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第7話 君の髪色


 ――現在。


「私は皆に失望されるのが怖くて逃げたの。こんな自分勝手な女に未来なんか無くて当然だよ」


 俯く伊月は言葉を返さない。

 考えてみれば彼が何故ここまで私に接してくる事自体がおかしい。


 もし、病気の私が可哀想という理由なら……金輪際辞めて欲しい。

 哀れみなんかいらない。そんなものをかけられたって私の病気は良くならないし、私の犯した罪は無くならない。


「君も忙しいでしょ? ニュース見たよ? 海外のクラブと契約したって……私にかまってる暇なんてないんだからもうここには来なくて――っ!!」


 私の言葉の途中で伊月が俯いたまま私の手を掴んだ。


「ちょっと! 離してよ!」

「俺さ、実は中学でサッカー辞めようと思ってたんだ」

「……え?」


 突然の告白に私は言葉を失う。


「自慢じゃないけどさ、俺も浅木みたいに小さい頃から天才だの神童だのチヤホヤされて育ってきたんだ。でもさ、中学には俺について来られるやつなんていなくて、チームメイトは皆俺から距離をとったんだよ。『次元が違う』って」

「それはとても光栄な事じゃない」

「わかってる。わかってるけどさ、俺のプレーを見てサッカーを辞める奴も少なくなかった。次第にさ『俺って人の夢を壊しているだけじゃないのかな』って思うようになったんだ。そこからサッカーがつまらなくなってさ」


 伊月と繋ぐ手が震え始める。しかしこの震えは私の病ではない。震えているのは彼の手だ。


「ゴールを決めても嬉しくなくてさ、手加減してプレーしても周りは『本気でプレーしたら練習にならない』って言う始末でさ……毎日苦しくてさ……」


 彼の苦悩はわからない事は無い。私だって似たような経験がある。

 小学生の頃に通っていたピアノ教室で悩む他生徒に良心でアドバイスを送ったら「お前に私の気持ちがわかるはずがない!」と怒鳴られたのを今でも覚えている。

 

 天才ゆえの孤独、彼の苦しみは極めて秀でた者の宿命かもしれない。


「でも、君は今でもサッカーを続けてるじゃない」

「俺がサッカーを続けられているのは……お前のおかげなんだ。浅木」

「わ、私!?」


 想定外の言葉に声が裏返る。しかし伊月の顔は真剣そのもの。とてもジョークを言っているとは思えなかった。


「そうだよ。進路相談や試合で休んだ日の穴埋めとかで夜遅くまで学校にいた時に見つけたんだ。誰もいなはずの音楽室に電気が付いていてピアノを弾く浅木を」

「そりゃあよく残って練習してたし……でもそれがなに?」

「俺、気になって音楽室を覗いたんだよ。そしたらお前の顔、普段見ないような険しい顔しながら弾いててさ、それを見たらなんていうか……負けてられないなって」

「な、なにそれ?」

「俺さ、浅木はどんなに苦しくても笑ってピアノを弾く奴なんだって思ってた。でも見えない所で苦しんでるんだなって」


 ここで伊月はやっと笑顔を見せた。


「俺、そこからお前に勝手にライバル心抱いたんだぜ? 音楽室の電気が消えるまでは帰らないって決めて、暗い中ボール蹴り続けてさ、そうしたらまたサッカーが楽しくなったんだ。浅木のおかげだ」

「私はただピアノの練習をしてただけ……」

「そう、でも俺は救われた。だから――」


 伊月は俯いていた顔を上げ、私の目を真っすぐ見つめる。


「俺も浅木の力になりたい」

 

 伊月が発したその一言に私は彼から目が離せなくなった。


「力って……君に私の病気が治せるの?」

「それは出来ないけど……だけど、浅木に前を向いて貰えるように頑張る」

「頑張るって例えばなにを頑張るの?」

「……まずはこれを見てくれ」


 伊月がスマホを取り出し、私に画面を見せる。

 映っていたのは丘一面に数えきれない程咲き乱れる青い薔薇の写真。その光景は荒んだ私の感性でも美しいと感じるほど、圧巻の光景だった。


「こ、この写真がなに?」

「この花畑さ、実は俺が浅木に用意したんだ」

「えっ!? どうやって!?」

「浅木も知っている通り、俺海外のクラブと契約しただろ? そこで頼んだんだ。『契約金代わりにこの病院の近くに一面見渡す限りの青い薔薇が咲く丘を作ってくれ』って。そしたら、契約金より金がかかったって泣かれたけど」


 笑う伊月に私は困惑を隠せない。何故彼がそんなことをしたのか見当もつかないからだ。


「なんでそんなことを?」

「言っただろ? 浅木に前を向いてもらいたいって」

「……でもどうして青い薔薇なの?」


 そう問いかけると伊月が少し照れくさそうに頬を掻いた。


「いやその……浅木の髪色みたいで綺麗だなって思って……」

「えっ!?」


 心臓が飛び跳ねた。すると私の顔もまた伊月と同じように紅潮していく。


「私の髪を意識して作ったの?」

「そ、そうだよ! それでさ今は見ごろ過ぎちまってるんだけど……今度は10月頃咲くみたいださからさ、浅木が大丈夫なら一緒に見に行かないか?」

「……考えとく」

「本当かっ!? よっしゃ!」


 伊月がガッツポーズを見せる。既に私が来るものだと思い込んでいるようだ。

 

「ぷっ! 私、まだ伊月くんと一緒に行くとは言ってないよ?」

「いーや浅木は来てくれるね……って、えっ?」


 突然伊月がきょとんとした表情を浮かべた。


「今浅木、俺の名前呼んだ?」

「よ、呼んだけど?」

「それって初めてじゃない!? やばい、なんか嬉しい! もう1回呼んでよ! お願い!」


 必死に頼み込む伊月に私は急に恥ずかしくなった。


「え? 浅木なんで顔赤くなってんの? もしかして俺の名前呼ぶの恥ずかし……うべっ!」


 伊月の顔面に枕が直撃する。やっぱりこいつは最低だ。


「うっさい! 早く帰れ! あと私に名前を呼んでもらったんだから、明日は今日よりも高級なお菓子1ダースね!」

「おかしいだろ!? 勝手に浅木が呼んだんじゃねぇか!」

「うっさいうっさい! あとさっきの写真よこせ! それから――」


 その後から、私のスマホの待ち受けは丘一面に咲く青い薔薇の写真となり、殺風景だった病室には一輪の青い薔薇が花瓶に飾られた。




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