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第6話 狂った音色


「だーかーらぁー! そこは男子の低音パートのピッチが不安定なの! 声の大きさで誤魔化さないでよ!」

「しょうがないだろ!? 男には辛い高さなんだから!」


 従業を終えた校内は明日に控えた文化祭の最終調整を進めている。

 私達のクラスは本命である合唱コンクールの大詰めの行う最中、高音パートリーダー女子と低音パートリーダーの男子がぶつかり合うが、クラスメイト達の間に険悪なムードは流れない。

 わかっているのだ。本気で良いものを作りたいからこその衝突だと。その証拠に周りのクラスメイト達は「また始まったよ」と言った少し和やかな表情。


「さぁ最後にもう1回通すよ! 指揮者と伴奏、お願い!」


 そう告げた高音パートリーダーが定位置につくと、指揮者が伴奏者である私を見つめ、合図を送る。

 

 鍵盤の上に指を置く私の脳裏に今朝の不調が過ぎった。朝ほどでは無いが、まだ手は震えている。

 今日の練習は騙し騙し弾いていたのでミスタッチこそ無いが、とても満足できるようなクオリティではない。


「じゃあ行くよー」


 指揮者が刻み始めた拍数に合わせて私は伴奏を始める。

「絶対に金賞」と皆で目標を掲げた準備期間、中学最後の学校イベントを有終の美で飾ろうと時には涙を流すこともあった。

 その想いを乗せた今日最後の合唱は今まで合わせた中で最も完成度が高く、歌唱後は皆手応えを感じているようだ。


「ちょっと……今の良かったんじゃない!?」

「うんうん! これならきっと……っ!」


 各々が明日に希望を膨らませる。その様子を側から眺めていた私は震える両手をギュッと握っていると、1人の女子生徒が私のもとに寄ってくる。


「浅木さん!」

「な、なに?」

「この難しい楽曲に挑戦できたのも浅木さんがいたからだよ! 本当にありがとう! 浅木さんの伴奏があれば他のクラスに負ける気しないし、明日はもっと良く歌えるように頑張るね!」

「……うん! 絶対金賞とろうね!」


 笑顔の女子生徒に私も笑顔を返す。震える両手を更に強く抑えながら。


 これは不調じゃない。明らかにおかしい。


 その後、私は母と共に病院へ向かった。

 行ったのは採血とちょっとした運動テスト。検査は予想以上の時間を有し、検査結果が私と母に聞かされたのは病院についてから3時間後の事だった。


「奥様、誠に残念ですが……娘さんには今すぐ治療が必要です」

「ど、どこが悪いんでしょうか!?」


 焦りを隠せない母の言葉に医師はかなり残念そうな表情を浮かべた。


「……娘さんは……もう前のようにピアノを弾く事が出来なくなる可能性が高いです」


「……えっ?」


 まるで崖から落とされたような気分だった。

 もうピアノが弾けない? 私が?


「娘さんは身体中の神経が徐々に機能しなくなる難病です。手の震えや麻痺はその初期症状でしょう」

「……症状が進めばどうなるんですか?」

「数少ない前例では、神経から信号が無くなるので身体中の筋肉が動かなくなります。手も足も……やがて心臓も止まります」


 医師の説明にショックを隠せない母は口元に手を押さえた。

 

「そんな……先生! 治るんですよね!? 娘はまたピアノを弾けるようになるんですよねっ!?」

「……治る確率は0じゃありません」


 医師の言葉に母の目には希望が灯る。しかし医師の顔が晴れていない事に違和感を覚えた私は医師に問いかけた。


「何%なんですか?」

「……1%未満です」


 医師の言葉に言葉を失う。すると母が再び絶望の表情で立ち上がり、悲鳴交じりの声を上げながら医師に縋りついた。


「そんな……っ! 先生っ! なんとかしてください! 娘をっ……娘をっ助けてくださいっ!!」

「落ち着いてください奥様! とりあえず私も出来る事は全て尽くします! まず凛久さん、早速ですけと今日から入院です」

「……えっ?」


 今日から入院? じゃあ明日の文化祭は? 合唱は?


「先生、入院は明日の文化祭が終わってからじゃ駄目ですか!? 私、合唱の伴奏なんです!」

「……気持ちはわかりますが、その手じゃピアノは弾けないのでは? きっと明日はもっと酷くなる」

「薬は? 薬でなんとかなりませんか!?」

「無い事は無いが、それでもピアノ演奏のような長時間指を複雑に動かすような運動は無理でしょう。あなたの病気は症状を軽減するだけでも数ヶ月単位の時間が必要な奇病なのです。今日明日ではとても……」


 嘘……それじゃ私……明日はピアノを弾けないの? あんなに努力して作り上げた素晴らしい合唱を披露する事なく、最後の文化祭が終わる?


 私……私のせいで皆の思い出が台無しになる?


 その言葉が過ぎった途端、頭の中にクラスメイト達の顔が浮かぶ。


 明日みんなにどんな顔をすれば良いの? 明日の文化祭は他のクラスの合唱を見て終わり? 目指した金賞どころか参加すら出来ない?

 私に皆はあんなに期待してくれていたのに……毎日頑張ってたのに……?

 病気なんかのせいで全部無駄になっちゃうの? 笑って終われるはずの文化祭は来ないの?


 それも全部……私のせい?


 ――嫌だ……嫌……!


「ですが、せっかくの文化祭。伴奏は無理でも参加する事自体は出来ます。医師としてはなるべく早く治療に移りたいですが……どうしますか?」


 医師からの提案に「行くだけ行きます」と出かけた言葉が喉の真ん中で止まる。


 こんな私が行って何になるの? ただ皆の悲しむ顔を見て……いやそれだねじゃなく責められるかもしれない。罵倒されるかもしれない。そんなのやだ……怖い……怖いっ!!


 恐怖で冷静さを失った私に、次に浮かんだ考えはとても卑怯だった。


 今なら病気を言い訳に行かなくても大丈夫? そうだよ。どうせ行ったって何も出来ないんだし、みんなに失望されて嫌な思いをするくらいなら――。


「……行きません。すぐ入院させてください」


 私の言葉に医師が「わかりました」と告げると、私の中で一気に何かが崩れる音がした。

 

「う、ううぅぅぅぅ……」


 頭を抱えて呻き始める私を母が抱きしめる。


「大丈夫よ凛久。病気は治るわ! だから……だからっ!」


 違うよママ。病気は怖いけど、それよりも――。


 その日から私はSNS等、友人との繋がりを全て断ち、1度学校に行く事もなく、中学生活を終えたのだ。 

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