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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
8章 デマド待機
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二話 無題

兵士は居住地の外側で待機しているが、ここにいる者たちの拠点は中継地であり、彼らはデマドとの間を行き来していた。


たとえレンガからの物資が到着しようと、中継地から別の兵たちが来なければ、デマドで待機している彼らは中継地へ向かうことができない。



本陣を維持させるには戦える人材を揃えるだけでなく、物資の受け渡しや護衛の引き継ぎなど、細かな調整をする必要がある。この村でそれらを行なっているのはデマド組合であり、兵士たちは彼らの指示に従っていた。


刻亀討伐には鉄工商会が協力しているため、作戦の土台はそれなりに優秀なものとなっている。


・・

・・


勇者が三人の仲間と別れてから、すでに一時間が経過していた。見学に付き合ってくれた兵士は、物事を説明するのが苦手だったようで、セレスも簡単にしか理解できていない。それでも頑張って教えようとしてくれたから、できる限りのことは学ぼうとした。


しかし一通りの説明が終わってしまえば、そこでセレスは気が抜けてしまい、両足の疲れを隠せなくなっていた。


本当は座りたい。だけど今は叱る人もいなければ、味方してくれる友だちもいない。


責任者は彼女の我儘を聞いてくれることもあるが、自らの判断で決めているため、無理なときは我慢しろといってくれる。



良質な魔力。


宝玉具なしでの追加能力。


高位上級を連発できる魔力量。


イカズチと同じ髪の色。



特別な力を持って産まれたからといって、多くの人間から好かれるとは限らない。


我儘を聞いてくれても、自分の知らない場所で、一部の誰かが陰口を叩く。


今のように神としての扱いが強まったのは、セレスが神位魔法を習得してからであった。


自分と接する人たちに、裏の顔があることを知ってから、彼女は他者と関わることが苦手になった。


彼女の記憶に残っているグレン。


異常なほどに口が悪く、我儘を言うとすぐに叩いてくる。それでもどれほど不恰好な形であろうと、彼はセレスの望みを叶えようと頑張ってくれる人だった。



いつも味方をしてくれた青の護衛が、始めて勇者の敵として放った言葉。


それはとても苦しくて、今にも逃げ出したいものだった。だけどアクアも何かを失ったのだと、そのときセレスは気づいていた。


正しいとは思いたくないが、決して間違ってもいないと思う。でも幸せだったあの頃を忘れるなど、彼女には考えられない。



深刻な表情を浮かべているセレスを見て、となりに立っていた兵士が心配そうに。


「勇者さま、立ってるのがしんどいのか? なんなら椅子でも持ってくるぞ」


兵士の仕事を見学したい。勇者は自ら望んだことを放棄していた。


気を使ってくれた兵士に、セレスは慌てて笑顔を造り。


「いま座ったら立てなくなっちゃうから、私も村の周りを歩きたいかな。同じ場所にいるよりも、動いてたほうが疲れませんから」


デマドに待機している兵士はそこまで多くないため、彼らは決められた時間で居住地の周辺を巡回していた。


「そりゃあ駄目なんだな。おれは下っ端だから、上に許可をもらわねえと怒られるんだ」


自分の願いを断られても、セレスは嫌な顔はせず。


「こう見えてもデマドまで歩いてきたんだから、これくらいの疲れなら我慢できます。それにボルガさんにも自分の仕事があったんですよね。私が無理を言ったせいで、付き合わせちゃってごめんなさい」


ボルガは驚いて首を左右に振ると。


「小隊は同じなんですけど、おれはここの連中とは別の分隊なんだな」


油玉の現状をグレンに伝えるため、ボルガは自分の分隊と別れ、一人デマドに残っていた。


「おれは敬語すらまともに話せねえし、自分たちの仕事を教えるのも上手くできねえから、勇者さまには申し訳ねえです」


今回のような勇者の相手は、普通に考えれば分隊長が行うべきことである。しかしなぜか一属性兵にその役目が任されていた。


グレンとボルガには面識がある。しかしそれだけが理由とは思えない。


「私も人とのお喋りは苦手なんで、そこら辺は気にしなくて大丈夫ですよ」


この場にいる二人は気づいてないが、恐らくなんらかの思惑が働いているのだろう。



グレンから教わった相手の情報を思いだしながら、セレスはこのまま会話を続けようとする。


「ボルガさんがレンガにいたころは、夜勤外務だったんですか」


「人手が足りてないからよ、ほかの時間帯は選べねえです」


夜間の魔物から都市を守る。属性使いなのだから、それを解った上で彼は兵士になった。


「えらいな~ ボルガさんは自分で決めて兵士になったんだぁ」


そんな気の抜けた勇者の声に、ボルガは照れくさそうに頬をかくと。


「できることなら実家を手伝いたかったんだけどよぉ、見てくれがこんなんだし、皿とかすぐに割っちまうんだ。邪魔にしかならねえって、母ちゃんに良く怒られたんだな」


ボルガがいなくても、母と兄弟だけで店を切り盛りすることはできていた。


ほかにすることがないから、兵士になる以前は修行場に入り浸っていたらしい。


相手の昔話を聞いたセレスは、少しだけ嬉しそうにすると。


「始めてあったとき、すごく大きくて怖かったもん。もしグレンちゃんとボルガさんが並んで歩いてたら、きっと誰も近づかないだろうな~」


兵士は赤の護衛を思いだしながら。


「勇者さまのいうとおり、おれはおっかない見てくれだけど、グレンはそうでもないんじゃねえですか」


「普段は外套で隠れているから気づかないけど、それをとったらすごく怖いの」


先程までセレスは笑っていたが、次第に悲しそうな顔となり。


「それに今の武器を使うようになってから、グレンちゃん外見だけじゃなくて、内面も怖くなっちゃった気がする」


ボルガは兵士であるため、時計台で赤の護衛が襲われたことを知っていた。


「武器だけで人間は変わらないんだな。牛魔に勝ったあとも、グレンはなんかに怯えてたんだ。そういった怖いもんに抗わねえと、本人がそれに染まっちまうんです」


役立たずだった彼は、修行により気を紛らわせて、兵士になったことで抗うことに成功した。


ボルガの考えを聞いたセレスは、なにか解ったようで。


「グレンちゃんは考え過ぎちゃうから、気を紛らわすことができないのかな」


一点に集中してしまうせいで、どんどん深みに嵌っていく。


「でも上手くはいかないんだな。おれが良くても、家族は納得してくれないんだ」


兄と母は認めてくれたが、彼の妹は口も聞いてくれなくなった。


「今後も認めてはくれねえだろうし、これからも仲が悪いまま過ぎていくのかも知れないんだな。それでも家族って縁は、そう簡単には切れねえです」


どんなに拒絶されようと。たとえ関係が変化したとしても。家族は家族なのだから。


ボルガは幸せな想い出で終らせた。




セレスは申し訳なさそうに。


「ボルガさんは家族を守りたくて兵士になった。だから刻亀討伐なんて、本当はしたくないですよね」


「上からの命令なら仕方ねえけど、魔王の領域には行きたくねえです。でも刻亀はレンガに良くねえって思うから、嫌だけど不満はないんだな」



魔獣王を討伐したことで、世界の安定が大きく崩れる可能性がある。しかしそれを先延ばしにしても、徐々に鎧国の安定は崩れていく。


最悪の魔獣王である主鹿は、現に盾国の安定を崩しているのだから。


深く浅く。そのどちらも苦手だが、ボルガにもこれだけは解っていた。


「いつか誰かがやらなきゃならねえです。たまたまそれが、おれの生きてる時代だっただけなんだな」


兵士と一緒に仕事をしてみてはどうかと、ガンセキがセレスに提案した。


アクアが彼女を突き放したからこそ、勇者は兵士の言葉を聞くことができた。



セレスはグレンの言葉を思いだして。


「刻亀討伐に成功しても、それは一つの変化にすぎない」


そこから先を考えてこそ。


そこから先を予想してこそ。


変化の先を望んでこそ……本当の成長がある。



セレスはボルガを見上げると。


「ほんの一部だけど、勇者の意味がわかった気がする」


「グレンには世話になったから、勇者さまの役に立てて良かったんだな」


勇者は刻亀討伐の先を考える。


「ボルガさんは今回の作戦が終わったら、あの都市に帰るんですよね」


そんな当たり前の予想でも、兵士は嬉しそうに頷きながら。


「兵士も軍人も仕事がないときは、ただの民なんだな。レンガには家族がいるから、おれは自分の家に帰るんだ」


もしボルガが勇者同盟に加われば、彼は民に戻ることができなくなる。


その後。二人の会話は途切れた。でもボルガへの緊張は、すでに消えていた。




色々な変化の先を、セレスは馬鹿な頭で考える。


そうしているうちに、時間は刻々と流れていく。


気づけば足の痛みは消えていた。


変化の先は、まだなにも見えない。


だけどいつかきっと、彼女は自分なりの答えを導きだす。



否定する人がいるかも知れない。もしかすれば憎まれるかも知れない。


でも……話し合う機会はあるはずだ。


・・

・・


気づけは辺りは暗くなり始め、夜がすぐそこまで迫っていた。


壁の周辺を巡回する兵士たち。


農作業を終えて家に帰る村人たちと、これから田畑を守りに行く護衛団。



賑わい始めた居住地を、勇者は不思議な心境で眺める。


人混みへの恐怖が、なぜか少しだけ和らいでいるような気がした。


となりに立っていたボルガは空を見上げ。


「そろそろ帰らないと、グレンが心配するんだな」


兵士の提案に従い、セレスが帰ろうと決めた瞬間であった。



誰かが彼女の背後から声をかける。


「ガンセキやグレン殿の姿が見当たらないだすが、勇者さま一人だけなんだすか」


聞き覚えのある声に振り向くと、その先にいたのは二十から三十名ほどの団体。


しかしセレスは彼らに動揺することもなく、後ろに立っていた男性の姿を見て。


「ふえっ! どうしたの!」


彼の頭と左手には包帯が巻かれており、その一部が血で汚れていた。


「自分がこのような姿をしているのは、包帯をしてると格好良いからだす」


そう言ったゼドは自慢気に左手を見せながら。


「こうやって包帯をすれば、いかにも仕事できるって感じだすよね。やっぱ大切なのは外見なんだすよ、しょせん中身なんて、どうとでも誤魔化せるんだすよ」


などと減らず口を叩いているが、ゼドはその後も負傷した理由を話そうとはしない。そんな二人の様子を見かねたのか、彼の後ろに潜んでいた女性が、薄ら笑いを浮かべながら。


「なんでも一人でウンチをしていたら、豚さんに襲われたそうですよ」


泣きながら野宿場へ逃げ帰ってきたが、運良く相手が死にかけの魔物であったため、ゼドは重症を負わずにすんだらしい。


突然会話へ参加してきた女性に、セレスはオドオドしながら、口をパクパクさせていた。


女商人はそんな勇者に微笑むと。


「あら失礼、まずは自己紹介をするのが礼儀でした。私は鉄工商会のピリカと申します。中継地までの短い間ですが、同行させて頂くことになっておりますので、どうかよろしくお願いいたします」


相手から丁寧にお辞儀をされたセレスは、少し声を震わせながらも、しっかりと返事をする。


「ぴ、ピリカさんとは、可愛らしいお名前ですね。はっ はじめましてセレスです、勇者と申し訳ます。なにも分からないふつつかな者ですが、今後ともお見知りおきをお願いいただきます」


「あら嬉しい、可愛いだなんて。ですが勇者さまもセレスだなんて、実に素敵なお名前だこと」


ご機嫌な女商人とは対照的に、勇者の案内人は仏頂面で。


「自分は魔物になんて襲われてないだす。出すときに踏ん張り過ぎて、頭の血管が切れただけだす」


そう残すとゼドはセレスのもとから離れていった。


ボルガは彼の後ろ姿を見つめながら。


「なんかすごい人なんだな」


「真面目な人だってグレンちゃんは言ってた」


閉じていた瞼を少しだけ開くと、ピリカは相手を見つめて。


「ですが今一つ掴めない所があるので、ゼドさん本人が仰るとおり、全幅の信頼は止めた方がいいのかも知れません」


女商人の意見に頷くと、セレスは少しだけ考えて。


「私もあの人をよく知りません。でも責任者がゼドさんに全幅の信頼を寄せているので」


セレスは責任者の判断を信じることにした。


「それに私が信じようと、常に疑ってくれる人がいます」


ボルガは一人の友だちを思い浮かべ。


「おれは考えるのが苦手だけど、代わりに難しいことを考えてくれる奴がいるんだな」


アクアからの贈り物を、セレスはしっかりと握りしめ。


「たくさん話し合いをして、皆で導きだした答えなら、私は目を背けたくない」


二人の考えを聞くと、ピリカは自分の頬をさすりながら。


「絶対に信用できる人間なんて、この世界には存在しません。ですが信じる相手を決めるのは、とても大切なことです」


時が流れろば、状況は刻々と変化する。


「勇者と呼ばれる人には、そういったものを見極める能力が求められるのではないでしょうか。真に疑うべき存在は姿を晒そうとしません。これを忘れなければ、きっとセレスさまは素敵な勇者になれるはずです」


セレスはいつもの笑みを浮かべながらも、自分の両手をじっと眺めていた。




しばらくすると護衛長が三人の前に姿を見せ、セレスと軽い挨拶を交わしたのち、ボルガと共に分隊長のもとへ向かう。


護衛団はあくまでも物資を守ることが仕事であるため、その引き継ぎを分隊長とするのだと思われる。ピリカはこのまま荷車と共に居住地の中へ入り、積荷の内容などをデマド組合の者へ報告しに向かうとのこと。


セレスはこれから修行場に行くため、案内人もそれに付き添う。



辺りはすでに暗くなり、村内は玉具の明かりで照らされていた。


ピリカは二人へ振り返ると。


「それでは、また後ほどお会いできるのを楽しみにしております」


離れていく荷馬車の一団を見送りながら、セレスも手を振って応える。



ゼドはそのやり取りを黙って眺めていたが、先程こっそり聞いていた会話の内容に思うところがあったのか、誰にも聞こえないように小さな声で。


「真に疑うべき相手は、その姿を簡単に晒さない」


ならば本当に戦うべき敵は、いったい何処に居るのだろうか。



本性と本質。


「これらは常に戦っているだす」


誰よりも己を知っており、なによりも自分と近いのだから、負けてしまえば本質と同化する。


理性は考えなければ発動しないため、一瞬の緩みで簡単に突破される。


「本当の性格とどう付き合うかで、最後の一線は変化するだす」


向き合い方に正否はない。ましてや善悪もない。



勇者を失ってから、完全な闇に染った剣の道。


どこへ進めば良いか、もうゼドには解らない。


「それでも自分は……答えはあると信じたい」

敬語ってのは自分も上手くできませんね。エセ敬語なら使えるけど、完璧なのは無理です。日本語って難しいですね。


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