八話 穢れた誇り
俺達人間と、魔族が使う魔法は違う。
人間の魔法は魔力に光の力が混ざった・・・白魔法。
魔族の魔法は魔力に闇の力が混ざった・・・黒魔法。
魔人病・・・この病が発症すると、光の魔力に闇が混ざる。
これに発病した人間は、体中から黒い靄が沸き、そのまま放って置くと死に至る。
助かる方法は唯一つ・・・魔力に混ざった闇を封印する。
だが封印する側もリスクを負う・・・現に婆さんは、その時に重症を負っている。
俺は何とか一命を取り留めた、その代わり・・・・大切な何かを失った。
封印に成功した魔人病患者は・・・魔人と言われ、世間から嫌われる。
魔人と成った人間は、黒魔法を使う事が出来る。
ただし、黒魔法は魔族の魔法だ・・・人間にとって害にしかならない。
一度でも使えば黒魔法は自身に牙を向き、魔法を消す事も出来ず・・・最後は死ぬ。
魔人病は病気だ、俺の片親が魔族とかではない。
遺伝による病気じゃない、誰が発病するか分からない・・・発症確立は極めて低い。
俺の本来の魔力はもっと多かったんだけど、封印による副作用みたいなもので、現在は標準の魔力になっている、俺の炎が飛ばせないのは産まれ憑きで、副作用とは関係ない。
俺が魔人病だと言う事は、オババだけが知っている。
俺達は魔物に襲われ、俺だけがオババに助けられた、という事になっている。
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オババとグレンは以前、封印に使った村外れにある、俺の実家に到着する。
正直・・・此処に来るのは、ずっと避けていた・・・。
グレンは実家に入り辺りを見渡す。
蜘蛛の巣が顔に引っかかる、何年も人が住んでいなかったから、もはや廃墟だな。
既に封印の準備が出来ていた。
火雷水土、4つの宝玉が並べられており、複雑な魔法陣みたいなものが描かれている。
オババに誘導され、その中心に入る。
「良いか・・・以前、あの2人が行った事を、お主が変わりにするんじゃ」
「何をすれば良いんだ?」
「黒魔法・・・自身の黒炎に負けぬよう、紅蓮の炎で己を護る・・・それだけじゃ」
「やった事ないから、良く分からないぞ」
「炎を手に灯す時、頭で想像するじゃろ?」
「・・・ああ」
「頭の中で空間を造り、自分の魂を護るよう、炎を想像するんじゃ」
「成る程な・・・それだけで良いのか?」
「口で言う程楽ではない・・・覚悟しといた方が良いぞ」
「それ以外は、ワシがする」
「・・・ああ」
体の震えが止まらない・・・俺は情けないな。
「心配するな、前回の封印を今度こそ、完成させるだけじゃ」
「・・・世話掛けて悪いな・・・婆さん・・・」
「戯け・・・弟子の世話をやくのが、師匠の仕事だわい」
俺はまた・・・こうやって・・・人に迷惑を掛けるんだ。
上半身を脱いだ俺の背中に、オババが手を添える。
「出来るだけ、頭の中で白い空間を想像するんじゃ」
「なんでだ?」
「光の中では黒炎は見え易いが、闇の中では黒炎は溶け込んでしまうからの」
そう言う事が。
「覚悟は良いか・・・封印を緩めるぞ・・・」
「・・・ああ・・・来い!」
オババが俺の黒炎を呼び覚ます言霊を唱える。
「『忌まわしき、闇の灯火・・・赤き誇りを穢せ」』
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暫くは静かな時が流れていた・・・だが、グレンが突然叫ぶ。
「婆さん、まだ終らないのか!! 頼む、速くしてくれ!!」
「意識を集中せい!! 空間を闇に染められたら終いじゃぞ!!」
さっきから集中している・・・だが、炎で何度焼き払っても、どんどん沸いてくる。
護りに徹していると、黒炎は一点に集まって、周囲を黒く染めちまう。
俺の炎を見切ってる、流石は俺自身の黒炎だよ・・・笑えない。
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グレンはもがき苦しむ、オババがそれを押さえつける。
「まだか!!」
「あと少しじゃ!!」
黒炎は集まり闇となる、集まった先から炎で焼き払うが・・・駄目だ、追いつかない。
何かこの状況を打破する手はないのか・・・。
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意識が朦朧として来た。
このままだと・・・ヤバイ・・・旅立つ前に・・・死ぬなんて御免だ。
白い空間を頭で想像する事が、まず難しいんだ、目を瞑ると視界が暗くなっちまう。
・・・・まてよ、黒に白で対抗する、それ自体が間違っているんじゃないのか・・・。
だってよ、黒炎と戦ってるのは炎だから。
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良し!! 赤い空間を想像したら、黒炎の動きが少しだが鈍くなって来た。
何とか・・・このまま・・・持っていけろば・・・。
「婆さん・・・まだか・・・」
「作業は終った・・・後は緩めた封印を、再び絞め直すだけじゃ」
「・・は・やく・・・して・・くれ・・」
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「これで・・・終いじゃ!!!」
オババがグレンの背中に、指で文字のようなものを描く。
すると、さっきまでグレンの頭の中で蠢いていた黒炎が小さくなり、消えていく。
事が終わると急に体が重くなり、そのまま床に倒れる。
気付かなかったけど、魔力と言うか・・・かなり体力を消耗した。
「ご苦労じゃった・・・予想より手間が掛かったが、何とか成功した」
「そりゃ・・・よかった・・」
「これで聖域でも行動できるはず・・だがの、聖域内では体調が優れなくなるぞ」
「まあ聖域なんて行く事はないだろ、とりあえず王都に入れるならそれで良いさ」
グレンは何とか起き上がり上着を着て、よろめきながら立ち上がる。
「婆さん・・・俺達は明日には村を出る」
「勇者の儀式の禁則で、見送りは出来ないんだろ?」
「・・・そうじゃ」
「なら、婆さんと会うのも・・・これで最後かも知れないな」
「宴はもう日が暮れとるから参加はできんが・・・誰か別れを告げる者がおったら、今の内に済ませておけ」
「特に居ないな・・・それに、また帰ってこれるかもしれないからな」
グレンは朦朧とした足取りで、扉に向かう。
扉の前で立ち止まり。
「婆さん・・・世話になったな・・・」
「生きて帰って来い・・・お主等なら、必ず魔王を討ち取れると、ワシは信じておる」
「精々、長生きしろよ・・・あと千歳まで、八百五十年だ」
「このクソガキめ」
グレンは片手を上げて振り返る事もなく、そのまま実家を後にする。
オババはグレンの出て行った扉を暫し眺める。
「お主はワシの自慢の弟子じゃ・・・グレン・・・セレスを頼んだぞ」
今まで多くの者を見送ってきた、これで・・・最後にしたい者じゃ。
・・・そしたら・・・安心して、あんたに逢いに逝けるわい・・・。
実家を出て・・・グレンは夜道を歩いていた、家の方向とは違う。
途中で木に凭れながら、ゆっくりと目的地に向かう。
別れを告げる人が本当は2人居た。
何度も転びそうに成りながら、歩き続ける・・・村の中に、ひっそりと其処は在った。
グレンは石で出来た、何かの前に座り込み。
「よう、久しぶりだな・・・あれから一度も来なくて悪かったな」
「元気でやってるか? やってる訳ないよな、あんたら死んでるし」
「まあ・・・俺はボチボチやってるよ・・・」
グレンは石に向かって話し続ける・・・ ・ ・
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「ああ、忘れてた・・・今日は報告があって来たんだった」
「暫く村に帰れそうにない、また来なく成るから化けて出るなよ2人とも」
「それじゃ、またこれたら来るからよ・・・そっちで仲良くやってくれ」
村の人が、俺の変わりに綺麗にしててくれたみたいだ。
まったく、セレスの事ばかり言えないな、供える花すら忘れるとは。
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この場所の中心には旅に出て、帰れなくなった村人の慰霊碑が在る。
俺は生身で戻って来たいけど、戻れなかった人は魂になって、此処に眠るらしい。
最後にセレスの母親の前に立つ。
あいつはもう挨拶は済んでいるようだ・・・既に花が供えてあった。
「はは・・・俺はセレスより大馬鹿だな・・・」
グレンは自分の家に戻る。
出来れば誰にも会いたくないから、遠回りをして人気の少ない場所を行く。
誰にも挨拶する事なく、家まで行く事が出来た・・・だが、家の前に人影があった。
「グレンちゃん、何処行ってたの? オババも居ないんだけど、グ~ちゃん知らない?」
「さっきまで婆さんと一緒に居たから、もう家に帰ったんじゃないか」
「2人で何してたの・・・ま、まさか」
セレスの顔が青ざめる。
この馬鹿、俺を何だと思ってるんだ、流石に150歳相手にそんな事ある訳ないだろ。
「旅立つ前に修行に付き合って貰ったんだよ」
アホのセレスの顔色が元に戻る。
「な、なんだ・・・私てっきり愛の逃避行かと思っちゃったよ~」
「そうか、分かったらさっさと帰れ、ハエ脳味噌」
「にひひ~ そうだよね、私のグレンちゃんに限って、浮気なんてしないよね~」
駄目だ、頭が何処かに逝ってる・・・もう手遅れだ。
セレスをその場に残して、家に入り鍵を閉める。
「あっ!! グレンちゃん酷いよ~ 中に入れてよ~!!」
扉をセレスが叩く。
「うるさい!! さっさと帰れ!!」
「ぶ~!! もう少しお話ししたいよ~」
まったく、こいつは・・・。
「なあ、セレス・・・婆さんの傍に居てやれ・・・俺とはまた会えるんだから」
静かになる。
「最初から、その積もりだもん・・・」
まあ、そうだろうな・・・此処に来たのも、婆さんを探しに来たついでだろう。
「ねえ・・・グレンちゃん」
「なんだよ?」
「私ね・・・勇者に成っちゃった・・・ちゃんと使命、果たせるかな?」
「お前1人じゃ無理だろうな」
セレスは言葉を返さない・・・。
「その為に、アクアやガンセキさんが居るんだろ」
「グレンちゃんは?」
「俺は生き残るだけで精一杯だ・・・使命なんて後回しだよ」
「グ~ちゃんの意地悪」
「そりゃどうも・・・ま、やれる事はやって見るさ」
セレスが笑った気がする。
「うん・・・グーちゃん、よろしくね」
「おう、任せとけ」
足音が少しずつ、遠ざかっていく。
さて・・・飯食った後は何するかな・・・まだ寝るには少し速いし。
とりあえず、少し豪華な飯にするかな・・・野宿だと、ろくな物を食えないだろうし。
グレンは食材箱を覘く・・・。
食材殆ど無いや・・・まあ良いか何時も通りで、どうせ大した物は作れないし。
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食後、家の掃除をする事にした・・・数年だけど、お世話になったし綺麗にしてから出て行こう。
グレンは掃除を始める。
・・・出来るだけ、誰にも迷惑を掛けないように・・・。
八話 おわり