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恋敵

作者: 渡辺百美

 僕には好きな人がいる。名前は川村恵理。同じ高校二年生の、町でも有名な美人だ。もちろん、モテる。

 2201年、僕と恵理は生まれたその日から幼馴染だ。家が隣で、家族同士も仲が良い。ここまで聞けば、僕と恵理は自然と付き合って、自然と結婚、なんてことになりそうだ。しかし、ひとつだけ、懸念点がある。僕と恵理には、もう1人幼馴染がいるということだ。言うまでもなく、そいつも恵理が好きである。つまり僕とそいつは、恋敵なのだ。

 恋敵。つまり当然、僕らは恵理を取り合うことになる。例えば、たまたまあいつが居なくて、二人の時、今度の休みに遊ぼうと誘ったり。しかし恵理はお人好しなのか、避けているのか、必ずいつも3人で遊ぶことになる。これは、誘うのが僕でもあいつでも、だ。もちろん、3人で遊ぶから、といって純粋に楽しめるわけではない。必ず2人になるときはある。そこを狙うのだ。そうやって、1歩ずつ、だが着実に、あいつとの差を広げるのだ。

 あいつがいなければ、そう考えることはある。しかしそれは戯言のようなもの。僕とあいつは、やはり幼馴染なのだ。学校の休み時間はいつも話しているし、周りからも仲が良いね、とよく言われる。実際仲が良い。恋敵以前に、僕らは親友なのだ。恵理と2人きりで遊んだのは数えるほどしかないが、僕とあいつだけで遊んだのは数えられないほどある。でも最初からこんなに仲が良かったわけじゃない。昔は、あくまでも近所の友達、ぐらい。ここまで仲が良くなったのは、ある意味では恵理のおかげ、とも言える。あれは確か、5年くらい前の、夏が始まったばかりの時だ。

 

 僕とあいつは小学生の時、2人で家出した。別に親が嫌いな訳じゃない。僕がただ、家出、というものに興味があったのだ。親には家出する、と先に言ったし、行き先も伝えておいた。でも一人は不安だった。だから近くにいたあいつに声をかけた。そして僕らは僕の祖母の家に泊まった(今思えば迷惑だっただろう)。そこで恋バナをした。夜中に友達とする話題、と言ったらそれしかないだろう。自然な流れだ。そこで初めて共通点ができた。共に恵理が好きだ、ということ。その夜から、僕らは親友、そして恋敵になった。もうずいぶん長い時が経ち、祖母も死んだ。でもあの夜は昨日のように思い出せる。きっとあいつも同じだろう。

 学校帰り、週1であいつと2人でハンバーガーを食べる。そして、恵理のことを話す。もうすっかり習慣化している。

 「いやしかし、なかなかどうして恵理は振り向かないよな」

 そう言ったのは目の前にいるあいつだ。

 「そんなこと言ってるけど、何かしたのかよ、お前」

 「そりゃ色々してるさ。この前は、プレゼントをあげた」

 「へえ、反応は?」

 「そりゃ、喜んでくれたさ。もっとあげたくなってきた」

 「そのままだと、ただ貢ぐだけの人になるぞ」

 あいつは「うう……」と声を漏らす。

 「好きだー!」

 あいつは店の中だというのに、気にせず大声を出した。そのせいで、何人かがこちらを振り向く。ああ、今日ほどあいつがいなければ良かったと思った日はない。

 「ちょ、シーっ」

 「なんだよお、お前は好きじゃないって言うのかよ。なら俺の勝ちだな」

 あいつはなぜか勝ち誇ったように言う。

 「いやいや、僕も好きだよ。僕は負けないさ。てか、勝敗は恵理次第だろ」

 今日はこんな話で終わった。今日は、と言ったが、いつもこんな感じだ。あいつが騒いで、僕が宥める。この時間が、楽しいんだ。

 しかし今年の夏は暑い。記録的猛暑だそうだ。ニュースでは40代くらいの男性が、気温と共に、外国で起きている戦争について話している。でもそれは、僕には関係ない、他国の話。今は平和だ。

 さて、今は高2の夏、来年は受験生だ。つまり、ずっと遊んでられるのは今年が最後。だから今年、ちゃんと伝えたかった。そうと決めたらまずは行動、行動だ。デートをしよう。今度は2人きりで。誘う時は決めている。あいつが部活で、僕は休み。恵理は帰宅部。2人で帰る、木曜日。

 「なあ、恵理。こんどの土曜日、遊びに行かないか?」

 恵理の顔がパッと明るくなる。感情が表に出やすいのも、恵理の良いところだ。

 「えー、行こう、行こう! どこ行く? あいつも行けるよね?」

 「いや、2人で遊園地とか行こう」

 恵理はなぜか心配そうな顔をしている。

 「2人で? 喧嘩でもしたの?」

 ああそうだ、恵理はそうだった。どこまでも優しくて、どこまでも鈍感なんだ。思わず笑みが漏れ、鼻から息を吐く。

 「違う、喧嘩した訳じゃないよ。つまり僕は、君と2人きりでデートがしたいんだ。」

 恵理は分かりやすく困惑する。さっきから表情がころころ変わって面白い。面食らったような顔で瞬きを繰り返して、顔を僕とは離れた方の斜め下に向ける。見えるのは耳だけ。夕暮れだから、で誤魔化せないほど赤くなっている。

 「ふ、ふうん。やるじゃん」

 なぜか褒められた。つい笑いが溢れる。こんどは声を出して笑う。

 「どうも」

 「いいよ、行こう、遊園地」

 「ほんと? 嬉しい」

 神様、ありがとう。僕は初めて感謝した。

 かくして、あいつがいない、初めてのデートが始まった。


 集合は恵理の家。結局家が隣なので集合場所どこだろうとなにも変わらない。行き先は、近所の遊園地。あまり大きくも綺麗でもないが、小さい頃から僕らの遊び場だった。

 「相変わらず人いないね〜」と、恵理が言う。「そうだね」と僕が返事する。それだけでも、なぜか普段の数倍楽しかった。恵理も同じだと良いが。

 「よく潰れないよね、ここ。まだちゃんと動いてる」

 「あー、なんか市がお金かけて作ったから取り壊したくないんでしょ、昔は人気あったし」

 恵理の言葉に納得する。確かに、この遊園地は町の知名度を上げるのに1役買ってくれた。テレビも来たことがあるらしい。

 「とりあえずジェットコースター乗るか」

 僕は提案する。恵理は少し躊躇したのか一瞬間が開き、しかしすぐに承諾する。

 「うう〜、怖いんだよね、あそこ。はあ〜あ、まあ良いけどさー」

 そんなとこもかわいらしい。遊園地に人がいないということは、並んでる人もいない。すぐに乗ることができた。乗客は僕ら2人だけ。しばらくするとギギギ……と音を立てて動き始めた。

 「キャーーー」

 怖がっていたはずの恵理は、僕以上に楽しんでいた。手を上に上げて、大きく叫ぶ。静かな遊園地に、恵理の声だけが響く。ああ、幸せだな、と思う。一生続けば良いのに。

 ジェットコースターを降りて、しばらくフラフラで歩く。近くにベンチがあるので、それに座る。

 「いやー、久々だけど楽しかったね」

 僕が言う。

 「うん、楽しい。も1回乗りたい」

 恵理が言う。

 もう1回乗った。流石に気持ち悪くなってくる。恵理はまだまだ余裕そうだが。さらにもう1度乗り場に行こうとするのを、全力で止める。

 「ほ、ほら、久々だし、色んな所回ろうよ。お化け屋敷とか」

 その声を聞いた途端、恵理の顔がサアッと青くなる。

 「いやいやいや、ムリムリムリ。あそこはほんと無理だから」

 この遊園地のお化け屋敷は正直怖くない。機械仕掛けなのか、変な音するし。多分、小学生でも高学年になると怖がらないレベルだ。もちろん恵理が怖がり、というのは知っている。これも全部、自然に手を繋ぐためだ。

 「大丈夫だって」

 「大丈夫じゃないよお、なんで平気なのか分かんない」

 恵理は手を膝に当て、少し腰を落とした体制をとる。上目遣い、涙目。フルコンボだ。とてもかわいい。

 「大丈夫。僕が守るから」

 少し、いや、大分クサい発言だ。でも恵理は喜んでくれたのか、こちらに笑顔を向けてくれている。

 「ふうん、じゃあ行こっかな〜」

 先程とは1転、軽やかな足取りで僕の先を行く。今にもスキップしそうだ。僕は慌てて後を追う。

 「手を繋ごう」

 お化け屋敷の前で、僕は提案した。恵理は快く受け入れてくれた。離れないように、手を絡ませる。やはり怖いのか、少し震えているのが手を通して伝わってくる。僕はギュッと強く握る。

 ゆっくりと歩く。静かで、足音だけが響く。コッ、コッ、コッ……。突然、近くの井戸から髪が長い人形が飛び出してきた。恵理は「ヒッ」と短く悲鳴をあげ、人形よりも数段速く僕の方に寄ってきた。もう手ではなく、腕を絡ませている。その状態で、出口まで歩いた。

 「はあー、怖かった」

 お化け屋敷から出た瞬間、恵理は腰が抜けたような格好をした。

 「ごめんごめん、そんなに怖いとは」

 僕は笑いながら言う。お化け屋敷の中で、恵理はずっと悲鳴をあげていた。外に出ると、もうかなり時間が経っていることに気づく。空がオレンジ色になって、もうすぐ閉館時間だ、と分かる。

 「最後に観覧車乗ろう」

 恵理は無言で頷いた。

 観覧車に着くまでの道中、僕らは手を繋いで歩いた。もう理由なんてないのに。いや、理由なんていらない。観覧車に乗り、たわいもない会話をした。一番上にいても、流石にキスはできない。結局、二周して、遊園地を出る。帰り道、遠くに人が見えて、手は解いた。

 「ありがと、今日は楽しかったよ」

 家の前で別れの挨拶を告げる。正直この時間が終わるのは惜しいが、別にまた行けば良い。

 「私も楽しかった。また行こうね」

 「うん、また。絶対だぞ!」

 告白しようと思っていたが、すっかり忘れていた。今日行っていれば何か違ったかもしれないのに。

 

 そうして、分かれるはずだった。でも神様は、残酷だった。

 恵理と分かれてすぐ、最近変えたスマホから音がなる。画面を見て、すぐに踵を返して恵理の方に向かう。

 「お、おい! 恵理! これ見ろ!」

 日本が戦争に参加する、というニュースだった。40代くらいの男性が、信じられない、と言った顔でプリントを読み上げる。僕らも、いや、日本中の人が信じられないだろう。

 「え、ど、どういうこと……?」

 恵理も同じく、困惑しかない様子だ。当たり前だ。この時代、戦争は、画面の向かうの世界だけの話で、遠い国の話。日本が戦争をしていたのはずっと前。戦争なんて愚かなこと、誰もする訳がない。そう思っていた。

 

 次の日、学校で軍による説明が行われた。それは十分なものとは決して言えず、僕らは納得するはずもなかった。

 「おい、意味わかんねえよ!」

 1番後ろの席の樋口が大声を上げる。これは僕らの総意だった。しかし彼らは一向に応えようとしない。樋口が舌打ちをし、乱暴に椅子に座る。 

 結局そのまま、軍の人は帰ってしまった。僕らが納得するかどうかは関係ないようだ。今日はいつもの3人でたわいもない話をしながら帰った。この時間だけが幸せだった。

 あのニュースから2日が経った。今だ訂正が行われていない。いや、もう行われないだろう。うわさでは、もう部隊は海上で交戦中らしい。しかし詳しいことは知らされていない。僕らは無知のまま、変わらない日常を送っている。

 あの日から3ヶ月が経った。11月。だんだんと分かってきたことがある。日本は、アメリカと戦争していること。政府は、停戦する気がさらさらないこと。ニュースを見ていれば分かる。奴らは、この状況を喜んでいる。そして、学校で「訓練」という科目が増えたこと。馬鹿げている。なぜ大人は黙って受け入れているのか、不思議でたまらない。そしてこの頃、あいつは忙しいことを理由に一緒に帰らない日が増えた。こっそり後を追うと、あいつは駆け足で図書室に行っていた。本を読むところなんか見たことがない。帰り道でも、会話はどんどん少なくなってきた。なぜだろう、今はもう、この時間も幸せを感じにくい。

 あの日から5ヶ月が経った。1月。あいつは軍に入隊希望だ、と言う。あいつは、というか、クラスメイトの何人かはそうらしい。中には樋口も混ざっていた。あの日唯一キッパリと反抗していたのに。いつの間にか、あいつと帰ることは無くなっていた。のぞみにのぞんだ2人きりの登下校も、やはり楽しくない。最近、なにもやる気が起きない。

 あの日から7ヶ月、卒業式だ。僕と恵理は無事大学に合格し、僕は春から地元を離れる。恵理とも初めて離れることになる。少し不安だ。久々にあいつに会った。「しばらく話せなくてごめん」あいつは一番に謝ってきた。そしてすでに入隊が決まったこと、近いうちに戦争に参加するだろう、ということを教えてくれた。

 1年が経った。あいつから手紙が届いた。内容はこうだ。

 「お久しぶりです。時間がないため、簡潔に話します。俺は来週から戦争に参加します。なのでこの手紙が届いている時には、僕はもう戦っているでしょう。もう人手不足なのか、最前線からのスタートだそうです。生きて帰れないかもしれません。でも、後悔はしてません。

 実は俺は、あの日、君が恵理とデートをしていたのを知っています。今まで黙っていたけれど。そして思いました。ああ、俺は負けたんだ。悔しくてたまらなかった。戦争とは関係なく、毎日泣きました。でも戦争行きが決まって、最近やっと、悔しいという気持ちを忘れられました。でも彼女のことは忘れられません。ここから先に書くことを、彼女に伝えて欲しいです。君を信用して書きます。」

 この先は読まなかった。僕には必要ない。彼女が今どこにいるのかは知らない。知る必要もない。

 半年も経たないうちに、あいつの親から手紙が届いた。手紙には、あいつが戦死したことと、僕への感謝の気持ちが書いてあった。久しぶりに、少し泣いた。僕の恋敵は、本当にいなくなってしまった。手紙で、俺は負けた、とあった。しかし、僕も勝っていない。彼女はどちらも選ばなかった。選べなかった、と言った方が正しいかもしれない。

 僕ら3人の関係は、あの日から随分変わった。もうデートすることも、あいつとご飯を食べながら、彼女について話すこともない。戦争が無ければ、こうはならなかっただろうか、と考える。答えは出ない。出るはずもないし、出たとしてもどうしようもない。

 あの時僕らは幸せだった。紛れもなく、僕らは繋がっていた。でも今は、そんなものはない。僕と彼女はこれから別々の人生を歩む。もう関わることはないだろう。

 どうすれば良かったのだろうか。

ありがとうございました

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