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第5話 その発言、撤回してみせます

「ただいまー……」


 ミモザは恐る恐る扉を開ける。実家の調薬店は、負傷した探索者で溢れ返っていた。母は患者の対応に追われている。ミモザは、母に捕まらないように気配を消しながら奥の調合室へ向かった。


「何故コソコソしているの?」

「捕まったら面倒なので」


 ミモザの後ろで怪訝そうに眉を顰めるエクレールに、小声で事情を説明する。幸い、母は患者と話をしていたこともあり、ミモザが帰ってきたことには気付かなかった。ホッと胸を撫で下ろしながら、エクレールを調合室に招いた。


 調合室では、白衣を着た父と兄のジェイドが忙しなく動き回っていた。負傷した探索者の薬を調合しているのだろう。忙しいタイミングで声をかけるのは忍びないが、こっちも急を要する。意を決して声をかけた。


「お父さん、調合室を貸してほしいの」


 ミモザが声をかけると、作業をしていた父の手が止まる。


「急にどうした? 今は負傷した患者が大勢押し寄せていて忙しいんだ。なんでもダンジョンでフレイムキャットが大量出現したとかで」

「うん、知ってる。それを倒すために調香をするの」

「倒す? 調香? 何を言っているんだ?」


 父は怪訝そうに眉を顰める。すると後ろで控えていたエクレールが、ミモザの前に出た。


「急に押しかけてしまって申し訳ございません。私は調香師のエクレールと申します」


 エクレールは礼儀正しく挨拶をする。突如見知らぬ人物が現れたことで、父は警戒心を強めた。その一方で、ジェイドは物珍しそうにエクレールをじろじろと見つめた。


「うわ、すっげえ美人……」


 ミモザは、ジェイドをキッと睨みつける。エクレールは、ジェイドの不躾な視線などお構いなしに話を続けた。


「片隅でもいいので、調合室を貸していただけませんか? 皆さんのお仕事の邪魔はいたしません」

「何をなさるおつもりなんですか?」


 父が怪訝そうに尋ねると、エクレールは堂々と答えた。


「フレイムキャットを弱体化させる香りを調香します」


 しんと静まり返る。父は言葉に詰まらせながら、まじまじとエクレールを凝視していた。そんな反応になるのも無理はない。ミモザだって、香りでモンスターを倒すなんて聞いたことがなかった。

 しばらくは時が止まったように黙り込んでいたが、ジェイドの小馬鹿にした笑い声によって沈黙が破られた。


「いやいや、香りでモンスターを弱体化させられるわけないだろう。返り討ちに遭うのがオチだ」


 ジェイドは、肩を震わせながら笑っている。嘲笑を含んだ表情を見ていると、腹が立った。何か言い返してやろうと思ったが、エクレールが先に口を開いた。


「貴方は何もご存知ないのですね」


 ジェイドはぴたりと笑いを止める。無知であることを指摘されたことがよっぽど不服だったのかジェイドは、むっとした表情でエクレールを威嚇した。


「なんだと?」


 今にも噛みつきそうなジェイドを父が制する。


「やめなさい、ジェイド」


 父から止められると、ジェイドは渋々引き下がった。大人しくなったジェイドを一瞥すると、父は冷ややかな表情でエクレールに告げた。


「薬でモンスターを弱体化させるというのなら分かるが、香りで弱体化させるなんて私も聞いたことがない。いい加減なことを言うのは、やめていただきたい」

「お父さん……そんな言い方失礼だよ」


 止めに入ったものの、父は氷のような瞳でミモザを見下ろすばかり。


「お前が香りに興味を持つようになったのは、彼女の影響か?」

「そういうわけじゃ……」


 否定はしたものの、父は納得しない。この場にエクレールを連れてきたことから、ミモザに何らかの影響を与えていると思い込んでいるのだろう。父は冷ややかな眼差しのまま告げる。


「香りなんてものは、貴族が自分を飾りつけるための道具に過ぎない。調香技術を磨いたって、庶民には何の恩恵もない」


 父の言葉で、エクレールは口の端を引き攣らせる。癇に障ったのは明白だ。腕組みをすると、勝気な眼差しで父と対峙した。


「それは聞き捨てなりませんね。香りは貴族の道楽でしかないとでも言いたいのですか?」

「言葉は悪いがそういうことだ。香りでは人を救えない。調香スキルなんて、調薬スキルの下位互換だ」


 辛辣な言葉を突きつける。それは、調香を生業とする者に告げるには、あまりに配慮のない言葉だった。部外者であるミモザですら、腹の奥から怒りが沸き上がってくる。


「調香スキルは調薬スキルの下位互換。笑わせてくれますね……」


 怒りを感じているのは、エクレールも同じようだ。ロイヤルブルーの瞳が氷のように冷ややかになっていく。調香師という職業自体を下に見られたのだから当然の反応だ。


 しかし、エクレールはそんな言葉で牙を抜かれるような女ではなかった。顔を上げると、意志の籠った視線で訴える。


「その発言、撤回してみせます」


 彼女の瞳に迷いはなかった。堂々と宣言する姿を見て、父は眉を顰める。父が何か言い返そうと口を開いたところで、ミモザが仲裁に入った。


「今は争っている場合じゃないでしょ? ダンジョンには、まだ取り残されている人がいるんだから、今すぐ助けに行かないと。エクレールさんは、モンスターを弱体化させる術を知っているんだから、今はその言葉を信じようよ」


 これ以上、口論を長引かせるわけにはいかない。現状を伝えると、父は小さく溜息をつく。


「……まあいい。こちらの邪魔をしないのであれば、調合室を使っても構わない」


 使用許可を得たことで、ミモザはホッと胸を撫で下ろす。エクレールは、強気な眼差しを残しながらも、口元を緩めた。


「ご協力、感謝します」

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