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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
8章 デマド待機
102/209

四話 炎は赤く燃えていた

修行場の貸切りが許されるのは一五時からの三時間。セレスの見学もそれに合わせたものとなっている。


三人は黒腕の力を調べる予定だった。しかしグレンが早々と目的を達成させたことで、時間が大幅に余ってしまう。そのあと黒膜化を分析したが、たった一度で魔獣具の使い手が気絶した。


グレンが意識を取り戻したのは三十分後。現在の時刻は十六時を回ったところであった。




責任者は相手を見下ろしながら。


「無理をさせたようだ……すまん」


「問題ないっすよ」


そっけなく返事をすると、グレンは頭をかきながら、少し恥ずかしそうにして。


「黒膜化の多用はできませんね」


人間の身体では無理のある動きをしたせいで、関節や筋肉の痛みは一瞬全極よりも大きい。魔力にはまだ余裕はあるが、精神への負担と雨魔法が重なったため、気を失ったのだと思われる。


「でも全貌とは言えませんが、黒膜化についてはなんとなく解りました。移動ができないってのは確かに短所なんすけど、筋力と体重が上増しされてるから、全てにおいて悪いとはいえません」


問題は強化された肉体に対応できず、本人が振り回されてしまう点にある。


黒膜化はあくまでも魔犬の魔力まといであり、グレンの人内魔法ではないため、身体を動かすときに感覚の僅かなずれが生じていた。



ガンセキは先ほどのグレンを思い浮かべながら。


「魔犬は爪のせいで歩行に支障をきたしていた。しかし黒膜化による移動困難は、体重の増加が原因だ。どちらかといえば、大地魔法と近いのかも知れんな」


ツチは安心を司るため、物や者を引き寄せる。


「大地の呼吸は身体を強化する魔法だからな、黒膜化と通じる点があるのかも知れん」


大地の鼓動は重力だけでなく、地面と一つになる感覚も加わるため、どちらかといえば大地の鎧に近い。



グレンは魔犬との戦いを振り返りながら。


「人間と犬じゃあ体格に差があります。でも俺はあいつに力負けして転ばされました。あのとき重力を利用してたんだとすれば、まだ納得ができますね。魔法を使わない魔獣だと勘違いしていたけど、本当は土属性だったんですかね」


魔物が強力な魔法を使うときは、全身に不気味な紋様が現れる。しかし魔犬は闇魔力で覆われていたため、グレンがそれを確認できなかった可能性もある。


その点を踏まえた上で、ガンセキが質問をする。


「先ほどお前が中級兵を破壊したとき、俺がみた感じだと地面へ引き寄せられていたな。あの現象も魔獣具の力ということになるのか」


グレンは首を左右に振ると。


「たぶんあれは人内魔法です。魔力に拳心を混ぜて、それを地面に向けたんすよ」


ガンセキはその言葉に目を見開くと。


「炎使いが土属性を操る。人内魔法の本質はそこにあるのかも知れんな」


光の意思に戦いへの喜びを重ね、それを大地に向けることで、地面に引き寄せられる。


「内容だけは覚えていますが、魔力と拳心をどうやって混ぜたのか思い出せません」


練り込んだ魔力と混ぜるのか、身体にまとった魔力と合わせるのか、心に存在する魔力と重ねるのか。


極化魔法の訓練を始めたのは、グレンがレンガに到着してからであり、本来なら実戦で使えるほどの熟練はない。


「恐らくこの人内魔法は、魔犬の補助がないと使えませんね」


一通りの説明を終えたグレンは、魔獣具についてまとめる。


「魔犬の爪や黒膜化が強力ってのは間違いありません。でも残念ながら、問題点が多すぎます」


黒腕完成に必要な魔力の確保。


闇魔力が全身を覆うまでの時間。


移動困難。


地上での肉体強化による感覚のずれ。


肉体と精神への負担。


ガンセキはこれらを整理したのち。


「お前と魔犬は共に強化魔法を得意としているが、戦い方は真逆といってもいい。黒膜化に合わせた修行方法などは、俺の方で考えることもできる。しかし現状での実戦投入は許可できんな」


互いの調和を意識して進めなければ、今まで積み重ねてきた体術。彼の足運びが崩れてしまう恐れがある。


「俺の方でも黒膜化について考えてみますが、今後も重点をおくのは赤鉄になると思います。逆手重装が本来あるべき姿はそっちなので」


魔獣具について考えることに疲れたのか、グレンはそこで話を切る。しばらく気の抜けた表情で周囲を見渡していたが、なにか思う所があったのか、ガンセキを見上げると。


「姿が見えませんが、アクアはセレスのところですか」


「今はお前の衣類を取りにもどっている。いつものように杭を渡し、兵士にも護衛を頼んでおいた」


信念旗の対策としては問題ないと思われるが、グレンは疑り深い性格だった。


「もしその兵士が協力者だったら危ないっすよ。まあそれを言っちまえば、セレスはもっとやばいか」


「お前がレンガで襲撃を受けたとき、アクアはすでに単独で動いている。それに彼女は人間が相手でも、普段通りとはいかないが、充分に戦うことができるはずだ」


適応には個人差がある。しかし回数を重ねれば、一部の例外を除き、普通は少しずつ慣れていく。


「危険を回避するだけでは経験を積めん。お前が実戦に慣れているのは、一対一に拘ってきたからだろ」


東の森に慣れ始めたころを見計らったかのように、グレンは南の森に仕事場を移されていた。


「本当に危ないのは、慣れたあとの油断です。当時は婆さんを憎たらしく思いましたが、油断をする余裕はなくなりましたね」


死にかけたからこそ、グレンは剛炎の習得に成功した。


「高位魔法が使えるかどうかで、勇者候補に選ばれる確率は大きく変化します。もし婆さんの思惑がなければ、俺は今ごろ勇者の村で狩りを続けてたかも知れません」


最終決定はオババの役目となっている。しかしその話し合いには、村の代表者たちも参加していた。


「これはあくまでも俺の予想だが、儀式責任者の独断でなければ、ギゼルさんが候補に選ばれることはまずない。しかしそのようなことを続けていれば、いずれオババの立場が悪化することになる」


勇者の護衛に失敗し、三十六を過ぎた者に限り、選ぶ側という資格を得る。旅中で勇者が死んでしまえば、故郷に帰る者が多いのは、こういった理由が考えられる。


それとは違い戦場までたどり着いた護衛は、故郷に家庭を持ってない限り、魔王の領域に残る者が大半を占めている。


レンゲのような生き方や、放浪といった選択をするのは少数であった。


「俺のときはオッサンが推薦してくれたってことか。過去の実績なんかを考えれば、それなりの発言力はあったんでしょうね」


グレンは腰袋から油玉を取りだすと。


「ボルガからの情報なんすけど、オッサンからもらったメモには、いくつか間違いがあったそうです」


家畜の糞は乾燥させることで燃料にできる。しかし不気味な液体になった時点でそれは湿ってしまうため、油玉の素材には含まれていない。


「食べ物の影響なのか、それとも闇魔力による進化の過程でそうなったのか、魔物の中には排泄物に火をつけて投げてくるのがいます。そいつらの糞こそが、秘伝の油に必要な素材でした」


このような間違った素材がいくつか確認されており、ギゼルのメモ通りに作ると失敗してしまうとのこと。


「入手は簡単だって変人が言ってたけど、俺はそれを真に受けて、自分から調べようとしませんでした。どうやら勇者の村へそれらを集めるために、オッサンは旅商人を通して色々と交渉してたようです」


製造はイザクとグレンに一任されているが、素材集めは兵士ではなく、レンガ軍の方で進められていた。メモの間違いは早い段階で発覚し、そこからギゼルについて調べたことで、彼らは旅商人との接触に成功する。





ちゃんとした道を用意しなければ、油玉には入手困難な素材も含まれている。



ガンセキはグレンの話に腕を組み。


「村にいながら純宝玉を入手する。よくよく考えれば、そのくらいの繋がりを持っているのは当然だな」


「オッサンが開拓した道は、一部ですが量産にも利用ができるそうです」


ギゼルがどのような交渉を行なってきたのかは解らない。それでも勇者の村という銘柄は、さまざまな方面に顔が利くのは確かであった。



油玉についての説明を終えたグレンは、少しだけ顔を下ろし。


「変人は俺の行動を予想した上で、油玉量産の下準備を進めていたようです」


そうでなければ量産に利用できる道など必要ない。


「以前からなに考えているか解らねえ奴だったけど、正直ここまでされると……自分の無知を思い知らされます」


道具の量産。言葉にするのは簡単だが、それを実際に行うとなれば、やるべき苦労は予想以上に多くなる。赤の護衛はなんの考えもなく、油玉の件をイザクに振った。



そんなグレンの姿に、ガンセキは以前の自分を重ね。


「師を越えた先にあるのは虚しさだけだ。その教えと共に歩むだけでも、ギゼルさんは満足するかも知れんぞ」


拳士として、道具使いとして、炎使いとして。


「俺はレンゲさんから杭とハンマーを受け継いだが、彼女よりも優れた使い手になりたいとは思わん。だが責任者として、いつか越えたい相手はいる」


赤の護衛として、策士として、人として。


「たしかにギゼルさんの実績は本物だが、人としての評価は最悪だ」


他者を人とも思わない数々の所業。



肉を切らせて骨を断つ。


味方に偽りの情報を与え、敵の油断を誘う。


骨を切らして首を断つ。


化物の出現を予想したにも関わらず、そちらの対処は一切せず、裏で数名が蠢く。


「話を聞いたのは数人だから、その情報では一方の視点からしか判断ができん。しかし策士としてお前が参考にすべきはギゼルさんではない。俺たちが学ぶ相手は、敵対しているあの男だ」


手段を選ばないという点においては同じだが、決定的に違うところがある。


「勝つ方法だけを考えても、それは一つの物事で終わってしまう」


一人でも多くを活かし、敗北を想定した上で、勝利の先を読む。


「勝利の先を読んでいるのかは解からん。しかし今までの策から察するに、あの人物は失敗を踏まえながら戦いを組み立てている」


なによりオルクの策はどれも、仲間の生存を優先させていた。


「これは少ない情報からの勝手な分析であり、真実ではないのかも知れん。ギゼルさんは敗北も勝利の先も考えず、ひたすら勝つことだけに溺れていた」


「周りの連中からそんだけ憎まれてたのに、オッサンは戦場で策士を続けられたんすね」


ガンセキが話を聞いた古参の同志は、ギゼルを本気で嫌っていた。


「彼は策士でありながら、本番ではその役目を他者に任せていたそうだ」


道具の技術提供を拒んだのなら、それを使えるのは開発者しかいない。




同志を人として考えなくては、いつか味方に恨まれる。


同志を駒として動かさなくては、情に流され失敗する。


「どちらも必要だけど、これら二つは矛盾しています。オッサンは策士として、その調節が下手だったんすかね」


それともなにかを切欠として、調整ができなくなったのか。


なぜギゼルはそこまで追い詰められたのか。グレンに怒りを向けたとき、職人はその理由を知っているようだった。


「レンゲさんも直接は言いませんでしたけど、たぶんオッサンは周囲の期待に押しつぶされた」


間近でセレスを見てきたグレンにとって、それを想像するのは難しくない。


「でも奴との付き合いはそれなりにあります。俺があいつに向けてる印象だと、そんくらいで狂うとは思えないんすよね」


「もしかすると、複数の出来事が重なっていたのかも知れんな」


ガンセキが先ほど言ったように、一方の視点では真実を掴めない。



グレンは二十年前の勇者一行について考える。


「変人が護った勇者って、たしかセレスの父親ですよね」


その質問にガンセキは頷くと。


「責任者は俺の親父で、黄の護衛はレンゲさんだ」


ガンセキは子供だったころの記憶を手繰り寄せ。


「セリアさんは身重だったから、護衛を諦めてシビレさんを見送った」


「たしか婆さんの話だと、変人たちはその事実を知らないまま旅だったんすよ」


勇者の村で起こったことを、彼らに知るすべはあったのだろうか。


「オッサンは俺に手紙を用意してたから、村の掟では禁止されてませんよね」


「余程のことがなければ一行に送られることはないが、掟としては条件付きで許されている。ギゼルさんが手紙を送ったのは儀式の前だからな、許可はオババがしたのではないか」


受け取りを許されているのは責任者のみ。


村で起こった事実を伝えるかどうかは、責任者の判断に委ねられる。


責任者が死んでしまえば、村の情報を知るすべはなくなる。


死の間際。そこに仲間が一人でもいたのなら、故郷の事実を明かすかどうかは、死にゆく責任者が決断しなくてはならない。




青年は黙り込み、そのまま思考の世界へと入っていく。


他人の身に起こった絶望を探るなど、決して褒められたことではない。しかしゲイルのときと同じように、グレンの中で誰かが叫んでいた。


ガンセキはその場から離れると、自身の修行を始める。


・・

・・


すでにグレンが目覚めてから一時間が経過していた。


ガンセキは自分の修行に一区切り打つと、地面に手を添える。


緊急時の避難路はいくつか存在している。しかし荷馬車が通れるのは、セレスが今いる場所を含めて二ヶ所のみ。


勇者一行は組合の建物に宿泊しており、現在アクアはそこから動いていない。




これまで共に旅をしてきた相手が、戦いに狂った拳士だという事実。たとえ認識が変化しようと、そう簡単に受け入れられるものではない。


グレンが近くにいたのでは、悩むことすら困難となるため、ガンセキは衣類を持ってくるようアクアに頼んだ。しかし無理して修行場にもどる必要はないと付け加えてある。



責任者はその場から立ち上がると、今日の修行を思い返し。


「実戦を想定した訓練に、グレンを参加させるのは止めた方が良いか」


あらゆる事情を無視してでも、道剣士は強者との戦いを求める。


ガンセキは少し離れた所で座っているグレンを眺めると。


「そこに本人の意思は関係ない。しかし戦いを求めるというより、あれではまるで……」


一刻も速く情報を得る必要がある。だがゼドはまだ到着していない。



信念旗の存在は以前から知られており、今回旅立つ勇者がセレスであったため、なんの対策もないまま村をでるのは危険である。


ゼドという人間は一部では有名であり、儀式責任者もその存在を知っていた。案内人という依頼は建前であり、ガンセキは彼に裏で動いてもらうつもりでいた。


契約金は勇者の村だけでなく、鎧国からも上乗せされている。その金額がただの案内でないことは、誰の目からも明らかであった。



ガンセキはグレンに近づくと、先ほど土の領域で確認したことを相手に伝える。


「どうやら物資が到着したようだ。あと数日待っても彼が現れなければ、俺たちはそのまま中継地に向かうことになる。途中で仕事を放棄するような人ではない、なにかあったと判断するべきか」


名前、顔、魔力。領域による個人の特性は、意識を集中させる必要があり、すぐにできることではない。



考えごとに耽っていたグレンは、責任者の言葉を無視し、それとは関係のない質問をする。


「オッサンは油玉の量産を手助けしている。今の変人は当時と違うのに、なんでまだ爆棒の技術提供をしないんすか」


爆棒という道具の存在は、ガンセキから教わりグレンも知っていた。



ゼドが心配という気持ちはある。しかし炎拳士と道拳士には、なんらかの関わりがあるかも知れないため、ガンセキはグレンの疑問を優先させる。


「自分だけの力とする。それとは別の理由があるということか」


そもそもデマドまでの道程で死んでいるのなら、ゼドは魔王の領域でとっくに死んでいる。


「油玉は確かに強力ですが、変人が戦場で使っていた道具のほうが、威力は比べ物にならない」


護衛としての使命を託すのなら、その道具をグレンに使わせるべきではないのか。



物事を考える。それはグレンの数少ない自信であった。


「まてよ……この世界には、戦争の終わりを望まない奴もいる」


もしその者たちが組織として、強大な力を持っていたとすれば。



気づけばグレンは立ち上がり、ガンセキと向かい合っていた。


「アクアは宿から動いてないんすよね。もしなんかあったのなら、ガンセキさんの領域や杭に反応があるはずですが、今のところ問題は見られない」


物資が届いたのなら、もうすぐ勇者が修行場に戻ってくる。


「ガンセキさんはセレスが来るまで動けないから、俺は念のためアクアと合流したほうが良いんじゃねえっすか」


「お前が万全なら構わんが、今の状態では許可できんな。どうしても行きたいのなら、本音を明かせ」


グレンは苦笑いを浮かべると。


「オッサンの道具について、組合長に話を聞きたいんすよ。物資が到着しちまったら、周りが忙しくて声を掛け辛くなります」


戦争終結を望まない組織。


グレンは大きな損失はないと読んでいるが、決して小さくもないと考えている。組織が巨大化しているが、根本は武器商人なのだから、参考になる意見を聞けるかもしれない。


「たしかに組合長は鉄工商会の人間だが、彼の仕事は武器ではなく清水だぞ」


「歳はガンセキさんと同じくらいです。もしかすればここの組合長ってのは、出世に必要な通過点かも知れねえっすよ」


レンガに比べればデマドでの危険は少ない。しかし一行が狙われているのは確実であるため、ガンセキは判断に悩む。


「炎拳士を継ぐ気はありません。でも赤の護衛として、オッサンについて知りたい」


責任者はその言葉に頷くと。


「組合までの近道はするな。夕方になり村人も増えてきているはずだ、人通りの少ない場所は避けて通れ。あとはそうだな……走らずに周囲を警戒しながら進め」


グレンは指示を一通り覚えると、ガンセキに頭を下げて歩きだす。常に領域で確認しているため、杭は受け取らずに修行場から外にでる。



去っていく青年の背中を眺めながら、責任者は微かに笑うと。


「拳士の誇りはなくとも、お前には炎使いの誇りがある。それを忘れなければ、きっと迷うことはない」


闇夜を照らす灯火。その誇りが穢れていることを、ガンセキは知らない。


・・

・・


グレンが目的の場所についたとき、建物の入り口付近は強い光で照らされていた。


積荷を下ろす者たちの中には、見覚えのない顔も何人か含まれている。彼らは突然現れた青年の姿を見て、腰に飾っていた剣の柄を握る。


怪しい青年と物資を運んできた数名は、しばらく無言で対峙していたが、その緊張は程なくして解かれた。一行はここで生活をしているため、グレンの顔が知られているのは当然である。



赤の護衛は助けてくれた若者にお礼を言ったのち、腰袋から完成品を取りだすと。


「油玉の素材があると思うんすけど」


物資に先をこされてしまい、もう組合長に話は聞けないため、グレンは素材の不足がないかを確認することにした。


イザクには無計画で頼んでしまったが、自分から言いだしたことなのだから、できることはやらねばならない。



「とりあえず今は積荷を下ろしているところなので、細かな分配はもう少し先になります」


そう言った若者は建物内の一角を指さし。


「今回の物資は弓矢や剣などが主ですが、武器の修復材料などはその辺りに纏めてあるので、あるとすればそちらかと」


グレンは若者に頭を下げると、周囲の視線を無視しながら歩きだす。





本当はアクアと合流するべきである。しかし彼女が修行場に戻ってこない理由を、ガンセキは把握しているようであった。そのためグレンは油玉を優先させると決めた。


教えてもらった場所には木箱が積まれており、素材の入った箱は意外と簡単に見つけることができた。なぜなら赤い塗料により、その箱には油や玉と書き殴られいたからである。


全て合わせれば結構な量であり、魔物の糞などは乾燥状態で袋に詰められていた。




魔法炎の火力は魔力で決まる。油玉は単なる着火の道具ではなく、数秒間だけ炎を下級から中級に上げることができる。これは油だけでなく、共に調合されている不気味な液体の力である。


ただし中級から上級にするとなれば、油玉一つに入っている秘伝の油では、量が少ないため役不足である。


下級の魔法炎を受け、燃えている敵がいたとする。そいつに油玉を当てることで、中級にすることが可能だが、時間が過ぎれば熱さはもとに戻る。


身体に燃え移った炎を消すのは人内魔法であり、まとった魔力を弾けさせることで沈下する。


炎の級によって消火に必要な魔力の量は変化する。


もともと油玉と魔法炎の相性は悪く、本来は自然炎と合わせたほうが効果は大きい。



グレンは油玉の素材が入った木箱を見つめながら、少し困った顔で。


「一番下かよ。これじゃあ取りだせねえな」


そもそも赤の護衛が量産の依頼主だとしても、ここにある品は鉄工商会が管理している物であり、勝手に触れることは許されない。


周囲の人間はすでにグレンの存在など忘れ、それぞれが自分の作業を行なっていた。この状況で箱の中身を広げるなど、迷惑にもほどがある。


「不足がないかの確認は、また今度で良いか。許可を貰えば触っても良いよな」


以前ゲイルの武具屋にて、似たような失敗をしたことがある。まさかその経験が役に立つとは、グレンも思わなかった。



レンガのボロ宿と違い、ここでは男女別に部屋が用意されていた。


グレンが自室へ戻ろうとした瞬間であった。


「その作業はこちらでも行いますが、必要でしたら明日まで待って頂けると」


振り向いた先には女が立っていた。その服装から察するに、ここまで物資を運んできた人だろう。


女性は相手の返事をまたず、身体を屈ませると、顔を油玉に近づけ。


「これが完成品なのですね。道具使いの作品としてはパッとしませんが、色など塗ったら素敵になりませんか」


予想だにしない相手の行動に、グレンは驚いて少し後方に下がる。


「無料で塗料をもらえるのなら考えますが、すでに油玉は俺の手から離れているので、一存では決めれませんよ」


「あら、そんな方法があるのですか。ぜひ私にお教え下さい」


突然目が輝きだした女に、グレンは恐怖で顔を強ばらせると。


「知りませんよそんな方法、たくさん買っていくつかちょろまかせば良いんじゃねえっすか。あと色を塗るのは良いけど、あんま目立ちすぎるのはちょっと。たかが色かもしれませんが、そんだけの理由でも、相手によっては命中が下がります」


「お兄さんは真面目です。私としては冗談のつもりだったのですが。それと結局買うのなら、危険なことはしない方がよろしいかと」


グレンは女性の言葉を無視すると。


「それと一応これは共同制作なんで、パッとしませんが道具使いの作品ではないですよ」


「なるほど、そういったことなら納得です。しかしこのくらいが丁度いいのかもしれません」


油玉を眺めていた女は、視線をその持ち主へ向けると。


「均衡を崩せば、それを嫌がる人は必ずいます。当然ですが、刻亀討伐に反対があるのも事実です」


勇者一行。赤の護衛として、どのような返答をするか。


「しかし刻亀討伐は、レンガにとっても課題なのでは」


「刻亀がどのような被害をもたらすか、私に教えていただけますか」


下手なことは言えない。グレンにもそれだけは伝わっていた。


「このまま刻亀を放置すれば、やがてユカ平原の魔物にも影響がでるっすよ」


工業には魔物の弱さも関係する。


「今の中継地あたりにレンガ軍の施設を作り、そこを中核に兵を展開させれば、凶暴化した魔物の進行は防げるのではないでしょうか」


「その場合は徴兵制度を取り入れなくてはなりません。周囲の村から属性使いを取り寄せているのに、それをしてしまえば今の生産量を維持させるのは無理かと。だからといって他都市の兵力を当てにすれば、相応の見返りを要求されんじゃないですか」


女はグレンの予想に首を振ると。


「属性兵を個とすれば、一般兵は数となります。個が不足していた光の一刻ほどではなくとも、未だ数は重要な力とされてます。鉄工商会は一般兵の装備を製造しており、それも鎧国の六割です。レンガを護るためという名目は、他都市との交渉において、充分な材料になるのではありませんか」


「レンガ方面だけ魔物の進行を食い止めることはできても、いずれは他都市にも及ぶかもしれません。そもそも余所の兵とレンガの兵は所属が違うため、統率を整えるだけでも費用はかかるんじゃねえかな。第一にフスマのような都市は兵数を管理して農地を守っているので、レンガに送るにも限界があります」


グレンは一度ゆっくり息を吸い込んだのち。


「そうなれば魔王の領域で戦っている勇者同盟にも、なんらかの影響がでてくるんじゃないっすか」


武具製造という一点だけならば、刻亀は邪魔にしかならない。


女性はそれでも笑顔を絶やさずに。


「私たちは純粋な武器商人ではありません。魔獣討伐により得られる名声であれば問題ないのですが、刻亀討伐を成功させてしてしまえば、貴方たち勇者一行に敗北は許されなくなります」


それでも鉄工商会は、今回の作戦に協力していた。


「都市や周辺の管理、鎧国の政治、一般兵の装備でお金儲け。そしてレンガ軍。大まかに別けてしまいましたが、こうすることで刻亀討伐に反対している人たちと、賛成している人たちが解りやすいのではないでしょうか。もちろん同じ枠の人でも、賛否に違いはありますが」


女が無理やり別けただけであり、これらは同じ組織として繋がっている。


反対する者もそれなりにいるが、鉄工商会では賛成の方が多い。問題は作戦成功後に勇者へ向けられる期待と、戦争が終わったときに予想される商会への損失。



グレンは一つ気になり、相手に質問をする。


「あなたはこの中で、どこに所属しているんすか」


「私もよく解らないのですよ。中間ではないのでしょうか。基本今回のような厄介事を押し付けられたり、情報集めに勤しんでおります」


女の返答にグレンは警戒心を強めていた。


それなりの地位に位置しているのか、それとも下席なのか。グレンには詳しく解らないが、こういった曖昧な役職が、普通の組織にあるのだろうか。



情報を専門にしているのなら情報部でいい。だがこの女は物資をデマドへ運んできた。


鉄工商会の人間であることに違いはない。しかし組織の一部と考えれば、この女性は少し浮いているのではないだろうか。



そんな彼の内心を余所に、女は控えめに両手を合わせると。


「私はピリカと申します。自己紹介もせずに、長々と失礼いたしました」


警戒心を顔にださないのは難しいが、下手でも返事はしっかりする。


「勇者の護衛で色は赤です。鉄工商会の人なら知っていると思いますが、名前はグレンです」


ピリカも遊んでいるわけではなく、やることが多々あるようで、その後は少し会話をして別れた。




油玉の件は組合に任せることとなった。グレンの役目は作ることであって、素材を集めるのは彼らの仕事だから気にしなくていいと、ピリカ本人に言われたからである。


そもそも素材に不足があったとしても、今後も物資はデマドへ送られてくるため、グレンは一行として今やるべきことを実行しなくてはならない。


言われてみればその通りであり、彼は情けなさに返事すらできなかった。


肩を落としながら、青年は自室へ向けて足を進める。


部屋は男女ともに一階であり、アクアの顔を見ておくかとも考えたが、今はそんな気分ではない。


グレンは見知らぬ相手との会話に慣れてないが、それでも価値はあった。


先ほどピリカが言っていたこと。




油玉くらいが丁度いい。




この世界には、戦争の終結を望まない者たちがいる。


グレンは薄暗い廊下を歩きながら。


「なにがなんとなく理解できるだよ。俺は変人のことなんて、なんも解っちゃいなかった。あの野郎が技術提供を断ったのは、自分の力を守るためじゃねえ。オッサンの道具は強力すぎたんだ」


それを量産してしまえば、勇魔戦争の力関係が崩れ、戦争を終わらせる危険がある。


「戦争の終結を許さない奴らがいる。それも鉄工商会と違い、明確な意思のもと結束した組織だ」


脅されるだけならまだいい。


「下手をすれば命を狙われてたかも知れねえ」


油玉は確かに優秀な道具だが、もしギゼルが爆棒を与えていれば、グレンも同じ道を辿っていた。


「でもよ、奴は脅されたから技術提供を断ったのか」


グレンにそうは思えなかった。


「もし脅迫でなく交渉だとすれば、戦争の終わり以外に、オッサンはなにを望んだんだ。あんたが果たせなかった使命ってのは、勇者の足下を照らしながら、魔王のもとへ導くことじゃねえのかよ」



その瞬間だった。グレンの脳裏に店主の言葉が浮ぶ。






『使命を取るか、信念を取るか。さあ……どうする』






グレンは廊下の壁をそっと叩き。


「オッサンはどっちを選んだ。あんたの信念はなんなんだ」


ギゼルがグレンに託したもの。それは己の使命か、それとも信念か。


「勝つことに溺れていたはずのあんたが、なぜ勝てる手段を自ら放棄した」


戦争の終結を望まない者たちに脅された。こんな事実はなかったとすれば。


「全ては交渉だったのなら、あんたはなにと引き換えに、道具の量産を諦めた」


ただ一つ、解ることがある。



















故郷に帰った炎拳士は、セレスと関わることができなかった。

本物のオルクはゲイルよりも、過去のギゼルに近かったのかも知れませんね。俺にもよくわかりませんが。



作者はギゼルの過去に今まで違和感を感じていたのですが、たぶん今回の話で少しはそれを取り除けたと思いたいです。


俺が人称をごちゃ混ぜにしてたせいで解りづらいですが、レンゲの考える周囲の期待に押しつぶされたってのも、間違いじゃなくギゼルが外道に落ちた、または壊れた原因の一つだと思います。




油玉について。


グレンは旅立ちの朝に直接素材をもらっているため、旅が始まってから一度も素材を買っていません。

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