表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/45

第12話 旅立ちの朝

 故郷を発つ日の朝、ミモザはオルコット家に訪れていた。ベッドで座るソフィアに、町を離れるようになった経緯を報告する。


「そっか。ミモザちゃん、香りのお勉強をするために王都に行くんだね……」


 ソフィアは寂しそうに目を伏せる。

 エクレールの弟子となったミモザは、王都マシヴァへ向かうことになった。王都には、エクレールが所属する調香師ギルドがある。そこを拠点として調香の勉強をすることになった。


「調香師ギルドに所属したら、エクレールさんと一緒に依頼を受けるんだ。ギルドで働けば報酬も手に入る。そのお金で調香師養成学校に通うつもり」

「ギルドで働きながら学費を稼ぐってこと?」

「そういうこと。エクレールさんに才能を認めてもらったとしても、うちの親が学費を出してくれるとは思えないからね。親に出してもらえないなら、自分で稼ぐしかないんだ」


 できる限り悲壮感を滲ませないように明るく宣言する。そんなミモザに、ソフィアは尊敬の眼差しを向けていた。


「凄いなぁ。ミモザちゃんは」

「そんなことはないよ」


 ひらひらと手を振って謙遜していると、ソフィアがミモザの両手を握り締めた。


「ミモザちゃんとお別れするのは寂しいけど、私、応援しているから。頑張ってね」


 ソフィアからの応援で、身体の奥底からエネルギーが沸き上がってくる。こんな風に、自分の夢を誰かに応援されたのは初めてだ。ソフィアの期待に応えるためにも、精一杯頑張りたい。


「うん。頑張るよ」


 意気込みを伝えながら、ソフィアの手をぎゅっと握り返した。町を離れることを伝えたところで、もう一つの用件を思い出す。


「そうだ、これをソフィアちゃんにあげる」


 ミモザは鞄から木箱を取り出して、ソフィアに差し出した。


「なあに、これ?」

「開けてみて」


 ソフィアがゆっくりと蓋を開けると、ハッと息をのむ音が聞こえた。


「これ……ミモザちゃんが大事にしていたものでしょう?」


 木箱に入っていたのは、机の引き出しにしまっていた精油だった。十種類以上の精油が、木箱に収まっている。戸惑うソフィアに、ミモザは柔らかく微笑む。


「これはソフィアちゃんに持っていてほしいんだ」

「そんな、悪いよ……。香りの勉強をするなら、これからも必要になるでしょう?」

「調香師ギルドに入ったら、ギルドで仕入れた精油を使うんだって」


 エクレールからは、調香に必要な材料はすべてギルドで揃えると説明された。だからミモザの集めていた精油は持っていく必要はない。

 机の引き出しに残しているよりは、ソフィアに使ってもらう方がいい。退屈な毎日に、少しでも彩りを与えられたらと願っていた。


 依然として戸惑いの色を浮かべるソフィアに、ミモザは翠色の瞳を輝かせながら告げる。


「いつかエクレールさんみたいな一流の調香師になって戻ってくるから。それまで待っててね」


 これは永遠の別れではない。いつか一流の調香師になったら、この町に戻ってくるつもりだ。だから泣く必要などない。それなのに、ソフィアの瞳には涙が滲んでいた。


「うん、待ってる。ミモザちゃんが戻ってくるまでに、私も頑張って病気を治すから」


 すんと洟を啜りながら訴える。前向きな言葉を聞いて、ミモザは目を細めながら柔らかく微笑んだ。


「お互い頑張ろうね。向こうに付いたら手紙書くから」

「うんっ!」


 ミモザの笑顔につられるように、ソフィアも頬を緩ませる。約束を交わしてから、ミモザはオルコット家を去った。


 大きな鞄を下げながら町の外へ繋がる門まで歩いていると、エクレールとロイの姿を見つける。ミモザは歩くペースを速めて、二人のもとへ向かった。


「お待たせしました!」


 ミモザは元気よく声をかける。近くまでやって来ると、エクレールに淡々とした口調で尋ねられた。


「お別れは済んだの?」

「はい」


 ミモザは頷く。家族との別れも既に済ませてある。母と兄は相変わらず不服そうな顔をしていたけれど、最終的には何も言わずに送り出してくれた。


 父は「身体に気を付けるんだぞ」と、ミモザを気遣うように声をかけてくれた。それだけでなく、十分過ぎるほどのお小遣いも持たせてくれた。反対はされたものの、最終的には送り出してくれたことには感謝している。


 家族との別れを思い出していると、エクレールは一冊のノートをミモザに差し出した。


「これを渡しておくわ」

「ノートですか?」


 差し出されたノートを受け取る。こげ茶色の表紙には何も書かれておらず、新品だった。一般的なノートよりもページ数が多くて分厚い。まじまじと見つめていると、エクレールが説明をした。


「これはフレグランスノート。ここに香りのレシピを記録しておきなさい」


 説明を受けると、ミモザは合点がいったように頷く。そういえば、エクレールも同じようなノートを持っていた。フレイムキャットを弱体化させるアロマ水も、ノートに記されたレシピを頼りに調香していた。


「使用した精油の種類や分量を記録するってことですね?」

「そう。このノートは、いずれ貴方の財産になるはずだから」


 エクレールの言葉を聞いて、ミモザは大切そうにノートを抱きしめる。


「分かりました。さっそくこの前調香したレシピも記録しておきますね!」


 元気よく告げると、エクレールは目を細めながら微笑んだ。


「詳しいレシピは後で教えるわ」

「はいっ!」


 ミモザは晴れやかな笑顔を浮かべながら返事をした。すると馬車を捕まえたロイが大きく手を振る。


「おーい、そろそろ行きましょうよー」

「ええ、そうね」


 エクレールは、涼し気な顔で馬車に向かう。ミモザはその背中を追いかけた。


「待ってくださいよ~」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ