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第19話 スキルを磨くには実践あるのみ

 カリーヌとの打ち合わせが終わり、いよいよエクレールが調香する様子を見学させてもらえると浮足立っていたところで、耳を疑うような発言が飛び出した。


『明日までにカリーヌ様にふさわしい香りを考えて、私にプレゼンしてちょうだいね』


 プレゼン。エクレールは確かにそう言った。意味が分からない。


「えっと……私が香りを考えるんですか?」

「そうよ」

「なぜです!?」


 予想外の展開に、ミモザは大声をあげた。まさか自分が香りの提案をするなんて考えもしなかった。てっきりエクレールの補佐をするだけだと思っていたのに。

 そもそもミモザは、今日が初出勤だ。実践なんて早すぎる。あまりの急展開について行けず慄いていると、エクレールは涼し気な顔で告げる。


「本来であれば、しばらくは私の補佐をしてもらうべきなのだけれど、貴方には一年の猶予しかないの。それはお父様とも約束したでしょう?」

「そうですけど……」


 確かに父からは一年間の期限付きで、エクレールの弟子になることを認めてもらっている。時間がないのは事実だった。


「短期間で鍛えるには、実践あるのみ。どんな香りを調香するかという企画力は、自分の頭で考えて鍛えるしかないの」


 理屈は分かるが、納得はできない。そもそもミモザは、調香に関してはずぶの素人だ。誰かに香水を見繕ってあげた経験もない。そんな状態で、香りの提案なんてできるとは思えなかった。


「む、無理ですよ~」


 ミモザは情けない声を出しながら、エクレールの腕にしがみつく。指導方針を今一度考え直してほしかったが、エクレールからは氷のような眼差しで見下ろされるばかり。


「私、無理って言葉が一番嫌いなの。私の方針に従えないのなら、師弟関係を解消してもいいのよ」

「そ、そんな~」


 それはあまりに横暴だ。そんなことを言われたら従うしかない。ミモザが恨めし気に見つめていると、エクレールは小さく溜息をついた。


「調香技術はきっちり指導するわ。間違っていたら、軌道修正だってする。丸投げにはしないから安心して」


 そうは言っても、不安であることには変わりない。むっと口を尖らせていると、エクレールはもう一度溜息をついた。


「作りたい香りをイメージしながら手を動かすことは、スキルを発現させるうえでも重要なの。言われた通りの香りを調香するだけでは、自在に香りを操れるまでのスキルは身に付かないわ」


 それはいつぞや聞いた『キースの加護』のことだろうか? その話を聞くと、企画から任されたことの合理性を感じる。不安は拭えないが、スキルを磨くためには実践してみるしかなさそうだ。


「……分かりました。やってみます」



 翌日。ミモザは、カリーヌに相応しい香りをプレゼンすることになった。緊張しながら黒板の前に立つ様子を、エクレールが腕組みをしながら眺めている。威圧感で心臓が縮こまりそうになりながらも、説明を始めた。


「カリーヌ様はお洒落で可愛らしい女性なので、女性らしさが際立つフローラルノートを核としてレシピを作りました」


 ミモザは、黒板に書いたピラミッドを指さしながら説明する。


「トップノートはマンダリンで柔らかく包み込み、ミドルノートではオレンジフラワーとローズで女性らしさを表現します。ラストノートは甘さを感じさせるバニラを選びました」


 フレグランスの香りは、トップノート、ミドルノート、ラストノートの三段階に分けられる。これは香りのピラミッドと呼ばれ、揮発性の速度で分類されたものだ。


 ピラミッドの頂点であるトップノートは、フレグランスをつけた直後に感じられる香り。五分から十五分と短時間で消えてしまう香りで、シトラス系やアロマティック系がよく用いられている。


 ピラミッドの中間に該当するのがミドルノートだ。フレグランスの核となる香りで、肌に付けてから三十分から二時間ほど持続する。ミドルノートは、フローラル系、グリーン系、フルーツ系が用いられていることが多い。


 そしてピラミッドの底辺に該当するラストノートは、最後に感じられる重みのある香りだ。肌に付けてから一時間以上経った頃に感じられる。ラストノートには、ウッディ系、スパイシー系、ムスク系が使われる。


 香りのピラミッドについては、昨日エクレールに教えてもらった。そこで得た知識をもとに、カリーヌに相応しいレシピを考案した。一通り説明したものの、エクレールの表情は硬いままだった。


「ど、どうでしょうか?」


 恐る恐る尋ねてみる。重々しい空気が流れた後、エクレールはにこりともせず頷いた。


「とりあえず、調香してみましょうか」

「え!?」


 良いとも悪いとも判定されなかった。だけど調香の段階に進めるということは、合格と判断しても良いのか?

 エクレールの真意は分からなかったが、ひとまずは調香を始めることにした。白衣を羽織ったミモザは、精油を保管庫から取り出して、作業台に並べた。準備が整うと、エクレールが調香の仕方を説明する。


「まずは香りの核となる、ミドルノートから調香していきましょう。ミドルノートで使うオレンジフラワーとローズを10パーセントで希釈して」

「はいっ」


 ミモザは、ビーカーとスポイトを手に取る。エクレールに見守られながら、エタノールとオレンジフラワーの精油を9対1の割合で希釈した。希釈後は、ガラス棒でビーカーをかき混ぜる。同様の手順で、ローズの精油も10パーセントに希釈した。


「できました」


 報告をすると、エクレールは次のステップを説明する。


「希釈液ができたら、引き立たせたい香りを多く入れて、二つの香りをブレンドさせて」

「はいっ」


 ミモザはローズの香りを多めに使って、二つの香りを混ぜ合わせた。二つの香りをブレンドしてから、ムエットに浸して香りをチェックする。


「華やかで素敵な香り~」


 ミモザは、うっとりしながら頬に手を添える。ローズの華やかな香りに、オレンジフラワーの妖艶な香りが添えられている。女性らしさを引き立たせる香りだ。これなら男性の心も射止められるように思えた。


「どう?」

「はい! ミドルノートはこれで大丈夫です!」


 自信満々に答えたものの、エクレールは表情ひとつ変えず「そう……」と呟くだけだった。その反応で不安になってくる。


(いい香りだと思うんだけどなぁ……)


 不安が拭えないまま、トップノートの香りを作る。マンダリンの精油を10パーセントで希釈して混ぜ合わせた。同様にラストノートで使うバニラの精油も希釈する。それぞれの香りを準備したら、鼻を休ませるために一度休憩に入るよう指示された。

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