第17章:馬車の旅
腹を満たした後、俺たちは再び歩き出した。
デジタル時計を見る。14:23という数字が、少し曇ったガラスの下で緑色に発光している。
上空は相変わらず灰色だ。厚い雲が低く垂れ込め、太陽を完全に隠している。幸い、雨は降っていない。少なくとも、まだ。
俺は最後尾を歩いている。理論上、一番元気なのは俺のはずだ。ガレンのように負傷していないし、ディナのように魔力切れでもないし、トムのように瀕死でもない。
だが、現実は?
「ハァ……ハァ……」
肺に熱い砂を詰め込まれたようだ。ふくらはぎが悲鳴を上げ、筋肉が痙攣し、強張っている。
「クソッ……」コンクリートのように重い足を引きずりながら、小さく悪態をつく。
思考が彷徨い、不満で満たされる。
『なんでラノベの異世界主人公たちは、あんなに順応が早いんだ?』
大抵はオタクか運動不足の社畜なのに、異世界に着いた途端、何マイルも平気で走れる。一方、俺はどうだ? 半日歩いただけで死にそうだ。ベッドが欲しい。横になりたい。ダラダラしたい!
「まだ着かないのか?」
ガレンの広い背中を見つめる。大男はまだ左肩にトムを担ぎ、まるでその重さが存在しないかのように安定した足取りで歩いている。ディナも背筋を伸ばして歩いている。
『こいつらの基礎体力、チートすぎないか?』
コートのポケットから、残り半分のペットボトルを取り出す。貪るように飲む。ぬるくなった水が乾いた喉を潤す。
『ベコッ』。静かな道にプラスチックの潰れる音が響く。
「リアム」ディナが足を止めずに少し振り返る。「そんなに飲んでるとお腹がチャポチャポになるわよ。歩くのが遅くなるわ」
「ほっといてくれ」顎についた水を拭いながら掠れた声で答える。「脱水症状なんだ。喉が渇いてるんだよ」
「もう少しの辛抱だよ、リアム。もうすぐ着くから」トムがガレンの肩越しに振り返る。顔色はまだ悪いが、口元には小さな笑みがある。
『ずっとおんぶされてるお前が言うなよ』羨望の眼差しを向ける。
一つ確かなことがある。俺はフィールドワーク系の冒険者には絶対にならない。壮大な冒険なんてクソ食らえだ。街に着いたら、商人か投資家か、とにかく机の後ろに座って金を数え、人に指図する仕事を探すんだ。モンスター殺しなんて疲れる仕事は他人に任せればいい。
早期リタイア計画を練っている最中、その音が聞こえた。
『パカッ……パカッ……』
リズミカルな音。重い。金属の触れ合う音と、木の軋む音が混じる。
「止まれ!」
ガレンが急停止した。手慣れた動作でトムを道端に下ろし、俺たちの背後――来た道を振り返る。大剣が一瞬で抜かれる。
「警戒せよ!」
心臓が跳ねる。アドレナリンが一気に疲労を吹き飛ばす。俺は振り返り、ジャケットの下からグロック17を抜いた。
『モンスターか? 盗賊か? ゴブリンのパトロールか?』
白い霧が視界を遮っている。音が近づいてくる。『パカッ……パカッ……』馬の蹄の音だ。
霧のカーテンを突き破って、形が見え始めた。
馬車だ。
豪華な貴族の馬車ではない。茶色く変色した白い帆布を張った荷馬車だ。鉄で補強された大きな木製の車輪が、騒々しい音を立てて石畳を転がる。二頭の馬――漆黒と灰色の斑点――が、鼻息荒くそれを引いている。
御者台には、中年の男が座っていた。
使い古された革のつば広帽子と、分厚い茶色のコートを着ている。日焼けした肌、立派な口ひげ、白髪混じりの赤毛。中世ヨーロッパ人の典型のような顔立ちだ。
馬車は止まる気配を見せず、かなりの速度で俺たちに向かってくる。
引き金にかかる指に力が入る。『敵か?』
銃を持ち上げ、馬の胸を狙って動きを止めようとする。
「撃つな!」ガレンが俺の肩を強く叩いた。「武器を下ろせ! 知り合いだ!」
俺は銃を下ろした。
「どうどう!」
御者が手綱を引く。馬がいななき、前足で地面を叩き、俺たちのわずか五メートル前で停止した。馬の鼻から白い湯気が噴き出す。
「ジョナス!」ディナが手を振って叫ぶ。
ジョナスと呼ばれた男は身を乗り出し、帽子の下から目を細めた。
「ディナ・オクタビアか?」声は低くしゃがれている。「てっきりダイアウルフの餌になったかと思ったぞ。それにガレン……なんてザマだ。噛み砕かれて吐き出されたような顔してやがる。トムはもっと酷いな」
ジョナスの視線が俺に移る。鋭い。値踏みするような目だ。俺の手にある拳銃を見て、それから見慣れない顔を見る。
「で、そのガキは誰だ?」
「リアムだ」ガレンが素早く答え、歩み寄る。「森で見つけた。話せば長くなる。ジョナス、フェニンブルグまで乗せてくれ。トムに早急な治療が必要なんだ」
ジョナスは俺たちをしばらく見つめ、思案してから、顎で荷台をしゃくった。
「乗りな。後ろは空いてる。麦袋がいくつかあるだけだ。運賃はいつも通りだが、ガキの分は少し色をつけてもらうぞ」
「助かるよ、ジョナス。命の恩人だ」ガレンは安堵の息を吐き、再びトムを担ぎ上げた。
「行くわよ、リアム」ディナが促す。
俺たちは荷台に這い上がった。乾いた藁、埃、そして微かな馬の臭いが鼻をつく。だが今の俺にとって、それは天国の香りだった。
麦袋の山の上に体を投げ出す。
「あぁ……」
足の筋肉が一気に弛緩する。押し殺していた痛みが、自分の足以外のもので体重を支えられた瞬間に、快感へと変わって爆発する。
馬車が軽い衝撃と共に動き出す。『ゴトッ……ガタッ……』木の車輪が石畳とぶつかり、一定のリズムで心地よい揺れを生み出す。
「あの人、誰?」隣に寝かされたトムに尋ねる。
「ジョナスさ」トムが弱々しく答える。「物流の運び屋だよ。前線の監視所へ補給物資を届けたり、森の境界まで歩きたがらない怠け者の冒険者を乗せたりしてる。俺たちも出発時によく世話になるんだ」
「なんで帰りに予約しなかったの?」
「帰りは、この道の最果てにある監視所まで歩かなきゃならないからな。俺たちはその監視所を通り過ぎちまってるだろうし」
俺は納得して頷いた。
前方で、ガレンとジョナスが話しているのが聞こえる。
「で、その肩はどうしたんだ、ガレン? まさかブラックドラゴンに会ったわけじゃねえだろ? ガハハ!」
「馬鹿言うな、ジョナス。黒龍に会ってたら、今頃俺はドラゴンの糞になってるよ。俺たちは……ゴブリンロードとちょっとやり合ったんだ」
「ゴブリンロードだと?!」ジョナスが長く口笛を吹く。「冗談だろ」
彼らが武勇伝を語っている間、俺は頭をもたせかけ、荷台の開口部から後ろへと流れる景色を見つめた。
黒い森がゆっくりと遠ざかり、霧に飲み込まれていく。
道端の植生が目に入る。巨大なシダ、広葉樹、そして……竹?
少し身を起こす。
間違いなく竹藪だ。緑色で、節があり、アジアにあるものとそっくりだ。
『奇妙だ』
『住人はヨーロッパ系コーカソイド、建築や文化は西洋中世風なのに、植物相は熱帯アジア混じり?』
「この世界……地球のパラレルワールドなのか?」
その疑問が再び頭をもたげる。多くの異世界アニメでは、異世界は単に魔法を加えた地球のコピーであることが多い。植物も同じ、動物(馬、犬、鶏)も同じ。収斂進化か? それとも怠惰な神様が地球のアセットをコピペしただけか?
「まあいいや」再び背中を預ける。「とにかく今は生きてる……」
旅は続く。鬱蒼とした森がまばらになり、背の高い草原へと変わっていく。遠くに、哀れな石造りの構造物が見えた。
廃墟だ。
崩れた石壁、腐って落ちた木の屋根、墓標のようにぽつんと立つ煙突。すべてが厚い苔とツル植物に覆われている。
「あれは何?」廃墟を指差して尋ねる。
トムが視線を追う。目が暗くなる。
「かつての村だ。昔はあそこにも生活があった」
「人っ子一人いないけど」
「死んだか、街へ逃げたかだ」トムは淡々と答えた。「もう五十年近く放置されている」
「なんで?」
「魔物の襲撃さ。特にゴブリンだな」トムが説明する。「城壁の外にある小さな村は格好の的だ。ゴブリンは家畜を……そして女をさらう。次第に耐えられなくなって、生き残った者たちは毎晩の恐怖に怯えるより、先祖代々の土地を捨てることを選んだんだ」
俺は寒々しい気持ちで廃墟を見つめた。今は静寂に包まれ、野生動物の巣窟となっているだけの場所。
「でも……そんなに危険なら、なんで最初からあんな場所に村を作ったんだ?」
「貧困だよ、リアム」トムの声に苦い響きが混じる。「城壁の中の土地は高い。税金も重い。ここの外なら? 好きなだけ土地を耕せるし、土地税もない。だがその代償として……王国の兵士による保護は受けられない」
「命で支払う自由、ってやつか」と呟く。
俺は黙り込んだ。この世界は過酷だ。格差社会は現実だ。
そよ風が馬車の中に吹き込み、湿った草の香りを運んでくる。単調な馬車の揺れが、ゆりかごのように感じられ始めた。
隅に座るディナを見ると、頭がガクンと下がり、馬の足音のリズムに合わせて揺れている。もう寝ているようだ。
視線を外へ、荷台の後ろの開口部へと移す。
景色は劇的に変わっていた。
威圧的だった黒い森の巨木の壁は遥か後方に去り、遠くの黒いシルエットへと変わった。周囲には今、広大で開放的な草原が広がっている。ここでは夕風が自由に吹き抜け、遮るもののない俺の頬を撫でる。
西の地平線が燃え始めている。朝から垂れ込めていた灰色の雲が割れ、茜色と赤紫色のグラデーションが流れる雲を染め上げている。日が沈み始め、俺の人生で最も長い一日が終わろうとしている。
薄暗くなり始めた草原の中に、いくつかのオレンジ色の光の点が見えた。
焚き火だ。
街道沿いで野営しているグループがいくつかある。目を凝らすと、火を囲んで座る鎧姿のシルエットが見えた。テントの横には槍や盾が積み上げられている。
『他の冒険者か?』
その光景は、なぜか不思議な安らぎをくれた。ここに他の人間がいて、それぞれの人生を送り、それぞれのやり方で戦っていることを知れたからだ。世界が生きていると感じる。
まぶたが重い。とてつもなく重い。
乗り物の中という安心感、満たされた腹、そして酷使を止めた足。これらが組み合わさって、強烈な睡魔を招く。
「街に着いたら……」小さく呟く。目が閉じかける。「一日中ゴロゴロして……マッサージ師を探して……また美味いもん食うんだ……」
意識がゆっくりと遠のいていく。石畳を叩く馬の蹄の音に送られて。
『パカッ……パカッ……』
そして、世界は闇に包まれた。




