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第24章:痛みを伴う現実

『魔王と勇者、か……』


オレンジ色を失い、陰鬱な暗青色へと変わりつつある夕暮れの空を見上げた。


「そんな王道の物語が、この世界にも本当にあったんだな」


「リアム、どうして急に置いていったりしたの?」


背後から、少し息を切らせたディナの声がした。俺は立ち止まって振り返る。彼女は唇を尖らせ、少し頬を膨らませながら近づいてきた。


「もうすぐ暗くなるからさ」と、暗さを増す空を指差して答えた。


「それに、早く帰りたかったんだ。今夜、魔法を教えてくれるって約束しただろ?」


「ふーん」ディナは腕を組んだが、その口元は笑いをこらえるように少しだけピクピクと動いていた。


「勇者レオンの像をあんなに興味津々で見てたくせに」


俺たちは再び並んで歩き出した。建物の区画を横切る近道を選ぶ。その狭い路地は、苔むした高いレンガの壁に挟まれていた。街灯の光はここまでは届かず、薄暗く圧迫感のある雰囲気が漂っている。アンモニア臭と生ゴミの腐ったような臭いが鼻をつき、俺は思わず顔をしかめた。


「悪い、悪い。その話の続きは家で聞くからさ」彼女の機嫌を直そうと声をかける。


ディナが口を開きかけたその時、狭い路地の先で何かが動くのが見えた。粗末な革靴の底が濡れた石畳と擦れる音が、前方の路地の奥から聞こえてきた。


俺たちの足はピタリと止まった。


腐りかけた木箱の山の影から、三つの人影が歩み出て、この狭い路地からの唯一の出口を塞いだ。


「おい、そこのガキ。それにそっちの綺麗な姉ちゃん」


甲高く、鼻にかかった、癪に障る声だった。ガリガリに痩せこけた若い男が一歩前に出る。壁の松明の光がその顔を照らした。栄養失調のようにこけた頬、油でベタついた白い髪、そして尖った歯。その瞳は強欲に満ちていた。


「無駄話をする気はねえ、さっさとしろ。金を出せば、見逃してやるかもしれねえぞ」


彼の後ろから、さらに二人が続く。一人は俺と同い年くらいに見える坊主頭で、殴りたくなるような嘲笑を浮かべている。もう一人は……太った男だが、その脂肪の下にはがっしりとした腕の筋肉が見え隠れしていた。


「リアム」ディナが声を落とし、俺の腕を強く掴んだ。


「すぐに私の後ろに隠れて」


「嫌だ」


「俺も手伝う」


「リアム、聞いて」ディナの声は真剣だった。


「魔物と人間を相手にするのは違うの。あいつらは下っ端のゴロツキかもしれないけど、狡猾で、平気で人を殺すわ」


「でも――」


ディナは俺の腕を離し、一歩前に出た。


「今すぐここから立ち去りなさい!」ディナが脅すように叫び、その声が狭いレンガの壁に大きく響いた。


「さもないと、大声を出して街の衛兵を呼ぶわよ!」


痩せた男は鼻で笑った。彼は背中の後ろから一本のナイフを取り出した。


「へえぇ? 叫びたきゃ叫べよ、アマ」彼は手慣れた様子でナイフをクルクルと回しながら嘲笑した。


「このナイフがてめえの喉を切り裂くのが先か、あの鈍間な衛兵どもが来るのが先か、試してみるか?」


彼は横に唾を吐き捨てた。痰の混じった唾液が水たまりに落ちる。


「だからさっさと金を出せ、クソが。そのガキが銀貨を何十枚も持ってることは分かってんだよ」


『どうして知ってる!?』


あのレストランからずっと、俺たちを尾行していたに違いない。


俺の右手はゆっくりとジャケットの下へ滑り込み、指先がグロック17の冷たいグリップに触れた。


『抜く。狙う。引き金を引く』


理性がシンプルな手順を命じてくる。ゴブリンの頭を撃ち抜いた時と同じだ。オークの顔を吹き飛ばした時と同じだ。


だが、俺の手は……激しく震えていた。


冷や汗が掌を濡らし、ポリマー製のグリップが滑る。胸が苦しい。


『俺に、人間が殺せるのか?』


臭くて理性のない緑色の怪物じゃない。こいつらは人間だ。俺と同じように顔があり、言葉を話し、家族がいて、赤い血が流れている。もし引き金を引けば、こいつは死ぬ!!


「何をモタモタしてやがる、ノロマ! さっさとそのカバンを寄こせ!」


俺と同じくらいの背丈の坊主頭のゴロツキが吠えた。彼が一歩前に出ると、その目には吐き気を催すような優越感が満ちていた。


「このクソ野郎……」俺は唸った。恐怖が徐々に怒りへと混ざり合っていく。


「どうして俺が苦労して手に入れた金を、お前らみたいな社会のゴミにくれてやらなきゃならないんだよ!?」ジャケットの中でまだ震えている手を隠すように、俺は声を荒げて叫んだ。


坊主頭の顔が怒りで赤く染まる。


「何だと、このクソガキ!?」


「アニキ、もうやっちまいましょうよ!」坊主頭は痩せた男を振り返った。「このガキ、俺たちをナメてやがる。ツラを切り刻んで、女は連れて行きましょうぜ!」


ディナの周りの空気が、突然熱を帯びた。


彼女の背中が強張るのが見えた。右手が上がる。


『何をするつもりだ!?』


「随分とナメられたものね」ディナの声は、彼女が放つ熱気とは対照的に、酷く冷酷に響いた。


「今は魔法の杖を持っていないけど、あなたたちを灰にできないわけじゃないのよ」


「『ファイアーボール』!」


ディナは長い詠唱なしで呪文を叫んだ。不安定に明滅する赤い魔法陣が彼女の掌の前に展開される。拳大の三つの火の玉が路地の暗闇を切り裂いて放たれ、壁の苔をまばゆいオレンジ色の光で照らし出した。


「魔法だと!?」痩せた男は目を見開き、明らかなパニックを見せた。


「避けろ!」


ドォォン! ドォォン! ドォォン!


杖なしで放たれたため、火の玉の精度は低かった。三人のゴロツキは泥だらけの地面に身を投げ出した。火の玉は彼らの肩をかすめ、背後の木箱の山とレンガの壁に激突した。


耳をつんざく爆発音。燃える木片とレンガの粉塵が飛び散る。熱風が俺の顔を撫でた。


「チッ、外した」ディナが舌打ちをする。


痩せた男が起き上がった。その顔は粉塵と怒りにまみれている。


「気をつけろ! このアマ、魔術師だぞ!」


「いつものやり方でいけ!」彼は後ろの太った男に向かって叫んだ。


「了解っす、ボス」


太った男が頷く。そして突然、地面が揺れた。彼が猛然と突進してきたのだ。


俺は慌ててジャケットの下から拳銃を抜いた。


信じられない光景に目を見開く。『速い!』あんな巨体で、どうしてあんな動きができるんだ!


「ディナ! 危ない!」俺は叫んだ。


ドゴッ!


太った男の肩でのタックルがディナに直撃し、彼女の体は地面に激しく叩きつけられた。ディナが起き上がるより早く、男はその体重で彼女を押さえ込んだ。二つの巨大な手がディナの手首をきつく掴み、地面に縫い付ける。


「どきなさいよ、このクソ豚!」ディナは抵抗し、足をばたつかせて空を蹴った。


太った男はただニヤリと笑い、腰から短剣を抜き出すと、その刃をゆっくりとディナの白い首筋に近づけた。


『ヤバい! ヤバい!』


『これはマジで危険な状況だ!』


『何とかしないと!』


俺は両手でグロック17を構えた。だが、黒い銃口は上下に激しく揺れ続けている。前方では太ったゴロツキがディナを押さえつけ続け、一方で痩せた男と坊主頭が、短剣を抜いて俺に向かって猛スピードで走ってくる。


「そのオモチャで何をするつもりだ、ガキ?」


俺の震える手を見て、痩せた男がせせら笑う。


ディナの命が危ない。くだらないモラルなんて気にしている場合じゃない!


『ディナを助けなきゃ!』


片目を閉じ、歯を食いしばり、引き金を引いた。


プシュッ!


反動が手首を後ろに押し戻す。サプレッサーの鋭い風切り音が、路地の喧騒を切り裂いた。


カキン!


だが、手が震えていたせいで、弾丸は大きく狙いを外れた。9mm弾は痩せた男の頭の横の赤レンガをかすめ、石の破片を散らしただけだった。


「あ?」痩せた男が一瞬足を止め、壁の穴を見た。次の瞬間、その目には濃密な殺意がギラリと光った。


「それが何なのかは知らねえが、てめえ、今俺を殺そうとしたな!?」


彼は再び走り出した。今度は先ほどよりも速い。


『速い!』


ドゴッ!


凄まじい痛みが腹部で爆発した。彼の硬い革靴が俺のみぞおちにクリーンヒットした。肺の中の空気が一秒で全て絞り出される。


「ガッ……!」


目が飛び出そうになる。グロックが手からすっぽ抜け、濡れた地面にカチャリと音を立てて転がった。体は後方へ吹き飛ばされ、泥の水たまりの上に叩きつけられる。息もできないほどの痛みに、目から涙が溢れ出た。


「さっきの威勢はどうした、ええ!?」


坊主頭がすでに俺を見下ろしていた。彼の粗暴な手がニット帽をむしり取り、そのまま俺の髪を強引に鷲掴みにする。首が折れそうなほど乱暴に、頭を後ろへ引き延ばされた。


ゴスッ!


頬骨に強烈なパンチがめり込んだ。視界が回転する。耳が酷く耳鳴りを起こす。口の中に、塩っぱくて錆びた血の味が瞬時に広がった。


「もう一度言ってみろよ、このクソガキが!」俺の顔の前で彼が怒鳴った。


焦点を合わせる間もなく、痩せた男が横から助走をつけてきた。


ゲシッ!


靴の先端が、俺の右肋骨にフルスイングで叩き込まれた。


「ああっ!」


俺は悲鳴を上げ、血の混じった唾液を吐き出し、泥の上で丸くなって転がった。


『反撃しなきゃ!』手が地面を探り、ざらついたレンガの欠片を掴んだ。坊主頭が再び俺を殴ろうと屈み込んだ瞬間、そのレンガを奴の膝に叩きつけた。


「がああっ! このクソ野郎!!!」


坊主頭は膝を抱えて後ずさった。


「まだ逆らう気か!」


痩せた男が忍耐の限界を迎えた。彼は俺の背中を踏みつけ、顔を泥だらけの水たまりに押し付けた。


息が荒くなる。鼻から汚水と、自分の血の鉄の臭いを吸い込む。


荒々しい手が俺の金髪を乱暴に掴み、頭を強引に引っ張り上げた。


『クソッ……この下衆野郎! ぶっ殺してやる! 殺してやる!』


怒りが胸の中で爆発する。


「ゴミめ! なんだその反抗的な目は、ああ!?」彼は叫び、もう一度俺の肋骨を蹴り上げてから、顔の前にしゃがみ込んだ。


ドゴッ!


硬い拳が、左顎に容赦なく叩き込まれた。


頭が横に弾き飛ばされる。視界がぼやけ始め、耳鳴りが酷くなる。


「奇跡でも起きて、この状況がひっくり返るとでも思ってんのか、え!?」


「よく聞け……お前のダチを見ろよ」彼は下劣な笑みを浮かべ、舌で下唇を舐め回しながら、遠くのディナをいやらしい目つきでなめ回した。


「すげえ滑らかな肌だ。ただ殺すだけじゃ勿体ねえだろ? お前の骨をへし折って動けなくしてやった後は……お前の目の前で、あの女をたっぷり楽しませてもらうぜ」


彼は少し屈み、俺をじっと見つめた。


「あいつがやめてくれって泣いてすがるまで、たっぷりと快感を味わわせてやる……だが、やめるわけねえよな? あんなイイ体してんだからよ!」


「あぁ……楽しみだぜ。絶対に極上だろうな?」


「そしてお前は? お前はこの泥水の中で、無様に泣き喚きながらそれを見てるしかできねえんだよ!!!」彼は嘲りの色を込めて叫んだ。


「ディナに……触るな、このクソ野郎!」


俺は吼え、口から血と唾液を吐き散らした。怒りが恐怖を焼き尽くす。無理やり足を踏ん張り、奴に飛びかかろうとした。


ドゴッ!


立ち上がる前に、強烈な蹴りが俺の肋骨にモロに入った。体は悲惨な音を立てて再び泥まみれの地面に叩きつけられた。冷たい泥が顔にへばりつき、口の中に入り込む。


彼は腰から短剣を抜いた。


「最初は金だけ奪って、這って帰らせてやるつもりだったが……てめえのその口と目つきには心底ムカついたぜ……」彼は短剣の切っ先を俺の顔に向けた。


「……ここで死ね!」


「ぐっ……!!!」


俺は歯を食いしばり、全身の細胞が叫びを上げるような痛みを無視した。残された力を振り絞り、激しく震える両手で体を支え、もう一度立ち上がろうとする。


『ここで死ぬわけにはいかない! こんなクズに殺されてたまるか!』


『ディナを助けなきゃ!!!』


だが、両膝で体重を支える前に……。


ドゴッ!


靴の先端が、再び俺の顔面を打ち抜いた。


世界が回る。耳鳴りがする。俺はまた泥を舐めた。


「抵抗するなって言っただろうが! そうやって吠えたところで、てめえに何ができるってんだ、ああ!?」


無力に倒れ伏す俺を見下ろしながら、痩せた男は余裕ぶって短剣を回し、歩み寄ってくる。


「そうやって痛みに喚き散らしてれば、誰かが助けに来てくれるとでも思ってんのか?」


彼は満足げに笑い、その笑い声は狭い路地の壁に反響した。


「現実を見ろよ、ガキ……てめえが血を吐くまで叫ぼうが、誰も助けになんか来ねえんだよ!」


彼は短剣を高く振り上げ、狂気に満ちた目をひん剥き、俺の顔に浮かぶ恐怖を楽しんでいた。


「てめえは今日! ここで死ぬんだよ!」


俺は濡れたレンガの壁に背中を預けた。痛みをこらえ、顔を上げる。そして、奴の目を真っ直ぐに見据えた。


「お前みたいな……ドブのゴミには……」


苦痛の中、無理やり口角を引き上げ、見下すような笑みを作った。激しく咳き込み、どす黒い血の塊を奴の前の地面に吐き出す。


「……一生、分かんねえだろうな」


「てめえ……!!」


痩せた男のこめかみに青筋が浮かんだ。俺の笑みを見た奴は、抑えきれない激怒で顔を醜く歪ませた。感情剥き出しの咆哮と共に右足を高く上げ、その靴底を俺の首めがけて直接踏み下ろそうとする。


「その汚い足を、リアムから離しなさい!!!!」


激怒に満ちた甲高い叫び声が、路地を切り裂いた。


気圧が急激に変化した。骨まで凍るような冷気が、突如として路地を吹き抜ける。


いつも優しく微笑んでいた彼女の顔は、今や深い憎悪の表情に取って代わられていた。緑色の瞳は、恐ろしいほどの光を放っている。


「死ね、ゴミが!」


ディナは歯を食いしばっていた。わずかに開いた口の前に、硬貨ほどの大きさの赤みがかった白い魔法陣が現れ、狂ったような速度で回転し始める。


先ほどから彼女を押さえつけていた太った男が目を見開いた。その傲慢な表情は崩れ去り、純粋な恐怖に変わる。彼は逃げ出そうと体を持ち上げようとした。


「『ウィンド・ランス』!」


ヒュォォォォォッ! ズチャッ!


ドリルのように回転する超高密度の風の槍が、ゼロ距離から放たれた。


肉を切り裂き、骨を砕く、湿ったおぞましい音が響く。魔法は、太った男の顔面のど真ん中を真っ直ぐに貫通した。


男の後頭部が爆発し、真っ赤な血の雨が噴き出した。脳の破片、眼球、頭蓋骨の欠片、そして切断された舌が飛び散り、凄惨な音を立てて背後のレンガ壁に降り注いだ。


ディナの腕を押さえていた力が一瞬で抜ける。体重100キロを超える頭のない巨体が横に倒れ、自らの血だまりの上にズドンと音を立てて崩れ落ちた。


息苦しいほどの静寂が狭い路地を包み込んだ。聞こえるのは、壁から水たまりへと滴り落ちる血の音と、ディナの荒く重い息遣いだけだった。


ディナは嫌悪感と共に死体の残骸を押しのけた。彼女はゆっくりと立ち上がる。服は血まみれで、ピンク色の髪の一部が暗赤色に染まっていた。


彼女は、俺の近くで凍りついている二人のゴロツキを振り返った。


「次はあなたたちの番よ」


ディナの視線は、殺意に満ちていた。


「ボ、ボス……」膝から血を流している坊主頭が、唇を震わせながら後ずさる。頭に大穴を開けて死んだ仲間の姿を見て、顔面蒼白になっている。


俺の首元まで足を上げていた痩せた男は、ゆっくりと足をおろした。短剣を握る手が激しく震えている。彼はまるで、地獄から這い上がってきた悪魔でも見るかのようにディナを見つめた。


ディナは右手を宙に掲げた。指先から血が滴り落ちていたが、彼女は気にも留めない。マナを集中させ、鋭く吠える風の渦を集め、チェーンソーのように回転する透明な刃へと圧縮していく。


「よくも……よくもリアムにこんなマネを……!!」ディナは呻いた。その声は震えていたが、恐怖からではない。沸き上がる純粋な怒りのためだ。


ディナは腕を振り下ろし、斬撃の動作を行った。


彼女の腕の前に、二つの魔法陣が現れる。


「『ウィンド・ブレード』!」


二つの三日月型の風の刃が、鋭い風切り音と共に空気を切り裂いて飛んだ。


痩せた男は体を横に投げ出し、残された本能で避けようとした。だが、風の刃は速すぎた。魔法は彼の顔の右半分を引き裂き、口の端から耳の下まで左頬を切り裂いた。血が噴き出し、顎の骨が外気にさらされる。


二つ目の刃は坊主頭の太ももを斬りつけ、筋肉と肉を切り裂いた。彼は狂乱したように痛みに叫び、地面に倒れ込んだ。


「ば、化け物だ! この女、化け物だ!」痩せた男が恐怖に金切り声を上げた。指の隙間から鮮血を吹き出す顔を押さえる。痛みが強欲を凌駕した。彼は振り返り、足を切られた仲間を引きずって逃げ出した。


「覚えてろよ、このアマ! まだ終わってねえからな! 絶対にぶっ殺してやる!」遠くから彼の叫び声が響き、暗い路地の奥へと消えていった。


俺は激しく咳き込み、口から血と泥を吐き出した。呼吸をするたびに肺が痛む。肋骨が折れている気がした。


「リアム!」


ディナが俺のもとに駆け寄ってきた。彼女は泥まみれの水たまりに両膝をついて身を投げ出し、服や膝が汚れることなど全く気にも留めなかった。敵の返り血と汗で濡れた彼女の柔らかい手が、俺の腫れてあざだらけの顔を包み込む。


「リアム、しっかりして……ごめんね、私が油断したばかりに……」


「俺は……平気だよ……」今にも気絶しそうな気分だったが、無理やり笑顔を作って弱々しく答える。


俺の目はディナの肩越しに、顔を失った太った男の死体へとゆっくりと向いた。飛び散った頭の中身が、ドロドロとした赤い血だまりを作っている。空気に触れて酸化した生血の臭いが、こぼれ出た内臓や脳漿の臭いと混ざり合い、鼻を強烈に突いた。ただでさえ蹴られて痛む腹が激しくかき回され、とてつもない吐き気に襲われる。


ディナは俺の視線を追った。彼女は少しの間、沈黙した。


「このゴミの死体をここに残しておくわけにはいかないわ」


「街の衛兵に見つかれば、面倒なことになる」


ディナは立ち上がった。先ほどの戦闘でふらつく足取りのまま、太った男の死体に近づく。彼女は一瞬目を閉じ、短い呪文を口ずさんだ。


小さな火が彼女の掌に灯った。普通の火と同じオレンジ色だが、奇妙なことに、その火は異常なまでの熱波を放っていた。彼女はその火の玉を、血まみれの死体の上に投げ落とした。


肉に触れた瞬間、火は爆発し、太った男の全身を包み込んだ。その温度は極端に高かった。肉、骨、そして服が溶け、ジュージューと音を立てて、数秒のうちに黒焦げになった。周囲の血だまりすらも、焦げ臭い黒煙となって蒸発していく。


ほんの数回瞬きする間に残されたのは、レンガの上の黒い灰の山だけだった。それも、街の夜風に吹かれてすぐに消え去っていった。


ディナが俺のところに戻ってきた。彼女は優しく俺の右腕を取り、自分の首に回した。


「私の背中に乗って、リアム」


「でも……服、血と泥で汚れてるし……重いぞ……」俺は弱々しく拒み、腕を引こうとした。


「こんな時に四の五の言わないの」ディナがぴしゃりと言った。彼女は体を低くし、俺の下に潜り込む。


ディナは力を込め、俺の体を持ち上げて、その温かい背中に背負った。


俺はあざだらけの顔を、彼女の首筋にうずめた。


「ディナ……」俺は呟いた。まぶたがとても重い。


「……落ちてる、俺の武器、拾ってくれないか」


ディナは少ししゃがみ、泥で汚れた俺のグロック17を拾い上げた。


「はい」


「ありがとう」


「どういたしまして」ディナは優しく答えた。彼女は俺の太ももを支える手に力を入れ、二人の体のバランスを安定させると、その暗い路地からゆっくりと歩き出した。

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