第10章:苦渋の決断
俺たちは可能な限り足音を殺し、そびえ立つ木々の影に紛れるようにして谷の斜面を下った。
先頭は俺だ。グロック17を両手でしっかりと構え、黒い銃身が暗闇を切り裂くように前方を向く。上体を前に傾け、膝を少し曲げる――元の世界のアクション映画やFPSゲームで覚えた臨戦態勢だ。全身の筋肉を張り詰め、薄暗い森の隅々まで警戒の視線を走らせる。
「ねえ、リアム」ディナが背後から囁いた。夜風にかき消されそうなほど小さな声だ。
「なんでそんなに前屈みで歩いてるの? 背中でも痛いの?」
足を止めずに少しだけ振り返る。「この武器はこうやって使うんだよ、ディナ。特に隠密行動の時はな。俺の故郷で教わった技術だ。被弾面積を減らして、射撃の安定性を高めるためさ」
「へぇ……」彼女の声には好奇心が滲んでいた。「なんだか不思議」
「どうして?」
「ううん、ただ……歩き方が独特だなって」彼女は興味津々な瞳で俺を見つめた。「いろんな冒険者の戦い方を見てきたけど、そんな構え方は初めて見たわ。ちょっと変わってる」
俺は薄く笑みを浮かべるだけで答え、意識を再び目的地へと戻した。ゴブリンの巣まであと数メートルだ。焚き火の煙の匂いと、もっと不快な――風呂に入っていないゴブリンの体臭――が、湿った夜風に乗って微かに漂い始めた。
幸い、足場は悪くない。ブーツの下の地面は厚い草に覆われていて足音を殺してくれる。小石を踏んで『ジャリッ』と鳴らす心配はない。
「リアム、あの大木の後ろに隠れよう」ガレンが地面から大きく根を張り出した古木を指差して囁いた。
俺は頷き、手信号を送る。俺たちは素早く、音もなく移動し、粗い樹皮と苔に覆われた幹に背中を押し付けた。この天然の盾の陰から、ゴブリンの集落を覗き見る。
「上から見た時は小さく見えたが」トムが呟く。目の前に広がる今にも崩れそうな小屋の列を見つめていた。「近くで見ると予想外にデカいな。数は俺たちの想定より多いぞ」
俺はバックパックをゆっくりと下ろし、ファスナーが大きな音を立てないように慎重に開けた。黒いポンチョを取り出し、トムに渡す。
「これは何だ?」彼はツルツルしたプラスチック素材に戸惑いながら尋ねた。
「身を隠すのに使ってくれ」と説明する。「黒いから闇に溶け込める。その足じゃ、ガレンも戦闘のど真ん中には連れて行けないだろ? ここに隠れて待っててくれ」
ガレンがトムの肩を軽く叩いた。「リアムの言う通りだ、トム。今の状態じゃ足手まといになるだけだ。お前の最優先事項は生き残ること、そして見つからないことだ」
「確かに……ありがとう、リアム」トムは素直に礼を言い、ポンチョを受け取って木の根の間に体を潜り込ませた。
俺は再び武器に集中する。マガジンリリースボタンを押し、落ちてきたマガジンを左手でキャッチしてポケットにしまう。バッグから、先ほど購入したばかりの予備マガジンを取り出す。中の弾丸が冷たく輝いている。
『カチャッ』という音と共に、それを装填する。
『備えあれば憂いなし』と考える。『戦闘中に弾切れで死ぬなんてマヌケな真似はしたくない』
手の中の黒い拳銃を見つめる。なぜか、最初に持った時のような重さはもう感じない。今はまるで自分の手の延長のようだ。
スライドを素早く引き、『カチャン』と初弾を送り込む。そして、銃口のサプレッサーを回して一度外し、中に詰まりがないか息を吹き込んで確認してから、再びねじ込んで固定した。
深呼吸をして、冷たく土の匂いのする森の空気を肺に満たし、早くなり始めた鼓動を鎮める。
ディナとガレンが俺を見つめている。その目に迷いはなく、あるのは信頼だけだった。
「リアム、緊張しないで」ディナが優しく囁き、一瞬だけ俺の肩に手を置いた。温かい。「後ろには私たちがいるわ。魔法でできる限り援護する。あなたは一人じゃない」
「背中は任せろ、リアム」ガレンが岩のように低く安定した声で付け加える。彼は剣を抜き、その刀身が微かな月光を反射した。「必ず生きて帰るぞ」
俺は頷き、勇気が湧いてくるのを感じた。「ありがとう。それじゃ……始めるか」
守りの木から離れ、ゴブリンの巣を囲む粗末な木の柵を見つめる。尖らせた丸太を雑に縛り合わせただけの柵で、隙間から中の様子が十分に覗ける。
右隅に、傾いた簡素な監視塔が立っていた。その上で、ゴブリンの見張りの小さなシルエットが船を漕いでいるのが見える。
『あいつの視界を避けないとな』
右手を上げ、シンプルな戦術サインを送る。『前進、姿勢を低く』。
俺たちは幽霊のように、背の高い藪の中を忍び進んだ。手に冷や汗が滲み、グリップを握る力が強すぎて掌が湿ってくる。葉擦れの音一つが心臓に悪い。
左右を確認し、パトロールがいないことを確かめる。クリアだ。
木の柵まで這い寄り、隙間の一つに顔を近づける。強烈な悪臭が鼻を突く――排泄物、腐った肉、そしてもっと甘ったるく不快な何か。
隙間の向こうには、ゴブリンたちの夜の生活の喧騒があった。耳障りな甲高い笑い声、エサを奪い合う唸り声、そして……別の音。押し殺したような呻き声と、弱々しいすすり泣き。
血が沸騰する。目が細まり、氷のように冷たく鋭くなる。
『クソ野郎ども。あのチビどもめ……』
冷たい怒りが胸に広がり、恐怖を塗り替えていく。『全員殺す。一匹残らずだ』
振り返り、ディナとガレンを見る。俺は一度だけ、力強く頷いた。
彼らも頷き返す。
無言の合図と共に、俺たち三人は一斉に木の柵を乗り越えた。動きは素早く効率的だ。反対側に着地した時の鈍い音は、すぐに集落の騒音にかき消された。
一秒も無駄にせず、積み上げられた木箱の影に滑り込む。
「どうする、ガレン?」
ガレンが俺の隣に膝をつく。
「正面突破は無理だ。数が多すぎる」彼は呟き、太い人差し指で地面に戦術図を描き始めた。俺とディナを交互に見て、聞いていることを確認する。
「まずは、外回りの小屋にいるゴブリンを片付ける。音を立てずに、一匹ずつだ。そうして徐々に捕虜の場所へ近づき、解放して混乱を引き起こす」
「その後、この巣のリーダーを探し出す」
「リーダー?」俺は尋ねた。
「ああ。ゴブリンは基本的に知能の低い魔物だ。論理より本能で動くことが多い。だが忘れるな、奴らは決して馬鹿じゃない」ガレンは真剣な表情で説明する。「とはいえ、どれだけ賢いゴブリンでも、強力な統率者がいなければこれだけの規模と秩序を持った集落を作ることは不可能だ。ホブゴブリンか、ゴブリンシャーマンか、ゴブリンロードか……あるいはもっと最悪な何かか」
彼は描いた線の端に指を突き立てた。「リーダーを殺せば、奴らは指揮系統を失い混乱に陥る。頭を失えば、奴らはただのパニックになったネズミの群れだ。そうなれば、各個撃破は容易い」
今まで黙って杖を握りしめていたディナが、ようやく口を開いた。薄明かりの下で顔色が悪い。「じゃあ……もしリーダーが『ゴブリンキング』だったら?」
その問いが重くのしかかる。ゴブリンキング。通常のゴブリンを遥かに凌駕する身体能力と知能を持つCランクモンスター。万全の状態でも苦戦は必至なのに、こんなボロボロのパーティでは勝ち目がない。
ガレンは一瞬沈黙し、集落の中央にある最大の小屋に目を細めた。
「その時は、他に選択肢はない」彼の声が硬くなる。「最大限の混乱を引き起こして逃げるだけだ。あの松明を使って小屋に火を放つ。幸い、奴らの建物は乾燥した木と藁でできている。ディナ、お前も『ファイアーボール』で延焼を手伝え」
俺は息を呑んだ。
「待てよ!」思わず声を荒らげそうになり、慌てて鋭い囁き声に戻す。「もしここを焼き払ったら……中にいる人たちを助けられないだろ! 一緒に焼け死んじまう!」
先ほど連行されていった女性たちの姿が脳裏をよぎる。あの絶望的な顔。もしここを燃やせば、俺たちの手で彼女たちを殺すのと同じだ。
「聞け、リアム」ガレンが体を捻り、その大きく重い手で俺の肩を掴んだ。視線が俺の目を射抜く。真剣で、妥協のない目だ。「俺たちの主目的は人命救助じゃない! 俺たちの目的は、混乱に乗じてこの黒い森を脱出し、生きて街へ帰ることだ! 救助はあくまで二次的なものだ!」
振りほどこうとするが、力が強すぎる。
「もしゴブリンを全滅させられる状況なら、もちろん助ける」ガレンの声が少し和らぐが、断固とした響きは変わらない。「だが状況が悪化し……ゴブリンキングと対峙することになったら……ここを焼き払い、奴らを道連れにしてでも俺たちは帰る。俺たち四人の命が最優先だ。死んで英雄になるような真似はするな」
歯を食いしばる。悔しさで顎が痛い。苦い。本当に苦い決断だ。彼が正しいことは分かっている。ここは残酷な世界だ。生存こそが全てだ。だが、心がそれを拒絶している。
『本当に他に方法はないのか!?』
「リアム……」
ディナが俺の左腕に触れた。ガレンの荒っぽい手とは対照的に優しい。彼女を見る。緑色の瞳には、罪悪感と懇願が入り混じっていた。
「あなたが優しい人だってことは知ってる。全員助けたいのも分かる」彼女は囁いた。「でもお願い、ガレンの言うことを聞いて。ここで全滅するのは嫌でしょ? 私たちが死んだら、結局誰も助からない。少なくとも私たちが生き残れば、ギルドに報告して、もっと強い冒険者を派遣してもらうこともできるわ」
彼女の言葉で頭が冷えた。ディナの言う通りだ。一緒に死んでも何の意味もない。
一瞬目を閉じ、深呼吸をして、喉に詰まった怒りと無力感を飲み込もうとする。煙と汚物にまみれた夜気が息苦しい。
ゆっくりと、俺は頷いた。
「分かった」掠れた声で答える。「ガレンの計画で行こう」
目を開け、騒がしいゴブリンの巣を真っ直ぐに見据える。グリップを握る手に力を込める。
「いい子だ」ガレンは俺の肩を放した。地面に置いていた剣を拾い上げる。「最後の情報だ」ガレンが俺を見つめ、視線を固定する。
俺は少し苛立って見返した。『今度は何だよ?』
「リアム」彼の声が低くなり、鋭い警告を含んだ。「慈悲は捨てるんだ。チャンスがあれば即座に殺せ! ゴブリンはただの弱い魔物だと侮るな。奴らは狡猾で、残忍で、サディスティックで、臆病で、そして極めて好色だ。一匹なら問題ないが、群れれば災害になる。だから躊躇うな。引き金を引いて殺せ」
彼は一呼吸置き、言葉の意味を染み込ませる。
「もう一つ」彼は遠くで揺らめく松明を指差した。「ゴブリンは光に敏感だ。暗視能力に優れているし、厄介なことに金属の臭いにも鼻が利く。お前の武器……その臭いが奴らを呼び寄せるかもしれん」
彼は顔を近づけ、表情を険しくした。「だから素早く動くんだ。極めて迅速にな。もし見つかったら……考えるな、迷うな。奴らが悲鳴を上げる前に、殺せるだけ殺せ」
深く息を吸い、肺に冷気を満たす。「忠告ありがとう、ガレン」
体を少し乗り出し、木の隙間から覗く。二十メートルほど前方、傾いた小屋の横に、一匹のゴブリンの見張りが立っていた。退屈そうで、強烈な睡魔と戦うように頭をカクカクさせている。揺らめく松明の光が、くすんだ緑色の肌と、小さな体に巻き付けられた粗末な革鎧を照らしている。錆びた鉄の剣が腰に無造作に吊るされていた。
「あいつをやる」と囁く。
「その後、急いで動くぞ。死体を小屋の裏に引きずり込め。血の臭いを消すために土をかけろ」
ガレンとディナが同時に頷く。
俺は拳銃を持ち上げ、両手で支えて照準を安定させる。息を止める。
『カチッ』
人差し指が優しく引き金を絞る。
『プシュッ!』
消音された発砲音は、怒れる蛇の威嚇音のようだった。
前方で、ゴブリンの頭が唐突な暴力によって後ろへ跳ね飛ばされた。叫び声を上げる暇もなかった。小さな体が一瞬痙攣し、虚空を掻いた後、湿った音を立てて泥の上に崩れ落ちた。
「よし、急げ!」
俺は鋭く言い放ち、隠れ場所から飛び出した。姿勢を低く保ったまま、短い距離を駆け抜ける。ガレンとディナが俺の後に続く。




