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第9話 初めてのモンスター退治

 フレイムキャットを弱体化させたところで、エクレールから次の指示が飛んでくる。


「この状態なら、貴方でも倒せるでしょう? さっさと片付けましょう」


 ミモザは床でゴロゴロと転げまわるフレイムキャットを見下ろす。確かにこの状態なら倒せそうだ。身体に纏っていた火も消えているから、近付くことも容易い。

 とはいえ武器を持っていないミモザは、どうやって攻撃を与えればいいのか分からなかった。


「倒すって、具体的にどうすれば……」

「モンスターは一定のダメージを与えれば消滅するわ。フレイムキャットは火が消えた状態なら防御力がぐんっと下がる。素手でも倒せるはずよ」

「素手で!?」


 予想外の言葉でギョッとする。ミモザは、自分の手のひらとフレイムキャットを交互に見ながら「ええ……」と困惑した声を漏らした。


 相手がモンスターであることは理解している。だけど猫のような愛らしい生き物に攻撃するのは良心が痛んだ。


「早く倒さないと先に進めないわよ」


 躊躇っていると、エクレールから急かされる。そこでミモザも覚悟を決めた。フレイムキャットの前でしゃがみこむと、布団を叩くような力加減で叩いた。


「えいっ!」


 パンッと軽い衝撃を加えると、フレイムキャットは白い光に包まれる。フレイムキャットの身体は、みるみるうちに消滅していった。


「え? 本当に倒せた?」


 まさかあの程度のダメージで倒せるとは思わなかった。白い光が消えると、フレイムキャットと入れ替わるように、赤い宝石と小瓶が現れた。小瓶の中には黄白色の液体が入っている。


「なんですか、これ?」

「魔法石とシベットよ」

「シベット?」


 魔法石は知っている。魔力の籠った石で、この世界では魔道具を動かすための動力源として利用されている。だけどシベットというのは聞いたことがない。


「シベットはフレイムキャットの麝香腺じゃこうせんから分泌される液で、香水の材料として使えるの」

「へぇ、そうなんですね」


 香水の材料ということは、さぞかしいい匂いなのだろう。蓋を開けて香りを確かめようとしたところで、エクレールからストップが入った。


「単体で嗅ぐと、後悔するわよ」


 その言葉で蓋を開けるのをやめた。そこでミモザは思い出す。香水の原料として知られるムスクは、単体だと強い獣臭とアンモニア臭がすると聞いたことがある。シベットも似たようなものなのかもしれない。単体で嗅ぐのは危険そうだ。


「これ、エクレールさんいりますか?」


 精製すらしていないシベットでは、ミモザが持っていても役に立たない。おずおずと差し出すと、エクレールは満足そうに受け取った。


「ええ。頂くわ。うちの原料班に渡したら喜ばれるでしょうからね」


 引き取り手が見つかってホッとしていると、エクレールは床に落ちている魔法石を指さした。


「魔法石は、貴方が回収していいわよ」

「ええっ!? 良いんですか?」


 魔法石は、商業ギルドに持っていけば高値で買い取ってもらえる。そんな高価なものを簡単に譲り渡すなんて気前が良すぎる。ミモザは戸惑っていると、エクレールは腕組みをしながら誇らしげに笑った。


「せっかくダンジョンに潜っているんだもの。報酬がないとつまらないでしょう? 私は香料が手に入れば十分だから」


 そういうことなら有難く回収させてもらおう。ミモザはホクホクとした表情で、魔法石を肩掛け鞄に詰めた。アイテム回収が終わると、立ち上がる。


「それじゃあ、先に進みましょうか。ここから先はもっとたくさんモンスターが出現するでしょうから油断しないでね」


 初めてモンスター討伐をして、アイテム回収までさせてもらったことで舞い上がっていたが、油断は禁物だ。この先にもフレイムキャットは大量に出現する。気を引き締めて先に進まなければならない。


「はい、分かりました!」


 ミモザは緊張感を纏いながら返事をした。


 エクレールと共に先に進もうとしたところで、薄暗い通路の先から足音が聞こえた。


「え……何でしょう、この足音……」


 タッタッタとこちらに迫ってくる。ミモザは顔を青くさせながら、エクレールの腕にしがみついた。フレイムキャットの足音にしては大きすぎる。目を凝らして通路の先を凝視していると、人影が見えた。


「おいっ! 大丈夫か?」


 走って来たのは、赤髪の青年だ。細身の身体には、大きな剣を携えている。近くまでやって来ると、以前エクレールと歩いていた人物であることに気付いた。


 見た目の印象からして、十代後半だろうか。身長はぱっと見た限り170以上ありそうだが、あどけなさを残した顔立ちをしている。


 緊迫した様子でこちらに駆け寄ってきた青年は、エクレールの姿を見た途端、赤色の瞳を大きく目を見開く。次の瞬間、へなへなと泣き出しそうな表情を浮かべた。


「エクレールさぁぁぁん! 助けに来てくれたんすね!」


 赤髪の青年はエクレールの前で跪くと、両手を合わせて拝み始める。その姿をエクレールはゴミを見るような眼差しで見下ろした。


「ロイ……貴方、仮にもA級探索者でしょう? フレイムキャットくらいサクッと退治して、他の探索者を救出しなさいよ」

「いやいやいや、数が尋常じゃないんすよ! 倒しても倒しても湧いてくるからキリがない。それにあいつら火を纏ってるから、めっちゃ熱いし」


 そう話す赤髪の青年は、腕に火傷を負っていた。ベージュのジャケットも所々焦げている。フレイムキャットと一線交えてきたのは明白だ。とはいえ、エクレールの足もとで半泣きになっている姿は、どうにも頼りなく見える。


「エクレールさん、さっきお話していた護衛騎士って……」

「ええ。彼は()()()()()()()()のロイ」

「せめて()()()()()()()()って言ってくれます!?」


 ロイの切実な訴えは、エクレールの冷ややかな眼差しで跳ね返された。


「それで? 十五階層はどういう状況なの?」


 エクレールから報告を求められたところで、ロイは緩んだ表情を引き締めてその場で立ち上がる。


「フレイムキャットの出現数が、通常時の三倍になっています。一時的な現象なので、あと数時間もすれば収まると思いますが、あいつら火を纏っているから大量に湧くと厄介なんです。十五階層は火の海で、脱出するのも容易じゃない」

「なるほどね。その状況で貴方、よくここまで来られたわね」

「悲鳴が聞こえたから、炎の中を掻い潜って駆けつけたんですよっ! マジで死ぬかと思った」


 どうやらミモザの悲鳴を聞いて駆けつけてくれたようだ。そう考えると、申しわけなく思えてくる。


「あの……すいません、さっき悲鳴を上げたのは私です」


 小さく手を挙げて白状する。するとロイは、改めてミモザに注目した。「こいつ誰だ?」とでも言いたげな表情だ。そこでミモザは自己紹介をする


「私はこの町に住むミモザと申します。色々事情があって、エクレールさんとフレイムキャットを退治しに来ました」

「……色々言いたいことはあるけど、怪我がないなら何よりだ」


 ロイは、恨めし気にエクレールを見つめる。おおかた、何故一般人を巻き込んだのかと問いただしたいのだろう。エクレールは、ロイからの視線にはまったく動じていないようだが。


「とにかく、この先にもフレイムキャットがうじゃうじゃいるんで、さっさと倒しに行きましょう。エクレールさんの調香スキルがあれば、奴らを弱体化させることもできるでしょう?」


「ええ、フレイムキャットを極度のリラックス状態にするアロマ水を調香してきたから」

「さっすが!」


 エクレールの調香したアロマ水があれば、フレイムキャットの討伐も楽になる。香りが充満すれば、一度に何体ものフレイムキャットを弱体化させることもできる。モンスターの大量発生に対処するにはもってこいのスキルだ。


「ミモザはアロマディフューザーを持って前線に出てちょうだい。私は後方から風魔法で香りを充満させるから。ロイは、ミモザに危害が加わらないように守ってあげて」

「はいっ」

「了解っす」


 エクレールからの指示に、ミモザとロイは声を揃えて返事をする。先ほどと同じ要領でフレイムキャットを弱体化させれば良いのだ。恐怖は完全には拭えないが、ここからは護衛騎士のロイがいるため、先ほどよりは危険が伴わないのかもしれない。


「ロイさん。よろしくお願いしますね」


 ミモザがお願いをすると、ロイは居心地が悪そうに視線を泳がせる。数秒の沈黙の後、ロイはグッと拳を握った。


「……ああ、任せとけ」


 なんだ、今の間は? ちょっと心配になったミモザだった。

 とはいえ、今はロイを頼る他ない。準備が整うと、エクレールは通路の先に視線を向けた。


「行きましょう」

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