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第11話 これは貴方の人生よ

 フレイムキャットの討伐を終えると、エクレールはダンジョン管理局から報酬を得た。具体的な金額は教えてくれなかったが、あれだけの騒動を収めたのだから、かなりの額を受け取ったに違いない。


 一方、ミモザはダンジョンで手に入れた素材を商業ギルドで売却した。魔法石は予想していた通り高く売ることができたが、それ以上に驚かされのはフレイムキャットの毛皮だ。レア素材ということもあり、魔法石の三倍の値が付いた。思わぬ臨時収入に、ミモザはほくほくとした表情で商業ギルドを出た。


「これだけあれば、精油もたくさん買えるね~。アロマディフューザーだって買えるよ」


 報酬の使い道を考えながら上機嫌で歩いていると、隣にいたエクレールに声をかけられる。


「そういえば貴方、調香の勉強がしたいって言っていたわね?」


 不意に尋ねられて、ミモザは目を丸くする。昨日話していたことを覚えてくれていたようだ。


「はい。調香師養成学校に通いたいんですけど、親から反対されていて……」


 眉を下げながら事情を伝えると、エクレールは口元に細い指を添えながら考え込む。しばらくすると、ぽつりと呟いた。


「少し、親御さんと話をしてもいいかしら?」


 エクレールの発言に驚きつつも、ミモザは頷いた。その後、ミモザ、エクレール、ロイの三人は、実家の調薬店へ向かった。


 到着して早々、エクレールはフレイムキャットを討伐に成功したことを父に報告した。最初は疑っていた父だったが、ダンジョン管理局で発行されたクエスト達成証を見せると、あんぐりと口を開けた。


「驚いた……まさか本当に調香師がモンスターを討伐するなんて……」


 圧倒される父を前にして、エクレールは腕を組みながら得意げに笑う。


「これでお分かりいただけたでしょう。調香師だって人を救えるのです。ですので、撤回していただけませんか?」


「撤回?」


「ええ。調香師(パフューマー)調薬師(ファーマシスト)の下位互換だと仰ったことです」


 エクレールは、ダンジョンに潜る前に父が放った言葉を撤回させようとしていた。調香師を見下していた父だったが、ダンジョンで大勢の探索者を救った話を聞かされたら認めざるを得なくなったようだ。


「よく知りもせず、貶してしまって申し訳なかった。調香師も人の役に立つ立派な仕事だ」


 父からの謝罪を聞くと、エクレールは勝ち誇ったように微笑んだ。ミモザも、父が認識を改めてくれたことに歓喜していた。


 これで一件落着と思いきや、エクレールは緩んだ頬を引き締めて、父と向き合う。


「それと、差し出がましいようですが、ひとつお願いがあります」

「お願い?」


 父は眉を顰める。思いがけない展開に、ミモザもエクレールに注目をした。みんなの視線を集める中、エクレールは凛とした声で訴える。


「ミモザを調香師養成学校に通わせてあげてください」


 エクレールの言葉に一番驚いたのは、ミモザ本人だった。まさかエクレールから父に進言してくれるとは思わなかった。予想外の展開で口を開けて呆けていると、父が怪訝そうに口を開く。


「なぜ貴方にそのようなことを言われなければならないのです?」


 父の言葉に、エクレールは迷いなく答える。


「才能を感じたからです。ミモザは精油を嗅ぎ分けられる鼻の良さがありますし、調香に強く興味を示しています。それに……いえ、これはまだ確かなことではないので言及するのはやめておきましょう。いずれにせよ、彼女には才能があります。将来は素晴らしい調香師になるでしょう」


 エクレールからこんなに期待されているとは思わなかった。その想いだけで嬉しくて泣きそうだ。熱を持って訴えるエクレールだったが、父は渋い顔をしたままだった。


「それは承諾できない。ミモザは来年度から調薬師養成学校に通って、将来はうちの調薬店で働いてもらうんだ」


 やはり父が首を縦に振ることはなかった。いくらエクレールが訴えたからといって、そう簡単に考えを変えるような男ではなかった。こっそり溜息をついていると、エクレールは小さく呟く。


「来年度……そうですか」


 エクレールが何を考えているのか分からず瞬きを繰り返していると、信じられない言葉が耳に届いた、エクレールは、真っすぐ父を見つめながら訴える。


「それなら、私にミモザを預けていただけませんか?」


 突拍子もない言葉に、父は呆気に取られる。そんな中、調合室の隅で大人しくしていたロイがボソッと呟いた。


「すっげー、プロポーズかよ」

「違うわよっ!」


 エクレールは氷のような眼差しで否定する。それから再び父と向き合った。


「一年間、私が彼女に調香スキルを叩きこみます。それで芽が出なければ、お父様のお望み通り調薬師養成学校に通わせればいいです。ですが、彼女の才能が開花したら、もう一度考え直していただけませんか?」


 エクレールの訴えに胸が熱くなる。ミモザは目を大きく見開きながら、エクレールに尋ねた。


「それって、私を弟子にしてくれるってことですか?」

「ええ。一年間の期限付きだけどね」


 一年間だとしても、天才調香師のもとで香りの勉強ができるなんて願ってもないことだ。何としても親に認めてもらって、エクレールのもとで修業がしたい。


「お父さん、私からもお願いします! 私、もっと香りの勉強がしたいの!」


 ミモザは意思の籠った瞳で訴える。すると、騒ぎを聞きつけて調合室に母と兄が入ってきた。


「話は聞いたよ。調香師の弟子になるなんて駄目に決まっているだろう。あんたは調薬店の娘なんだ。それをもっと自覚しなさい」


「母さんの言う通りだ。ミモザは俺の補佐をする。それはずっと昔から決まっていたことだ。家を出ていくなんて許さないからな!」


 やはりと言うべきか、母と兄からは反対される。家族全員から反対されると、浮足立っていた気持ちが沈んでいった。


 せっかくチャンスが巡ってきたのに、潰されてしまいそうだ。唇を噛み締めながら俯いていると、エクレールがそっとミモザの肩に手を添えた。顔を上げると、ロイヤルブルーの瞳に見据えられる。


「これは貴方の人生よ。進むべき道は、貴方が決めなさい」


 その言葉で、折れかけていた心が持ち返す。


(そうだ。ここで諦めたら、また同じことの繰り返しだ)


 前世では、好きなことを諦めて親の望むままに生きてきた。だからこそ、今世では好きなことを貫くと決めたのだ。簡単に諦めるわけにはいかない。暴れまわる心臓を抑えながら、ミモザは訴えた。


「私、香りの勉強をして、将来は香りの力で大勢の人を幸せにしたい。その夢を叶えるためにも、エクレールさんのもとで頑張りたいの。本当にやりたいことを叶えられないまま死んだら、きっとまた後悔するから」


 家族にはっきりと夢を打ち明けたのは、これで二度目だ。一度目は、あっさりと否定されてしまった。母からは水をかけられて、父からは冷静に窘められた。一度目は、引き下がってしまったけど、今度は絶対に負けない。


「あんたは……まだそんなことを言って……!」


 母は顔を真っ赤にしながら怒り出す。兄も小馬鹿にするように鼻で笑っていた。また否定されることは目に見えていたが、今回は簡単に引き下がるつもりはなかった。


 いつになく強気なミモザを見て、父は驚いたように目を見開く。しばらくは罵詈雑言を並べる母の後ろで沈黙を貫いていたが、不意に口元を緩めて吹き出した。


「これは、貴方の人生、か……」


 父が口を開いたことで、母は言葉を噤む。調合室に沈黙が走った後、父は真っすぐミモザを見据えながら告げた。


「そこまで言うならやって見なさい。ただし猶予は一年間だけだ」


 思いがけない言葉に、ミモザは呆気に取られる。頭の中で何度も父の言葉を反芻すると、ようやく理解が追い付いた。


「ありがとう! お父さん!」


 ミモザは瞳を輝かせながら両手を合わせる。まさか父から認めてもらえるとは思わなかった。嬉しさのあまりその場でぴょんぴょん飛び跳ねていると、母が慌てたように父に尋ねた。


「いいんですか? 調香の勉強をさせるなんて……」


 いまだに納得していない母に、父は淡々と告げた。


「一年で芽が出なければ、予定通り調薬師の道に進んでもらう。だけど別の場所で花開いたなら……認めてあげようじゃないか」


 母は依然として面白くなさそうな表情をしていたが、それ以上は口を出すことはなかった。そんな夫婦間のやりとりは、ミモザの耳には届いていない。ひとしきり全身で嬉しさを表現してから、あらためてエクレールのもとに駆け寄った。


「エクレールさん、これからよろしくお願いします!」


 眩しい笑顔を浮かべるミモザを見て、エクレールは頬を緩める。


「ええ。ビシバシ鍛えるから覚悟しておきなさい」


 こうしてミモザは、エクレールのもとで見習い調香師として修業をすることになった。香りの勉強をしたいと願っていたミモザにとっては、願ってもいない話だ。これから起こることを想像すると、胸の高鳴りを抑えなれなかった。

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