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プロローグ



午前8時20分。


平日の水曜日。混み合う通勤電車の中、はぼんやりと電車の窓に映る自分の顔を見ていた。

地下鉄は風景が全くない代わりに、電車の中の様子がよく写る。


スマートフォンを右手に持ち、左手で吊革を掴んでいる俺(山中やまなか 晴久はるひさ)の姿もある。

黒髪、中肉中背、特にこれと言った特徴は無いが、切れ長の目尻は唯一の特徴だろう。


今日はほんの少し寝坊をしており、セットをなんとなくでしていた為、寝癖があることに今更気づいた。

そんな寝癖を無理やり撫でつけた。直りはしないし、ネクタイは昨日のままの締め具合。




今年で25歳。社会人3年目。


恙無く義務教育を終え、両親には大学まで通わせてもらい、就職したのは地方都市にある中小企業。給与的にもそこそこ。

社会人1年目のころと比べたら今は仕事は慣れ、怒られることも減った。


だが、それは成長の証というより、ただ“無難にやり過ごす術”を覚えただけだったような気がする。

昼休みの雑談も、上司への愛想笑いも、流れ作業のようにこなしていく。


気づけば、日々の中に「自分の意思」がほとんどなくなっていた。そんな気がした。



そんな日々に、あと何十年も繰り返すのかと、気分の上がりきらない。




さて、次で降りないと。


吊革に掴まりながら、無意識にため息をつく。






今日も卒なく仕事をやり切った帰り道、夜の一歩手前の空と街灯に照らされた歩道を歩きながら、晴久はふと立ち止まった。

冷たい風が、スーツの裾をなぶる。


「……あ、酒買って帰んないとな。」

思わず口にした言葉が、夜に溶けていった。






自宅に着き、帰りの道中のコンビニで買っていたアルコール類。その他にある程度のツマミになるものが入ったビニール袋をリビングのテーブルに置いた。


今日は水曜日。平日の中日だが、休みまでの日数的に折り返しになる水曜日には決まって晩酌をするようにしている。

華金になると上司からの飲みの誘いがあったりする為、1人でお酒を飲むのに丁度いいのだ。


スーツを脱ぎ捨てて風呂に入る。実家にいる時は湯船に浸かっていたものだが、一人暮らしだとそうはいかない。


水道代が気になってシャワーだけで済ませている。月に何回かは入るようにはしているが、長風呂せずにお湯を抜くのが勿体ない気がする。


実家に居た時は考えもしなかったことだが、一人暮らしとなると経済的にケチになった気がしてならない。

給料的にはそこそこ貰っている為、お金には困ってはいなかったが、将来を考えると節約は大事であると思っている。


濡れた頭をタオルで拭きながら浴室から出た。まだ外は涼しいと感じる程度の季節だ。部屋の中だと少し暑く感じる。


リビングに入り、ハッと気づく。


「ビール、冷蔵庫に入れとくの忘れてたな…。」


リビングの中央にあるテーブルを見る。そこには今晩のメイン達がビニール袋に入ったままだ。


風呂上がりの1杯はキンキンでなくてはならない。本来は冷蔵庫にビールのストックを入れているのだが、帰りにそのストックが尽きているのに気づいたのだ。


先程節約だのなんだとと言ってはいたが、現実的にはこの有様である。休日に外に出歩くことが億劫になって、買いだめも出来ず帰りにコンビニでわざわざ高い値段設定の物を買っている。


頭ではわかっていても、身体が追いついてこない。


「…よし。」



そんなことよりお酒だ。仕事、風呂、その後はと言われたらお酒だ。仕事が終わって帰ってきてから何も口にせずにいた。この瞬間の為である。


洗濯して部屋に干しっぱなしにしていた衣類からパンツだけを取り、タオルドライしたての身体に身につける。




テーブルに置いていたビニール袋からビールを取り出し、右手に。左手でテレビのリモコンでテレビの電源を付ける。


昨日の夜観ていたチャンネルが映る。今の時間はバラエティ番組がやっていており、お笑い芸人に対してドッキリを仕掛けていた。


視線はテレビに置き、リモコンをテーブルに置く。そして右手に持っていたビール缶を開けた。


この開けた瞬間の音はとても耳心地が良い。元々炭酸飲料が好きだったのもあり、大人の年齢になってからは炭酸系のお酒は好きだ。


1口、ビールを喉に通す。



キレの良い喉越し。日中の仕事で疲れた身体にアルコールが沁みる。思わず唸る。


さて、2口目。1口目よりぐっとゴクゴクと飲む。




――退屈だ。

――次は、お前にしよう。







突如、そんな声がどこかしらか聞こえた気がした。


瞬間、視界がぼやけた。何事だ、とビール缶から口を離し、視線を前に運んだ。目の前にあったテレビが無い。


持っていたビール缶が無くなっていた。










いきなり、環境が変わっていた。


湿った土の匂い。木々のざわめき。鳥の声。

目を辺りに遊ばせるが、そこは見たことのない森だった。いつもの部屋ではない。

肌に感じる風の温度さえ、現実とは違っていた。非現実的な変化に、思わず


「……夢、じゃない、よな?」




息をのむ。

その瞬間、遠くで何かの鳴き声が響き、ぶわっと汗が出てきた。


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