセキはゆっくり息をつくと。
「鉄工商会との間でなにかあったのか。気にはなるが、あまり探らんほうが良いか」
そもそも聞いた所で、またいつものような発言で誤魔化してくるだろう。
「レンガで再会してから、基本あの人はいつもふざけているからな」
居住地と修行場は目と鼻の先にあるため、その後しばらくして二人は現れた。
頭と左腕に怪我をしているゼドを見て、ガンセキは聞くべきかどうか悩んでいたが、その前にセレスが口を開く。
「ウンチを頑張ってたら頭の血管が切れちゃって、そしたら次は豚さんに襲わちゃったそうです。でもゼドさんがいうには、それはいつもの嘘で、本当は包帯をしていると格好良いからなの」
セレスがその内容を信じているかどうかは別として、ガンセキは苦笑いを浮かべながら。
「ここまでの道程で苦労されたようですね」
労いの言葉を受けたゼドは、人を殺しそうなつぶらな眼を潤ませながら。
「痛かっただす、苦しかっただす、悲しかっただす。そしてなによりも……女が怖かっただす」
これまでの日々を思い返して怒りが蘇ったのか、ゼドは眼球をガンセキに剥きだして。
「なーにが掴みどころがないだすか。自分から言わせろば、あっちの方がよっぽどツルツルだすよ!」
感情を剥きだしにするゼドに驚いたのか、ガンセキは一歩うしろに下がり、相手をなだめようとする。
それでもゼドは収まらず。
「全部お前のせいだすからね!! あんなこと言うから散々な目にあっただす、今度お酒でも自分に用意するだす!!」
なぜ自分の所為なのか解らなかったが、それでもちょうど聞きたいことがあったため、相手の要求にうなずくと。
「この村には旅人がこないので、宿屋というものがありません。でも酒場なら組合の近くにあります。今晩あたり付き合いますよ」
予想外の対応に少し困った顔をすると、ゼドは嫌な予感がして。
「お前はまたなにかさせる気だすか。自分はただの案内人だすよ、勘違いしちゃダメだす」
「酒を飲ませろと言ったのはゼドさんじゃありませんか」
その返答にゼドは視線を反らすと、鼻くそを穿りながら頬を赤く染め。
「自分はあんまお酒に強くないだす。ガンセキは私を酔わせてどうするつもりだすか、自分は安い男じゃないだすよ!」
セレスはゼドの指を見つめながら。
「そんなことしたらお鼻が病気になっちゃうよ」
「これはお掃除だす。綺麗にしてるだす。セレス様も清潔にしないと、病気になっちゃうだすよ」
しばらく黙っていたセレスは、二人に背を向けると、お鼻のお掃除を始める。
責任者はゼドを睨みつけると。
「うちの勇者に変なことさせるのは止めてもらいたいのですが」
「ガンセキさん怖いだす。それに自分は嘘なんかついてないだす。鼻くそ穿りは毎日の日課て、大切な発掘作業なんだす。金や銀と同じで、お金になるお仕事なんだす、右は一粒で10万なんだすよ」
相変わらずなゼドの反応に、ガンセキは疲れた表情で口を閉ざす。
セレスはお掃除を終えると、あることに気づいたようで。
「あれ、ガンセキさん。アクアやグレンちゃんは?」
「グレンの服が濡れてしまってな、早めに宿へ戻ってもらうことにした。信念旗の件もあるからな、アクアはその付添だ」
黒膜化はたしかに強力であり、使いこなせれば充分すぎるほどの戦力になる。しかしその風貌はかなり恐ろしく、人前では無闇に使わないほうが良い。
グレンが道拳士という事実に加え、黒膜化をも同時に見てしまったため、アクアもかなり精神的にまいっている。
アクアとグレンは仲が悪いが、この三人は付き合いが長い。
「とりあえず魔獣具の能力を調べることには成功したが、グレンはかなり疲労していたようだからな。今日はもうゆっくり休ませてやりたい」
黒膜化についてはもう少し落ち着いているときに、改めてセレスへ話すことにした。
「……そっか」
セレスは短く言葉を切った。その表情は少し悲しそうだったが、今までとはどこか雰囲気が違う。
「見学はどうだった。少しでも得られるものがあったのなら、俺としては嬉しく思うが」
返事はせずに、勇者は責任者に笑顔を向ける。
ガンセキはそれがセレスの返答だと気づき、嬉しそうに何度かうなずいた。
黙って二人の会話を聞いていたが、そろそろ我慢の限界だったのか、ゼドは地団駄をふみ駄々をこねる。
「歩きっぱなしでもう疲れただす! 早く組合につれてくだす!!」
「そうですね。それじゃあゼドさん、酒は部屋で一時間ほど休んだあとにしましょう」
ゼドは嫌そうな顔をする。ガンセキはそれを無視すると、グレンの現在地を確認したのち、セレスとともにも歩きだす。
自分から離れていく二人を見つめながら、ゼドは真剣な口調で。
「ちょっと待つだす」
その声に責任者は立ち止って後を振り向くと、そこには指を加えた男の子が立っていた。
「……おんぶ」
二人は無言で歩きだした。
・・
・・
組合はとても賑やかで、お祭り騒ぎだった。ピリカの姿は見当たらないため、恐らく二階にいるのだと思われる。
セレスが部屋に入ると、そこには黒みを帯びた青髪の女の子がいた。
アクアは椅子に腰掛けて、机に頬杖をつきながら、飾りガラスの瓶を眺めていた。
お帰りなさい。
ただいま。
いつもの儀式を終えたあと、アクアは上半身を起こし、扉の前に立っているセレスを見て。
「見学は楽しかったかい」
「うん……楽しかった」
セレスの返事に笑顔を向けると、アクアは無言になって、また机の上にある瓶に意識を向ける。
勇者は自分のベッドへ座ると、疲れをとるために身体を伸ばす。
レンガで喧嘩をした時とは違い、そこまで気まずいわけではない。それでも会話はなかった。
セレスはボケっとしているアクアの表情を眺める。
話しかけるつもりはない。それでもなぜか、自然と口があき、喉から声がでる。
「ありがとう」
アクアはセレスに振り向き、なんでだろうと首をかしげながら。
「……どういたしまして?」
炎拳士と突然変異 零話『ギゼル戦記』(短編)
を上げましたので、よかったらそちらも読んでいただけると嬉しいです。