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第33話 国を背負う者

 エクレールは、リーネ王国の王弟殿下の娘。そんな話は、今の今までまったく知らなかった。


「ななな、なっ、なんで教えてくれなかったんですか~?」


 ミモザはガタガタと震えながらエクレールに詰め寄る。確かに、品のある立ち居振る舞いや風魔法が使えることから、貴族の令嬢であることは予想していた。だけど、頑なにファミリーネームを口にしないことから、あまり出自については触れられたくないのだろうと察し、追求はしてこなかった。それがまさか王室の人間だったなんて驚きだ。


 ミモザから追求されると、エクレールは額を押さえながら溜息をついた。


「まったく……こうなると思っていたから隠していたのに……」


 やはりエクレールは意図的に出自を隠していたようだ。ふと、ロイにも視線を向けてみると……。


「お、おおっ……王弟殿下の娘!? 俺はそんな高貴なお方に、数えきれないほどの無礼を……」


 こちらもミモザと全く同じ反応をしていた。これまでの付き合いの長さや失態の数を鑑みると、ロイの方が冷や汗ものだろう。震え上がる二人を見て、ダリルが「しまった」と顔を顰める。


「すまない。出自のことは秘密だったのか……」

「まあ、バレてしまったものは仕方ありません。ギルド長には私の出自も承知の上で雇っていただいているので、雇用契約上はなんら問題はありませんので」


 エクレールは毅然とした態度でダリルの謝罪を受け止めると、真っ青になっているミモザとロイに視線を移す。


「王室からは勘当も同然で出てきたのだから、もう関係のないことよ。忘れなさい」


 そうは言われても、忘れることなどできるわけがない。強気な態度で押し切ろうとするエクレールを見て、ダリルは苦笑した。

 衝撃的過ぎていまだに事実を受け止めきれないが、エクレールは構わず話を続けていく。


「そういえば、一昨年に海底ダンジョンを最下層まで開拓されたと伺いました。流石はS級探索者ですね」


 ダンジョンの話を持ち出すと、ダリルは肩を竦めながら笑う。


「なんだ知っていたのか。ああそうだ、ダンジョンマスターの人魚とやり合って降伏させたのは俺だ。こんな荒くれ者が国王だなんて笑えるだろう?」

「いえ、そのようなことは」


 エクレールは否定したものの、ダリルは自嘲気味に笑った。


「遠慮しなくていい。俺だって、自分が王の座に就くとは思わなかったからな。だけど、内乱や流行り病で兄達がバタバタと死んじまって、結局生き残った俺が王位に就くことになった」


 王の座に就くなんて名誉なことに思えるが、ダリルはあまり喜んでいるようには見えない。黙って事の成り行きを見守っていると、ダリルは膝の上で手を組み、真剣な表情を浮かべた。


「エクレール嬢を呼び出したのは他でもない。王位に就いてからの三ヶ月間、眠ることができなくなってしまったんだ」


 ハンナ王国の新国王が不眠症で悩んでいる。それは、ここに来る前に知らされたことだ。ミモザは姿勢を正して、ダリルの話に耳を傾ける。


「寝台についても一向に寝付けない。眠りかけても、すぐに目を覚ましてしまうんだ。最初は睡眠導入薬にも頼ったが、まったく効かない。呪いの影響も考慮して、シャーマンに除霊をしてもらったが効果はなし。先日は式典中に昏倒してしまって、これはいよいよマズイってことで調香師に頼ることにしたんだ」


 シャーマンはまだしも、睡眠導入薬が効かないなんてよっぽどだ。眠りたくても眠れない辛さを想像すると、胸が締め付けられた。


 ダリルは膝に両手をつき、深く頭を下げる。


「このまま眠れない夜が続けば、俺は死ぬ。力を貸してくれないか?」



 謁見を終えると、別室に移動して作戦会議を始める。三人でテーブルを囲むと、さっそくミモザが小さく手を挙げながら提案をした。


「眠れないということであれば、睡眠導入の香りを調香してみてはいかがでしょう?」


 香りには、緊張をほぐし、睡眠を促す作用もある。入眠しやすくなる精油を選んでブレンドすれば、ダリルの不眠症も解消できるかもしれない。

 ソファーに腰掛けたエクレールは、ミモザの言葉に頷きつつも、唇に手を添えて考え込む。


「そうね。それもひとつの方法だけど、それだけでは解決できない気もするわ。眠れないのは、心因的な問題から来ているのかもしれないし……」

「心因的な問題、ですか……」


 先ほど対面したダリルからは、いかにも強者といったオーラが漂っていた。屈強な肉体に、威厳のある態度。S級探索者という経歴からも、圧倒的な強さを感じさせた。そんな人に悩みなんてないように見えたが、エクレールには思い当たる節があるようだ。


「もともと彼は第五王子で、国の座から遠い立場にいたの。だけど状況が一変して急遽王位に就いたものだから、気持ちが追い付いていないのかもしれないわね」


 最初から王になることが分かっていれば相応の心構えもできるはずだが、ダリルの場合はそうではない。心構えをする間もなく、王位を継承したのだ。気持ちが追い付いていかないのも理解できる。


「身近に相談できる人はいなかったんですかね? 眠れなくなるほど悩んでいるなら、近しい人に不安を打ち明けてしまった方が楽になりそうですが……」


 悩みごとは一人で抱え込むよりも、誰かに相談した方が楽になる。王になることに不安があるのなら、身近な人に話を聞いてもらえばいい。そんなミモザの常識は、エクレールはあっさりと否定されてしまった。


「難しいでしょうね」

「なぜですか?」


 ミモザが尋ねると、エクレールは溜息をつきながら腕組みをする。


「国を背負う王が、弱音なんて吐けるわけないでしょう? 弱さを見せれば、臣下を不安にさせる。それだけじゃなくて、足元を掬われる可能性だってある」


 エクレールは、もともと王宮の人間だったこともあり、言葉に説得力がある。そんな彼女の意見に納得するように、ロイも頷いた。


「虚勢でも何でも、強く見せなければならないってことか……」


 この問題は、想像していた以上に根が深いのかもしれない。ミモザとロイが難しい顔をしていると、重苦しい空気を変えるようにエクレールが凛とした声で告げた。


「ひとまずは、できることから始めていくしかないわね。いろんな策を試しながら、彼に合った方法を模索していきましょう」


 エクレールの言う通りだ。考えているだけでは何も始まらない。実際に手を動かしながら、解決策を探していこう。


「はいっ!」

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